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セオリーどうりじゃたまらない(後)

 よくわかんないけど、このおじさん、報国院が好きなのかなあ。

 幾久がそう思っていると、扉があいて客が入ってきた。

「ごっぶれいしまーす!マスター、つめたいコーヒーくださーい!」

「ふたつね、ふたつ!」

 そう言って入ってきたのは山田と三吉だ。

「おつかれ。本あった?」

 幾久に山田が頷いた。

「雑誌だもん。ねーと困る。それより幾、」

「その人誰?」

「知らない」

 するとカウンターにいたマスターがなぜか思い切り噴き出した。

 男はものすごく、苦虫をつぶしたような顔になっていたが、ちょっと肩を落として言った。

「いま、乃木君にアイスを奢ったんだ。キミたちも食べる?」

 山田と三吉は「アイス!」とくいついた。

「マジっすか!いります!」

「ごちそーになりまーす!」

「いいよ。なんでも好きなの選びな」

 幾久とは違い、山田も三吉も大喜びで奢って貰っている。

 男はなぜか幾久の席の隣へ移動して、向かいの席に山田と三吉が座った。

 幾久が言った。

「知らない人に奢って貰うんだ……」

「え?いっくんだって奢ってもらったんでしょ?」

「オレ一応断ったもん」

「でも奢って貰ったんだろ?」

 山田が言うと幾久は渋々「まぁ……」と言う。

 マスターがカウンターから言った。

「いっくんはハル達と来るから知らないんだろうけど、うちの店で、卒業生が在校生に奢るのよくあんだよ」

「そうなんすか」

 男は頷く。

「報国院の生徒に奢ったのも、初めてじゃないよ」

「え?そうなんだ。だったらおじさん毎日来てくれたらいいのに!」

 三吉があっけらかんと言うと、男は苦笑した。

「毎日は奢らないよ」

 それでも頻繁におごりはするのだろう。

 マスターも慣れている風だったし、男もなんとも思っていない風だった。

「それよりキミたち、報国院について何か疑問とか、思う事はあるかな?」

 幾久に尋ねたのと同じことを、男は尋ねた。

 山田も三吉も、奢って貰ったからだろう、うーんと考える。

 山田が言った。

「オレ、ライダースーツ欲しい」

「……欲しいものじゃなくてね」

 三吉が言った。

「成績上位者には賞金くれないかなあ」

「学費が無料じゃ駄目かい」

 三吉と山田のタイを見て、鳳だと判ったのだろう、そう言うが、三吉は頷いた。

「ボクん家って母子家庭なんすよね。お金欲しい。本当はバイトしたいけど、それよか確実にいい点とってほしいっておかーさんに言われてる。鳳だったら学費も寮費もかかんない、お前が稼ぐ額より、学費の方がよっぽど高くなるからって」

 幾久も頷いた。

「うちの栄人先輩も同じこと言ってた。バイト増やしたいけど、そしたら勉強が追い付かなくなるから、そのラインが難しいって」

 御門寮の久坂と高杉は、二人でトップを争う仲だが、栄人は十番近くをうろうろしているのだそうだ。

「賞金か」

 ふーむ、と男はなぜか考えているようだった。

「参考になったよ。ほかにもあるかな?」

 山田と三吉は首を横に振った。

「ないっす。全然ないッス」

「ボクは学費無料なら特に」

「先輩や先生に疑問は?」

 更に尋ねてくる男に、二人は考えるが、「あんまないかなあ」「ないねえ」と頷く。

「特にねーよな。鳳なにやっても怒られないし」

「授業なんか考えてるとおいてかれるし、ついてくだけで必死」

「確かに」

 幾久も頷く。先生がどうのと言う前に授業スピードが速いので、なにかを感じる時間がない。

 実際授業は判りやすいので、人間性がどうこうまでは判らない。

「部活では?先生はどう?」

 男の問いに全員首を横に振った。

「全然。ものすごい良い先生ッス」

「たまきん、メッチャ優しいし」

「絶対に怒んないし」

 すると男は尋ねた。

「怒らない先生が、いい先生?」

 そう尋ねられると、三吉が答えた。

「そうじゃなくて、子供に対して感情的にならないって意味です。ボクら子供だから、多分いろいろ失敗してるんです」

 山田も頷く。

「でもたまきん……玉木先生って、顧問の先生ですけど、絶対に話を全部聞いてから、あなたたちの言いたいことは判ったわ、って言って、全部俺らに意味を確認して、その後に、これはこうじゃないか?これだと誤解されないか?とかいろいろ聞いてくれるんス」

 さすが鳳なのか、二人ともきちんと自分の意見を言っている。

「生徒同士で喧嘩みたいになっても、たまきんはどっちの味方もしないし、どっちも叱らない。そういうの、スゲーなって思います」

「いい先生なんだね」

 男の言葉に、三人は頷いた。

「いい先生ッス」

「そうか、よく判った。報国院の生徒が言うなら信用しよう」

 なぜか男はそう言って、のし、と立ち上がった。

 立ち上がると雰囲気がまた圧迫感がある。

 なんだか音楽をやっているロックンローラーみたいにも見えた。

「キミ達、どうもありがとう。若者の貴重な時間を使わせて悪かったね」

「いえ、いいっす」

「奢ってもらったんで」

「ラッキーでした」

 三人が言うと男は「そうか」と言ってカウンターのマスターに挨拶した。

「じゃあ、帰るよ。コーヒーごちそうさん」

「ありがとっしたー」

 マスターが言うと、男は振り返り、三人に言った。

「正しいと言われているルールでも、本気で疑問を持ったら男は戦うんだぞ。いいな、必ずだ。でないと報国院の名折れだからな」

 そう言うと、男は店を出て行った。



 かき氷を食べながら、三吉が言った。

「なんか変なおじさんだったね」

 山田が言う。

「でもけっこうカッコよくなかったか?イケメンだったし」

「まあ確かに、古臭いっていうか、おじさんだったけどこう、きりっとした顔だったけど」

 サングラスしてたからよくわかんないや、と幾久が言う。

「なんか歌ってそうな感じはした」

 そうでなければヤ○ザか。

 幾久が言うと山田が「なんか判る」と頷く。

 マスターはなぜか頬と肩をプルプル震わせながら三人に言った。

「おまえらよく判ったな。あの人、歌めっちゃくちゃ上手いから、そのうち聞けるぞ」

「え?歌手?」

「歌手じゃねーけど、趣味でやってる」

「へー、なに歌うんだろ」

 三吉の問いに幾久が答えた。

「あの外見じゃロックでしょ、ロック」

「なんで決まってんだよ」

 山田の問いに幾久が言った。

「黒いから。黒い人はだいたいロックだって」

 青木先輩が言ってた。

 という事は黙って幾久が言うと、マスターは頷いた。

「そうそういっくん。黒いパンツは大抵新日本だしな。つまり新日はロックということか」

「多分違うと思います」

 幾久は言って、おかわりにコーヒーを貰う事にした。





 ますく・ど・かふぇを出た男は、暑い最中の商店街を歩いていく。

 この先にある寺は、学生の頃世話になった先輩が住んでいる。

「うーん、賞金かぁ」

 近頃の学生はシビアだ。

 学校に疑問がないのはいいが、果たして独りよがりになってないか。

 自省はするが、それが正しいかどうかは判らない。

 だが、この男にとって生徒の生の声は常に正しい。

 そう決めている。

「賞金かあ……」

 うーんと男は考える。

 望みがそれなら叶えてやりたいが、鳳はそうでなくとも、学業に関係があるものなら、購入するのは学校側がやっていたし、必要なら個人のものも与えている。

 実際、映像研究部のプレゼンはすばらしく、この数年でかなりの機材やソフトを購入した。

 希望を出せば、たとえば研究の名目さえあれば、旅費だって報国院は出すのだ。

 しかしそうではなく、あの言い方からすると、個人で自由に使えるお金が欲しいのだろう。

「うーん、現金はさすがにまずいだろうなあ」

 いや、鳳になにをしようが文句を言う人はこの界隈にはいない。

 だけどこのご時世、学校の情報は外部に垂れ流しになるといっても過言ではない。

 成績を盾にお金を配ってるなんて言われたら、いや、それはそれでもいいのだが、全く関係のない世間様がしゃしゃり出てくるのは目に見えている。

「なんっか、うまい方法なあ」

 うーん、うーんと考えて歩く。

 報国院の生徒の為なら何時間でも悩めるし考えるし、鳳の我儘はなんでも叶えてやりたい。

「でもなあ」

 男は考えながら、寺をめざし歩いたのだった。



 セオリーどうりじゃたまらない・終

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