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不自然なボーイ(1)

 

 さて、無事御門寮へと移寮が決まり、児玉は学校に通いながら、荷物を恭王寮から御門へと移していた。

 引越しはわりとすぐに終わった。

 児玉の元クラスメイトである鳳の面々が、引越しを手伝ってくれたからだった。

 以前は毎日勉強に追われていたので交流がなく、改めて知る元クラスメイトはやたら親切だった。


(幾久のお陰なんだよなあ)


 御門寮の先輩にやや強引に入れられた地球部という名の演劇部は、所属の殆どが鳳クラスの変わった部活だ。

 別にクラスで選んでいるわけではない、と元部長の雪充は言っていたが、そうでなかったとしても、あの部は入りづらい。


 幾久はよくやっていると思うが、そもそも最初は転校生みたいな存在で、誰も知り合いがいない上に報国院のシステムすら知らない所からのスタートなので、こだわりはないのかもしれなかった。


 そんな鳳クラスばかりの中だというのに、幾久には水があったのか、すっかり皆と仲良くなり、児玉が引っ越すと知ると、「じゃあ荷物運んでやるよ」と手伝ってくれることになった。

 おかげで児玉の引越しは、学校の帰りに荷物を運ぶ程度で終わった。

 いまではすっかり御門寮のメンバーとなっている。はずなのだが。



 児玉は一人、御門寮の門の前でたたずんでいた。

 いつもなら幾久と一緒に帰ってくるのだが、今日は児玉の用事があり、先に寮へ帰ってきたのだ。

(なんか入りづらいんだよな)


 すでに児玉は御門寮の所属で、入っていけないことはない。

 荷物も移動させているし、寮の鍵も貰っている。

 それでもどうにも入りづらいのは、まだこの寮に慣れていないからだった。


(この時間だと、絶対に山縣先輩がいるんだよなあ)


 児玉は寮に所属すると決まってから、勿論御門の寮生全員に挨拶した。

 しかし三年の山縣だけは部屋から出てこなかった。


 ほっといていいって、という幾久に、児玉はそういうわけにはいかないと、幾久と挨拶に向かったのだが。


 児玉が山縣の部屋の扉をノックした。

 山縣の部屋はなぜか防音になっていて、ノックしないと聞こえないからだ。

 暫くして、そーっと扉がわずかだけ開いた。


「なんだよ」


 不機嫌そうな山縣の声に、児玉は言った。


「あの、山縣先輩、今度から御門寮に所属することになりました、一年鷹の、児玉無一っす。よろしくお願いします!」

 廊下に膝をついて、ぺこりと頭を下げたのだが、山縣は扉の隙間からぽつりと告げた。


「森へお帰り」


「は?」


「この先はお前の世界ではないのよ」


 そういうと、ぴしゃんと扉を閉めてしまった。


 あっけに取られていると、後ろに立っている幾久が「やっぱりな」という顔で呆れていた。



 幾久曰く、山縣は児玉を嫌いと言うわけではなく、高杉以外には全方向ああで、あれが日常なのだという。

 いくら三年でもあの態度は横柄ではないのか、と児玉は思ったが、朝、廊下で液体のようになっている寝ぼけた山縣を思い切りふみつけていった幾久を見ると、別にいいのか、と驚いた。

 当然児玉は踏んだりしなかったが。


 山縣に対して割と幾久もそのほかの二年も無礼な態度をとっていたが、山縣は全く気にしていないらしいし、幾久はよく判らない方法であしらっていた。

「タマも覚えたらいいよ」と言われて漫画を渡された。

 今度の試験終わったらぼちぼち読もうと思っている。


 寮の中は、幾久いわく『どっかの親戚の家』というコメントだったが、実際その通りだった。

 寮母さんは居ても食事の世話をするくらいなもので、殆どすべてが寮生の采配に任されていた。


 二年の吉田が洗濯や茶碗を洗う、あとは雑事をこなしていて、幾久は気が付くと手伝っているといった風だ。

 あと二年の久坂と高杉は、何もしない。

 幾久の手伝いをたまに高杉が手を貸すくらいで、それも言われなければやらなかった。

 久坂は更に何もしない。

 お茶ひとつ自分で持ってこようともしない。

 だが、児玉にとって久坂は憧れの杉松さんの弟なので、そんなものはいくらでも自分がやるつもりだ。


 つまり、この寮には恭王寮とは違うルールがあり、それに児玉は早く馴染む必要があって、それなりに自分でも努力はしているのだが。


(なーんか、まだ、先輩らって含んでんだよなぁ)


 二年の久坂と高杉といえば、報国院の中でもずっとツートップを飾っている優秀な生徒だ。

 地元に居れば、彼らのことはそれなりに噂で聞いたこともある。

 実際、学校内でも三年の雪充も有名人だし、その雪充の後継者扱いなのが久坂と高杉の二人だ。

 その二人が所属しているのがこの寮で、しかもどうにもじっくり観察されている気配がする。


 一番気さくそうな、二年の吉田に尋ねてはみたが、「あの二人はそもそも他人が嫌いで、瑞祥は一層ひどいだけだから気にするな」という、全く意味のないアドバイスを貰っただけで終わった。

 別に嫌なら御門に入れてないよ、という吉田の言葉を信じたいのだが、いかんせん、雰囲気がなんとなく独特なせいもあって中々なじめない。


 いつまでも門の前に突っ立っているわけにもいかないので、児玉は仕方なく、寮へと入った。



「……ただいまー、ッス」

 玄関は鍵がかかっていなかったので、これは確実に誰かいるという事だ。

 まだ児玉の部屋は決まっておらず、幾久と同じように、着替えだけを共有の部屋で済ませるようになっている。


 私服に着替えて、することもないので勉強しようと思い、その前にトイレに行こうとすると、縁側に久坂と高杉が居た。

 久坂はいつもの浴衣姿で、高杉は私服のパーカーにデニムパンツといういつものスタイルだ。

 庭に向かって縁側に腰を下ろして居たのは久坂で、その隣で高杉は横になっていた。


「ただいまっす、久坂先輩、高杉先輩」


 すると、久坂が「しー」と口に指を当てた。なんだ?と思ってみると、高杉が久坂の膝で眠っているところだった。

 無言で頷くと、久坂が小さく「おかえり」と笑う。

 こういうのを見ると、受け入れられているのだとほっとする。


 児玉は静かに廊下を歩き、トイレに向かった。


(ハル先輩、疲れてんだな)


 連日、部活や桜柳祭の準備に追われているのは児玉も知っている。

 高杉は雪充と同じく、地球部の部長であるし、桜柳祭の実行委員でもあった。

 来年はどちらも高杉が責任者になるので、なにかと忙しそうにしていた。

 そのサポートについているのが、一年鳳クラスの御堀だ。


(どれとっても、別世界だよなあ)


 御堀は、めずらしく周防市からこの学校を受け、更に入試では主席、そして今までトップを誰にも譲ったことがない。

(御堀みたいな奴の方が、御門向いてんじゃないのかな)

 入りたくて仕方がなかった御門寮だが、いざ所属してしまうと実際先輩達の濃い性格にあてられてしまって、児玉は不安を覚えるのだった。


 さて、トイレをすませそーっと廊下を歩いていた所だった。

 ふと見ると、久坂が高杉の上にかぶさっている。

 え?と思ってじっと見つめると、久坂が起き上がり、児玉に気づいた。


 すると久坂はさっきみたいに「しっ」と指を口にあてて内緒のポーズをとり、ものすごく美しい表情で微笑みながらウィンクしたのだ。

 その手は高杉の頭をそっと撫でていて、そこで児玉は気づいた。


(―――――!!!!!)


 小さく何度も頷きながら、児玉は動揺を押し隠して、高杉を起こさないように、じわり、じわり、と廊下を忍者のごとく音を立てず、そっと移動して居間へと向かったのだった。





 さて、居間で児玉はひとり、うんうんと唸っていた。

 これは勉強どころの騒ぎではない。


(あれって、どう見てもキスしてたんだよなあ、条件的に)


 久坂が高杉に屈みこみ、キスしたところを多分児玉が見てしまい、それを内緒にしてくれと久坂は言ったのだろう。


(あの二人ってそういう関係だったのかよやべーな)


 全く同性に対してそういった感情を抱いたこともなく、知識ではそういう人もいるとは知っていたが、まさか久坂と高杉がああだとは。

(俺、うまくやっていけんのかな、この寮)


 他人の恋路に興味はないが、ただでさえ面倒そうな先輩達が一層面倒な存在に思えて、児玉は大きくため息をついた。



 暫く一人で勉強していると、目がさめたらしい高杉と枕の役目が終わった久坂が二人で居間に入ってきた。

 高杉は伸びをし、おおきなあくびをしながら入ってきた。


「ああ眠……って児玉か。帰っちょったんか」

「あ、はい、ただいま、です」

「ハル寝てたからね」

 そう言って久坂が児玉を見て微笑む。なんだか妙に怖い微笑だ。


「あの、俺、お茶入れてきます!」

 一年生らしく立ち上がると高杉は「悪いの」と告げ、腰を下ろす。

「僕、最中もってこよう」

 そう言って久坂が児玉の後をついてきた。


 居間から食事室兼キッチンへと向かい、児玉が冷えた麦茶を冷蔵庫から出し、ガラスの器に三人分注いでいた時、久坂が言った。


「タマちゃん」

「はい」

「さっきの事だけど」

 なるべく動揺を隠して児玉は返事をした。

「……はい」

「ハルは知らない、いっくんは知ってる。意味判る?」

「……たぶん」

 冷や汗が出そうになるのを一生懸命押さえつつ、児玉は冷静に、冷静に、と頭の中で呪文を繰り返しながら久坂の言葉を聞いていた。

「僕はハルにしか興味ないから、安心していいよ」

 ふふっと笑い、久坂は最中を箱から取り出すと、戸棚へと閉まった。

 そうして最中だけを抱え、もといた居間へと戻っていく。


 児玉はお茶をお盆に載せながら、ひたすら、幾久はいつ帰ってくるのだろうと考えていた。

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