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ケンカしたいわけじゃないのに

「部活とか、そんなんいいよ。オレの事なんだから。それよりタマのほうが問題だろ!」

「俺の事は幾久に関係ないだろ!」

「ないわけないじゃん!」

 友達なのに。なぜこうして幾久を突き放そうとするのか、でも幾久にも判っている。児玉は一人で耐えるつもりなのだ。

「……関係ないわけないよ。なんとかしたいんだよ」

 幾久の言葉に児玉はため息をついた。

「あいつらには何言っても無駄だ。やり過ごせばなんとかなる」

「そんなのタマにストレス溜まるだけだろ!悪いのはあいつらじゃんか!」

「じゃあどうしろって言うんだよ!」

 児玉が声を荒げた。

「殴るわけにもいかねーし、かといって話し合いなんかできる相手でもねーし、こっちが無視する以外に方法なんかなんもねーじゃん!雪ちゃん先輩は最後の桜柳祭だからスゴイ気合入れてるし、本当は地球部にも参加したかったけど、今回はサポートする立場をとったって、そう言ってた。忙しいんだよ、本当に。だから余計な事で心配かけたくない」

「余計なことって……」

 児玉がされていることは、そんな余計な事で片付けられるようなことじゃない。聞いただけでも腹が立つのだ、実際はもっと沢山嫌なことがあるはずだ。

「だからって、タマが被ればいいってもんじゃねーだろ」

「仕方ない。あんなのはどこにでも居る」

 諦めたような児玉の言葉に、幾久は胸が痛んだ。

 なぜなら、幾久にはそれがよく判るし、実際その通りだからだ。

 幾久自身が、いま元鷹のような奴に嫌な事をされて、この報国院に逃げてきたようなものなのに。

 それなのに、同じ目にあっている児玉を助けられない。

 経験が何の役にも立ってない。夏の祭りの時のように。

 折角教わった知識も、使えなければどうしようもない。

「だからって」

「いいから俺の事はほっとけ。あんなのなんてことねーよ。その気になったら殴ればいいんだし」

「しもしないこと言うなよ。だからあいつらも調子にのってんだろ」

 児玉が武術の達人で、今はボクシングをやっている事を近い人は皆知っている。

 だから元鷹も、手が出せない児玉の立場を利用しているのだから。

「タマ、」

「もういいから。幾久はこの件に関わるな」

「やだよ。絶対に」

「幾久、」

「やだって。オレのせいもあるんじゃん」

 幾久の言葉に児玉が苛立つ。

「幾久は関係ねーっつってんじゃん!」

「あるよ!そもそもがオレに関わってきた鳩の奴の話からで」

「だからもうそれとは関係ねーんだよ!」

「あるって!」

「もうお前の話じゃねえんだよ!部外者だろ!恭王寮でもねえくせに関わるな!」

 どうにかしたい。助けたい。でもどうしていいか判らない。

 児玉の激しい言葉のひとつひとつが、幾久の胸に痛かった。

 幾久を傷つけたいはずがない児玉が、幾久を傷つけても遠ざけようとしているのが、痛いほど判ったからだ。

(タマ、)

 多分、このまま何を言い合っても無駄だ。

 児玉は一人で戦うことを決めている。

 幾久の出番はない。

 これ以上、話したって余計に児玉は幾久を傷つけて、幾久以上に自分が傷ついてしまうだけだ。

 黙ってしまった幾久に児玉が告げた。

「とにかく幾久、お前はこの事に関わるな。俺の問題だ」

「でも」

「それ以上言うな」

 低い声で児玉が唸るように言うと、幾久はなにも言えない。


 児玉が部室のドアを開けた。

 幾久は無言で、それに従った。


 これ以上話をしたら、きっと喧嘩にしかならないことを、二人とも判っていたからだ。

 軽音部の部室から追い出され、幾久は肩を落とし、扉の前に立った。

 扉越し、聞こえるかどうか判らない。

「タマ」

 声をかけても返事はない。

 まだ怒りが収まらないのかもしれない。

「タマと喧嘩したいわけじゃなかったんだ」

 ただ心配なだけだった。だけど何もできないくせに、感情のまま言ってしまった。

「……余計な首、突っ込んでごめん」

 これ以上ここにいても、かえって児玉を追い詰めるだけだ。

 幾久は泣きたくなるのを堪えて、軽音部の前から去った。


 児玉は拳を握っていた。幾久の言い分は判っている。

 なにもかも手に取るように理解できる。

 優しさが嬉しい。

 児玉の事を本当に心配してくれているのだ。


 どうせ強いんだから、大丈夫だろ。


 そう言われ、思われてきた。

 実際に強くなった。

 けど、だからといって傷つかないわけじゃない。

 それでもそれは単に弱さで情けないもので、克服するものだと思っていた。

 幾久は、児玉が強い事を知っている。

 知っているのに、その情報で児玉を見る事がない。

 自分と同じように傷ついていると当然のように思って心配してきてくれる。

 だから、これ以上巻き込みたくない。

 それなのに、雪充のようにうまくやれない。

 結局幾久をひどく傷つけた。

「……幾久!」

 暫く考えて児玉はこらえきれず、部室のドアをあけたが、幾久の姿はそこにはなかった。

 きっとあのまま、帰ってしまったのだろう。


「ああもう、くそっ!」


 情けなくて、児玉は扉をがつんと殴ってしまった。


『タマと喧嘩したいわけじゃなかったんだ』


 扉越しに聞こえた幾久の言葉が甦る。

「俺だってそうだよ!」

 児玉は怒鳴った。

(幾久に、迷惑かけるつもりなんかなかったのに)

 いじめられているとか、嫌がらせとか、そんなので喜んでいる連中に、なんとも思っていなかったはずだった。

 それなのに、弥太郎や幾久が心配してくれているのを知った途端、嬉しいと思った。

(こんなの、甘えじゃねえか)

 何の為に武術をやってきたのか。

 こんな自分が嫌だから、ずっとやってきたんじゃないのか。

 もう別に、やる必要がなくなったからボクシングに移ったのに、結局昔と同じ、泣き虫のままなのか。

(幾久に、謝らないと)

 折角心配してくれた友達に、なんてことをしてしまったんだという後悔と自己嫌悪に押しつぶされそうになる。

 夏祭りだって、助けてくれたのは幾久なのに。

「もうホント、なにやってんだ俺」

 児玉はため息をついて顔を手で覆った。

 情けなくて涙が出そうだった。



「……どうしよう」

 しょんぼりと歩いているうちに、足はいつの間にか恭王寮の近くへ来ていた。

 児玉の事ばかり考えていたせいだろうか。

(あーあ)

 どうせ恭王寮に行っても、児玉もいないし弥太郎もいないし、雪充も居ない。

 皆学校で部活だったりと忙しくしてるからだ。

 恭王寮を見て立ち止まっていると、なんと間の悪いことに、あの元鷹が友人達と寮へ戻って来たところだった。

(やばっ!)

 見つかったら面倒臭い、と幾久は慌てて走り出す。

 このあたりの通りはカーブしているので、少し走れば見つからない、はずだったのだが。

(えー?!なんでこっち、来るんだよ!)

 どこかに出かけるのか、寮を通り抜けて幾久のいる方へ歩いてくる。

(やっべー、逃げよ)

 様子からいって見つかっている雰囲気はないが、とにかく関わるのも面倒で、幾久はあわてて曲がりくねった坂道を駆け上がった。


 道を通り抜けると、そこは久坂の実家の近くの通りだ。

(六花さん、いるかなあ)

 いつでもおいでよ、と言ってくれていたあの豪胆な女性を思い出し、なにかヒントが貰えるかもしれない、と幾久は思う。

 久坂の家は、相変わらず家主に似合わず静かな佇まいだ。

 石段の小さな橋を超え、幾久は門の傍にあるインターホンを押した。

『はい、』

 機嫌の悪そうな声に、幾久は一瞬引いた。が、声は六花で間違いない。

 なんか忙しいときに来ちゃったのかな、と思いつつもピンポンダッシュするわけにもいかず、

「あの、すみません。乃木と言いますけど……」

『いっくん?!ちょい待ち!』

 ぶつっとインターホンの音が切れて、遠くからだっ、だっ、だっ、という走ってくる音が聞こえ、通用門の扉が開いた。出てきたのはいつもの、眼鏡にシャツにパンツスタイルの、綺麗なお姉さんファッションの六花だった。

「いらっしゃい!よく来た!」

 にこにこと笑っている姿に、幾久はほっとした。


 お茶とお菓子を用意され、六花さんはにこにこ笑っていた。

「お仕事中にすみません」

 六花が自宅で仕事をしているのを知っている幾久が言うと、いいのよーと六花は笑って答えた。

「機嫌悪い声でごめんねー。セールスかと思って」

 いえ、と幾久は首を横に振る。

「突然お邪魔したの、オレですし」

「いいのよ。なんなら毎日寄ってくれてもいいくらいなんだから」

 六花はご機嫌でそう言ってくれる。

 お茶をすすっていると、六花が尋ねた。

「で、一体何があったのかな?なにかあるから来たんでしょ?」

 にこにこと微笑んでいるが、幾久がなにか考えがあって来たのは間違いないと思っている表情だ。

(やっぱ、瑞祥先輩とハル先輩のお姉さんだなあ)

 どうせ見抜かれるのだから、無駄な抵抗はしないほうがいい。

 特にこの女性には。

 幾久はそう考え、正直に本音を告げた。

「あの、ハル先輩とか、瑞祥先輩とか、あと毛利先生とか三吉先生にも言えない事なんです」

 幾久が言うと、六花はあっさり笑顔で頷いた。

「皆に内緒にしとけってことね。うん判った」

「へ?」

 あまりにそっけなくてつい心配になってしまった。

「……本当に?」

 幾久の問いに六花は笑う。

「内緒にしとけっていうならそうするよ。でも、命に関わることは別よ?そこは大人の判断させてもらうから」

「あ、ハイ、そこはもう、お任せで」

 多分、今の所は命に関わるような話ではない。

「でもねいっくん。条件がひとつあるの」

「な、んでしょうか」

 何を言われるのか、どきどきする。

 条件とは、どんな内容なのだろうか。もし、それに合わないことなら相談はできない。

 六花は言った。

「全部終わったら、事後でいいから報告に来なさい。事実だけでかまわないから」

「そんな事っすか?そんなの全然いいっす」

 もし全部、無事に終わるならこんないい事はない。

「そう、それならいいよ。なんでも相談にのってあげるから」

 ちょっと待ってね、と六花は言うと、コピー用紙を持ってきた。

 大きな、コピーする時にある一番大きなA3サイズの紙だ。

 それにサインペンを出された。

「第一回、いっくんの相談会議を始めます。一同、礼!」

 思わず互いに頭を下げた。

「で、問題点を書きなさい。ひとつずつ」

「は、はい」

 てっきり説明するのかと思ったら、六花は丁寧に幾久に質問した。

 いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように、を一つずつ尋ね、幾久はそれにゆっくり答えた。

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