多留人と幾久(後)
帰る前にもう一度お城をじっくり見たいと多留人が言うので、二人は再びお城へ向かった。
散歩やランニングの人がけっこういて、町の生活の中にお城がなじんでいるのが判った。
お城のあたりはかなり広く、遊んでいる人も多い。
と、多留人はリュックからボールを取り出した。
「多留人、ボールもってきてたのか?」
どうりでリュックが大きいな、と思っていたのだが、まさかサッカーボールを入れていたとは。
「ウン。幾久とどーしてもやりたくってさ」
「もー、オレ全然やってねえって」
「大丈夫だって」
言って多留人はリュックを下ろし、足元に置いた。
「幾久」
軽くボールをリフティングして、幾久へ渡す。
「うわっ、」
思わず受けた幾久だったが、何度かこなしているとすぐに勘を取り戻した。
リフティングで上げ技を繰り返し、足元に落す。
出来ると判ったら少し試したくなって幾久は久しぶりの技をやってみると、数回失敗のあとにうまくいった。
「幾久、やっぱ大丈夫じゃん」
「うーん、やっぱ動かないかなあ」
昔ほどは上手にできないが、心配したほどではなかった。
「じゃあさ、そっちとこっちでゲームしよ」
適当に二人で互いのゴールを決め、抜くことにした。
「いーよ。手加減してよ、多留人」
「しねーよ」
じゃあ、と互いにコンタクトを取り、昔のようにゲームを始めた。
多留人はさすが上手く、幾久は何度も抜かれたが、繰り返すうちに幾久の体は軽くなって、頭で考えなくても勝手に動くようになった。
(やっぱ多留人、めちゃくちゃ上手いな)
目の前に上手い人が居るとがぜん楽しくなって、幾久は集中して多留人を観察する。
多留人の弱点と苦手なところを思い出し、試すとやはり少しまだ苦手なコースがあるらしかった。
何度も多留人に邪魔され、幾久は正面から多留人を抜こうとした、そのすれ違いざまにつま先でボールを真上から潰すように触れ、スピンをかければボールが真上に上がる。くるりと背を向け多留人を抜いた。
「やった!」
「うわー抜かれた」
やっと多留人を抜いて幾久は上機嫌だ。
「もっかい!」
多留人に言われ、幾久も「いいよ!」と頷く。
段々調子が出てくると、障害物を逆に使ってボールで遊びだすと、昔のことを思い出して夢中になった。
多留人が動きを止めたので、なに、と顔を上げると、いつの間にか夢中になって気づかなかったが、人だかりができていた。
皆二人の様子を見ていて、わーっと拍手し、口笛を吹かれて「うめーぞ!」「かっこいい!」と声が飛んできた。
「あ、ドモ……」
つい頭を下げると、更に拍手がもらえて、多留人は幾久と肩を組んで、観客にぺこりと頭を下げた。
多留人が帰る時間になったので、二人は駅へ向かう事にした。
のんびりと街の中を歩きながら、多留人が言う。
「今日さ、帽子でもおいときゃお金もらえたかも」
「確かに!多留人やっぱ上手かったもんな」
「幾久だってすぐ調子取り戻したじゃん」
さっき、城の広場で二人で遊んでいると、通りすがりのサラリーマンの二人組みが「おれら元サッカー部なんだけど、ちょっと遊んで」と声をかけてきたので、2対2でやったのだが結果は多留人と幾久組の圧勝だった。
絶対素人じゃないよな、どこの学校?と聞かれて多留人が答えると、地元からはやっぱり!とか、おー!という声が上がっていたので、多留人の学校は知名度があるらしかった。
少し遊んだ後、サラリーマンのお兄さんはお礼にと二人にスポドリを差し入れしてくれ、のどが渇いていたのでありがたく頂戴した。
高校サッカー応援するよ!頑張れよ!と応援されて多留人はものすごい笑顔になっていた。
駅に到着し、多留人と幾久は一緒にホームに入った。
多留人は新幹線、幾久は在来線で別々の移動になる。
「今日はめちゃちゃ楽しかったわ!」
「オレも。多留人とサッカーすんの久しぶりだけど、すっげ楽しかった」
やっぱりサッカー好きだなあ、と幾久が笑っていると、多留人は幾久にボールを手渡した。
「やるよ」
「えっ?いいよ、貰えないよ!」
多留人が持ってきたのはレプリカじゃない、ちゃんとした正式なボールだったので高校生が簡単に貰っていいものじゃない。
だが、多留人は首を横に振った。
「最初から幾久がボール持ってなかったら、やろうって思って持ってきたんだ。もし、サッカー嫌いになってたら使わなかったけど、楽しそうだったし」
「楽しかったよ」
本当に懐かしいだけじゃなくて楽しかった。
「多留人、昔からめちゃくちゃ上手かったけど、もっとうまくなってたじゃん。オレは楽しかったよ?」
「俺だって幾久とすんの、滅茶苦茶楽しかった」
そう笑う多留人の笑顔は、少し大人っぽい気がした。
幾久は多留人に告げた。
「近いんだし、また会おうよ。そんで今日みたいに一緒にサッカーしよう」
幾久が言うと、多留人が頷いて、言った。
「……本当はさ、サッカー、ちっとも楽しくなかったけど、幾久とやったら楽しかった。やっぱつまんないのはサッカーじゃねえなって気づいたよ」
多留人の言葉に幾久は、そっか、と頷いた。
きっと多留人も幾久のように、連絡が取れなかった間にいろいろ思う事があって、こっちに来たのかもしれない。それでも楽しくなかったのだろうか。
「また話そうよ」
幾久が言う。
「そうだな」
多留人が頷く。
「じゃあ、幾久、そのボールで練習しといてくれよ」
「やだよ。ユース蹴るような奴と対等にやれって?」
「そうだよ。頑張ってくれ」
「重いなあ」
ハハ、と幾久は笑うが、多留人が楽しそうにしているので良かった、と思った。
「そういや幾久、お前の先祖って乃木希典なんだってな」
「オレよく知らないし、正直まだよく判ってない」
別に調べる気にもならないし、興味もそこまでない。
だから多留人にもわざわざ言ったこともないし、そもそも自分でもすっかり忘れているレベルの事だった。
多留人が尋ねた。
「今の学校では、そういうのないんだ?」
「全くないことはないけど、周りみんなそれだから、気にならないって言うか。オレなんかよりよっぽどメジャーな人の子孫ばっかだよ。教科書に載っててトーゼンみたいなの」
そもそも、まわりはみんな維新志士の子孫ばかりなのだから、そんなに気にもならなかった。
「面白い学校あるんだな。維新志士が先祖のやつばっかりって」
「なんか多すぎて、感覚マヒしてるよ」
「ハハハ。本当にモウリーニョとかってマジうける。見てーもん。文化祭で見れるかな」
多留人に幾久は見れると思うよ、と言う。
「外見も中身もそれっぽいよ、髭はえてるし。しかも元ヤンだって。違うのって眼鏡かけてるくらい」
「そこまで似なくていい!おもしれー!」
げらげら笑う多留人に、幾久も笑ってしまった。
そろそろ帰る時間じゃないのかな、と幾久が腕時計を見た時に、多留人がぽそりと言った。
「なあ幾久」
「ん?」
「実は俺も同じだったって、知らなかった?」
「なにが?」
同じって何のことだろう?と幾久が首をかしげていると多留人がいたずらっぽい顔で言った。
「俺の苗字、何よ?」
「徳川だけど」
「つまり、そーゆーこと」
そういうこと、と言われてどういうことだ?と首をかしげ。そしてやっと幾久の頭の中で繋がった。
幾久は乃木希典の子孫。多留人は徳川。同じ。
それはつまり。
「……えーと……えええええ?!マジで?」
「マジマジ。お前ほんと知らなかったの?」
「知らないよ!」
徳川なんて、聞き慣れすぎてむしろそんなの考えもしなかった。
「実はおれんところは水戸だからさー、案外、長州とはけっこう関わりあんだよなー」
「知らないよ……そんなの全く知らなかった」
そういえば、思い起こせば合致するような事がないことはなかったけれど、単純に苗字が同じで、皆も多留人もふざけているだけだとばかり思っていた。
そう言うと多留人は笑った。
「幾久らしー」
「そんなん気にしたこともないよ。多留人は多留人だもん」
「だよな」
幾久の言葉に多留人は満足そうに笑っていた。
「幾久、マジで文化祭……桜柳祭だっけ?呼んでくれよ!チケット絶対買うから」
「あんま気乗りしないけど、まあ多留人ならしょーがないよ。ボール貰ったし」
本当のボールはやっぱり触ると嬉しかった。多留人に次に会うまでに、練習しとこうと思う。
幸い、寮はやたら広いから練習なんかいくらでも出来る。
新幹線口に向かう多留人に幾久は言った。
「今度は長州市に来なよ。観光、案内する」
「ああ。お前も博多来いよ。ラーメンうめーぞ」
「今すぐ行きたい。なんか腹へってきた」
「あはは」
じゃあな、と手を振って別れた。
東京での親友との繋がりが、海を越えた場所で再び繋がった。
(もし報国院に来てなかったら、多留人とこんな風に会えなかったかもなあ)
なんだか不思議だ、と幾久は思った。
「さ、試合……じゃなかった、舞台がんばるぞ!」
舞台の客も、サッカーの試合の観客と思えば、なんでもない気がする。戦う相手がいないだけ、穏やかかもしれない。
幾久は両手でボールを大切に抱えて、在来線の乗り場へと向かった。
多留人はきっとサッカーを頑張っているのだろう。
多留人にあわす顔がないと思っていたけれど、ボールを蹴ればそんなことはないと思えた。
(こんどは多留人、抜いてやろう!)
新しい技をなんか覚えて、多留人を抜いてやったらどんな顔するだろうな。
幾久は多留人から貰ったボールを大事そうに抱きしめて、長州市行きの電車に乗り込んだ。