プリーズキスミー
暇になれば悪魔が仕事を持ってくる、とかなんとか言うけれど、実際その通りで煩い先輩たちが不在の地球部はただの遊び場になっている。
桜柳祭にはまだ遠く、脚本も全部そろっていないこの状況ではすることもなく、かといってサボるわけにもいかずだらだらと遊んでいる。
「ねー、いっくん、久坂先輩と高杉先輩ってさ、デキてんの?」
突然そんな爆弾をぶちこんできたのは三吉だ。
甘い外見と雰囲気に隠しているものの、よくこんな事をさらっと入れてくる油断がならない一年生のスリートップの一人だ。
「出来てない」
そう答えたのは、二年の高杉、久坂と同じ寮に所属する一年の乃木幾久だ。
「隠さなくてもいいから教えろよ」
そう笑って言うのは入江三兄弟の三男、万寿だ。
「本当にそうなんだって。オレも実際、疑ったけどさ」
幾久の髪に櫛を通していた三吉が覗き込んできた。
「えっ、じゃあ疑うような何かはあったんだ?」
実際あったけれど、それは二人のプライバシーの問題があるので幾久は誤魔化す。
「ってか、いっつも一緒だし、風呂も一緒で部屋も一緒で昼寝も一緒だもん。そりゃちょっとはそうかなって思う、だろ」
そう言うと、皆もうーん、と首を傾げる。
「そもそもなんで急にんなこと言い出すんだよ」
あの二人がべったりなんて、見ていればわかることだし同じ部活に所属しているならとっくに知っているだろうに。
「だって俺ら、あんまあの先輩らのこと知らんし」
山田が言うと三吉も頷く。
「そうなんだよね。ちょっと習い事でエンカウントはするけど、そこまででもないし」
三吉が言うと、品川も言った。
「そもそも部活も、今からって感じで今までなんもしてなかったし」
「え?マジで?」
幾久が驚くと全員が頷き、入江が言った。
「部に所属してさえいれば、部室に居てもいいよってくらいで、別になにするでもねーし、部室は先輩らのたまり場っぽいしでいる事ねーしな」
一年生の立場で、そう親しくもない先輩と同じ部室に居るのは居づらい。
「結局部活始まるまでほとんど誰も来てねーんじゃね?」
山田の言葉に品川や入江が頷く。
「そうなんだ。てっきりオレ以外、みんなもうとっくに部活やってんのかと」
幾久の言葉に全員が「ないないない」と首を横に振る。
「だからさ、正直、高杉先輩とか久坂先輩と部活ってちょっとわくわくすんだよね」
三吉が言うと山田も言う。
「そうそう、先輩らツートップでなんか空気違うじゃん。すっげ興味あるけど寮違うし俺ら」
そっか、と幾久は頷く。
「それで興味あるんだ」
「あるなあ」
「あるねえ」
「あるある」
一年生たちが頷く。
「先輩らってずっと御門じゃん?御門って人数少ないし、なんか謎なんだよな」
「あんまり寮の事も知られてないし」
「寮の事、知らない奴もいるくらいだからな」
「そうなんだ」
でも仕方のないことだなと幾久は思う。
学校から一番遠い上に、所属しているのは幾久を含めてもたった五人。
幾久はこっちが地元ではないので知り合いもいないし、先輩たちはそれなりに幼馴染がいるようだけど、山縣は謎な存在だし。
「だから、久坂先輩と高杉先輩ってすげー気になるわけよ!」
な、みそ、と入江が言うと、うるせえまんじゅう!のいつものやりとりが始まる。
「先輩に聞けばいいのに」
皆が所属する桜柳寮には、あの二人の事に詳しい先輩もいるだろうに。
そう幾久は思ったのだが、一年生たちは首を横に振った。
「本人に聞けって言われる。二人ともいいとこのお坊ちゃんだから、狙ってる女子多いらしくてさ。情報流したって思われたくないらしい」
「あー、ナルホド。確かに」
「去年なんか舞台が凄かったからけっこうあれこれ探るヤツ多くてさ。あれでなんかみんな箝口令敷いたみたいになったんだって」
「そんなにすごかったんだ」
「凄い凄い。あれで入ろうって思ったし」
三吉が言うと、何人か頷く。
「ただでさえ、舞台かっけえ、てなってるのに実はあれが首席争ってる二人で親友とか聞いたらやっぱ気になるじゃん?」
「まー確かになあ」
幾久も同じ寮だからそこまでは感じないが、確かにあの二人の雰囲気は独特なので気になるのは判る。
「でもなー、うーん。瑞祥先輩は大抵だらだらしてるし」
幾久の言葉に三吉が驚く。
「久坂先輩がだらだらすんの?!あんなにきりっとしてるのに!」
「いやー寮では溶けてるよ?朝だってハル先輩がおんぶおばけみたいになって瑞祥先輩引きずってきてるし」
「は?」
久坂は寝起きがものすごく悪く、朝はいつも高杉が肩に抱えて洗面所まで引きずってくる。
「ハル先輩が顔洗わせて、歯磨きさせて、やっと目が覚めるみたいだし」
毎朝それを隣で見ている幾久は、いつもかいがいしいなあと感心している。
「ハル先輩、怖そうに見えるけどめっちゃ面倒見いいし優しいよ」
「それ!それよ、そういうの俺らわかんねーもん!」
高杉にあこがれている山田は頷きながら言う。
「久坂先輩ってそんななんだ。意外すぎる」
「寮でもずっと着物だし」
「着物!」
なんだそれ、と一年生たちが身を乗り出してくる。
「寝るときは浴衣で、帰ってきたら大抵着物着てるよ瑞祥先輩」
「着物って、武士かよ」
「かっこいいんだろうなあ」
一年生たちに幾久はちょっと得意げに答えた。
「いや、マジでかっこいいよ。ほんとモデルみたいに」
「だよなあ」
身長が百八十を超えて、ちょっと長めの髪にピアスに激烈イケメンが着物姿なんて、確かになにかの撮影のように見える。
「ただ、昔のめんどくさい旦那みたいにお茶もってこいとか最中もってこいとか、そういうの言いつけてくるんだよ。ああいうの亭主関白?あれはやだなーって思う。イケメンで笑って『ありがとう』って言えば許されるとか思ってそうだし」
「あはは、イケメンの罠だ」
三吉がげらげら笑う。
楽しくなってきて、幾久も調子よく喋りはじめた。
「いっそハル先輩と本当に出来てんなら、もっと気を使ってくれるんじゃないかなーとか思う事はあるよ。もー出来てないからって、ふつーにべたべたべたべたしてるし。もし出来てたら、『後輩の前ではやめないと』とか思ってくれて遠慮してくれたらいいのになーとか」
調子よく喋っている幾久に比べ、一年生たちが急に静かになって幾久に目くばせしている。
あれ?どうしたんだろ、と思っていると、肩にぽんと手がおかれた。
「そっかあ、いっくんは僕とハルに出来てて欲しかったのかあ」
「ご期待に添えられんで申し訳ないのう」
青ざめながらそっと後ろを振り向くと、久坂と高杉の二人がにこにこと笑顔で立っていた。
「あ、せんぱい、たち、おつかれ、さまっす」
「亭主関白がどうしたって?」
「べたべたしてすまんのう」
にこにこしながら言っているが、幾久の肩に置かれた二人の手がぎりぎりしているのは気のせいじゃない。
「えーと、なんのことっすか?」
そういって必死に誤魔化すも、二人は笑顔で迫ってくる。
「そういえばハル、さっきいっくん何て言ってたっけ?」
「ワシらができてるほうがエエとか言っちょったのう」
「いやあのそれはですね」
「やだなあいっくん、その気があるなら言ってくれないと判らないじゃないか」
「そうじゃぞ、それならそうと言え」
「ないっすないっす、全然ないっす―――――ッ!」
「ま、遠慮せずにさ」
そう言って久坂が幾久の手を取り、顔を近づけてきていきなりキスをした。
皆一年生がざわつき、幾久も思わず目を閉じるが、感触にあれ?と思い目を開けると、確かにキスはされていたが、幾久の口に久坂の手がおかれ、久坂は自分の手の甲の上にキスしていただけだった。
仕掛けに気づいた幾久はへなへなと椅子から落ちた。
「もー……何なんすか」
「あれ?直接のほうが良かった?」
久坂の言葉に慌てて首を横に振る。
「いやいやいやいいっすいらないっす!」
一瞬本気でキスされたかと思って慌ててしまった。
実際そうじゃなくて良かったと心底ほっとする。
「あんまりそんな冗談言ってると、本当にするよ」
「すんませんでした」
一応そう言って謝るが、隣に居た三吉が挙手した。
「はいはい、じゃあ次、僕します!」
「は?」
「え?」
「……何?」
何を言ってるんだ、とあきれる久坂に三吉が言った。
「だって!久坂先輩とキスしたって女子に言ったら、絶対にキスしてくれるよ?女子が!」
「なんでだよ」
久坂の呆れたツッコミに、三吉が言った。
「だってみんな考えてみてよ!僕が久坂先輩と高杉先輩とキスするじゃん?んで、女子に、『僕とキスしたら、久坂先輩とも高杉先輩とも間接キスになるよ!』っていったら絶対にキスしたがる女子出まくる!」
可愛い外見の割に女子大好きの三吉がそう力説する。
幾久はあまりの発想に呆れて「は?」と肩を落とすが、これに入江がくいついた。
「確かに、先輩らの人気考えたらありえないことではない」
「な?な?そう思うだろ?」
「ちょっと……二人とも何言ってんの?」
呆れる幾久に山田が言った。
「確かに、それはありえる」
「ちょっと、正気になってよ」
「いや、幾、ありえる。しかも俺とキス一回で、久坂先輩と高杉先輩の二人と間接キスしたことになる。お得じゃね?」
「ちょ、ちょっと」
女子いなさすぎて頭おかしくなったんか。
幾久の脳内の山縣がツッコミを入れるも、一年生たちは大真面目に議論している。
「じゃあ、先にどっちにするべき?」
「女子人気は圧倒的に久坂先輩だから、久坂先輩から?」
「ちょっと待て、その理屈なら、じゃあ久坂先輩と高杉先輩にキスしてもらって、そのどっちかとキスしたら結果二人とも間接キスにならね?」
「でもそれって女子とするときは間接キスの間接キスになるわけで、俺とキスしたら久坂先輩と間接キスになって、久坂先輩と高杉先輩がキスしたら俺とキスしても間接キスの間接キスでちょっと遠くならね?」
「いや、だって男とキスとか事故じゃん、だったらより少ない方がよくね?」
「かといって高杉先輩も実はけっこう熱心な奴いんじゃん」
「キスするならどっち?お前、先輩どっちならいける?」
「うーん、それ難しいな」
会議を始めた一年生に、久坂も高杉も呆れて何も言えなくなる。
しばらく喋っていた後、一年生全員がなにかを決定し、代表で山田が立ち上がると久坂と高杉に言った。
「先輩ら、お互い二人でキスしてくれません?」
「なんでだよ嫌だよ」
「なんでじゃ馬鹿か」
その後幾久を含む全員が、仲良く一発ずつ拳骨を貰った。
地球部は今日も平和です。