表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/497

きみがいるだけで

 幾久が驚いている間にも児玉は笑顔で説明した。

「俺、あっこ向いてねえわ。だから恭王寮出てきた。あと、あいつの腹に一発入れちまった」

 児玉が拳をじっと見つめるのを見て、幾久は更に驚いた。

「えぇっ?!タマ、ボクシングやってたんじゃ」

「やってるけど?」

「えっ、でも、だって、そんなんしたら、いろいろとまずいんじゃ」

 おろおろする幾久に児玉は言う。

「幾久落ち着けって」

「や、そんなん無理だって。ど、どうしたの、相手怪我とか」

「ゲロ吐いてた」

「うわあ」

「手加減したんだぞ、一応」

 そこははっきりと児玉は言う。

「でもなんかこたえたみてーでさ」

「そりゃこたるだろ……」

 元鷹はどう見ても体育会系ではないし、鍛えた様子もない。

 そんな鍛えてない奴に、いくら手加減したとはいえ、腹に一発食らえば吐きもするだろう。

「オレ、なんか思い出しゲロしそう」

「なに幾久、殴られたことあんのかよ」

 意外だなあ、と児玉が言うが、ちげーよ、と返す。

「たまにボール、腹にくらうから」

「ああ、サッカーでか」

 幾久は今はやっていないが、昔はサッカーチームに所属していた。

「腹ってキッツイんだよなー」

 幾久は過去の事を思い出しそうになってしまった。

「そうだ、それよりもどーすんだよタマ!寮出って、一体」

「詳しく話してーんだけどさ、なにぶん俺寮出だから、御門寮に入るわけにはいかねーんだよな」

「は?」

「というわけで、暫く野宿させてもらうわ」

「えぇえええ?」

 児玉はずんずん御門寮の敷地内に入っていく。

「うわー、ホントまじでやべー広いわー」

 きょろきょろと周りを見渡すも、寮の前の石に腰掛けた。

「ま、わりいけど、トイレとか貸してって先輩に言ってくんね?ここ確か、外にトイレあるんだよな?」

「あるけどさ、ちょっと待てって」

 御門寮の中はとてつもなく広いし、建物も御門寮だけでなく、離れの茶室や東屋や、蔵もあるのでトイレも当然いくつもある。

 幾久はあまりの事についていけず、どうしようかと考えて、「先輩に相談してくる」というのだけが精一杯だった。



「……というわけで、どうしたらいいでしょうか」

 幾久の言葉に、先輩達は頭を抱えていた。

「そんなの、どねせえと」

 高杉は頭を抱えていた。

「雪ちゃんからは連絡ないんだよね?」

 久坂に高杉は頷いた。久坂は言う。

「ってことは、ここに居るのを知らないか、もしくはこっちからの連絡待ちってことかあ」

 久坂の言葉に、高杉ははぁーっと長い長いため息をついた。

「雪に電話してくる……」

 面倒が襲ってきたので、処理する前から疲れてしまったのだろう。

 ふらつきながら高杉は部屋へ向かい、居間には幾久と吉田、そして久坂が残されている。

「野宿ったってねえ」

 吉田がうーんと腕を組む。

「寝袋は持ってきたって言ってました」

「あ、じゃいいんじゃない?」

 久坂が言うが、吉田がいやあ、と首をかしげる。

「さすがにいくら名前がタマちゃんだからって、そんなわけにはいかないでしょ。せめてダンボールとか」

「いやいやいやいやいや」

 先輩達の、ふざけているんだか本気なんだか判らないおしゃべりに付き合う余裕は幾久にもない。

「真面目に考えてくださいよ、寮出てくるとか尋常じゃないっすよ」

「そうでもないよ、寮で喧嘩して出て行くとか、あることだし」

 吉田の言葉に幾久は驚く。

「えー?マジっすか?」

「マジマジ」

 吉田の言葉に久坂も頷く。

「モウリーニョもよしひろも、学生の頃報国寮を追い出されて、兄の居た御門に来たって言ってたし」

「まじっすか」

 六花は昔、あの二人が御門寮を壊して久坂の家が寮になったと言っていたが、じゃああの先生たちは、報国寮で問題をおこした上に、御門寮まで壊したのか。

(どんだけ問題児だったんだ、あの二人)

 そして杉松はどれだけ巻き込まれたのだろうか。

 考えると気の毒になってしまった。

「なんかけっこうデンジャラスっすね、報国院」

「そりゃ寮だからいろいろあるっしょ」

 生徒全員が同じ寮なら、諦めるのかもしれないけれど、なにぶん人数が少ないとこういうこともあるのだという。

「でも恭王寮では珍しいでしょ。あそこ大人しいの揃えてるのに」

 吉田の言葉に久坂も頷く。

「しかも雪ちゃんが提督なのに、止めきらないとかおかしいね」

 髪をかきあげながら無駄にイケメンを浪費しつつ、久坂が言う。

「タマが寮出てくるなんて、よっぽど、っすよ」

 これまでの我慢を知っている幾久は言う。

「だから、もうどうしようもないんだと思う、っす」

「そのあたりも雪ちゃんに聞くしかないね……って、ハル、雪ちゃんなんて?」

 スマホを持った高杉が居間に戻って来た。ひどく渋い顔をしているが、さっきよりは少しマシだ。

「幾久、お前いまから離れの茶室に行け」

「え?」

「あそこなら掃除もされちょるし、エアコンもついちょる。布団運んで、今夜は児玉と一緒に寝てやれ」

「―――――はい!」

 高杉の言葉に、幾久は喜んだ。児玉が野宿しなくて済むからだ。

「オレ、布団運ぶっス!」

「手伝うよ」

 吉田が立ち上がろうとしたが、高杉がそれを止めた。

「いや、栄人はここにおってくれ」

「栄人先輩、ふとん運ぶくらいオレ一人でできるっす」

 夏の布団だから重いのは敷き布団だけだし、玄関を出れば児玉が居る。

「鍵、持ってくっす!」

 茶室の鍵を取り、幾久は玄関を開けた。



 本気で野宿するつもりだった児玉を説得し、幾久は布団を離れの茶室へ運んだ。

 茶室にしてはかなり広く、小さな家くらいの広さはある。報国院関係の催し物の際には、たまに使われる場所だそうだ。

 卒業生が泊まれるようにと、実はシャワーブースとミニキッチンにトイレまで完備されている。

「すげーな、御門寮。こんなんもあるのか」

 児玉が感心するが、幾久は答えた。

「なんかお金持ちの卒業生が、寄付してったものらしいよ」

「新しいし、立派だな」

 へー、と児玉が感心して茶室の中をまじまじと見る。

「しっかし、本当にいいのかな。オレ、マジで野宿するつもりだったんだけど」

 児玉の言葉に幾久が笑って言った。

「寮に入らなければ面目が立つから問題ないってさ。それに、一晩くらいなら寮出とか言わなくても、外出許可でどうにでもなるって、ハル先輩が言ってた」

「そっか」

 多分だが、幾久もこっちに追いやったのは、二年生は雪充と話し合いでもするのだろう。

(なんか、オレほんと子供ポジションだなあ)

 いざとなったら先輩に頼るしかなくて、おろおろするしかないし、結局のところ、先輩や、六花のような大人がいないと何もできない。

「なんか、なーんもできないよなあ、オレ」

「なんで?」

 暑い中を歩いてきたので汗びっしょりだった児玉は、シャワーをあびて着替えを済ませた。

 エアコンのきいたすずしい部屋に布団を並べて敷き、幾久と児玉は隣同士、横になった。

「結局、なにもかも先輩頼りになってるし」

「それ言うなら俺もだよ。雪ちゃん先輩頼りでしかねーもん」

 児玉は言う。

「あの状況から見て、雪ちゃん先輩が、なんとかしてくれるのは判ってんだけど結局俺もなんもやってない。正直迷惑しかかけてねーよ」

「そんなことないんじゃないのかな」

「ん?」

「だって雪ちゃん先輩、オレにタマのことは何とかするって約束してくれたから」

 幾久が言うと、児玉が驚いて幾久を見た。

「マジで?」

「マジだよ。雪ちゃん先輩、約束は守ってくれるもん」

 忙しいのに部活にも顔を出してくれているし、幾久の事も気にかけてくれている。

 本当に、雪充もこの御門寮に居てくれたらどんなに楽しかっただろうな、と思うくらいだ。

「……そっか。雪ちゃん先輩、やっぱり色々考えてくれてたのか」

 児玉が申し訳なさげにぼそりと呟く。

「雪ちゃん先輩、フォローしたいとか思ってんのに、俺も全然駄目だあ」

 はあ、と児玉は両腕を伸ばし、大の字になった。

「幾久」

「ん?」

「ごめんな」

「なにが?」

「……最初に会った頃、八つ当たりばっかして」

 幾久に対して好意的ではなく、むしろ好戦的だった事を児玉は謝る。

 幾久は笑って答えた。

「仕方ないって。オレだって自分のことしか考えてなかったし。それにタマ、そんなオレの事知らないときでも助けてくれたじゃん」

 ネクタイを盗られた時の事を言うと児玉は照れて、「別にお前のせいじゃない」と言う。

「そもそも、あいつらの友達だったみたいだし」

「だよな」

 幾久がネクタイを盗られてしまったのも、結局からんできた鳩のせいだ。

「そう思ったら、あいつしつけーよな、ホント」

「マジでな。あのしつこさ、勉強に生かせばいいのに」

「本当だよ!」

 そう言って顔を見合わせて笑う。

 児玉は横になったまま、天井を見つめて言った。

「ありがとな、幾久」

「なにが?」

「お前が報国院に来なかったら、俺、きっと一生杉松さんの事を知ることが出来なかった」

「そうかなあ」

「そうだよ。絶対に」

 確かにいろんな事が、ややこしくこんがらがって、偶然やなんかの結果に起こったことには間違いないが、幾久はそれが自分の力だなんて思えなかった。

 しかし、児玉ははっきりと告げた。

「お前ってさ、すごいもの、運んで来るんだな。杉松さん、あのお兄さんに会いたいっていう俺の夢が叶ったのは、幾久のおかげだ」

「おおげさだよタマ」

「おおげさなもんか。マジだって」

 少し怒ったふうに児玉が言うが、いまの幾久にはそれが照れ隠しなのだと判る。

 隣に寝転がって顔も見ていないのに、児玉の考えていることが手に取るように幾久には判った。

(瑞祥先輩と、ハル先輩も、いつもこんな風なのかな)

 二人でいれば、なんでも出来る気がする。

 幾久にとって児玉の居ない報国院は考えられなかった。

 ふいと児玉に顔を向けると、同時に児玉も幾久を見た。

 互いになんだよ、と笑っていると、児玉が言った。

「俺、御門に入ってみせる。もう戦うよ」

「うん」

 なんだかそっちの方がタマらしい。

「恭王寮の奴ら、元鷹の連中以外は悪い奴らでもなかったけど、なんかそれが嫌とかそういうのとは別レベルで、なんかもう、俺、御門しかねーわって、今日思ったね!」

「あはは」

 幾久が笑う、益々児玉らしいと思った。

「タマ、いざとなったらここに篭城とかしてみようか」

「お、それいいな。面白そうだ」

「だろ?」

 二人で先輩達の困った顔を想像したら、つい笑ってしまう。

「タマが御門に入れるように、なんかできること考えるよ。オレも」

 幾久の言葉に、児玉も素直に頷いた。

「そうだな。頼りにしてる、幾久」

「うん」

 二人は横に並んで、拳をこつんとくっつけた。


 おやすみ、という言葉もなく、安心すると二人同時に静かに眠りこけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ