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お金先輩、現る。

  さて、無事報国院に通うことを決めた幾久だったが、父からの電話で一気に青ざめることになった。


「父さん、いま、なんて?」

『必要な学費を表にして出しなさい、と言ったんだよ』

 父の声はにこにこしているのだが、幾久には何のことだか判らない。

「えーと、学費って?」

 報国院に入っているのは父の希望だし、幾久がお金を出す必要はないはずなおんだが。

 すると父が言った。

『幾久、経済関係の部活に入っているんだろう?山縣君とそう言っていたじゃないか』

「あ……うん……」

 確かに夏休み、帰省した時に一応、名目上はそうは言ったが、実際はそんなものじゃない。

 幾久の両親を説得するために、山縣が適当すぎる部活を言っただけだと幾久は思い込んでいて、実際その設定はすっかり忘れていた。

『だったら丁度いいと思ってな。お前がこの三年間に必要な学費と、そうだな、鷹の場合と鳳の場合、それにそのふたつの平均値と必要経費、その外もしお前が報国院で必要なものがあるのなら、それらもあわせて父さんに報告書を出してくれないか?』

「……へ?」

『報国院の経済関係の部活なら、レベルはかなり高いはずだ。山縣君も頭が良さそうだし、相談してみるといい』

「えーと……」

『報告書、楽しみにしている』

「……はい」

 まさか今更踊るアホウのサポートメンバーで稼ぎました、などと言えるはずもない。

『じゃあ、待ってるぞ』

「……ウン」

 父との電話を終え、幾久はとても困ってしまった。

 経済関係の部活なんて、知りもしないしどうしていいか判らない。

「ど、どうしよう」

 真剣に困ってスマホを持ったままおろおろしていると、洗濯物を抱えた栄人が幾久に気づいた。

「おんやあ?いっくんどうした?困りごとならこのえーと先輩に」

「助けてくださいいいいいい!」

 お金のことなら、栄人に決まっているではないか。

 幾久は必死でしがみついた。


 幾久の悩みをふんふんと聞いてくれた栄人は、学校で先輩を紹介してくれることになった。

 まだ夏休み中だが、午前中は補修、午後からは部活と予定が詰まっているので、昼休みに時間を作って貰った。

 食事を終えた後、幾久は栄人とある三年生の先輩に挨拶に向かった。

「いっくん、こちらが、お金先輩だよ!」

「すごい直球なあだ名っすね」

 あまりにそのまますぎるが、この困難を助けて貰うのだからいいかもしれない。

 梅屋はにこにこして手を伸ばした。

「始めまして、御門寮の乃木君だね!三年鳳の、梅屋です。よろしく」

 そう言って差し出したのは名刺だ。

「……報国院高等学校、経済研究部、部長、」

 山縣の嘘ではなく、本当にあったんだ、と幾久は驚く。

「梅屋先輩は稼いでてめっちゃお金もちだよ」

「将来は、霧や霞を売るお仕事がしたいです」

 なんか危なそうな人だな、と幾久は思った。


 しかしいざ相談してみると、お金先輩こと、梅屋のアドバイスは、どれもいいものばかりだった。

「なるへそー、いっくんのパパは官僚なのか。将来の為に媚を売っておかないと。名刺もらっといて」

「正直すぎませんか」

 幾久が呆れて言うと、梅屋は首を横に振った。

「物事は誤魔化すと時間がかかって無意味なんだ。時は金なり。無駄金はいかんよ」

 そう言いつつ、スマホを弄る。

「鳳のデータくらいすぐ見れるよ。これこれっと、」

 計算ソフトを立ち上げ、さっとデータを取り出す。

 すると学費の一覧がざっと出てきた。

「凄いっすね」

 幾久が感心すると梅屋がまあね、と得意げに言った。

「依頼があったら出すようにしてんの。昔からやってるから、いっくんのパパ、それ知ってたんじゃないのかな?」

「へー、そうなんすか」

 それなら父が計算表を出せというのも納得だ。

 梅屋が言う。

「鳳は学費は無料、寮費も無料だし、むしろ必要経費は配られるから全く金かかんねー所かプラスの場合が多いんだよな。まあ、必要としたらそうだなあ、こういう雑費とか?」

 ちょいちょいとスマホで入力していく。

「で、鳳の場合はいっくんの学費は、こう!」

 梅屋が見せた予算に幾久は驚いた。

「……安っ!」

 というか殆ど無料だ。むしろ項目によってはお金が貰えるのでめちゃくちゃリッチだ。

「で、参考までに鷹はこうね」

「けっこう高いっすね」

 鳩よりはマシだと思ったが、それでもなかなかの金額だ。

「普通の私立って感じだよ。報国院はお高いの」

 梅屋の言葉に幾久は頷く。そこまで詳しい訳ではないが、確かにこれはけっこうな額だ。

 栄人が金額を見てため息をつく。

「おれ、鷹無理だわ。金払えないし」

 そこで幾久は気づいて尋ねた。

「万が一でも鳳から落ちたらどうするんスか?」

「その為にバイトしてんだよね」

 なるほど、栄人がバイトの鬼なのはそういう理由か、と幾久は納得する。

「流石に高校中退は辛いじゃん。折角高校生活やってんのにさあ。だから、備えでね」

「なんかギリギリっぽいっすね」

 幾久のように親に頼れるならともかく、鳳に居るのが絶対で、鷹になるとつらい、というのはかなり条件が厳しい気がする。

 しかも他の鳳と違って、栄人はバイトをしているわけだから、条件はあまり良くない。

 梅屋が言った。

「でも一応ウチの学校は、救済策もあって、栄人みたいな生徒には金貸してくれるんだよ」

「本当に?」

 だったら栄人は少しは気楽じゃないのかなと思ったのだが、栄人は首を横に振る。

「ただし、成績優秀者じゃないと駄目なの。鳳にずっと居たらいいんだけどね」

 落ちたり、上がったり、の場合はそんなに親切にしてくれないという。

「ほんっと、現金な学校っすね」

「イヤーほんとシビアだと思うわあ」

 あはは、と梅屋は笑う。そんな所は栄人とそっくりだが、お金が好きだと似るのだろうか。

「じゃあいっくんの場合だけど、鳳の場合と鷹の場合、あとついでにその二つの平均値の予算組んでプリントアウトしておくね。それだとパパも納得するはずだよ」

「あざす!」

 それはありがたい、と幾久はほっとしたのだが。

「で、これ請求ね」

「へ?」

 梅屋が幾久にスマホの画面を見せた。

「請求書は後日出すけど、振込み先はここ」

「えっ、お金取るんすか?!」

 てっきり助けてくれると思っていたのに、と幾久は驚くが梅屋も栄人もなにを今更、という顔をしている。

「いっくん、勘違いしてないか?ここはボランティアの部活じゃねーんだ」

「そうそう、経済研究してんのよ?お金がかかるのは当たり前」

「えぇえええ」

 そんなあ、と幾久が言うと梅屋はさっとスマホをひっくり返した。

「じゃあ、さっきのデータは自分で出すんだね。こっちだってずっとデータ管理してるんだからな。情報はタダじゃないんだぞ?」

「う、」

 それを言われると弱い。確かに梅屋の言うとおりだ。

「いっくん、払ったほうが楽だって」

 確かに、請求された金額はそこまでお高いものじゃない。いまから自分でデータを集めて書類を作って、なんて考えたら全然楽だ。

 山縣に貰ったバイト代はまだ余裕で残っている。

 幾久はしばらく考えたが、素直に梅屋に頼ることにした。

「お支払いしますんで、よろしくお願いシャス」

「よっしゃ、じゃあ早速作っとくわ。あ、今回は2件分しか請求しないから。まとめたやつの平均値のはサービスだからね!」

「ありがとうございます?」

 だよな?と思いつつ幾久は梅屋に書類の作成を頼むことにした。



 その日のうちに梅屋から予算書が届いた。

 栄人いわく、『お金先輩がいろいろ細工してくれたから、うまくいけばいっくんの財政環境良くなるよ!』とのことだが、果たしてどうなのだろうか。

 幾久は半信半疑で、梅屋が作った予算書を写真で撮り、父に送付しておいたのだった。


 さて、翌日、父から早速返事が来たのだが、幾久はその返事の内容に目を丸くした。

「……へ?」

 それは、父からのお礼と、書類がとても良い出来だったことの褒め言葉、その上。

「……マジで?!」

 幾久が鳳クラスを維持した場合の、お小遣いをアップすると書かれていた。

「やったああ!マジで?父さんありがとー!」

 幾久は大喜びだ。

 早速、栄人と梅屋にお礼を言うことにした。



「梅屋先輩!書類、ありがとうございました!」

「うまくいったろ?」

 梅屋に幾久はうんうんと頷いた。

「しかも鳳に入ったらお小遣いアップしてくれることになりました!すごいラッキーっす!」

 幾久が喜んで言うと、梅屋はにこにこしたまま「ラッキーじゃないよ」と幾久に言った。

「?なんでっすか?」

 お小遣いが増えるのは単純にラッキーだろうと思っていたのだが、梅屋は満足そうに幾久に言った。

「だって、いっくんのパパに出した書類の中にそれ書いてたんだもん。鳳だったらむしろ親の負担は少ないんだから、いくらかお小遣いにまわすように検討願いますって。うまくいったみたいだね」

「マジっすか」

 面倒で書類の内容まできちんと読んでいなかったが、まさかそんな事が書かれているとは。

「お金先輩ってスゴイんすねえ」

「まーね!お金大好きだかんね!」

 自慢げにいばって見せるが、幾久は気になることがあり、こそっと栄人に尋ねてみた。

「ガタ先輩、自分は経済の研究してる部活とか勝手に言ってましたけど、いいんスか?」

「あ、ガタ?いーのいーの、だってお金先輩、ガタにも協力して貰ってるもんねえ」

「へ?」

 幾久が驚くと、梅屋は頷いた。

「ガタだろ?あいつ、オタク関係の情報半端ねーから、そういう系調べるときは下請け頼んでんの」

「下請け」

 幾久は聞きなれない言葉に驚くと、梅屋は笑った。

「だっていっくんだって今回のは俺らを下請けに使ったみたいなもんじゃん。いっくんがお金払って、俺らがそれを請け負う。ガタも同じ。俺らが金払って情報貰う」

「はあ、なるほど」

 幾久は納得する。

「全部一人でするよりかは、そうやって協力したほうが早いじゃん?」

「そりゃそうかもですけど」

 高校生の立場で互いを下請けに使うという発想が幾久にはなく、驚くばかりだ。

「言っちゃなんだけど、いっくんの居る地球部だって似たようなもんだよ?」

「へ?」

 梅屋の言葉に栄人も頷く。

「そうそう。地球部の舞台を作るのが、映研とか、美術部とか、軽音の合同発表みたいなもんだし」

 ね、と梅屋と栄人が互いに頷く。

「それはなんか聞きましたけど」

「だから地球部の出し物ったら、責任重大よ~、俺らもチケット売るんだし」

 な、とまた梅屋と栄人が同時に頷く。

「そういうプレッシャーやめてください」

「かけるよ、かけまくるよ。マジで売り上げ大事だからね」

 梅屋の言葉に栄人が頷く。

「んだんだ、いっくんのジュリエット効果、期待してるからね!」

「期待はいいっすけど、結果出なくても請求書よこさないでくださいね」

 幾久が言うと、栄人と梅屋は顔を見合わせた。

 あれ、ひょっとしてこれってヤブヘビなんじゃ。

 幾久がそう思っていると二人は「それいいな!」と張り切り始めたので、幾久は「お疲れさまでしたぁ!」と背を向けて逃げ出したのだった。

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