過去のいじめられ告白
山縣は続けた。
「たとえ話な。俺がいじめられてたのは、クソピザデブな上にオタクで性格も成績も最悪だったからだ。そこは俺だって自覚あんよ」
山縣はパソコンをかちかちと操作し、モニターにある男を映した。
「うわ、誰っすかこれ」
「俺だな」
「はぁっ?!」
思わず三度見してしまったほどに、パソコンの中の山縣と目の前の山縣はかけ離れていた。
目の前の山縣は、痩せている。
なのにモニターに映っているのは相撲取りかと思うほどに太った男だ。
「昔から滅茶苦茶太っててな。デブだから当然動きもにぶいし、運動もできねーし、そんでいじめられてたわけ。不細工だのデブだの言われまくりの蹴られまくりだわ」
「デブは事実でも、蹴るのはどうなんすかね」
「ま、そうだけどよ。けどさ、俺がデブだからって、そいつらに何の関係があんの?」
山縣の言葉に幾久は耳を傾けた。
「俺は俺なりに考えてたわけよ。俺がデブでも誰にも関係ねーじゃん、なんでいじめとかになるんだって。でも実際はいじめられるわけだ。じゃ、クラス中のやつ全員が家庭環境に理由があったのか?」
山縣の言葉に幾久は首を横に振った。
「な?つまり問題はいじめがどうこうじゃねえ。人は人をいじめるもんだし、隙あらばいじめる理由を探してる生き物なんだよ。それは諦めろってことだ」
「だったら、いじめられる人はずっといじめられ続けろってことっすか」
「そうとは言ってねーけど、そうなるしかねーってのが事実だな」
「そんなぁ」
それでは何の解決にもならない。
「それが嫌なら、自分がいじめるほうになれってこったよ。いじめる奴に媚びるか、逆に自分がいじめるかしか道はねーんだあきらメロン」
児玉が逆にいじめるなんて無理だ。そんなことになったらもうただの暴力沙汰になってしまう。
それをよく判っているからこそ、あの元鷹も児玉をいじめて喜んでいるわけなのだから。
「なんでいじめなんかするんスか」
「いじめをするとかしねーとかじゃなくてさ」
山縣は言う。
「どいつもこいつも、いいとか悪いとか、そういう判断で動いているわけじゃねーんだよ。大抵が目の前の事に思いつきで動いてるだけで、無駄な行動力で実行するわけだ。いつでもちゃんとした判断力を使って判断して、それを実行できたら鳳だわ」
「えぇー……だってよくないことをしたら駄目って、当たり前のことじゃないっすか」
「その当たり前を全員が守ってたら、家電マニュアルはあんなに厚くなんねーよ」
山縣は言う。
「いじめは楽しいんだよ。その事実があるかぎり、いじめはなくならねー。考えてみろ、いじめるほうはいつもニコニコ楽しそうだろ?あれ実際楽しーんだよ。楽しいってことにしたら、社会的に問題があるから後味わるいとか言ってるけど」
「……ガタ先輩ってほんっとガタ先輩っすよね」
「褒め言葉として受け取ってやろう。後味もクソもあるか。だったら体に悪いってわかってる酒やタバコを、なんで辞められないんだ?なんでギャンブルにハマるんだ?後味どころじゃねー、人生も体もボロボロになるって判ってても、大人ですら『楽しいこと』ってのは、辞められねーんだよ」
山縣の言葉は続いた。
「子供って金もねーし、自由もねーし、時間があっても使い道がねー。つまり、道楽に飢えてんだよ。子供の限られた無料でできる道楽がいじめってわけだな。おまけに誰でもできる簡単仕様だ。ゲームはルールや本体やソフトか、もしくはスマホが必要になるけどいじめは誰でも馬鹿でもできる。『おまえなんかタヒねよ、バーカ』って、そいつを知ってようが知らなかろーが、通り過ぎざまだろーが、幼稚園児でもできる簡単で楽しい上に無料の道楽だ。なくならねーほうがおかしい」
「なんか説得力あるんスけど」
「あるに決まってんだろ。鳳様のお言葉だぞ」
えっへんと山縣はいばって見せるが、幾久にとっては説得力があるほうが良くない。
つまり、児玉のいじめはなくならないし、いつまでも被害者でいるか、逆にやりかえすしか方法がないとうことになる。
(完全に、詰んだ)
幾久に解決策は見出せない。山縣の言うとおりなら、鳳様のお言葉はなにもかもがその通りすぎて、返す言葉どころか深く納得するしかない。
無料で、誰にでもできて、簡単で楽しいうえに、自分のプライドも満足する。そんな遊びをやめろなんて言って、誰がやめるだろうか。
だから辞めるわけがない。つまりそういう事だ。
(だからって、ずっとタマにいじめられ続けろっていうのも、なんか違う)
いや、違うんじゃない。幾久が納得できないだけだ。
もし児玉がいじめられることが正しいことでも、幾久はそれが嫌だ。だからどうにかしたい。
(でも、どうやって)
それが判らないから困っているのだ。
考え込む幾久に山縣は告げた。
「おい、終わったらさっさと出て行け。俺様はお勉強するんだよ」
「あ、そっか。そうッスよね。はい、わかりました。ありがとうございました……」
解決法が見つからず、幾久はしょんぼりと山縣の部屋から出て行った。
ぱたんと扉が閉められると、山縣は舌打ちし、スマホを手に取った。慣れた様子でメッセージを入力すると、めずらしくすぐに返信があった。
誰も知らない、秘密のホットライン。
(ったく、高杉の時といい、今回といい、俺はいじめホットラインなんか運営してねーっつうの!)
相手からはすぐに返信があった。山縣の読みは当たっているということだろう。
「とりま、メシ、かな」
あーあ、今から出かけるの面倒くせえな。
しかし、他ならぬ高杉に関することなら仕方ない。
山縣はスマホで連絡を取りながら、出かけるための支度をはじめた。
夕食の時間が近づけば、栄人もバイトが終わって帰ってくるし、久坂も高杉も部活を終えて帰ってくる。
山縣に相談してもなにも変わらなかった幾久はがっかりしてしまい、かといってすることもないので仕方なく勉強していた。
山縣を除く寮生で、食事を取っていると高杉が尋ねた。
「幾久、お前なんで部活休んだ?」
高杉の問いに、幾久はすみません、と頭を下げた。
「ちょっと考えたい事があって……明日からはちゃんと出ます」
「ならエエがの」
幾久から何も言わない限り、先輩たちはなにも言ってこない。その関係が今はありがたい。
「それより、ガタどこ行ったん?」
吉田の問いに、幾久が答えた。
「なんかどうしても欲しい、今日発売のグッズがあるとかで。夜も食べて帰るから遅くなるそうっす」
山縣が出かけるのはめずらしいことではない。
アニメ関係の本やグッズはこのあたりでは充実していないので、県外の店までよく行っている。
「頼みたいことがあったんじゃが、今日は無理か」
「えっ」
高杉が山縣にものを頼むなんて、幾久はびっくりしていると気付いた高杉は言った。
「あいつは映像研究部じゃ。舞台で使う映像はあの部の仕事じゃからの」
「えっ!ガタ先輩、部活に所属してたんすか?!」
そっちにも驚いた。てっきり帰宅部だとばかり思い込んでいたのだが。吉田が言った。
「映像関係のソフトとかは、うちの学校が持っているものよりガタが持ってるもののほうがいいものなんだって。だから部屋でやってんじゃない?」
「成程」
確かに山縣は時山と一緒に動画を作ったりしているから、いいソフトも持っているだろう。
「じゃ、ガタは気にせずでいいんだね」
片付けさっさとすませよ、と吉田が言う。
「栄人先輩は、経済研究会っしたよね。なんかするんスか?」
「するする!めっちゃ出店舗管理してるよ!儲けどきだからね」
「儲け……」
「店出したり、あと店出したい所のプロデュースもするし。桜柳祭での飲食チケット、管理してるのうちの部だよ」
「そーなんだ」
「ちゃんと還元率考えないと儲けないし、あと火を扱う場合は消防署の許可とかいるし、その場合講習も受けないとうちの学校は店の許可出さないの。保険にも入ってもらうし」
「本格的っすね」
へー、と幾久は感心する。弥太郎の部活でも植木を売ると言っていたし、話に聞くだけでも普通の文化祭より賑やかそうだ。
「こういうのも勉強のうちだから、うちの学校は本気出すよ。屋台の食べ物もおいしいしね!」
「なんか楽しそう」
幾久が言うと、久坂が横から口を挟んだ。
「でも地球部は舞台に忙しいから、遊ぶ暇はないかもしれないよ」
「えっ」
「そうじゃぞ。当日、衣装も着るしメイクもあるし、そうそう出かける時間はねえのう」
高杉も言う。
「えーっ、面白そうなのに!やっぱオレ退部します!」
吉田が苦笑して言った。
「いっくん、嘘だよ。桜柳祭の前日に、前夜祭があってね、生徒はちゃんとそこで遊べるから」
「えっ、本当っすか?」
「本当、本当。ちゃんと去年、この二人もしっかり遊んでんだから」
吉田が久坂と高杉を指差すと、二人ともそっぽを向いている。またからかわれたのだ。
「もー、ほんっと、雪ちゃん先輩見習ってください」
「また雪か」
「また雪ちゃんか」
久坂と高杉が言う。
「ほんっといっくん、雪ちゃん好きだねー」
吉田は笑って茶碗を片付けはじめる。
「だっていい先輩じゃないっすか。春だってお花見の時、ずーっと喋ってくれたし、悩みとかなんでも聞いてくれるし、それにピンチの時にはいきなり現れるんすよ!ヒーローじゃないっすか!」
盛り上がる幾久に、久坂も高杉も首を傾げた。
「や、あいつはあいつで策略家じゃからのう」
「いい人に見えるのは大抵悪い人だよ?」
「先輩等は見たまんまっすよね」
幾久の言葉に久坂と高杉は顔を見合わせた。
「どういう意味じゃ」
「どういう意味かな?いっくん」
「そのまんまの意味ッス」
「はい、そこらへんにして、いっくん暇ならお風呂入ってきな」
「ウッス」
幾久はさっさと立ち上がって風呂場へと向かった。