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セオリーどうりじゃたまらない(前)

 地球部の部活が始まり、毎日幾久は忙しい。

 夏の最中の学校は人がおらず、その分窓も開いていたり閉まっていたりと要するに暑い。

 地球部の部室は鳳クラスのある旧校舎のほうにあるので、当然冷房は完備されているのだが、それでも用事があって教室を出ると一気に夏の熱気が来る。

 部活を終えて寮に帰ろうにも、あまりの暑さとハードな練習にそのまま帰る気にもなれず、幾久は頻繁に商店街の『ますく・ど・かふぇ』に寄り道していた。

 目的は店にあるしろくまだ。

 練乳がかかった氷に、フルーツがのっている甘いかき氷は幾久の好物なのだが、コンビニで買うと寮に帰るまでに溶けてしまうし、かといってコンビニで買ってどこかで買い食いしようものなら久坂や高杉に、行儀が悪いと怒られる。

 結局、しろくまを食べるためにはマスターの店に行くしかない。

「幾久、俺本屋行くけど、お前は?」

 山田の誘いに幾久は首を横に振った。

「限界。先に店行く」

 もう無理、という幾久に山田が苦笑した。

「わかった。じゃあ俺ら、用事済ませてから行くわ」

「ウン。ごめんだけど」

「じゃー後からね、いっくん」

「はーい」

 山田と三吉と別れ、幾久はマスターの店へ向かう。

 できるなら一緒について行きたいが、もう限界に近い。

(ああ、あついぜったいにぶっ倒れる……しろくま……)

 ふらふらになりながらやっと『ますく・ど・かふぇ』に到着し、幾久は扉を開けた。

「ご無礼しまーす。しろくまくださーい」

 店に入るとひんやりと冷房がきいていて、幾久は一気に笑顔になった。

「すずしーい」

「お、いっくんおつかれ!部活帰りか?」

「そうっす。もーホントハル先輩ひどいっすよ。しごかれまくりっす」

 そういってカウンターを見て、幾久はぎょっとした。

 カウンター席に腰かけていたのは、オールバックにサングラス、黒いタンクトップの上にド派手な柄シャツを着て首からクロスのネックレスとごついチェーンのようなネックレスを重ね付けしている男だった。

 黒のパンツに、腰にはチェーンがぶら下がっている。

 席に座っていてもかなりの圧迫感だ。

(玉木先生よりはちっさいかな?)

 地球部の顧問の玉木は、身長が百九十あってでかいというものじゃない。

 百六十代の幾久からしてみたら、玉木なんて電柱みたいに見えてしまう。

 見慣れているのでそこまででかいと感じなかったが、それでも久坂くらいはありそうだ。

 しかもでかいと感じたのは、その人の体が分厚かったからだ。

 鍛えているのは判るが、しかしマスターのように筋肉がつきまくっているという感じでもない。

 雰囲気はものすごく重い感じで、いきなり怒られそうな怖い空気をもっている。

 年齢はどう見ても幾久の父くらいのおじさんだ。

 ひょっとしたらもうちょっと上かもしれない。

 ぶっちゃけヤ○ザにしかみえない。怖い。

 しろくまを手に取った幾久はついその怖い男を見てしまったが、男は幾久の視線に気づいた。

「報国院か」

 男の低い、太い声にぎょっとして、幾久は「あ、ハイ、そっす」と頷いた。

 男はマスターに向かうと言った。

「コレ、俺が払うから」

 幾久のしろくまを指さして男が言うと、幾久はやっとそこで自分が奢られたことに気づく。

「いや、駄目っす!奢られちゃ駄目って、父さんに言われてるんで」

 慌てて首を横に振ると、マスターが笑って言った。

「いっくん、その人は大丈夫だから。おごられときな」

「え?でも……」

 戸惑う幾久に、マスターは続けて言った。

「大丈夫だって。その人、そう見えてもヤクザじゃないから」

 マスターが言うと、男は苦笑いした。

「おいひでえな」

「えー?いっくんだってそう思ったろ?ビビるよな?」

「……ちょっと」

 正直に言うと男は参ったな、という風に苦笑した。

「大丈夫だから。部活頑張ってる高校生に奢らせてよ」

 そこまで言われ、幾久は頷いた。

「ありがとうございます」

 マスターが言うなら大丈夫だろ、と幾久は席についてひとりでかきごおりを食べ始めた。

(やっぱりうまーい!)

 しゃりしゃりとスプーンで氷をほぐしながら甘いしろくまを食べていると、男が幾久に声をかけた。

「キミ、学年と名前は?」

 その問いにマスターが答えた。

「一年鳩の、乃木幾久君ッスよ。来期は鷹だけど」

 東京から来たんスよ、と言うと男はちょっと驚いて言った。

「乃木。そうか、キミが乃木先輩の息子さんか」

「えっ、父をご存じなんですか」

 驚く幾久に、男は笑う。

 といってもサングラス越しの表情なので、口元でしか判らないが。

「先輩にはお世話になったよ。そうか、キミなのか。言われてみたら先輩にそっくりだ」

 なんだ、この人もやっぱり報国院のOBなのか、と思うとちょっとほっとした。

 一人でかき氷を食べていると、男が幾久の座っていたテーブル席に移動してきた。

「キミ、友達は?部活してるんだろ?」

 男の問いに、幾久は答えた。

「いま、本屋行ってます。オレ、暑さに耐えらんなくて、先にこっちに来たんス」

 すると男はほっとした雰囲気になった。

「そうか。友達がいるのか。だったら安心だな」

 幾久が一人なので、ぼっちなのかと思ったようだ。

 まるでその様子が、息子を心配する父親のように見えた。

(子供が報国院にいるとかなのかな?)

 だったら判るかなあ、と思ってかき氷を食べていると、男は幾久に尋ねてきた。

「キミ、いまの報国院に疑問はあるか?」

「疑問?」

 男は頷く。

「学校のこういう所が気がきいていないとか、先生がよくないとか。大人の考えではなくキミの思う事でいいから」

「……うーん」

 そう言われても、よく判らない。

 幾久はやっと報国院に通うと決めたばかりだし、そこまで学校がどうこうという疑問は持ったことがなかった。

「例えば学校のシステムでもいいし、つくりでもいい。こんなもんあっても無駄だろ、とか、逆に、こんなん作れよ、みたいな」

「いや、そんなん我儘じゃないッスか」

 学校にあれがほしい、これが欲しいなんて求めるのは間違っていると幾久は思っている。

 だが、男は首を横に振った。

「生徒は学校に対して我儘であってもいい。いや、逆にそうあるべきだ。それが必要なことなら、学校は対応すべきだろ?」

 男は熱く幾久に語った。

 幾久はかき氷を食べながら男の説明をやや冷ややかな面持ちで聞いた。

(なんか、学生時代にあったのかな)

「うーん、オレはいまの所、疑問はないッス」

 男は言った。

「疑問があるなら隠しちゃダメだぞ。男は戦うべき時に戦わなければならないんだ」

(暑くるしっ!)

 幾久は思ったが当然口には出さない。

 困る幾久にマスターが助け舟を出した。

「なあいっくん、東京の私立にいたんだろ?だったら、そこと比べてどうこうってのは思いつかない?」

「え?うーん、確かにオレ、学校は私立ばっかっスけど、どこも学校は似たようなもんだとしか」

 小学校は穏やかではあったが、小学生の頃に疑問を感じるという感覚はなかった。

 むしろずっとサッカー漬けで、そっちの印象の方が強い。

「中学の頃も、母親がお受験にどっぷりだったんで、そのくらいしか印象はないし」

 毎日塾に通ってばかりで、たまに空いた時間に友達とストリートで遊ぶのがなにより楽しかった。

「お受験って、いっくん中坊で?高校はエスカレーターの予定じゃなかった?」

 マスターが尋ねると、幾久は答えた。

「高校じゃないッス。大学ッス。エスカレーターなんで、高校の一年の内容殆ど、中卒の時には終わってたんで、そのまま大学受験の準備に入るはずで。だから塾とかもそのまま行くはずだったんすけど、こっち来たんで全部やめたんス」

「エスカレーターなら普通、勉強は楽になるはずだろう?」

 男が尋ねてきたので幾久は答えた。

「勉強に関しては別にいいんスけど、スゲーピリピリはしてたっす。エスカレーターでも試験の内容で高校のクラス分け決まっちゃうし」

 思えばそんな空気だったから、ストレス解消に幾久にいちゃもんをつけてきたんだろうなと思う。

 男は尋ねた。

「報国院はどうだ?元の学校と比べてくれてもいんだが」

 熱心な人だなあ、と思いつつ、学校に子供がいるのなら心配なのかもと幾久は答えた。

「オレ、鳩なんスけど、先輩にすすめられて鳳の授業受けたんスよ。正直、報国院舐めてたッス」

 高校一年生の授業は終わっているはずなので、たいしたことないだろ、と気楽にうけた授業だったがとんでもなかった。

「内容は判るんス。判るんスけど、スピードが半端なくて、ついてくの必死ッス」

「理解はできた?」

「あ、ハイっす。それはスゲー教え方上手いんで、さくさく頭には入るッス。オレが行ってた塾の先生も割と有名な先生だったんスけど、それと同じかそれより上くらいには上手いッス」

 ただ、と幾久が言うと男がただ?とテーブルに肘をついて身を乗り出してきた。

「教えてくれるのは上手いんすけど、それを脳内で反芻して、まとめて、本当に判ってるかどうかの確認をする作業が絶対にいるなって」

 内容はいいのだが、スピードが速く、余計な事を考える隙間がない。

 授業を集中してみっちり聞いていないと、とてもじゃないが聞き漏らすのは間違いない。

「毎日あれ受けるのって、相当集中力いるなあって」

「鳳は仕方ないよな」

 マスターが言う。

「もともとそういうクラスで特別だからなあ」

「実際、鳳クラスの人ってみんななんか違うッスよね。雰囲気とか。頭もいいし」

 鳳は全く別格で、勉強以外のリソースを生徒に負わせていない。

 なにもかも、勉強ができればそれでいいのだから、生徒も面倒な事の一切をしなくて良い。

 例えば、千鳥と鳩クラスは、掃除なんかを自分たちでしなければならないが、鷹は掃除があっても簡単なものだし、鳳はそんなことを一切排除されている。

「鳩クラスから見たら、鳳は疑問か?」

 男の問いに幾久は首を横に振った。

「いえ、ちっとも。やり方が露骨すぎるなとは思うけど、嫌なら成績あげればいいだけの話なワケなんで」

「学校やルールに疑問があって、どうにかしてやろう、俺が壊すぞ!みたいな気持にはならない?」

「……ならないッスよ」

 一体何物騒な事を言ってるんだこの人は、と幾久は呆れるが、男は真剣にうーん、と考えていた。

「それはそれで問題な気がするな」

 すると横で見ていたマスターが答えた。

「そういうの、いっくんの担当じゃないから。千鳥に任せておけばいーんだよ。常世とか得意じゃないっスか」

「あいつはもう生徒じゃねえだろ」

「千鳥上手に仕切ってるっしょ」

「脳内が同レベルだからな」

 毛利を知っているのか、男は辛辣だ。

「疑問がないってのも考えないといけないぞ。流されているだけかもしれないんだからな」

 男の言葉に幾久は尋ねた。

「思考停止してるって事っスか?」

 すると男はちょっと驚いたような表情になって、一言尋ねた。

「鳩?」

 幾久は頷く。

「鳩ッス」

「来期は鷹、だったな?」

 幾久は頷く。

「ふーむ」

 と、男の様子にマスターが言った。

「いっくんはそのうち鳳行く子なんすよ」

「だろうな」

「いや、そんなん判んないッスよ」

 幾久は首を横に振るも、男は幾久の頭に大きな手をぽんと乗せた。

「キミは見どころがある。報国院の生徒なら必ず持つべきものを持っている」

「あ、はあ……」

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