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男子高校生はロミオからも逃れたい(前)

「ところで幾久、御堀には慣れたか」

「慣れません。ちーっとも、慣れません」


 部活を終えて寮に帰り、のんびりと夕食を食べている時に高杉が尋ねたが、幾久は首を横に振る。

「無理でしかねーっすね。御堀君マジでやばいっすもん」

 幾久は御堀の雰囲気に慣れることができないでいた。

 出来がいいというより、別次元ですらある御堀に幾久が勝手に怖気づいているというのもあるが、それだけでなく実際妙な迫力があって、なかなか慣れることができないでいた。

 幾久は文句を言った。

「なんなんすかヤバイっすよ御堀君。王子様オーラ半端ないっすもん。実はどっかの国の王子様なの隠してません?」

 幾久の文句に高杉が答える。

「残念ながら老舗和菓子屋の跡継ぎ王子様でしかねえの。ただ、この界隈じゃわりかし有名じゃが」

「和菓子屋……」

 へえ、と幾久は納得する。確かに御堀はどことなく老舗が似合う雰囲気があったからだ。

 栄人が頷いて言った。

「あー、一年の御堀君ちでしょ?周防市では一、二を争う大きなお店だよね。デパートにも店舗あるし、けっこう事業もいろいろやってて、確かサッカーもスポンサーしてたはず」

「マジで」

 サッカーのスポンサーとは凄い、と幾久は驚く。

「このあたりが長州ケートスだろ?周防市にもJ2のサッカーチームがあってさ。確かそこの大手スポンサーのはず」

「へー」

「御堀はそこのユースにも所属しちょったはずじゃぞ」

 高杉が言う。

「えっ!そうなんだ?でもだったらなんで、こっちのユースに入らなかったんだろう」

 報国院はケートスというクラブチームと提携していて、ユースの生徒は報国院に通っている。部活とクラブのユースが合体しているというめずらしい関係だ。

「さあのう。もし向こうのユースにおるなら、わざわざこっちまで来んじゃろうし」

 確かにそうだろう。ずっと地元でユースに所属していたのなら、当然地元に残るはずだ。

 わざわざ遠くの長州市に来たのはなにかあったのかもしれない。

「ひょっとしてユース、落ちちゃったのかなあ」

 自分も経験がある幾久は、なんとなく落ち込んでしまう。

 プロになる気があろうがなかろうが、『お前はいらない』と言われるのはあまりいい気分じゃないからだ。

「本人に聞いたらどうじゃ」

 高杉の言葉に幾久は首を横に振る。

「聞けるわけないっすよ!」

 そんなデリケートな問題に首を突っ込むなんて冗談じゃない。

「でもサッカー詳しいのなら、話はしてみたいかも」

 ユースはともかく、御堀はどのチームが好きなのだろうか。

(国内はちょっとわかんないなあ)

 あまり御堀と接点がないし、なにを喋っていいのかもよく判らないので、サッカーの話で関わりが持てたらいいのにな、と幾久は思ったのだった。




 翌日、幾久は午後、いつものように部室に居た。

 脚本は数日で出来上がるとの事なので、その間、全員は適当な台本を読んで演技をするという練習をしていた。つまりは人前で堂々と喋る練習だ。

 覚える必要もないし、台本を読むだけなら幾久にもプレッシャーはかからないし、ジュリエットの属するキャピュレット家のグループの人は皆気さくだったので、幾久も何を考えることもなく台本読みをしている時の事だ。

「乃木君」

「御堀君?なに?」

 ひく、と顔が引きつるのは仕方がない。幾久は御堀がやや苦手、というか緊張してしまう。

「もし問題なければ、二人で台本読みやりたいんだけど、駄目かな」

 御堀の問いに、幾久はやや躊躇った。というのが、御堀が目の前に居るとどうしても緊張してしまって、うまく台本が読めないからだ。

 ここで嫌だと言えば御堀は、そう、と言って戻るのだろうけれど、幾久だって逃げてばかりでうまくいくとも思っていない。

「幾、行けよ」

 そう言ったのはキャピュレットグループに所属する山田だ。

 言葉も態度もそっけないが、頭の回転が早く、いろんなことをフォローしてくれる。

「こっちはいいから、御堀に慣れろ」

 山田に言われ、幾久も「そうだね」と頷く。

 幾久はとにかく早く、御堀に慣れる必要があった。


 御堀は幾久と窓際へ移動して、二人は向かい合わせに椅子に腰を下ろした。

 報国院でも古い煉瓦造りの建物の中にあるこの部室は雰囲気があって、上品な御堀の雰囲気にぴったりだ。

「じゃあ、台本読みしようか」

「……うん」

 御堀はこの前の内容を全部覚えているので何も持たず、ひざの上で手を組んでいた。

 幾久はまだ完璧に覚えていないし、緊張したら台詞が飛ぶので用紙を持って御堀に向かい合った。

 幾久がジュリエットの台詞を言う。

「―――――この耳はまだ、お前の言葉をそんなに聞いてはいないけれど、でも声は覚えている、お前はロミオ、モンタギューのロミオだろ?」

 ロミオ役の御堀が応じた。

「どちらも違うよ、いとしいあなた。どちらもあなたの敵の名前だ」

「どうやってこんな場所まで?塀は高くて登れないはず、それにお前の立場を思えば、ここは処刑場みたいなもの、もし誰かに見つかりでもしたら」

 さすがにゆっくり喋ればどもりはしないが、それでも台詞は殆ど棒読みだ。

 御堀は本当に喋っているみたいに告げた。

「塀なんて恋の翼で飛び越えてしまったよ。どんな石の壁だって僕の恋を阻むことはできやしない。君に会うためならどんなことだってしてみせる」

「うちの連中は、お前を見つけたらきっと殺してしまう」

 御堀はふっと笑い、やさしい笑顔で幾久に言った。

「どんな剣よりも君に嫌われるほうが僕には怖い。どうか僕に優しく笑って」

「絶対に見つかっては駄目だ、ロミオ、」

「夜の闇が僕を包んでくれている。でも君が僕を愛してくれないのなら、見つかって殺された方がマシだ」

「ロミオ、誰がお前をそそのかしてこんな場所まで」

「恋だよ」

 御堀が言う。幾久はその声にどきっとした。

「そそのかしたのは、そうだね、言うなれば恋の神、キューピッド。あなたを見つけたのはそのせいだよ」

 にこっと微笑まれたらもう駄目だった。

 幾久は限界とばかりに口ごもる。

 かーっと顔を真っ赤にして固まってしまった幾久に、御堀は小さく告げた。

「お茶でいい?」

「……ウン、ごめん」

 自分でもやっぱり判るくらいに幾久は顔を真っ赤にしていて、御堀は購買にお茶を買いに向かったのだった。


(うあー!!!!!もう!なんで照れるんだよ!)

 顔を手で覆う。やっぱり手のひらでも熱いと判るくらいに幾久の顔は真っ赤になっている。

(別に!本当に告白されているわけじゃないのに!)

 いったいどうしてなのか、幾久は考えるが原因はいくらでも思いつく。

(だって御堀君、顔いいし、声も穏やかだし、おぼっちゃんっぽい雰囲気あるし)

 いいところのお坊ちゃん丸出しで、穏やかに、丁寧に接して来られるとどうにも照れてしまう。

 幾久だって練習はした。同じキャピュレットのグループに居る山田や三吉、瀧川に先輩の来島の全員に台詞を読んで貰って、台詞を一生懸命言って、どもったり慌てたりしない様に頑張った、のだが。

(他の人だったら全然平気なのになあ)

 他の人相手だと問題ない台詞が、御堀相手となると途端、まるっきり駄目になってしまう。

 最初に緊張しまくったのがインプットされたのかもしれないし、単純に御堀の雰囲気のせいかもしれなかった。

(やー、たぶん絶対御堀君のせい)

 幾久はそう確信していた。

 台詞が恥ずかしいというのは誰相手でもそうなのだけど、御堀相手に感じるほどじゃない。

(なんでだろ……御堀君がガチで真剣だからかなあ)

 うーん、と幾久が腕を組んで考えていると御堀が戻ってきた。幾久にお茶を渡した。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 御堀も自分のお茶を買ってきたらしく、二人は静かにお茶を口に含む。

(気まずい)

 幾久は思う。御堀は物静かで穏やかなので、何を喋ればいいのかが判らない。

(いきなりサッカーの話題ふるのもなんかだし、それよりも練習しようとか言われそうだし)

 実際、御堀相手に練習をしておかないと、この調子では台本が完成してきて台詞を覚えたとしても、その先が進まなくなってしまう。

 本当にどうにかしなければならないのに。

 幾久が黙っていると、御堀が言った。

「僕に慣れないみたいだね」

 幾久は申し訳なく、頷く。

「ウン、ごめん」

 素直に謝ったのは、ごまかすのが無駄だからだ。

 本当に自分だってどうにかしたい。御堀が真面目に真剣に付き合ってくれるからこそ、幾久も答えたいのに、照れはそう簡単におさまらない。

「僕、とっつきにくいのかな」

 御堀が言う。幾久は少し考えて、正直に答えた。

「そんなことは……ちょっとあるかも」

 台詞でなければ、そんなに圧迫感はないのだが、

「御堀君王子様オーラすげえもん。圧倒される」

 はあ、と幾久はため息をつく。本当に喋る分にはそうでもないのに、いざ台詞となるとどうしてこうもびびってしまうのか幾久には判らない。

 御堀が言った。

「桂先輩とか、高杉先輩とか、久坂先輩のほうが全然だと思うけど」

 確かにその三人は独特の雰囲気みたいなものがあって、近づき違いと思われているのも幾久は知っている。

 だが、最初から深く関わっていた幾久からしたら、そこまで怖いとか、近づきにくいとは思わなかった。

「そうかなあ?雪ちゃん先輩は優しいだけだし、ハル先輩も瑞祥先輩も、基本寮と同じだし」

 うーん、と幾久は首をかしげる。

「なんか先輩らと違う雰囲気あるんだよね、御堀君って」

 物静かで上品で落ち着きがあって、見るからにいいところのお坊ちゃんっぽさが全面に出ている。

「どこが違うのか判る?」

 御堀が尋ねるので幾久はうーん、と考える。

「どこかっていうと、なんていうのかなあ。瑞祥先輩とか、ハル先輩とかそうなんだけど、二面性じゃないけど、人によって雰囲気が変わるけど、あれみたいなものかなあ」

 上手に言えないんだけど、と幾久は言う。

「……でも、慣れてくれないと舞台が進まないよ」

「本当にゴメン」

 しゅんとする幾久に、御堀は腕を組み言った。

「考えたんだけど、雰囲気がどうこう、というのなら、僕と先輩達にそこまで差があるとは考えにくいんだ。僕からすれば、むしろ先輩方の方が圧倒的に雰囲気あると思うし」

 御堀が言うと幾久もそうだよな、と思う。単純な雰囲気だけなら、二年、三年のほうが絶対にある。

 ただ、いざ台詞となると御堀の雰囲気がこういった普段とは違ってきて、どうにもやりづらく感じてしまう。

「慣れなくてゴメン」

 幾久が謝ると御堀が考えて告げた。

「ということは、乃木君が慣れれば問題ないと思うんだ」

「そうだけど」

「……今夜、なにか予定はある?」

「?ないけど」

「じゃあいいね」

 なにがいいのだろう、と幾久が思っていると、御堀はつかつかと高杉の所へ向かった。

「高杉先輩、ご許可を頂きたいのですが」

「御堀か。なんの許可じゃ」

「乃木君と、一晩一緒に過ごす許可を」

 そう御堀が言うと、その場に居た全員が凍った。

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