メン・イン・ブラックⅡ(2)
「リーダーはモウリーニョと三吉先生にしときゃ、千鳥はいう事聞くだろ」
あの二人は千鳥クラスを担当しているし、報国寮で番をはっているようなものだ。
「雰囲気だけ作れば、うちの制服は誰でも見れるようになる。タイが儀礼用なら制服あわせて真っ黒だ。お前の発想とよく合うんじゃねえか?」
ついでに、と山縣が言う。
「ショルダーホルスターに水鉄砲でも仕込んどきゃ、千鳥はバカだ、楽しんでやるぞ」
確かに、と雪充は納得した。千鳥はノリはいいのだが、子供と同じなので役を任せてもすぐに飽きて逃げてしまう。だが、山縣のアイディアなら、千鳥も飽きずに面白がってやりそうな気がする。
「もしうまくいけば、毎年それができるな」
そうなれば警備費は大幅ダウンで、その分を必要経費に回すことが出来る。
今回だって警備費を削れたらできることが多くなるし、来年への持ち越しも可能だ。
「インカムはいいな。連絡が取りやすくなりそうだ。早めに導入すれば作業効率があがる」
桜柳祭の準備に雪充は忙しかったが、互いの連絡はスマホで取っている。だが、確認を忘れてしまったり、スマホを寮に忘れたりと弊害があった。
「学校で導入すれば便利にはなりそうだけど」
ただ、と雪充は考える。便利なものはかならず弊害がある。
特に千鳥に新しいおもちゃを渡してしまったら、後からとんでもないことになりそうだが。
「もし問題があるとしたら、なにがありそうだ?」
雪充が尋ねると山縣が答えた。
「スイッチきり忘れて悪口言ったり便所行ったりくれーかな。あとは桜柳祭後、使えないようにしとくべき」
「なんでだ?そのまま使えば便利だろ?」
雪充は早速導入する気満々だ。
なんなら桜柳祭の後も使えたら便利だろうと思ったのだが山縣は言った。
「千鳥がカンニングに使う」
「―――――……あぁ~」
雪充は頭を抱えた。そうだ、そういう弊害があった。
千鳥は努力しない為ならどんな努力でもする、間違った方向にアグレッシブな連中なのだ。
「どんなにチャンネル変えても見つける奴はいるし、自分でインカムさえ買えばつなげることもできりゃ、絶対にテストでそれ使うだろ」
「そうだよ、あいつらそういうヤツだった」
「だからやめとけ。レンタルあんだから、わざわざ導入よかそっちのが効率いいぞ」
「ご忠告感謝するよ」
こういうことが雪充にとって山縣の存在は助かるのだ。
思いがけないアイディアを出すだけでなく、その対処法も準備しておいてくれる。
山縣と雪充は、デザートのおかわりをすることにした。
山縣はずっと考えていた疑問を、雪充にぶつけた。
「それよかオメー、警備の件は理解したけどよ、なんで告白女子の案件、使おうと思った?」
正直にそこが山縣には疑問だった。
警備費用がかかるのなら、さっき決めたように千鳥クラスに警備をさせればそれでいい。
わざわざ久坂に告白女子の学校に、おたくの生徒さんこんなことやってますよ、なんて伝えなくても、今年から報国院は他校にチケット配らないんです、と言えば済むだけのはずなのに。
「ああいう素行が悪い生徒が、報国院に来ないほうがいいだろ?」
「いやー、千鳥だって実際は相当だろ?」
素行で言うなら、報国院には千鳥クラスがあるのであまりえらそうには言えない。
「お前、なに考えてんだよ。言えよ」
好奇心と興味から、山縣は雪充をせっついた。
この雪充が関係のない動きをするはずもないし、ならばなぜ、こんな面倒くさいことをやらかすのかが理解できなかったからだ。
幾久は信じないが、雪充は策略家だ。
あれこれ余計なことを考えて、今回の児玉の件のようにうまくいかないこともあるが、大抵は上手にやってのける。
ちゃんと、それなりに、性格のよろしくない部分も持っている、策略家の雪充が何を考えているのかが山縣は知りたいのだ。
「……もし、他校全部に、桜柳祭のチケットを配らなかったら、なんでだって言われるだろ?」
「まあな」
枚数が決まっているといはいえ、毎年タダでもらえているものが貰えず、しかも女子にとっては有能な男子を捕まえられるかもしれないチャンスだ。
それがなくなれば、文句が出るのはわかりきっている。
「でも、うちの生徒に言い寄って来た生徒が桜柳祭に来ないとは考えられないし、そもそも素行が悪いし、そんな生徒が校内で情報をたれ流したり、実況したり、タバコを吸って火事になったり、酒持ち込んだり、あげく男となにかしでかなさいとは言えませんよね?というわけで、今回はあくまでも一時的な措置として、ウィステリア以外をお断りしますと。ただし、個人的にチケットを入手される場合はかまいませんとしておけば」
「!なるほど、クレームがうちではなく、そっちの女子の学校に向かう」
「そういうことだよ。クレーム処理に時間をさきたくないんだ」
山縣は感心して手を打った。
「はっはー、感心するわオメー。ま、そうしとけば逆に、今回の問題の犯人探しにみな走るわな」
「その間に桜柳祭の準備にも受験にも集中できる」
雪充のことだ、絶対に無駄な動きは一切しないはずでも、やはりあれこれイレギュラーは発生しているのだろう。
「告白女子かーわいそー。ちょっとはしゃいで、ここいら一帯の女子敵に回すのかよ」
自分がその女子の情報を探って持ってきたくせに山縣はそんな風に言う。
「おかげでやりやすくなったよ。こういうのは三吉先生が得意だから、交渉に出てもらう」
そうすれば去年みたいに、よくわからない女子が大量に来ることもないだろう。
昨年は舞台が良かったせいもあって余計に混乱がひどかった。
そのせいなのか、久坂と高杉の評判もいろんな意味であっちこっちに広まったのだが。
「これで少しは平和に事が運べるんじゃないかな。いっくんが無駄におびえなくて済みそうだ」
「まーた一年かよ」
「当然だろ。御門寮を守ってもらうためには何でもするよ」
雪充は御門寮を愛していて、幾久の事も可愛がっている。
「オメーがんな策略家だって、アイツが知ったらなんて思うだろーな」
「気づかないよ」
雪充はにっこり微笑んで言った。
「いっくんは素直だし、僕を良いようにしか見ていないから大丈夫。そのように行動してるしね」
「あーそーでしょーとも。お前の事、ヒーローだっつってたもんな」
困ったときに颯爽と現れて解決するヒーローだ、って憧れを丸出しにしている生意気一年が、この雪充を見たらほんとなんて思うか。
いや、なんとも思わねーな、と山縣も思う。
「あいつもう思い込んじゃってるもんな」
「そういうこと。僕はいっくんのあこがれの御門寮のシンボルでなけりゃ、いっくんがそうなってはくれないだろ?」
にっこりとほほ笑む雪充に、やっぱこいつ性格悪りーじゃねーかよ、と山縣は思うが当然言わない。
「理想を押し付けんのどうよ」
「押し付けてはないよ?ただ、こうあってほしいなとは思ってるけど」
「そそのかしてるの間違いだったな」
「言葉が悪いなあ」
「間違ってはねーじゃん」
「まぁね」
雪充は笑う。本当は雪充だって、御門寮に帰りたかったのだ。それを知っているからこそ、山縣もこうして協力しているのだけど。
(ま、俺のは殆ど高杉の為にやってるけどな!)
雪充が不在の分、高杉にも負担は多くなる。
あの一年どもがうまく高杉を助けるとはこれっぽっちも思わないが、高杉の救いになるのなら山縣にはそれでいい。
「ま、残念だったが御門寮に入ることすらできねーわけじゃなし、トッキ―みてーに遊びに来ればいいんじゃね?」
「さすがに恭王寮の提督が、用事もないのに行くわけにはいかないよ。御門寮のほうが学校より遠いんだし」
帰り道であれば、寄ったということが出来るけれどさすがに御門は遠いのでそんなわけにもいかない。
「それに、僕だって御門寮をあきらめたわけじゃないよ。高校を卒業しても寮はあるんだし」
山縣は驚く。
いや、驚いたのは雪充が大学の寮に入るかどうかではない。
報国院は私立で金持ちだ。
卒業生が希望する大学の近くに報国院の経営する寮が実は存在していて、そこは当然OBしか入れないので第二の報国院のようになっているのは山縣も知っているが。
ひょっとして。
ひょっとして、こいつは。
山縣はごくりと唾をのみこんだ。
「おめー、今回御門諦めたの、大学で再構築すりゃいいって考えたからなのかよ」
確かに久坂も高杉も、進路は雪充の後を追いかけるだろう。学部は違っても同じ大学を選ぶのは容易に想像がつく。
だけどまさか、あのポンコツ現在やっと鷹になった元鳩の生意気一年生までも、雪充は引っ張るつもりなのか。
御門寮で楽しく過ごしたかった事がかなわなかったストレスを、他人の人生ごとまるっと引っ張り上げてしまうつもりなのか。
引く山縣に、ふっと雪充は人の悪い笑みを受かべた。
「僕は諦めない性格って、山縣も知ってるだろ」
「オメー、実はとことん根暗な」
確かにそれなら、今回にこだわることは無い。
ほんの三年、待ってさえいれば雪充にあこがれているポンコツ一年は必死の思いで先輩連中を追いかけてくるだろうことは想像がつく。
東京育ち、パパは官僚、そんな環境があの一年に響かなかったのは今を見れば判る。
ということは、やっと手に入れたこの至福の時間を長引かせようとするだろう。
それを判ったうえで、こいつはそのうちあの一年を自分の人生のレールに引っ張り込もうとしているのだ。
自分の理想の御門寮の為に。
仲間外れもどうかと思うが、クモの糸みたいに絡ませるのもどうかだ、と山縣は思う。ただ、当然そんなことは幾久には言わないが。
「頭いいやつってやーね。人を操るのをなーんとも思ってないんだから」
「山縣だってお手の物だろ」
「俺なんかガチャの確立も、よー操りきりませんや」
本当にこいつは人が悪い。
まあそうでなければ、久坂に高杉、栄人に赤根に時山まで存在する、あの御門寮の総督なんかできるはずもなかった。
雪充は言う。
「本当なら、恭王寮はタマに預けて後期は御門に帰ってさ、のんびり受験勉強でもしようと思ってたのになあ」
まるで毎日が友人の家に泊まっているような、そんな雰囲気だった御門寮に、帰れたらどんなに良かっただろう。
ただ、帰れないものは仕方がない。
雪充にはこれから仕事がたくさんある。
地球部ではなく桜柳祭を選んだのも自分で、恭王寮に残ることを選んだのも自分だ。
「なかなかうまくはいかねーってことだ。所でおめー、ちょっとこれ、かるーくやってみねえ?」
スマホのゲームを立ち上げて、山縣が差し出す。
「またゲームか」
「ぬかせ。ゲーム以外俺になにがある」
呆れながらも言われたとおりにすると、山縣が「うおお」とうなり声をあげた。
またレアなやつが出たのだろう。
「ほんっとなんでその気がない奴に限って、こういうの当たるんだろーな」
全くそこは山縣に同意だ。
雪充も恭王寮に興味はなかったのに、押し付けられてしまったのだから。
「案外、そういうものなのかもな」
雪充がぼそっと呟いた。
「欲しいと思ってると手に入らないし、なにも考えていないと案外手に入ったりするし」
かといえば、執念みたいなもので、嫌な目にあいつつも結果、望みどおりのものを手に入れた児玉だとか。
そういう意味なら、幾久は最強のものを手に入れるのかもしれない。
雪充はふと思って山縣に尋ねた。
「いっくんは何が望みなのかなあ」
山縣は少し考えて、答えた。
「しろくまじゃね?あいつ夏中、ずーっとしろくましろくま呟いてて、冷凍庫えらいことなってたわ」
「寒くなったらかき氷はダメだよね」
「レンジでチンして出してやれ」
山縣の言葉に雪充は、いっくんが喜ぶならそうするけど、と言うと多分喜ばねーよ、と山縣は返した。
「さて、桜柳祭、どうなるかな。頑張らないと」
雪充の呟きに山縣も、そうだな、と返す。
雪充にとって、一年生へは最初で最後。
教えるチャンスは一度きりの、大切な桜柳祭。
伝えたいことが上手に伝えられればいいのに。
未熟さが判る自分には、どうすればいいか判らない。
ただ積み重ねられたものを処理するだけで精いっぱいだ。
「せめて先輩に泥塗らないようにしないとなあ」
雪充が言うと、山縣が答えた。
「師匠の顔に泥を塗るのは、長州の伝統じゃねえの?」
しゃれた地元ネタを取り出した山縣に雪充は吹き出し、「確かに」と笑い、山縣も「いま俺、けっこううまいこと言ったよな」「言った言った」と盛り上がった。
「良かった、じゃあ先輩になんか言われたらそう答えよう」
「そーだよな。これ長州限定の鉄板ネタになんじゃん」
「山縣ってホント、面白いな」
「ホント俺ってたまに面白いわ」
2人は笑い、そうして甘いものをつつきながら、それから暫くどうでもいい話を長く続けたのだった。
メン・イン・ブラックⅡ・終わり
『長州は師の顔に泥を塗るのが伝統』というのは、吉田松陰先生の顔に、うっかり泥を落としたという品川弥二郎の逸話のことを言ってます。
勿論そんな伝統はありません(笑)




