メン・イン・ブラック(2)
「お前の手腕は素直にスゲエと思うけど、それでも全部が全部、上手に動くわけじゃねーよ」
山縣は言う。
「お前が思っている以上に、世の中馬鹿ばっかりでできてんだよ。話を聞いて頷いてても、本当にわかってる奴なんか殆どいねえ。お前の前では頷いてても、そりゃ殆ど嘘だと思えって。本人は理解したつもりになってるかもしれねえけどな。高杉や久坂とは訳が違うんだよ。そこんとこがまだ完全に理解できてねーよ、お前は」
「返す言葉もないよ」
雪充は肩を落して言った。
「見ればわかると思ってたけど、山縣の言うとおり、認めないっていうのはホントどうしようもないな」
「だろ?そういうの、お前もしっかり理解しろ」
優等生の雪充の言葉と、嫌われ者の山縣が言う言葉は、同じ内容であっても受け入れられ方が違う。
そのことを雪充は山縣から教わった。どうして同じ内容なのに、言う人が違うだけでこんなに理解されないのだろうとずっと不思議に思っていた。
山縣にしてみたら、それは当たり前の事らしかったが。
「いっくんをこれ以上悩ませるわけにはいかないな」
本当は児玉を育てて恭王寮においておきたかったが、どうもそれもうまくいかなそうだ。
「一年はともかく、こっちだって二年連中、お前が帰って来るもんと思ってるからな」
そりゃ、あいつらのこった、帰ってこない場合もそこそこ考えてはいるだろーけどよ、と山縣は言う。
そうだろうと雪充も思う。
「……帰りたいな」
ぼそりと雪充は呟いた。責任ばかりの恭王寮よりは、責任があっても我が家のような御門なら納得できたのに、行きたくもない寮の管理を任されて面倒が山ほどあって。してやってもいいから、最後くらい御門に帰らせて欲しいとずっとそう思ってきたのに、余計なトラブルのお陰でとんだとばっちりだ。
「それならそれで片付けろ。忙しいのもお前の都合だろ」
容赦ない山縣の言葉は、あまりにもオブラートがなくて逆にさわやかとすら感じてしまう。
「山縣は山縣だなあ」
「俺様は俺様よ」
ふんと山縣は鼻を鳴らす。
「ま、帰れるならそれでも俺はかまわねーが、そうじゃないならフォローしろよ。高杉、部活でも部長やってんだろ。負担増やしてやるな」
「それは判ってるつもり。部活は有能な一年をつけているから大丈夫じゃないかな」
「フーン」
雪充の後釜としても、高杉の跡継ぎとしても、一年鳳の御堀は申し分ない。雪充も夏休みに学校関係の英国留学に御堀と一緒に参加したが、見所のある一年だった。
山縣がメニューを手に取り言った。
「豆かんくおーぜ」
「いいね」
ここは甘味も充実していて、二人ともここの豆かんが好物だった。
食事の後に必ず甘いものを頼むのも恒例だ。だからここでは長居をするし、それが目的の客も多かった。
「御門にずっといられたらなあ」
豆かんをスプーンですくいながら、雪充が言った。
「そしたらいっくんも居るし、楽しそうだったのに」
恭王寮で一年に手をやいているから、雪充になついている幾久一人の御門が本当にうらやましい。
「ばーか。数の問題だ。テメーんとこでも一年一人だったら、おりこうさんだったにちげーねえわ」
「そうかな」
「そーだよ」
ま、と山縣は付け加える。
「うちの一年は、おりこうさんとは言い難いがな」
入寮早々、山縣と喧嘩したことを雪充も知っているので苦笑するが、それでも山縣が面倒を見ているあたりが面白いなと思う。
「お前がこうして手助けしてやってるのなら、いい一年ってことじゃないか」
「バーカ。仕方ねえんだよ。一年がションボリーヌしてたら高杉が心配すっだろ。高杉の為にやってんだよ俺は」
「そっか」
山縣は相変わらず高杉を心酔しているらしい。それでも、結局幾久を救っていることには違いない。
「どうにかして、御門にやれないかな」
児玉を。雪充が名前を言わなくても、山縣にはそれが判ったらしい。誰を、とも何が、とも尋ねなかった。
「時期途中だろ。いくらオメーが提督でも難しいんじゃねえの」
出来ないことはないが、それだときっと問題は起こるだろう。
行きたい寮に行ってもいいのなら、学校が寮を生徒に示したりしない。そうでないから、皆少しでも望む寮に行こうとして、成績を上げようと頑張るのだから。
児玉は今回、鳳から鷹に落ちている。なにか起きない限り、途中での移動は認められない。
それに雪充としては、やはり恭王寮にいて欲しいのだ。あの、良くも悪くも流されやすい寮の性質なら、児玉のようにまっすぐなタイプが居れば、まっすぐなほうに流されるだろうから。
そう思って児玉を育てていたのだけど。
山縣は言う。
「進路なんか無理に変更させるもんじゃねーよ。どうせ行きたいほうに勝手に行くんだからな。来て欲しいなら呼ぶしかねえし、呼んでも駄目なら諦めろ。せいぜい、出来るのは行き先を伝えるくらいでレールを敷くほどの力はおれらにゃねえよ」
「……そうだな」
雪充だって自分がそこいらの高校生よりは役立つことを理解しているし、自負もある。
だけどそれは、せいぜい『超高校生』レベルであって、所詮は学生の枠を出ていない。
(大人なら、もっとうまくやれるのだろうか)
あの恭王寮の連中も、児玉のことも、もっと上手に片付けることができたのだろうか。
もしくは、誰も知らない間に、そっと先回りしてトラブルが起きないように処理したりできるのだろうか。
(難しいな)
今の自分じゃとうてい出来ない芸当だ。それが出来るようになればいいのに、と雪充は思う。
「呼び出した俺が言うのもなんだけど、ま、深く考えることもねーんじゃねえの。お前ができなきゃ誰もできねえよ」
「そりゃ、ありがたいお言葉だ」
いじめが発生しているのは知っている。だけど児玉がそれを静かにおさめたいと思っているのなら、雪充が強引にカタをつけるのも児玉を子供扱いしていることになってしまう。児玉はそういうのを何より嫌う。
「みんなが思うように、丸くおさまりゃそれがいいんだけどなあ」
雪充のため息まじりの言葉に山縣は、バーカ、と言う。
「丸くするには削るしかねえだろ。とりま、削りたいもんだけ選んどけ」
「……ほんっと山縣って時々感心するんだけど、それも漫画かアニメの台詞?」
「もしそうならどーすんだ」
「見たいなって思ってさ」
「安心しろ。俺のオリジナルだ」
どやぁ、という顔で胸を張って見せるが、じゃあいいや、と言うとなんだよ、と顔をしかめてみせる。
誰も知らないホットラインは、山縣にとっては高杉を救うためのものだったけれど、さりげなくこうして、御門も雪充も、幾久も救っているのだと思うと感慨深いものがあった。
初めて山縣に会った、というよりきちんと認識した日のことを雪充は思い出す。
あれは三年前、中学生の頃のことだ。
驚くほどでっぷりと太っていて、目つきは鋭く、態度は悪い。その割りに、高杉を妙に気に入って、高杉が教師からも煙たがられ、嫌がらせされているのを察して雪充に話を伝えた。
瞬間の判断力と、察する能力と、悪巧みのすさまじさと言ったら他の追随を許さなかった。
成績は下の下の下、といってもいいくらいだったのに、高杉の進路が報国院の鳳と知るや、すさまじいスピードで情報を集め、雪充に教えを乞い、入学時は無理だったが、結局高杉が入学するまでに鳳に入って御門へ移動してみせた。
その行動力は、すごいと雪充も思っている。
「今回も映研には世話になるよ。そろそろハルから話あるんじゃないのかな」
「高杉の為ならなんでもやるぜ俺は」
ふふんと顎を持ち上げて威張ってみせる。確かにそうだろう、山縣の協力のお陰で昨年の舞台もそうとういいできばえのものになった。
「去年の評判から考えても、今年もお客は多そうだね」
「おう。こっちは金さえ貰えばそれでいいわ」
地球部の売り上げはちゃんと配分が決まっていて、美術、軽音、映研でもチケットの売り上げの一部が回される。それに映研は地球部のポラも売ったりする。
「今年は見栄えのいい一年も多いから、期待できそうだよ」
幾久は知らないが、舞台以外にも実は地球部は写真を一緒に撮るというサービスを行っていて、ポラロイドの写真を売ったりもしている。
きっと今年は大人気になるだろうな、でもいっくんきっと照れるだろうな、と思うと雪充はちょっと笑ってしまう。
「部活ができないのは残念だけど、実行委員としてできる限りのサポートはするよ」
「おう。期待しとるわ。映像は任せとけ」
山縣が言う。これで映像は大丈夫だ。あとは軽音部だが、こっちも雪充には児玉がついているし、知り合いも居る。問題はないだろう。美術部ともいい関係を築いているし、衣装も協力は得られる。
「じゃあ、後は恭王寮の問題だけか」
雪充が言うと、山縣が言う。
「しゃあねえよな。ま、ガンバレ。応援しかしねーけど」
山縣に雪充は、ああ、ありがとうと口先だけの礼を告げるが、それだけでも随分とありがたかった。
ふたりして甘いものを食べ終わった。お茶のおかわりを貰い、時間を見た。まだゆっくりしても問題ない時間だ。雪充はほっと肩の力を抜いた。
「ところで山縣、進路は決めたのか?」
雪充が尋ねると山縣は、「おま、ほんと真面目な。高校生らしいマトモな話題なんか振るな」と呆れた顔で返し、そうだな、と雪充も笑ったのだった。
メン・イン・ブラック・終わり