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御門寮の兄弟たち

 毛利が尋ねた。

「後任はどーする」

「一年の桂弥太郎を考えてます。成績も上がってますし、本人も目指しているので、後期は鷹でしょう。いま寮に居る一年生からの信頼も厚いですし、人間性も問題ありません。ただ、いきなりは難しいでしょうから、できれば二年の入江をこちらへ貰おうかと」

「入江か」

 毛利もそれはいいかもな、と顎をさする。

「あいつは朶寮、向いてねーもんなあ。万年鷹だし」

「そのあたりも踏まえて、二年入江と、あと一年鳳の服部もどうかと」

「ハットリ君か。そりゃいい。あのメカオタクなら恭王寮は宝の山だろ」

 どちらも地球部に所属しているので、雪充は性格をよく知っている。あの二人なら、児玉のいない穴を埋めても充分だろう。

「そうすれば、来年の提督は入江に任せられますし、その後はうまくいけば弥太郎、無理でも服部がいます。もしくは二人に任せればいいかと」

 これなら恭王寮はうまく機能するだろう。自分が卒業した後も、上手に後続を育ててくれるに違いない。

「判った。じゃあ、入江と服部はどーする?呼び出すか?」

「僕が聞いてみます。もし希望したら、期途中の移寮も許可お願いできますか?」

「そりゃ本人が良いって言えばな。早いほうがお前もいいだろ」

 どうせ、嫌がっても学校は強引に寮を移すことが出来る。そうやって報国院は寮の秩序をずっと守ってきたのだから。

「じゃあ、一年の児玉は御門でいいんだな?」

「ええ。児玉と御門の乃木は仲が良いですし、うまくやるでしょう」

「そうじゃねえよ。児玉と御門の良し悪しじゃなくて、俺はお前の気持ちを聞いてんの」

 毛利が言うと、雪充は少し面食らったようだった。

 だが、毛利の気持ちも判って、つい笑ってしまった。

「なんだよ。何がおかしい」

「いえ、先生って先生だったんだなあって」

 子供の頃から知っている毛利は、本当に子供の雪充から見てもヤンチャ坊主でいつも叱られていてどうしようもない悪童っぷりだったのに。

「殿、ご立派になられました」

 ふざけて雪充が、高杉の物真似をすると毛利ははぁ?と凄んで見せた。

「まー、俺は殿だからな!家臣のことはよく見ておかないと」

「でも結局なにもできませんけどね」

 三吉の突っ込みにうるせえな、と毛利が返す。

 雪充が言った。

「思い出なら、どうしてもと拘るでしょうけど。どうせもうすぐ大学だし、一年、二年の我慢です」

 雪充の言葉に毛利と三吉が顔を上げた。

 そこまで考えての結論なら、もう心配することもないと思ったからだ。

 雪充はこの学校ではなく、もう先を見据えている。

 それがやせ我慢なのか、無理に出した結論なのか、それとも本当に納得しているのかは判らない。

 ただ、目の前の大人ぶった雪充が大人になろうとしているのなら、毛利も三吉も邪魔するべきでなかった。


 最初はなんでも真似からだぞ。

 そうはるか昔に教えた頃から、真面目な雪充はなにも変わっていなかった。


「じゃ、児玉は早めに御門に移せ。判ったな」

「―――――はい、」

 毛利が命令する。雪充は頷き、頭を下げ、ご無礼しますと職員室から出て行った。



 雪充が出て行った後、三吉が言った。

「……やるじゃないですか」

「アイツ、ほんと真面目だよなあ」

 ふうとため息をつく毛利に三吉が「違いますよ」と返す。

「生徒にじゃなく自分で責任負ったでしょ。誉めてつかわしますよ、殿」

 めずらしい三吉の誉め言葉ではあるが、相変わらずの尊大なもの言いに毛利が怒鳴った。

「だからなんでお前は素直に俺の事誉めらんないの?!」

 移寮の許可を出せば、雪充の言い分を学校が受け入れたことになり、それでは責任は雪充にかかる。

 だから毛利はあくまで雪充の言い分を聞きはしても、毛利自身が命令を出した。

「充分働いてるだろあいつは。ガキがそこまで負うこたねーよ」

 ふんと鼻を鳴らす毛利に、三吉はやれやれ、と苦笑した。

 もうすぐ、御門の責任者である高杉が来る。たぶん久坂も。聡い二人はもう気づいているだろう。

「先生って因果な商売ですよね」

「そうだなあ」

 本当にこんな事、だれがしようと思うものか。

 杉松の代わりでないのなら。

 毛利と三吉はそう思った。



 職員室から出ると、すでに幾久と児玉、弥太郎が雪充を待っていた。

「雪ちゃん先輩!」

 三人が慌てて傍へ寄ってくる。ずいぶん心配したのだろう、表情が全員こわばっている。

(早くこうするべきだった)

 つい、物分りのいい一年に甘えてしまった事を雪充は反省し、三人に告げた。

「タマの移寮が決まったよ」

 三人が雪充をじっと見つめ、雪充は笑顔で答えた。

「タマは今日から正式に、御門寮だ」


「やっ、」

「た―――――ッ!!!!!」

「ばんざーい!!!!」

 幾久と児玉と弥太郎が全員でハイタッチして喜んだ。

「幾久、俺、御門だ!」

「うん、本当に、おめでとうタマ!」

「なに言ってんだよ、お前のおかげじゃん!」

 そう言って喜ぶ幾久と児玉だったが、弥太郎が、はた、と気づいた。

「でも……雪ちゃん先輩は?」

「え?」

 幾久はどうして雪充が関係あるのだろうか、と弥太郎を見る。弥太郎は雪充に言った。

「雪ちゃん先輩、タマを恭王の跡継ぎにしてるって、そう育ててるって、言ってましたよね。タマなら、前期と中期で育つから、そしたら雪ちゃん先輩、御門に帰れるかもしれないって」


 しまった、と雪充は苦笑いした。

 なにかのはずみで、つい弥太郎には喋っていたのだった。何かの時の為に、知っておいて貰おうと。


「うん。だから、タマには恭王寮の後は頼めないから、弥太郎にちょっと頑張ってもらって。他寮の二年生とかにもね、来てもらうよう頼むつもりだよ」

 児玉が青ざめて雪充を見た。まさか、そんなことになっているとは考えもしなかったからだ。

「じゃあ、雪ちゃん先輩、俺のせいで御門寮に帰れないんすか?」

 ここで下手なごまかしをすれば、きっと児玉は御門寮には行かなくなる。

 それを察した雪充は、正直に児玉に答えた。

「僕は卒業まで―――――恭王寮に居る」

 児玉の表情が、絶望に固まった。雪充は告げた。

「タマ、僕の代わりに御門寮へ行け」

「行けないっす!」

「いいから聞けって」

 児玉は首を横に振った。

「聞けないっす!だって俺の我侭で雪ちゃん先輩、御門寮に帰れないんすよ?!そんなの駄目に決まってる!」

 まさか、自分をそう育てているなんて児玉は考えもしていなかった。雪充が自分に期待をかけて、育てて、待っていて、児玉なら中期までに恭王寮をまとめる能力があるからと思ったからこそ、そうしてくれていたのだろう。

 それなのに自分は、そんな雪充の気持ちに全く気づかず、御門に行きたいと我侭ばかりで、雪充の願いを壊してしまった。

 雪充は二年も、あの寮に居たのに。ずっとそこで過ごしてきたのに。きっと御門の先輩たちもみんな、雪充を待っているに違いないのに。

 だけど雪充は静かに首を横に振った。

「最初から、僕の我侭なんだよ。恭王寮に行ったときから、こうなるんじゃないのかなって気はしてた」

 児玉は顔を上げ、雪充を見つめた。

「僕が思い出づくりに御門に帰るよりはさ、先の事を考えるべきだと思うんだ。僕が後期だけ御門に戻るより、この先タマが御門にいたほうがずっといい。御門の一年生はいっくん一人だし。寮の運営は一人じゃ難しいよ」

「でも、でも雪ちゃん先輩、あんなに御門を好きなのに」

 児玉が堪えきれず涙を浮かべた。そう、こんな児玉だから、譲っていいと思ったのだ。きっと児玉なら、雪充が心から愛したあの寮を、大切に守ってくれるだろうから。

 雪充はおどけた雰囲気で児玉に言った。

「僕としては、これで御門の支配権も、恭王の支配権も実質握ったみたいなものだからさ。役得だよ」

 嘘ばっかりだとそこに居る全員が判っている。

 だけど優しくてかなしい茶番を、雪充は続けた。

 児玉はとうとう、涙を零した。

「雪ちゃん先輩、すみません、ごめんなさい、俺のせいで、こんな事に」

 雪充は首を横に振る。

「タマ、こういうときはね。先輩、ありがとうございますって言うもんだよ」

 ごめんなさいでも、俺のせいで、でもなく。

 雪充も間違いなく、自分の意思で動いたのだから。

 児玉は呻くように告げた。

「雪ちゃん先輩、ありがとう、ございます」

 唇を引き結び、これ以上みっともないところを見せないように。でも、雪充は微笑んで児玉に告げた。

「顔あげな、タマ」

 雪充は児玉の制服についている、恭王寮のバッジを外した。

「これはもう、いらないね」

 寮バッジを外し、児玉へ握らせると雪充は児玉の制服に、別の寮のバッジを付けた。

 それは児玉が幼い頃に見た、あこがれの御門の赤いバッジだ。一年生では、幾久に続く二人目の。

「これ、雪ちゃん先輩、の……?」

 雪充は静かに微笑んで、バッジをつけ終わると、児玉の胸を軽く叩いた。

「御門寮を頼むよ、タマ」

「はい、雪ちゃん先輩……はい!絶対に!」

「いっくんもね。頼んだよ」

「はい、雪ちゃん先輩」

(僕の愛した御門を、きっとこの二人も愛してくれる)

 雪充は願う。

 どうかこの二人にとっても、大切な寮になりますように、と。

 二人はとうとう堪えきれず、唇を噛み締めて我慢していたのに泣き出してしまった。

「泣くなよ、もう。僕がいじめたみたいじゃないか」

「雪ちゃん先輩の、せいっす」

「そうっすよ。雪ちゃん先輩のせいっす」

 幾久が鼻をすすり、児玉が泣く。弥太郎も少し泣きそうな顔になっている。

 幾久と児玉はとうとう本気で泣き出してしまい、二人は雪充にしがみつく。

 雪充は困って笑うしかなくなった。

「もう、泣くなって」

「無理っす」

「無理っす」

 そう二人は言い、雪充を離さない。本当に手間のかかる甘ったれで泣き虫な弟達だ。


 高杉と久坂が現れた。職員室に呼ばれたのだろう。

 泣いている幾久と児玉を見て、高杉が雪充に笑って告げた。

「おい雪、いつのまに二人も子供つくったんじゃ」

「本当だ。お子さん泣かしちゃだめじゃん」

 そう言って茶化してやるのは、二人なりの雪充への餞だ。これを見ればもう判る。なにがおこって、なにがあったのか。

 雪充は負けず、笑って高杉と久坂に言った。


「お兄ちゃんたち、ちゃんと面倒みろよ。弟だろ」


 その言葉に、高杉と久坂はなにがあったのかを悟り、そうして少し寂しげに呟いた。

「そっか。雪ちゃん、決めたんだ」

「仕方ねえの」

 やれやれ、と高杉は苦笑した。

「ほんと、仕方ないよね、御門の子ってさ」

 雪充が言って笑うと、久坂が笑った。

「じゃあ雪ちゃんが一番仕方ないじゃん。長男なんだから」

 目を見開くと、目の前には寂しそうだけど、どこか諦めたような、それでいてたのもしい弟が二人笑っていた。

 御門寮は、弟達のものだ。

 心の中では無意識に御門寮の総督だった雪充は、今、本当に御門寮の任を自分で解いたのだ。


(ひょっとして、だから山縣のやつ)


 誰が三年っていう理由だけで総督なんかするかよ、めんどくせえバーカ、どうせお前帰ってくるんだから暫定総督でいーだろ、は?高杉に決まってんじゃん、高杉総督、かっけえじゃん、高杉に決まりな!


 春、恭王寮に移寮が決まったとき、そう言って御門寮の総督を断った山縣の言葉を思い出して、やっぱりあいつって、ほんとらしいよな、と苦笑する。

(山縣の気遣いも、無駄にしちゃったな)

 今度謝ろう、と思いながら雪充は弟達の顔を上げさせた。泣くなよ、そう言って涙をふいてやって。

「ホラいっくんもう泣くな。折角次の弟が出来たのに」

「そうじゃぞ。このままじゃお前、末っ子のままじゃぞ」

「そんなん、どうでもいいっす」

 泣く幾久に、高杉も久坂も苦笑する。宥めるのにどうしようか。甘いものでも買ってやろうか。そんな風に笑いながら。


 赤く輝く御門のバッジをつけた雪充の弟達は、末っ子達が泣き止むまで、そこでいつまでも笑っていた。



 御門寮に一人、弟が増えた。

 一年鷹の、児玉無一。

 元泣き虫。

 今も、時々、少しだけ。





 虎視眈々・終わり

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