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さざめく烏合

 伊藤はランチをもりもり食べながら、幾久たちに説明した。

「実は夏からさあ、毎日毎日ハル先輩にレポート提出してたんだよ」

「毎日?!」

 流石に幾久もそれには驚く。それで全く伊藤の姿を見なかったのか。

「ぶっちゃけさ、俺、そこまでの事と考えてなくてさあ、謝ったからいいじゃんって思ってたんだけど、先輩ら全然許してくんねーで、消防署の先輩、紹介された」

「え?」

「は?」

「なんで?」

 皆、首をかしげると伊藤も「だよな?」と頷く。

「最初は俺もなんで消防署の人なんよ、火でも消せっつうんか、とか思ってたんだけど、消防車って、救急車もあるじゃん」

「!」

 幾久はそれで合点がいった。

「そっか、それでか」

「え?なになにいっくん、一人で納得しないでよ」

「幾久、やっぱ知ってたのか。消防隊員って、救命もするだろ」

 そこで児玉も弥太郎も「あ!」と思い立つ。

「俺、自分がなにしでかしたか全くそんとき判ってなくて、特別に講習うけさせられて、いろいろ習ったの。救命方法。俺がいかにあぶねーことしたかって、思い知らされた」

 伊藤はもう一度、幾久たちに頭を下げた。

「あれって本当に幾久の言う通りだって。俺、下手したら人殺しになるとこだったって。もうほんと謝ってすむことじゃねーわ。ねーけど謝るしかねーし」

 こういう素直な所はトシらしいな、と幾久は思う。

「許して貰えるもんじゃねーけど、謝らない訳にもいかねーし、あ、でも全然、俺、許してもらおうとか、受け入れろとか思ってねーから!」

 いつもの幾久なら、伊藤の言葉にオレは別にいいよと言う所だが、今日だけはそういう訳にいかない。

 伊藤は気づいていないのか、気にしていないのか、なんとなくこちらの様子を観察されていることには無頓着な様子だ。

(えーと、こういう時、瑞祥先輩か、ハル先輩ならどーする?)

 児玉に判断を仰ぐほうがいい、と思った幾久は決心した。

(よし!瑞祥先輩だ!)

「タマは?どう判断する?」

 そう雰囲気たっぷりに尋ねてみると、児玉はやや驚きながらも、答えた。

「どうって……俺は幾久のおかげで助かったし、伊藤も反省してるし、だったらもう二度とするな、しかないかな」

「ほんっとそうだよ!ほんっとそうです!」

 机に頭をぶつけん限りに伊藤が何度も頭を上げ下げする。いつもなら恥ずかしいからやめろと止めるだろうが、今日だけは話が別だ。伊藤の肩書きを思う存分、使ったほうがいい。

「こういうのって結果が全てだから、トシが今言ってることがずっと実行されるのかどうか、証明していくしかないと思う」

「そうだね、おれもそう思う」

 幾久にしては厳しい言葉に、弥太郎も頷く。今の状況がわかっているからこその参戦だ。

「悪気がないからって、許されることでもないもんな。おれら、高校生なんだし、子供気分もいい加減にしておかないとさ」

「だよなぁ……」

 普段は優しい弥太郎や幾久に厳しいことを言われれば、伊藤も自分がなにをしたのか判る。

 本当に反省しているような伊藤に、まあいいか、と幾久は思う。これなら悪ふざけで酒を誰かに飲ませるなんて馬鹿な真似はしないだろう。

「ところでさあ、聞きたいんだけど幾久」

「なに?」

 伊藤の問いに幾久は顔を上げた。

「お前、鷹になってから妙にハル先輩とか、久坂先輩に似てきてねーか?」

 そりゃそうだ、今日はその二人の真似をしているのだから。

(こういうとき、ハル先輩ならなんていうのかな、えーと、えーと、こうだ!)

 幾久はクールに答えた。

「そりゃ、一緒に四ヶ月もいりゃ、どこか似る」

 幾久の態度に伊藤は「ほら!」と幾久に言った。

「お前絶対にハル先輩うつってるって!やべー、かっけえじゃん!やっぱ鷹とかってなんか違ってくんのかなあ」

 にこにこと機嫌のいい伊藤に、幾久はほっとしつつ、弥太郎と顔を見合わせた。


 これまで夏から関わっていなかったのが嘘のように、以前と同じように幾久、児玉、弥太郎、伊藤の四人で食事を済ませ、学食を出るところで幾久は声をかけられた。

「いっくん」

「雪ちゃん先輩!」

 友人と一緒らしいが、声をかけられたので近づく。

「ちょっとこっち、いいかな。ごめん部活の事なんだ」

 そう言って雪充は幾久の肩に手を置くと、少し皆から外れ、二人で廊下の窓際へ移動した。

 皆に聞こえない程度の場所へ移動すると、雪充が言った。

「昨日どうしたの。地球部行ったけど、いっくん二日連続、部活休んでるんだって?」

「あ、はい……すみません。今日から出ます」

 そっか、雪ちゃん先輩、ちゃんと来てくれてるんだ、と急に申し訳なくなった。

「雪ちゃん先輩、あの」

「タマとなにかあった?」

 いきなり核心を突かれ、幾久は驚いて雪充を見た。

 その表情で雪充には全てお見通しらしい。

「そっか、やっぱり」

「あの、でも大丈夫、っす」

「みたいだね。今日も一緒にご飯食べたんだろ?ありがとう」

 雪充からのお礼に、幾久は首を横に振る。

「オレ、なんもしてないっす。できないし、全然タマの力になれてない……」

 しょんぼりとうな垂れる幾久に、雪充は幾久の肩をぐっと掴んで言った。

「大丈夫、タマの事は必ずどうにかするから。約束するよ」

「本当に?」

 縋るように雪充を見つめると、雪充は「勿論」と頷く。

「そりゃ僕だって何も知らない訳じゃないから。ただ、タマはね。こういうの嫌うから。ちょっと手間がかかるよ」

 ふざけて言う雪充に、幾久は頷く。折角以前、雪充が喧嘩をおさめてくれたのに、あれがまだずっと糸を引いている。こちらに気を使わせないようにしているのが余計に申し訳なかった。

「あの、タマの状況って、オレのせいもあるんす。タマをなんとかしてやってください」

 幾久の言葉に、雪充は嬉しそうに、優しく微笑んだ。

「―――――タマはいい友達を持った」

 え、と幾久は顔を上げた。雪充はにこにことして幾久に告げ、肩をぽんと叩いた。

「これから……タマをよろしく頼むよ」

「はい!」

 食事はこれからなのか、雪充はじゃあね、と言うと少し急いで食堂へ向かっている。

 雪充の言葉は、まるでなにかの予言のように、幾久の心に大きく響いた。


 そしてそれは実際、予言になってしまったのだった。




 数日後、弥太郎から幾久はいい知らせを受け取ることになった。

 部活前、ちょっと時間を取って欲しいといわれ、幾久は放課後に弥太郎に会いに行った。


「いっくん、いい話があるよ。タマへのいじめが、一気に勢いなくした」

「マジで?」

 弥太郎は思い切り何度も頷く。

「うん。いっくんが恭王脅したじゃん?あの時って凄かったじゃん」

「あれなー、神がかってたマジで」

 幾久が脅し、なんとなくやばいのかな、と危機感だけ持たせればそれで大抵のやつはびびる。

 そう六花さんに教えられ、実行してみたのだが。

 なんとそのすぐ後に、久しぶりに伊藤がやってきて幾久に土下座したものだから、当然皆、ざわつく。

 幾久を知らなくても、伊藤を知らない人は地元には殆ど居ない。あの伊藤が土下座して謝っているなんて一体なにごとだ、と他の連中にもなんとなく観察されていた。

 伊藤は何度も幾久に頭を下げるし、その割には親しいままだし、おまけにその後、雪充が現れて幾久は笑顔で肩を叩かれたのだ。

 桜柳祭の準備で忙しく走り回っている雪充も当然有名人で、つまり校内の一年と三年の実力者が幾久と繋がっていることが露骨に見えてしまったわけだ。

「恭王寮の提督である雪ちゃん先輩のお気に入りで、あの伊藤に土下座させるなんて、やべー奴じゃんって噂になっててさ」

「いや、それはありがたくないんだけど」

 目立つことが好きではない幾久は、それはあまりいいことではないと思うが、弥太郎は興奮気味に言った。

「うちの寮の奴もびびってさ、おれに『あいつやべーの?』とか聞いてくるからつい、『知らなかったのかよ。いじめる相手と友達は選べよ』って言ったら、今度はタマじゃなく元鷹、避け始めてんだよ」

 あまりにうまくいきすぎてビックリする!と弥太郎は興奮気味だ。


(六花さん、すごいや)

 あの久坂と高杉を顎でこきつかうだけのことはある。


 弥太郎曰く、恭王寮では、元鷹の二人に対する不信感が募っていたらしい。

 それはそうだろう、夏休みに折角誘われて遊んでいたのに、知らないうちにいじめの加害者に巻き込まれて、おまけに相手はまずい立場の友人が居て。

 寮の世界でしか存在していなかった児玉への嫌がらせは、幾久の口火で一気に表ざたになったようなものだった。

 寮という閉鎖空間から、学校という共有の空間と繋がっているのだと恭王寮の寮生は、やっとその意味を理解した。


 寮の中だけならこれで良かった。

 でも、自分たちは寮だけで暮らしているわけではない。


 外の誰かがわざわざ首を突っ込むという事は、自分たちのやっていることが外部に知られていて、それを快く思わない人が存在するということで、つまりは自分たちは加害者だと知られてしまう。

 それが理解できた瞬間、ほぼ全員が、夏休みの繋がりから降りた。


 最初から自然発生で仲良くなったわけでもなかった。

 なんとなくの付き合いはなんとなくで消えてもいい。

 これまで、何もしなかった寮生が、少しずつ児玉に味方しはじめた。

 洗濯機を誰ともなく見張るようになり、止められたスイッチを再度押したり、児玉に教えたりはするようになり。

 足を引っ掛けられそうになる前に児玉の傍を歩き、引っ掛けさせないようにガードした。

 そうなると寮生たちの結束は、一気に児玉の方へ傾いた。

 児玉を避けていた連中が、なんとなく避け始めたように、なんとなく児玉に近づき始めた。

 児玉が勉強を始めると、わざと隣で勉強したり、数人が固まるようになった。

 さすがにそうなってくると、元鷹たちも自分の立場の悪さに気付く。

「あいつら、いまめちゃめちゃ立場弱えーよ。結局、夏休みになんとなく繋がった連中は全員あいつら避け始めてるし、表には出さないけど内部でもなんかもめてるっぽくて、殆どあいつらだけ孤立してる」

 あいつら、とは幾久に喧嘩を売ってきた、鳩と元鷹の二人のことだ。

(結局、ガタ先輩の言う通りなのか)

 いじめられるのが嫌なら、苛めるほうかもしくは別の奴を苛めるしかない。

 あまり嬉しい結果ではないけれど、博愛主義者でもない幾久には、児玉の立場が良くなるほうが大切だ。

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