報国院のピアノ・マン【おまけの御門寮バージョン】
寮に帰って夕食を済ませ、幾久はだらだらと過ごしていた。
午前中は補習、午後は部活でもう夏休みと言うより新学期の気分だ。
午後から授業でないだけ、まだマシなのだろうけどやはりスケジュールが詰まっていると疲れてしまう。
「いっくんだらしないぞ」
吉田はそう言いながら、冷えた麦茶を出してくれた。
幾久はスンマセン、といいつつも起き上がり麦茶を手に取る。
「なんか疲れるんすよね。補習はペース早いし、部活は慣れないし」
「したことないからしょうがないよね。慣れたら平気になるって」
吉田は笑うが、幾久はそうかなあ、と、ちゃぶ台に肘をつく。
「そういえば今日、音楽室にすっごいピアノと歌のうまいカッコイイおじさんが居たんすよ」
「へー。コレじゃないの?」
吉田が幽霊のように手首をだらんとしたポーズを取るが、真昼間からそれはない。
「さすがにそれは。フツーに人間っした」
「なぁんだ、つまんない」
「いくら夏でも真昼間はないっすよ」
そう言って幾久がだらけていると、つけっぱなしだったテレビに映った顔に幾久は驚いた。
「あぁっ!」
「どしたん、いっくん」
吉田が驚くが、幾久もびっくりして目を見開いた。
今日音楽室で見たあのおじさんの顔が、テレビの中にあったからだ。
「これ!この人!このおじさんっす!今日、オレ会ったんすよ?!」
幾久は驚くが、栄人は番組情報を調べた。
「福岡の生放送だね。音楽番組みたいだよ。えーと、ゲストなんかな?」
はじまるみたい、と栄人がそのままにしておいてくれたので二人で番組を見る事にした。
見ていると風呂から上がった久坂と高杉がのぞきこんできた。
「お前ら風呂入れ」
「ちょっと待ってください!これ見たい!」
幾久の訴えに、久坂と高杉がテレビを覗き込んだ。
「音楽番組か?幾久が、めずらしいの」
「今日、学校でハル先輩に呼ばれた時、音楽室にこのおじさんが居たんすよ!」
「ひょっとしてウチの学校出身のバンドの?」
僕はよく知らないけど、という久坂に幾久は頷く。
「多分そうっす。服も見たまんまだし」
ついでだと久坂と高杉も腰を下ろして、四人でその番組を見る事にした。
『さて、今夜のミュージック・スワロウはあの伝説のバンド!元ピーターアートのメンバーの三名、はい、三兄弟、お迎えしています!もう私世代の人でね、知らない人は居ないと思うんですけど!』
そして画面はピーターアートというバンドの説明に入った。長州市の幼馴染と兄弟で結成されたロックバンドで、そのうち三人が兄弟だという。
若い頃からヒットを飛ばし、カリスマ的な人気を誇って海外にも進出、伝説のバンドと言われているらしいが、現役高校生からしたら、聞いたことがあるような、ないような、といった感じでしかない。
画面に3人のおじさんが出てきた。吉田があれ、と驚いた。
「これって入学式の時のエアロスミスじゃん」
「ホントだ!あのおじさんだ!」
今日音楽室で見た、ハンサムなピアノの男性と並んで幾久の父に殴られていた革ジャン男と、銀髪でやたら派手なジャケットを着ていた人も居る。
よく見ると、今日見たピアノのおじさんと銀髪の男性は顔がそっくりだ。
「有名人だったんだ……」
幾久は父とこんなジャンルの人が知り合いだった事に驚く。
「でないとあんな服着れないよなぁ」
吉田も頷く。確かに、王宮のカーテンをそのまま服にしたようなジャケット着ていたな、この銀髪の人、と思い出す。
テレビでは話が進んでいった。
『現在、お三方はご兄弟でTori-Pitakaというバンドを組んで不定期で活動されていまして、今日は博多にお越しになってます!明日、ライヴなんですよね?』
わたしもいきますぅ、と妙齢のおねえさん、要するにおばさんがまるで女子高生みたいにきゃっきゃと喜んでいる。
『里帰りのついでにね。たまにはファンサしないと』
銀髪の男が言ってウィンクすると、インタビューしているおばさんは顔を赤くする。
この銀髪の人のファンなのかもしれない。
「卒業生だから学校に遊びに来てたのかもね」
「そうかも」
「この一番まともそうに見えるおじさんがピアノ上手かったんす」
他の面々、革ジャン、といっても今日はTシャツだったがやっぱり雰囲気は大人の不良そのままだ。
入学式の時に凄まれたこともあって、幾久はどうにもこの人が苦手だ。
(声もやたらデケーんだよな、あのおじさん)
それと違って、今日の人はとても穏やかで歌声もよかった。あの人が歌ったほうがいいのに、と幾久は思う。
『それではまず先に、新曲をご披露いただきますが、その後になんと今日は特別に!ファンの方必見ですよ?新曲の後に、ベースの!律さんが!ブルースハープとピアノで、なんと!このスタジオで演奏してくれます!ファンの方にはおなじみですけど、律さん、本当にね、滅多にピアノ弾いてくださらないのに今日は!ファンの為に特別に!だそうです!保存版ですよ!』
この三人組は、全員がいろんな楽器が出来て云々、みたいなことを説明している。
革ジャンが歌とギター、銀髪がピアノ、今日見たおじさんがベースが基本だが、三人は大抵どの楽器もいけるらしい。おぉお、というどよめきが上がるが、音楽に詳しくない幾久にはなにがすごいのかよく判らなかった。
「学校ではピアノ弾いてて上手かったのに、普通は弾かないのか」
ベースかぁ、と幾久は首をかしげた。
「どうなんだろうねえ」
吉田が麦茶を飲みながら答えた。
「いっくんお得じゃん。プロの人が弾いたの生で聴けたなんてさ」
「うーん、確かにめちゃくちゃ上手かったっすけど」
プロならあの上手さも納得だ、と幾久はテレビに見入った。
テレビの中では三人が演奏を始めた。
新曲だという曲はロックらしく、そのわりにキラキラした音が入ってきて幾久にはよく判らなかったが、ゴールデンウィークに御門寮に泊まったバンドの先輩らの曲に雰囲気が似ているな、とも思った。人は苦手だが、そこまで音楽は苦手じゃなかった。
バンドの人は全員おじさんだけど、別に古臭いとも思わなかった。
新曲を披露した後、ベースのおじさんはベースを下ろすと銀髪の人に渡し、ピアノへと移動した。
ボーカルが話を暫くしていると、セッティングが完了したらしく、画面が変わった。
『では、Tori-Pitakaのベースの律さんが特別に弾いてくださるピアノです。曲は、ビリー・ジョエルのナンバーで、ピアノ・マン。どうぞ』
軽やかなジャズ・ピアノの旋律が響き、ブルースハープの音が流れる。幾久が聞いたときは口笛だったが、どっちもいいな、と思うほど上手かった。
(綺麗なピアノだなあ)
テレビから流れるのはやはり今日聴いたのと同じだったが、音楽室で聴いたほうが好きかもしれない、と幾久は思った。
「いい曲だね」
久坂の感想に高杉も頷く。
「有名な曲じゃな。聴いたことがある」
「オレ、この曲好きっす」
なんだか懐かしい感じがする。
(そういや、父さんに聞けばわかるとかって言ってたけど、ひょっとして父さんのこと知ってるのかな?ってアレ?オレ、自己紹介したっけ?してないよな?)
まあいいや、と幾久は思って、テレビの中から流れる綺麗な曲を、にこにこして聞いていた。
(父さんに聞いてみようかなあ)
ひょっとしたら父と親しくて、思い出の曲なのかもしれない。
そんな気がした。