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突然タマがやって来た

 九月の半ばになっても西にある長州市は日が暮れるのが遅い。

 夕食を済ませ、長い西の夏の終わりをのんびりと楽しみながらカキ氷を食べていた至福の時間に、突然児玉からの連絡が入った。

 メッセージではなくいきなりの電話で、幾久は驚きスマホを手に取った。


「タマ?突然どしたんだ?」

『あー幾久?わりーな、ゆっくりしてたんだろ?』

「うん、いいけど何?」

 またなにかあったのだろうと幾久が心配になると、児玉は言った。

『わりーついでに、表に出てきてくんねえかな。実は今御門の前でさ』

「は?」

 これは益々、なにかある。

 いきなり児玉が御門寮に来るなんてありえないからだ。

「ちょ、ちょっと待っててよ、え?マジ?」

 幾久はスマホを持ったまま、慌ててクロックスをひっかけて走りながら御門寮の門へ向かう。

「タマ?!」

 通用門を開くとそこには電話の主が立っていた。

「よっ」

「よって、タマ、一体何の用事……」

 児玉はものすごい笑顔で立っていたが、その格好を見て幾久は一抹の不安を覚えた。

 児玉はいつものように、Tシャツにデニムパンツ、サンダルという格好だったが、肩にスポーツバッグ、背中には大きなリュック、手には大きな袋状のものを抱え、もう片手には通学に使っているカバンを持っていた。

(嫌な予感しかしない)

 幾久が冷や汗をたらしながら児玉に尋ねた。

「えーと、タマ、その荷物どしたんだ?」

 児玉はにこにこしながら幾久に答えた。


「俺、家出、じゃねえ、寮出してきた!」

 幾久は驚いて目を見張って、思わず怒鳴ってしまった。


「はぁ―――――?!」




 話は半月前にさかのぼる。


 このまま報国院に残ることを決めた幾久は、児玉と共に新しいクラスに所属することになった。

 児玉は元居た鳳クラスよりひとつ下、幾久は元居た鳩クラスよりひとつ上、ともに同じ鷹クラスだ。

 最初は不安があったのだが、夏休みの間に希望者の受ける補習があり、児玉も幾久も参加したのだが、そこには鷹クラスの人も多く居た。

 つまり、鷹クラスに所属しても全くの知らない人だらけというわけでもなく、児玉も幾久もあっという間に今の鷹クラスになじんだ。

 つまり、不安に感じていた鷹との不具合は何もなく、幾久にとっては鳩クラスの伊藤と弥太郎が存在しないだけの、特に変わりない日常になっていた。


「幾久、メシいこーぜ」

「あ、うん」


 昼休みになり、児玉と一緒に食堂に向かうのもいつものことだ。

 以前は鳩に居たので、伊藤と弥太郎と一緒に昼食を取ることが多かったのだが、今は児玉と二人だ。

 食堂に入ると、いつものように弥太郎が声をかけてきた。

「いっくん、日替わりのAランチお願い。席とっとくから」

「りょーかい」

 幾久と児玉はランチを待ち、弥太郎がお茶を用意して席で待つ、というのがいつもの事だ。

 幾久と児玉で三人分のランチを運び、席についた。

 いただきます、と食事を始めると弥太郎が言う。

「トシだけど、暫く反省期間にするってさ」

「え?なにそれ」

 いつも伊藤とは食事を一緒にとっているが、見ないなと思っていると弥太郎が言う。

「祭りん時に馬鹿やったじゃん、アイツ」

「ああ、あれね」

 友人の間ではわかっているが、伊藤は夏の祭りで児玉に内緒で酒を飲ませて急性アルコール中毒にさせるという騒ぎを起こした。

 最初は軽く見ていた伊藤だったが、憧れの先輩の高杉と、滅多な事では動かない久坂にそれはそれはこってり絞られたらしく、反省文を書かされたりしているらしい。

「食堂で飯食わずにパン買って、ずっと反省文書いたりレポート書かされては再提出くらってる」

 弥太郎の言葉に幾久は伊藤に同情した。

「ハル先輩も瑞祥先輩も、容赦ないもんなー」

「だよなあ。あの先輩たち、案外きつかったって、やっと判ったわ俺も」

 児玉も頷く。

「幾久が二人の文句いうじゃん?それ教えたら、雪ちゃん先輩が、本来の二人が出てきたって笑ってた」

「らしいね」

 幾久が報国院に残ると決まった途端、高杉も久坂も本気を出した。二人曰く、『いい先輩キャンペーン』は終了してしまったらしく、幾久にも容赦なくなった。

「でもいっくん、なんだかんだで、かわしてんじゃん」

 弥太郎が楽しげに言う。

 そうなのだ。

 多分、入学してからすぐに、あんな先輩達に色々やられていたら絶対にすぐ転校しただろうけれど、三ヶ月の間、一日中家族として過ごせばそれなりにかわし方や弱点が判っている。

「案外、ガタ先輩が使えるんだよなぁ」

 夏休みにコミケに無理矢理参加させられたり、実家に押しかけられたりはまあ仕方ないにしても、さすがに寮が閉鎖されている時においてけぼりはない。

 幾久はかなり怒ったのだが、山縣はどこ吹く風で「オメー一人ならどうせ高杉が助けるって」と悪びれもなく答えた。軽く「スマンカッタ」と全くすまないと思っていないのがまる判りの形ばかりの謝罪は受けたが。

 お詫びでやたらクォリティの高い出来の『山縣先輩なんでもチケット』を貰ったので、幾久は二年の先輩たちに困ったことをされると山縣のチケットを使って対処している。

「ガタ先輩ってほんとおもしれーよな」

 山縣のおかげで鳳に戻れそうなヒントを得た児玉は、あまり悪い印象を持っていないようだが、幾久にしてみれば冗談じゃない。

「ギャップが激しすぎるんだよガタ先輩は」

 それでも三年で先輩だし、やはり物はよく知っているので、幾久もそこはちゃんと利用している。

「幾、そこ空いてんの?」

 声をかけられて顔を上げると、立っていたのは鳳の一年生だ。隣のテーブルがまるまる空いていた。

「空いてるよ。誰も取ってない」

「そっか。じゃー、ここにしようぜ」

「ありがとーいっくん」

「別に空いてただけだし」

 そう言って笑うが、やはり鳳が揃うと迫力がある。

 夏休みに強引に、演劇部こと、『地球部』に所属させられた幾久は、部活の面々と親しくなっていた。

「オッス山田」

「児玉じゃん。久しぶり」

「なんか嫌味だな」

「嫌味だよ。鷹落ちなんかしやがって」

 ふんと鼻を鳴らすが、幾久も児玉も苦笑いだ。

「みそ君、ランチどっち選んだ?」

 幾久が尋ねると、怒って「みそら!」と怒鳴る。

「ほら、嫌味なんか言うから返されるんだよ。失礼はだめだよ、山田みそ」

 そう言ったのは天使のようにやさしいと評判の三吉だ。三吉先生の親戚になるそうで、いわれて見れば似た雰囲気もあった。

「山田みそらっつってんだろ!」

「落ち着けよ山田みそ」

「オメーは黙ってろ入江饅頭が」

「万寿な」

 地球部の面々は所属クラスが殆ど鳳のせいか、やっぱりカラーがとても濃い。

「幾、鷹はどーよ。児玉につつかれてねーか」

「つつくって」

 山田の独特な言い方に幾久は苦笑する。

「今の言い方、ハル先輩っぽい」

 三吉が言うと、山田は一瞬ぱっと顔を明るくしたけれど、「べっ、別に意識してねーし!」と慌てて言い訳する。

「ね、いっくん、ぽくない?」

 三吉の言葉に幾久もいつもどおり、「ぽい、かな」と笑うが、山田は途端頬を緩め、元に戻る。

 山田は二年の高杉を意識しているのだが、それを気付かれるのは嫌らしい。

 はたから見たらこれ以上ないくらいにばれているのだが、本人は否定すれば大丈夫と思っている所がある。

「とっとと鳳に上がれよ幾。地球部は殆どが鳳なんだからな」

「そりゃそうしたいけどさ。鳳ペース早いよ」

 鳳と鷹の違いはないのだが、ペースが速くついていくのもやっとだ。内容を理解していて当たり前、という体で進んでいくので、授業さえ受ければどうにかなりというような、単純なものでもない。

 夏休み後半、午前中が補習で午後は部活、もしくは希望者はさらに補習というスケジュールが組まれていたが、以前山縣が言ったように、報国院の受験はお盆が過ぎて本気になるというのは本当だった。

「でも来期は来るんだろ?幾も児玉も」

 入江の言葉に児玉は頷く。

「そのつもりだけどな」

「出来ればね」

 幾久も答える。

「ただなんていうか、部活あんなにハードと思わなかったから」

 幾久はため息をつく。どうせ転校するかもだし、嫌なら辞めればいいしと思っていた春の自分を殴りたい。

 部活に所属しているのが殆ど鳳クラスというのは、ヒエラルキーがあるからとか、鳳しか所属できないとかいう理由ではなかった。

 単純に、内容がハードなだけだ。

「台本渡されて覚えて来いって。そんでいきなり台詞あわせとかハードモードすぎる」

 幾久は文句をいうが、他の鳳の面々はさすがというか、もしくは面白がっているのか、「覚えるだけで楽ちんじゃん」と笑っている。

「いまはまだ台詞だけだけどさ、そのうち動きとか流れとか?そういうのまで覚えなきゃいけないんだよ。早く覚えないと」

「もー、なんでホント、こんな目に」

 幾久は文句をいうが仕方がない。

「しょうがないじゃん。嫌なら桜柳祭終わるまで待たないと、退部できないんだし」

「それだよなー」

 幾久はため息をつく。普通の部ならいざ知らず、この報国院は文化祭にはひときわ力を入れていて、外部から遊びに来る人も多く、その上舞台についてはチケットを売るという本格仕様だ。

 お金が発生するので、舞台に穴を開けるわけにはいかず、結果、よっぽどの事がない限りは退部が認められない。

 つまり、うっかり入部させられた幾久も例外でなく、しかもなぜか殆ど主役を貰ってしまい、ふりまわされる毎日だ。

「でも寮で勉強見て貰えるんじゃないの?」

 三吉の質問に幾久は「それがさあ」と肩を落とす。

「今までの先輩らだったら、わからない所はどこかって聞いてくれたり、教えてくれたりしたのに」

「今は違うのか?」

 児玉の問いに幾久は頷く。

「判らないって言ったらさ、なにのどこが、どういう理由で判らないのか述べよ、から始まる」

 これまではふんわり理解できなかったことをふんわり尋ねていれば教えてくれたのに、これこれこういう理由でここがこう判りませんと言えといわれる。

「質問するのにもスッゲー頭まわさなきゃだから、疲れるんだよ」

 思えば確かに、幾久はこの三ヶ月間甘やかされていた。おかげでこうして鷹に入れてはいるのだけど、肝心な鳳に上がれるのかどうか、今のままでは不安だ。

「でもやんないと、鳳になれねーぞ」

「そうだけど。するけど」

「でもさあ、いっくんと児玉が鳳来るなら、ボクらの誰かが落とされるっていう可能性もあるよね」

 三吉の言葉に一瞬でその場が凍る。

「ま、ボクは落とされないけどね」

 ふふんとそう笑うのは、三吉が鳳でもトップクラスに入っているからだ。

「鷹の味噌漬け」

 そう言って噴出しているのは入江だ。

「るっせ万寿!お前だってんな上じゃねーだろ!」

「鷹饅頭ってなんかかっこよくない?」

「知らねーし!」

「鷹だって充分すごいのに」

 弥太郎が言う。この中では一人だけ鳩だ。

「でもヤッタ、もうちょっとで鷹行けそうじゃん」

 幾久の言葉に弥太郎はうーん、と首をかしげる。

「そりゃ、雪ちゃん先輩とタマのおかげだよ。一緒に勉強させてもらったから」

 児玉は恭王寮でうまくいってない。今回、鷹から鳩に落ちた同寮の同級生にからまれているからだ。

 恭王寮は元々、素行のいい鷹クラスが多く入るはずなのだが、どうも児玉を気に入らない面々が数人いて、そのせいで児玉はずっと孤立しているようなものだ。

「雪ちゃん先輩も忙しそうだな」

「受験だもん。でも最後だからって、桜柳祭には凄く気合入ってるよ」

「だよな。いっつも誉、連れてるもんな」

 常にトップに君臨する雪充は、当然一年生の鳳にも人気だ。

 誉とは、一年鳳のトップに君臨する、地球部の副部長でもある御堀誉のことだ。

 長州市出身のものが殆どの報国院にしてはめずらしく、周防市から報国院に来たのだという。

「中期って忙しいよな。テストはあるし、部活も必死だし」

「報国院って文系だからね。文化祭に力入れるのは仕方ないよ」

 報国院は体育祭がない代わりに、前夜祭含めほぼ三日間文化祭が行われる。かなり大きな祭りで、近所の人も多く訪れるので地元の祭りのようになっていた。

 その中でも舞台系のものは楽しみにしている人も多く、指定席チケットはいつも争奪戦になるのだという。

「児玉も桜柳祭、なんか出るんだろ?部活」

「出るよ。軽音でライブやる」

 児玉は軽音部に所属しており、ギターを練習中とのことだ。

 地球部の舞台の効果音も軽音部の生徒が担当してくれているので、文科系の横繋がりは広い。

「ヤッタはなんか部活ですんの?」

「植木を売るの」

 ヤッタは園芸部に所属している。毎日、楽しそうに園芸に勤しんでいるが、たまに農作業もやっていてけっこう本格派だ。

 弥太郎が言う。

「うちは桜柳祭が稼ぎ時らしくてさ、先輩たちが一生懸命企画考えてるよ」

 小さい植木や盆栽は毎年人気商品なのだという。

 他にもめずらしい部活動があって、あれこれ商品を出したりしているのだという。

「雪ちゃん先輩が忙しいわけだよ」

 幾久はそう言ってため息をつく。引退にも関わらず、夏休みに出来るだけ顔を出すと約束してくれた雪充は、確かによく顔を出してくれた。

 部活の最初にちょっと顔を出すこともあったし、終わりぎわにちょっとのぞきにくることもある。

 つまりが、本当に顔を見せる程度のことしか出来ないのだ。

 心の中では一緒になにか部活に参加することを期待していた幾久だったが、本当に忙しそうな雪充を見ると、これは無理だな、と早々に悟った。

「本当は三年は桜柳祭が終わって引退なんだけどね。実行委員を優先する為に、早めに引退したそうだから」

 弥太郎が言うと、幾久もだろうなあ、と思う。

「忙しすぎだよね」

「そうなんだよね」

 あ、そうだ、と弥太郎が突然思い出したように顔を上げた。

「いっくんさあ、部活前にちょっとウチの部に寄ってってよ。吉田先輩のお使いなんだけど」

「栄人先輩の?判った」

 すると二人の話を聞いていた山田が言った。

「用事あるなら、部活遅れてもいいぞ。先輩にも言っとく」

「そうそう、任せといてよ」

 そう言ったのは三吉だ。幾久は三吉、山田と同じグループで練習しているのでもし遅れれば迷惑がかかる。

「ホント?助かる」

 同じグループの二人がそう言ってくれるなら安心だ。

「じゃ、授業終わったら教えて」

「判った」

 弥太郎の言葉に幾久は頷いた。

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