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男子高校生はジュリエットから逃れたい(後)

「じゃあ、さっきと同じシーンをやれ」

 高杉の言葉に御堀は頷き、台詞の書かれた紙を椅子へ置いた。

「なんじゃ?忘れとるぞ」

「もう覚えたので」

 御堀の言葉に、高杉が感心して頷く。

「じゃ、幾久だけ台本見てエエぞ」

「言われなくてもそうします」

 なんだか勝手に御堀との溝が深くなったような気がする。

 以前吉田も似たようなことを言っていたけれど、出来が違うってこういうことなのかなあ。

 幾久がため息をついていると、御堀が幾久の手をそっと取った。

 久坂のように跪き、幾久を下から見つめてくる。

 御堀は整った容姿なので、幾久はつい照れてしまう。

(やばい、集中しないと!)

 幾久は御堀を見つめ返した。

 御堀が語り始めた。

「―――――もう月に仕えるのはおよしなさい。ねたみ深い月に仕えても衣装はお仕着せの青白い貧血のような色、さあ、その服を脱いで捨てて、ここへ来て。君は僕の恋人だ、この思いがせめて届くなら。君の瞳がもし天にあれば、その輝きも君の頬の美しさで、見えなくなるに違いない。君、今、頬杖をついたね。君の手袋になれば、君の頬に触れられるのかな」

 久坂とは違う、王子様全開の御堀に完全に照れた幾久は自分の台詞を読み上げたのだが。

「ろ、ろろ、ロミオ?」

 棒読みな上に、あまりに緊張してどもってしまった。

 そうすると一年生から容赦なくヤジがとんできた。

「ジュリエットしっかりしろー!」

「そんなんじゃロミオに負けるぞ!」

「大根がんばれぇええ!」

 大根ゆーな!オレ演劇なんか初めてなんだぞ!と幾久は思いながらもなんとか集中した。

 幾久とは違い、御堀は本当に誰かを口説いているかのように、さらさらと言葉を紡いで見せた。御堀は幾久に嬉しそうに微笑み、静かに囁くように口説く。

「そう、僕の名前をもう一度呼んで。君の美しさに皆、目を丸くするだろう、僕の天使」

 幾久は御堀の王子様パワーに圧倒された。

 顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるくらいに顔が熱い。

 なんだこれ、御堀君すごいぞ、と思いつつ、必死で顔を逸らしつつ、台詞を見ながら喋った。

「ろ、ロミオ、どうして君は、ロミオなんだ、家との縁を切ってその名前を、ど、どうか棄てて欲しい、それがもし無理だというなら」

 うわ、ハル先輩あれだけの台詞でもアドリブ入れてたんだスゲーな、と思いつつ、幾久は台詞をなぞるだけで必死だ。

「お、オレを愛するとだけ、誓ってくれ」

 こんな台詞恥ずかしい!と思いつつ、御堀がどこまでも真剣に応じてくれているのでまだ救いになる。幾久は必死で続けた。

「お前が誓えば、もうオレは、キャピュレットではない」

 幾久の言葉に御堀はまるで本当に恋人を見つめるかのように、うっとりと幾久を見上げた。

 しかも指で幾久の手の甲をゆっくり撫でていてくすぐったい。

 御堀が台詞を囁いた。

「もっと君の声を聞きたい。もっと話かけていいかい」

 幾久は台詞を続けた。どもらないように落ち着いて、ゆっくりと読み上げる。

「オレの敵はモンタギューだけ、しかしそんな名前に何の意味がある?薔薇という名前の花の名前が別のものになったとしても、甘い香りに違いなどない。ロミオ、お前も同じだ、名前なんか棄ててくれ。その意味もない名前を捨てて、代わりにオレを奪ってくれ」

 幾久の台詞に、御堀はこれ以上ないくらいに天使というより王子様の微笑で幾久に告げた。

「―――――奪うとも、仰るとおりに。僕を恋人と呼んで。それが僕の新しい名前だよ」


 幾久は限界に達した。


「やばいやばいやばいやばい!御堀君やばいっす!これ駄目なやつ!」


 なんとか台詞を言い終わったが限界に達して幾久はそう言って御堀から顔を背けた。

「なにがヤバイじゃ!最後までちゃんとせえ!」

 容赦なく高杉の怒声が飛ぶが、幾久はそれどころじゃない。

「いや本当にマジでヤバイすって!ちょっと誰か、オレの代わりちょっとやってみてよ!ほんっきで御堀君やばいから!絶対好きになるから!やばいから!」

 幾久の必死さに皆大爆笑するも、「ほんとだって!マジだって!」とあまりに必死で説明するので山田が手を上げた。

「しゃーねえから、オレがどんくらいすごいかやってみまーす」

「そうじゃの。やってみい」

 高杉も苦笑しつつ、頷いた。この空気を壊す為には必要だろうと思ったからだ。

「よっ!男前だね山田みそ!」

「みそらっつってんだろ!潰すぞ饅頭!」

 いつものように入江から山田へ野次が飛んだ。

「幾、紙貸せよ」

「あ、うん、どうぞ」

 山田に幾久は台詞の書いてある紙を渡した。ぶつぶつと一度読んでいる。

 山田も御堀のように覚えているのだろうかと心配になったが、そんなことはなくしっかり台本を掴んで幾久の役、つまりはジュリエット役として、御堀相手に演技に挑戦したのだが。



 台詞を言い終わった後の山田は、なにかがごっそり削られたように疲れた顔になって手を上げて言った。

「……乃木君が正しいです。御堀君はヤバイと思います」

 やっぱね!やっぱしそうだろ!と幾久は頷き、山田と「な」「うん」と相槌を打つ。それを見ていた入江が手を上げた。

「そんなに凄いの?マジでマジで?じゃあ俺、次やってみる。御堀君、よろー!」

「いいよ」

 そうして御堀の相手役に入江がチャレンジしたのだが。


 終わった瞬間入江は床に倒れこんだ。

「やばい妊娠した」

「入江―!!しっかりしろ入江!おまえんちだったら洒落にならねーぞ!」

 山田がそう叫んでいる。

 なんだかんだ、いいコンビだ。

「じゃあ、オレもやりまーす」

 挙手してチャレンジしたのは品川だ。誰かがやるのならやってみようかな、というスタンスらしいので当然、やってみたのだが。

「やべー御堀君マジ御堀君」

「な?な?な?マジやばいよな?」

「やばいやばいやばい、これ絶対惚れるやつ」

 御堀の相手をした一年生が、な、な、うん、と頷くのを見て、そうすると楽しそうに見ていた三吉が挙手した。

「じゃあボクもしまーす、みほりんよろー」

「うん」

 そして案の定、三吉も撃沈した。

「マジで報国院のプリンスっさま!じゃねーかやべえよ御堀君」

「誉会って入会費いくらなんだろ?」

「入りたくなるの、わかるわー」

「幾、頑張れ」

「無理っす」

 幾久の言葉に高杉は呆れたが、一年生が軒並み撃沈しているのなら、全部嘘というわけでもないだろう。

「幾久、慣れろ」

「絶対、無理っす」

 御堀を見て思う。こんな王子様オーラ、一生でも慣れない。

 あまりにきらきらしすぎてまぶしい。

 女の子がアイドルにきゃーきゃー言う気持ちが、なんだか理解できた気がする。

「御堀君って本当にヤバイっす。なんかオレ、大丈夫じゃない、絶対に」

 演技はどうするとか、他人にどう言われたらとか、そんなことばかり気になっていたのに今は御堀のオーラが凄すぎてそんなものは霞んでしまった。

 そんな幾久に御堀が声をかけた。

「乃木君、一緒に改善点を見つけて頑張ろう」

 にこっと微笑まれるが、幾久は条件反射のように顔を赤くしてしまった。

「いや、あの、御堀君のせいじゃないよ。オレの力不足だよ、ゴメン……」

 謝ると一年生が頷き始めた。

「確かにあのみほりんはヤバイよねえ」

「ちょっと雰囲気ありすぎっていうか」

「幾、頑張れよ」

 御堀の威力を間近で理解した一年生は幾久に同情してくれるのだが。

「だったら誰か主役変わって」

 と、幾久が言うと皆そっぽを向いてしまう。

「もー!なんでオレばっか!」

「まあ、いっくんなら出来るって。信じてるから」

「そーそー、頑張れ幾!」

「そんな無責任な……」

 幾久はがっかりと肩を落す。

 高杉は苦笑しつつ、全員に告げた。

「脚本に不満がなければ、このまま進めるがエエか」

「さんせーい」

「かまいませーん」

「いいでーす」

 皆適当に返事しているのが丸判りなのだが、幾久は御堀のダメージを引きずってしまって、「もうなんでもいいです」と答えるしかできなかった。

(もー、なんなんだよ!こんなんでオレ、っていうか、この部大丈夫なのか?)

 望まない主役を押し付けられただけならともかく、ジュリエット幾久の相手役は御堀だ。このままだととんでもない迷惑をかけ続ける気がする。

(いっそ、御堀君がキレてくんないかなあ)

 幾久なんかが相手じゃどうにもならない!とか。

(言いそうにないなあ)

 ちらっと御堀を見ると、どうしたの、と言う風に微笑んで幾久を見てきて、まるで毒気のない久坂のようだ。

(どうしよう、もうホント、辞めたいんだけど)

 そう思っていると、部室の扉が開いた。

「ご無礼します。お邪魔していいかな?」

 立っていたのは三年の雪充だった。もうこの地球部は引退していたが、幾久との約束で顔を出してくれると言っていたのだが、嘘ではなかったらしい。

「雪ちゃん先輩!」

 雪充に懐いている幾久は、すぐさま雪充の所へすっ飛んでいく。

「いっくん、調子はどう?」

「最悪っす」

 幾久が言うと雪充が笑う。

「最初は仕方がないよね、皆そうだから。ハル、今はどのあたり?」

「脚本が決まった。これから作ってもらうが、数日で仕上がるじゃろう」

「そっか。順調みたいだね」

 高杉にスケジュールを貰い、雪充は頷く。

「じゃあ、今日はこれから御堀を預かってもいいかな」

「ワシはかまわんが。御堀、お前はどうじゃ?」

 高杉の言葉に御堀は頷く。

「大丈夫です」

「じゃ、御堀は抜けえ」

 御堀は頷き、「ご無礼します」と雪充と部室を出て行った。

(なんだぁ。結局雪ちゃん先輩、御堀君を迎えに来ただけかぁ)

 がっかりと肩を落す幾久に、山田が笑って言った。

「幾、お前、ロミオが雪先輩だったらめっちゃ頑張るんじゃねーの?」

「うーん……うん、そうかも」

 からかうつもりだった山田だが、幾久はそうだなあ、そっちのがよかったかも、と頷く。

「なんか御堀君って、怖い……じゃないや、存在感が凄くって。雪ちゃん先輩も存在感あるっちゃあるけど、なんか御堀君とは違くて」

「あー、わかる」

 三吉が参加して頷いた。

「みほりんってなんか圧倒的ななんかがあるよね。気とかオーラみたいなの」

「確かになんかちょっと違うのは判る」

 うんうんと入江も頷く。

「でも慣れないとさ、この先どうしよーもねえだろ」

 品川の言葉に、そうなんだよな、と幾久はうな垂れる。

「御堀君と同じ寮の人っていたっけ」

 幾久が尋ねると、はい、と山田、三吉、瀧川、品川が挙手した。

「けっこういるんだ」

「まーな。地球部って鳳が占めてるし、桜柳寮は鳳しかいねーし」

 山田が言う。

「そうなの?」

 三吉も頷く。

「桜柳寮と御門寮って大抵鳳だよ。規模も小さいし。うちの桜柳寮は御門の次に小さいはず」

 二十人いないから、と言われてそうなのかと幾久は今更驚く。

「オレ、他の寮とかあんまり知らないんだよな。せいぜい恭王寮に遊びに行ったくらいで」

「恭王寮も小さいほうには入るかもだけど、あとは鯨王とか?あそこは所属してる学生は少ないけど、サッカーチームあるから規模だけはでかいんだよな」

 鯨王寮は三年の時山と赤根が所属している寮で、幾久も行った事がある。

 そういえば時山は、学校と御門寮では随分と態度が違うが、御堀もそうなのだろうか。

「御堀君って寮ではどんなカンジ?」

「どんなって、あのままかなあ」

 三吉が言うと、山田も頷く。

「あのままだな。きちんとしてて上品で、慌てることも動揺することもないし。感情的になったの見た事がない」

「どっしり構えてるっていうのはある」

「なんか聞いても穏やかに『何?』って笑顔で答えてくるし」

「完璧じゃん」

 益々自分が迷惑をかけていることに幾久はがっかりする。

「なんかオレ、ホント自信ない。どーしよう」

 先輩達だけに迷惑がかかるなら、自業自得だザマーミロ、と思えるのだけど、御堀や他の面々はとんだとばっちりだ。

「オレが失敗しても先輩らだけに迷惑かかったらいいのに」

「―――――いい根性してるねえ」

「その先輩とは、ワシらのことか?」

 いつの間にやら一年生の背後に二年生が立っていて、幾久は「ひぃっ」と声をあげ、そーっと後ろを見たのだが。

 御門の二年生コンビ、久坂と高杉が仁王立ちで立っている。他の一年はさっさと避難してしまった。

「せ、先輩、お疲れ様ッス」

「そうでもねえの、瑞祥」

「そうだねえ、ハル」

 二人は顔を見合わせると、にこにこしながら幾久に迫った。

「いっくん、ジュリエット役が不安だろ?僕らがレクチャーしてあげるよ」

「喜べ、限界までつきあっちゃる」

「いーやーだー!!!!」

 そう幾久は叫んだが、地球部の部室内にむなしく響くだけだった。



「ご無礼しま……」

 雪充の用事を済ませ、もう他の皆は帰ったかな、と御堀が思いつつ部室のドアを開けると、そこには一年生の屍が散らばっていた。

 ぎょっとしてつい身を引くと、こちらも汗だくの二年の久坂と高杉が、ぜえはあ言いながら立っている。

「先輩?一体何が?」

「教育的指導かな」

「先輩じゃからの」

 久坂と高杉はそう言って笑って見せたが、かなり疲れて声も枯れている。

 一年生たちは全員がぐったりと倒れこんでおり、あの面倒から逃げるのが上手な品川ですら突っ伏している事から、なにかあったのだろうことは想像がつく。


「……今日は部活は?」

 御堀が言うと、さっきまで倒れていた一年生全員が「終了!もうおしまい!おわり!」と怒鳴り、再びばたんと倒れこんだ。


「……全員、ポカリでいいですか?」

 御堀が尋ねると、「僕お茶」「ワシも」「ファンタ」「コーラ」「いろ○す」「麦茶」と次々に声が上がったので、全部覚えると、購買へと向かった。

(なんか、変な部活だなあ)

 三年の雪充、二年の久坂と高杉、その組み合わせでシェイクスピア研究なら、さぞかし高尚な部活だろうと思っていたのに、実際は全く違うようだ。

(みんな変だけど、なんか楽しいな)

 今日参加できなかったのは残念だな、何があったんだろうと興味を覚え、帰ったら誰かに何があったか詳しく聞いてみようと思い、そんな事に興味を持った自分に、御堀はふふっと笑ってしまったのだった。



 男子高校生はジュリエットから逃れたい・終わり

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