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まさかのいじめ発生中

 放課後になったので幾久は早速、弥太郎にメッセージを入れた。

 弥太郎からすぐ返信が来たので、あちらも終わったらしい。

 いつものように、幾久は児玉の席へ向かった。

「タマ、今日も部活?」

「おう」

「熱心だなあ」

 桜柳祭があるとはいえ、よく毎日練習するものだと幾久は感心する。

「お前だって同じじゃん」

 児玉は苦笑する。確かに幾久も毎日部活には参加しているけれど、熱心というより必死なだけだ。

「オレのって先輩等に巻き込まれただけだし」

 しかし、一度参加すると決めたものは仕方ない。舞台は途中で嫌だというわけにもいかないので、諦めて今回だけはきちんとすることにした。

「そっか。頑張れよ」

「そっちも」

 そう言うと幾久は弥太郎の部室へと向かったのだった。


 弥太郎は部室という名の温室前に居た。

「あ、いっくんおつー」

「お疲れ。用事って何?」

「これ。吉田先輩が寮母さんに頼まれたからって」

 幾久は小さな箱を受け取った。中には小さな苗がふたつ入っている。

(麗子さんからの頼まれものか)

「渡したら判るんだよね」

「うん、そう言ってたからよろしく」

「オッケー」

 じゃあ、このまま部活に行くかと思っていた幾久を弥太郎が止めた。

「ちょいまち、いっくん」

「なに?まだ何かあんの?」

「むしろこっちが本題。ちょっとこっち来てよ」

 幾久は弥太郎に引っ張られるまま、校舎のはずれまで異動した。


 校舎のはずれの講堂の傍へ移動し、誰も居ないのを確認すると弥太郎は階段を椅子代わりに腰をおろした。

 幾久も隣に腰を下ろす。

「どうしたんだよ」

 一体何があったんだと尋ねると、弥太郎は幾久に尋ねた。

「タマってさ、最近どう?」

「どう?とは?」

「様子がおかしいとか、上の空とか」

「そんなんないけど?」

 特におかしな様子はなく、いつも通りの、普通でしかない。そう告げると弥太郎は「そうなのか……」と小さく呟く。

「なにかあった?」

 幾久の問いに弥太郎が困ったように答えた。

「あったっていうか、あり続けてるっていうか」

「なにが?」

「ホラ、前期にさ、いっくん食堂で喧嘩したじゃん。あんときの元鷹、知ってるだろ」

 知ってるも何も、よくご存知だ。

 やたら絡んできて喧嘩を売られ、あげく児玉が格闘技をやっていて反撃できないのをいいことに殴りかかってきた奴だ。

 あまりにムカついたので幾久もつい相手をしてしまい、鷹から鳩に落とすなど啖呵を切ったのだが。

「いま鳩だっけ」

「そう。一緒なんだけどさ、あいつら前より酷くなってる」

「酷くって、何が」

 幾久と喧嘩になった元鷹と、元も現も鳩のコンビは弥太郎と同じクラスだ。

「同じクラスで同じ寮じゃん?関わらないわけにもいかなくってさ。その上、幾久が鷹に上がったもんでさ、トシに滅茶苦茶からんできてる」

「まじで」

 弥太郎は頷く。

「トシは今それどころじゃないらしくて全然相手にしてないんだけどさ、寮ではけっこう、酷くなってて」

「酷くって……タマへの態度が、ってこと?」

 弥太郎が頷いた。

「タマに対して、もう完全いじめになってる。タマは相手してないけど、あれ多分、そのうち絶対にトラブルになるよ」

 幾久の血の気がざっと引いた。

「酷いって、どんな風に?」

「フツーにくだらない虐めのレベル。足引っ掛けたり、聞こえよがしに悪口言ったり、靴隠したり、あとはタマが使ってた洗濯機を勝手に止めるとか」

「うわ」

 なんだそれ、と幾久は呆れた。

「雪ちゃん先輩いま忙しいじゃん?だからあんま一緒に居ないんだよね。それ判ってて、スキを狙ってやってる。ささいな事でタマはずーっと我慢してるんだけどさ、正直見てられないよ」

 幾久はショックだった。中期に入ってからずっと児玉と一緒のクラスで、勉強にしても昼食にしても一緒だし、昼食の時は今日みたいに鳳の一年が一緒の事も多くなっていた。全くあの元鷹が近づく様子もなかったから、安心していたというのに。

「いっくんさ、部活に入って鳳の人と絡むこと増えたじゃん?そういうのもあってあいつら余計学校では近づけないから、逆に寮での攻撃が増えてんだよ」

「それで毎日部活に?」

 幾久の問いに弥太郎が頷く。

「本当は軽音部って毎日部活ってないんだけど、先輩に相談して部室に居させてもらってるみたい。学習室だと絡まれる可能性もあるから、部室で勉強してるみたいでさ」

「全然、知らなかった」

 幾久の言葉に弥太郎はやっぱりな、とため息をついた。

「タマ、やっぱりいっくんには隠してたんだ」

 とっくに友達だと思っていたから、こんなことはすぐ相談して欲しかったのに、何も言ってもらえないなんてと幾久はただ悲しかった。

「なんでオレに、隠す必要があるんだよ」

 悲しさのあまり怒ってしまいそうで、そうふてくされて言うと、弥太郎が言った。

「そりゃそうだろ。だってタマ、最初はいっくんに文句言ってたじゃん、ほぼ八つ当たりみたいなもんだけど」

 言われてやっと思い出したくらいに、幾久にとっては随分前の話だった。

「や、だってタマの言い分も判るじゃん」

 必死で勉強して希望して入ったのに、御門寮じゃなくて幾久一人が御門寮で。

 いまとなってはなぜ児玉が、鳳の御門にこだわるのか知っているからこそ、無理もないと幾久は思っていたのだが。

「それはいっくんの考えでしょ。タマさあ、いっくんと仲良くなって、いっくんがいい奴だって判って、ものすごく反省してたんだよ」

「へ?」

 幾久の間抜けな返事に、弥太郎は苦笑いで言った。

「いっくんが嫌な奴なら素直に暴言吐いてられたけどさ、いっくん思った以上にいい奴で、仲良くなったらタマのために怒って、慣れてないのに喧嘩までして。タマ、一時期面白い程落ち込んでたよ」

「そんなの、聞いたことないんだけど」

「そりゃそんなの恥ずかしくて言えないよ。タマの性格からしたら余計に」

「……確かに」

 児玉は真面目というより、お堅い。どうにも考え方にも依怙地なところがあるのは幾久ももう知っている。

 ただ、それが児玉の良い部分だとも思っているので、問題はないと思っていたのだけど。

「タマさあ、人に対する態度がちょっと雑じゃん。それで誤解うむ事もあるけど、最終的には理解されるんだよ。誰にアピールするでもないのに、当然のようにルールとかマナーとかきちんと守ってるし、真面目だし」

「判る」

 児玉は人に対しての態度は雑だが、そのほかのことはそう雑でもない。

 物は丁寧に扱うし、大切にする。

 当然のように気遣いもする。

 ただ、言葉が少なめで判りにくいだけで。

「そんなタマのいい所を利用してんのがアイツ等でさ。タマに当然のように用事押し付けて逃げたり、わざとタマの邪魔したり」

「なんだよ。あいつ等どうにかなんねえの」

 聞いているだけで思わず怒ってしまいそうになるが、弥太郎は首を横に振る。

「雪ちゃん先輩忙しいから、タマは内緒にしとけっていうし、かといって目の前でやられてんの見ないふりも出来なくてせめて注意したら、今度は見てないところで嫌がらせしてるし。それに最近、あいつらのやってることがエスカレートしてる気がするんだよ」

「エスカレート、って?」

 弥太郎は小さくため息をついて、「いっくん怒んなよ」と前置きをして言った。

「ベッドずぶぬれにしたり、タマがまとめたレポート捨てたり、食事を勝手に片付けたり。なんかもう、嫁イビリ?見せられてるみたいで気分悪くて……ってやっぱいっくん怒ってんじゃん」

「怒るだろ!」

 嫌がらせしている相手にもそうだが、全く気付かなかった自分にも、何も言ってくれないタマにもだ。

「オレ、タマんとこ行ってくる」

「駄目だって!」

「なんで!」

 今なら児玉は軽音部にいるはずだ。どうにかしないと、このままじゃ児玉はやられっぱなしだ。

「だから、それじゃ意味がないよいっくん。この前と同じになるって!」

 弥太郎にそう言われ、幾久は首を傾げた。

「この前と同じって?」

 弥太郎はため息をつく。

「この前はいっくんが勝ってひと段落だったけど、雪ちゃん先輩が注意しても大人しいの結局暫くなだけで、元に戻ったろ」

「そうかもだけど、何もしないわけには」

 弥太郎は首を横に振った。

「状況、いま、めっちゃ悪いよ。あいつらさ、夏休みの間にどっちの仲間でもない恭王寮の連中集めて遊んだりしたみたいなんだよ。そんで、なんかグループみたいなのが出来上がって」

 児玉の事が嫌いでもないし、興味もない、といった人も、児玉を避けつつあるのだという。

「恭王寮って鳳少なくてさ、大抵鷹か鳩なんだよ。寮のカラーで大人しいというか、まあつまり地味で根暗なタイプが集められてるわけ。要するに、問題とか起こしたくない連中だから、いじめを見ても我関せず、っていう風になっちゃって」

 寮のカラーが悪いほうに出た、と弥太郎は言う。

「誰も、タマの味方しないの?ヤッタ以外?」

 弥太郎は頷く。

「味方してたら、隠れてやるようになったから。タマがなにされたのか教えてくれる人はいるけど、教えてくれるだけなんだよ」

 誰も児玉を助けるつもりはないのだ、と弥太郎は告げた。

「タマって強いだろ?だからなにやっても大丈夫とか思われてるところがあるんだよ。なにかあったら、タマならやり返すだろ、だったらやり返すまではエスカレートしてもいい、みたいなのが出来ちゃってる」

「―――――なんだよそれ」

 児玉が強いのは、努力しているからだ。

 子供の頃から武術を習い、最近はボクシングを始めたからジムに通って、自分でもトレーニングしているのを幾久は知っている。

「なんでタマが努力して得たもんを、そいつらの言い訳に使われなきゃなんないんだよ!」

 児玉が傷つかないはずがない。

 ああ見えて人一倍、優しくてナイーブだ。

 だからこそ、憧れの杉松さんが亡くなっていたと知った時に、あれほどまで号泣したのだ。

 幾久は知っているから余計に許せない。

 いじめている奴も、我慢する児玉も、何も出来ない自分も。

 思わず涙を浮かべてしまい、慌てて拭った。

「だからさ、いっくんに相談したかったんだよ」

「相談?」

 児玉が隠しているのを表ざたにしてやるのだろうか。

 それとも隠すなって児玉に怒ることだろうか。

 弥太郎は言った。

「無理なのは判っているけど、御門寮、駄目なら他の寮とか、本当にどうにかなんないのかな。もし後期も恭王寮だったら、雪ちゃん先輩も卒業しちゃうのに、タマ、針のむしろでしかないよ」

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