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力の結論と結果

 確かに御門寮でなかったので、機嫌が良くなかったとは思う。

 勉強に必死で、周りが見えていなかったのも認める。

 でも、そこまで嫌がられるとも思ってもいなかった。

(面倒くせえな)

 共同で暮らすって、ここまで気遣いをしなければならないのだろうか。

 ひょっとして、自分は恭王寮に向いてないのではなく、共同生活に向いていないのだろうか。

 児玉が黙って考えていると、その隙をついて、Tシャツを隠されていた一年が前に出て、元鷹の首根っこをひっつかんだ。

「てめえ、俺のTシャツ隠してどーするつもりだったんだよ」

 元鷹は殴られないと信じているのか、ふんと鼻で笑って言った。

「そんなんアプリで売るつもりに決まってんだろ。しょーもないバンドの、たかがグッズじゃねえか」

「んだとっ!」

 殴りかかろうとする一年の手を児玉が引っ張る。

「だからやめろって!」

「なんだよ児玉!お前だってファンだろ!俺の気持ちわかるだろ!」

「判るけど、こんな奴殴るのやめろ!」

 しかし、児玉の制止は効かなかった。

 憧れのバンドの大切なTシャツを、本気であろうがなかろうが、盗んで売り飛ばそうとした、という発言がどうしても許せなかったのだろう、結局、元鷹を殴ってしまった。

 たいしたことのない、平手打ちでしかなかったけれど、その瞬間に、雪充が玄関のドアを開けた。

「ただいま……って、どうしたんだ、そんな団体で」

 笑って扉を開けたはずの雪充の表情が一気に曇る。

 なにが起こっているのかを、一瞬で悟ったからだ。


 緊迫した後輩たちの空気。

 しなければならない自分の役割と立場。

 そして、もう迫ってしまった結末に雪充は覚悟を決めなければならなかった。


(山縣、お前の言った通りになったよ)


 どんなに上手くやったつもりでも、誰もお前の望む通りにも、都合のいいようにも動いてくんねえぞ。

 せいぜい、出来るのは行き先を伝えるくらいでレールを敷くほどの力はおれらにゃねえよ。


 そうだな、と雪充は答えた。

 けれど多分、きちんと理解なんかしていなかった。

 そしていま目の前にして、ようやく雪充は完全に理解をすることになった。

 こうなるかもしれないと、うっすらと考えていた事が目の前で用意されていたかのように現実に起こってしまい、それは同時に雪充の願いが叶わなくなった事を意味していた。

 雪充は強引にここで静かにしろと命令もできるし、押さえつけることもできる。

 それだけの立場と信頼を持っている。

 恭王寮を平穏に運営すること、それが雪充の仕事だった。

 だけどそれは上手くいかなかった。

 目の前を見れば明らかだ。

 強引に蓋をしても、いずれ必ず蓋は破れる。

 では、するべきことは何か。これまで、雪充が守ってきたことは何なのか。

 知れたこと。

 御門寮らしくでもなく、恭王寮らしくでもない。

 報国院らしく行動する事だ。

(タマ、悪かった)

 雪充を慕う後輩に甘えて、無理をさせているのは判っていた。

 本当ならもっと早く、この寮から出してやるべきだった。

 強ければ何をしてもいい。そんな風に弱さを振りかざす連中を雪充も何度も見た。

 被害にもあった。

 こんなことからは逃れられない。

 本当に強ければ尚更。


 今、児玉が本気で怒っているのは雰囲気で見てとれた。

 元鷹の一年と児玉を避けていたはずの一年が、なぜか児玉は守るように自分の背に押しやっている。

 きっとタマを誤解して避けていた一年生らに、元鷹の策略がばれてしまった。そんな所だ。

 そしてタマは、自分を避けていた連中をかばってやっている。

 全く、そういうところが雪充がタマを後釜に据えたいと思ったところだったのに、それが逆に恭王寮の軋轢を助長させたのだというのなら、雪充の考えなんか稚拙なものだった。


 雪充は児玉に教えなければなかなかった。

 強いからこそ、手加減を知っているからこそ、怒るべきときには怒らなければならないのだと。

 そしてそれは、今でしかないのだと。


 じっと黙っている雪充に、元鷹が叩かれた頬をさすりながら告げた。

「桂提督!見てくださいよ、こいつらが一方的に暴力ふるってきて殴られたんですよ、おれら」

「そうなんすよ!」

 鳩も賛同する。

 いつの間にやら複数形になっていて、一年連中はそうやって自分たちが使われた手を知った。

「本当なのか、タマ」

 雪充の質問に、殴った一年生が怒鳴った。

「児玉じゃないです!俺です!」

「かばってんじゃねーよ」

 児玉に罪を押し付けようとする元鷹に、殴った一年が怒鳴り返した。

「かばってなんかねーわ!俺がやったんだよ!提督、そいつら、俺らをだましてたんすよ!」

「そーだよ!児玉が万引きしてるとか、嘘ばっかり!」

 しかし元鷹は言った。

「じゃあ児玉が生まれてこのかた万引きしたことねーっていう証拠出せよ。出せねーだろ?万引きくらい誰でもすんじゃん」

「しねーよ馬鹿か」

 児玉も流石にそれは言い返した。

「は?子供のときにそんくらい」

「するわけねーわ。常識ねーのかお前」

 児玉もさすがに呆れてしまい、つい思い切り馬鹿にしてしまった。

 と、鳩は児玉の足に向かって鞄を投げつけた。

「嘘つきの調子のりが!」

 そう言って児玉のTシャツを掴もうとした。

「やめろ」

 大切なTシャツをしわくちゃにされたらたまったもんじゃない、と思わず思い切り手を弾いてしまった。

 それで余計に、元鷹と鳩は激高した。

「てめえ、なめやがって!」

 もう取り繕う余裕もないのか、思い切り児玉を突き飛ばしてのしかかり、殴ろうとしたが、児玉は元鷹をつきとばし起き上がる。

 元々のスキルが違いすぎる。

 だから手を出さなかったのに。

 児玉が手を出せないのは知っているから、元鷹はわざと児玉のTシャツを掴み、怒鳴った。

 後ろから鳩が児玉の足を蹴っ飛ばすのを、他の一年が止めようと間に入ってきてもみあいになった。

 元鷹が児玉に怒鳴る。

「そうやって武術やってるだの、ボクシングだの、フリばっかしてんじゃねーよ!鷹落ちしたら次は鳩だな!乃木にネクタイもらったらどーだよ?あ、そっか、乃木も一緒に落ちるから一本たりねーのか!お前らの頭と一緒だな!」

「なんだと?」

 幾久の名前を出され、児玉は凄んだ。

 だがびびったら負けと思ったのか、元鷹は脅えながらも児玉の腕をべちべちと叩く。

「伊藤君の肩書き使ってえらそーぶってんじゃねーよ、乃木もお前も!」

 瞬間、偶然にも児玉の頬に元鷹の拳がヒットした。

 幾久まで巻き込んでしまい、もう児玉は我慢する必要を感じられなかった。

 ぐっと唇を噛み締め、雪充の顔を見た。

(雪ちゃん先輩、限界っす)

 そう目で訴えるも、雪充の表情は硬い。

(……くそっ)

 やっぱりなのか。

 やっぱり我慢しなければならないのか。

 武術なんかなんでやったんだ。

 もしそんなものしてなければ、こいつを思い切り殴れたのだろうか。

 強くなろうと思ってずっと頑張ってきたのに、結局殴られるばかりじゃないか。

 誰も味方になってくれない。雪充は黙ったまま様子を見ていて、元鷹はやはり、自分の味方をしてくれると思ったらしい。

 更に児玉を殴ろうとした。

 児玉はもういいや、このまま殴られて、そしてその瞬間、殴られるままになるか、殴りかえそうか、決めようか。

 退学になるのかなあ。

 そんな風に考えた、その瞬間、雪充の口が動いた。


『タマ、あきらめろ』


 声なく、内緒話のように。

 雪充の口はそう動いた。

 ちくしょう、まだ我慢しろってことなのか。

 寮の為に?今後の為に?こんな馬鹿の為に、どうしてずっと我慢しなければならないのだ。

 幾久を傷つけ、自分も傷ついて。

 これが寮の平穏ってやつなのかよ。

 元鷹は、両腕を動かないように押さえつける児玉の足を何度もふみつけ、体当たりして、「いいかげんにしろよこの暴力ヤロー!」と怒鳴っている。

 もう駄目だ、雪ちゃん先輩の命令でもきけない。

 そう思った児玉は、もう一度雪充を睨んだ。

(すんません、雪ちゃん先輩。俺もう、)


 しかし、児玉の想像とは違う言葉が見えた。

 雪充の口が、もう一度動いた。


『もう勝て』


 そして続けた。雪充は微笑んでもう一度口を動かした。


『手加減しろ』


 児玉は頷き、その瞬間、児玉の見事なボディーブローが、元鷹の腹に叩き込まれた。






 風呂上りに御門寮の広大な庭がよく見える廊下に行って、ねっころがりながら氷をしゃりしゃり食べるという、幾久の一日で最も至福といってもいい時間が訪れた。


 鼻歌を歌いながら幾久はいつものように冷蔵庫を開けてカップのカキ氷を取り出した。

 夕食も済んでいるし、部活も順調でうまくいっている。おまけに児玉のこともそろそろ片付きそうと弥太郎に聞いていたので幾久はご機嫌だ。


「たらったらたらったらったー、カキ氷しかみとめなーい、しろくまいつでもさいこーう、」

(このまま、タマの立場が良くなったらいいなー)

 そうなったら部活ももっと楽しくなるだろうし、もし別の寮を希望しても、鳳の一年生となら児玉はうまくやれそうな気がする。幾久は機嫌よく鼻歌を歌い続けた。


 最近、妙に落ち込んでいた幾久を観察していた二年生達はそんな様子を見て、ほっと胸をなでおろす。

 部活が嫌なわけでも、寮が嫌なわけでもなさそうだからだ。

 折り曲げた座布団を腕の下に敷いて、すっかりだらけて幾久は氷をしゃりしゃりやっている。

「うまーい!」

 誰も聞いていないのに、そういいながら鼻歌を歌っているので相当機嫌がいいのだろう。

 ごろごろ転がりながらカキ氷を食べている幾久だったが、傍にあるスマホが突然鳴り響いた。

「んっ?」

 電話だ、と幾久は慌ててスピーカーをオンにした。

「タマ?突然どしたんだ?」

『あー幾久?わりーな、ゆっくりしてたんだろ?』

「うん、いいけど何?」

 ひょっとして、またなにかあったのだろうと幾久が心配になると、児玉は言った。

『わりーついでに、表に出てきてくんねえかな。実は今御門の前でさ』

「ちょ、ちょっと待っててよ、え?マジ?」

 幾久はスマホを持ち、カキ氷をそのままに慌ててクロックスをひっかけて走りながら御門寮の門へ向かう。


 その様子を二年生が見ていて、何事だ?と眉を顰めた。

「いまの電話、タマ後輩だよね」

 瑞祥の言葉に高杉も頷く。

「みたいじゃが、一体なんじゃ?」

「いっくん、随分慌ててたみたいだけど」

 なにかあったのだろうか。三人は顔を見合わせて、幾久が戻ってくるのを待つ事にした。


 幾久が通用門を開けると、そこには児玉が立っていた。

「タマ、一体何の用、」

 児玉はものすごい笑顔で立っていたが、その格好を見て幾久は一抹の不安を覚えた。

 児玉はいつものように、Tシャツにデニムパンツ、サンダルという格好だったが、肩にスポーツバッグ、背中には大きなリュック、手には大きな袋状のものを抱え、もう片手には通学に使っているカバンを持っていた。

「えーと、タマ、その荷物どしたんだ?」

 児玉はにこにこしながら幾久に答えた。


「俺、家出、じゃねえ、寮出してきた!」

 幾久は驚いて目を見張って、思わず怒鳴ってしまった。

「はぁ―――――?!寮出、って?」

 おかしい、一体どうなっているんだ。弥太郎の言うとおりなら、児玉の立場は最近悪くなかったはずだ。

 それなら寮を出る意味がない。だったらどうしてここに来たのだろうか。

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