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男子高校生はジュリエットから逃れたい(前)

 さて、いよいよ部活が開始されることとなったが、全員にスケジュール表が配られた。

 それは部活をどういう時間で進めていくかというスケジュールがこと細かに書いてあるもので、すでにグループ分けもしてあった。

「計画としては、ロミオの家であるモンタギュー、ジュリエットの家であるキャピュレット、それ以外といった組み分けでグループを組み、それぞれで互いに練習して貰う」

 地球部の部長である高杉の言葉に、全員がはい、と返事をする。ロミオとジュリエットは家同士の争いに巻き込まれた不運なカップルの物語だが、そのふたつの家を囲む環境も、重要な役割を示している。

「舞台のリハーサルに入るまでは、グループで台本を覚えて確認すること。進行状況はグループ内で確認せえ。ええな」

 はい、と返事をした後、各自グループごとに集まっていった。幾久はジュリエット役なので、キャピュレットグループに入った。

 キャピュレット家のメンバーはジュリエットとその両親、乳母、ジュリエットのいとこの、幾久を含めば五人になる。

 初日の顔合わせで山田と三吉の事は知っていたので幾久は山田と三吉のもとへ向かった。

「よろしくな、幾」

 そう言ったのは『山田みそ』といつも入江にからかわれる山田御空(みそら)だ。

「いっくん、よろしくー」

 そう言ってにこにこしているのは三吉(みよし)(あまね)で、三吉先生とは親戚にあたる。

「よろしくお願いしゃす」

 幾久が頭を下げると、初めて見る人がそこに居た。

 顔合わせの日に欠席だった一年の瀧川だ。ものすごく髪型が決まっていて、さっき美容室に行ったばかりなのだろうか?といった雰囲気だ。

 制服もおろしたてみたいにぴかぴかに見えた。

「よろしくね、乃木君」

「名前でいいっす。えーと、」

「タッキーって呼ばれてる」

 自分で言ってくれるので幾久は「じゃあ、タッキー」と乗っかった。瀧川は満足そうに頷いている。

「俺が二年の来島。来島(きじま)蓮司(れんじ)。いっくんのお父さん役です」

 優しそうな先輩に幾久はほっとした。

「あ、どもッス」

「で、みそがいっくんのお母さん」

 横から三吉のツッコミが入ると、いつものように山田が「誰がみそだ!」と怒る。

「で、ボクがいっくんのいとこ役。殺されちゃうんだけどね、あはっ」

「……物騒な」

 幾久が苦笑いすると、「本当だよ」と三吉が渡されたスケジュールをめくってみせた。

 スケジュールにしか目に入っていなかったが、他にもロミオとジュリエットの概要が見やすく図で書いてあり、おおまかなストーリーはわかるようになっていた。

「いっくんは、まんじゅうにプロポーズされるんだよ」

「そうなんだ?」

 幾久もストーリーをめくると、確かにそう書いてある。パリスという青年貴族にジュリエットはプロポーズされるのだが、そのパリス役が『入江饅頭』と呼ばれる一年の入江(いりえ)万寿(まんじゅ)だ。

 入江は久坂や高杉と同じグループに入っている。

「オレ、本当に大丈夫かなあ」

 心配する幾久に、三吉も山田も瀧川も、「大丈夫じゃないか?」と言う。

「だってボクらも、演劇なんか初めてだし」

「え?マジで?」

 幾久が驚くと皆頷いた。

「中学生の頃とか、経験者いないの?」

「いない、いない」

「じゃあ、なんで演劇部に入ろうと?」

 幾久が尋ねると、まず山田が答えた。

「仮面ライダーになりたかったから」

「あ、そう……」

 山田は仮面ライダーや戦隊ものといったヒーローが大好きだと言う。

「ものすっげクオリティ高いライダースーツ欲しいんだけど、学校の演劇部なら予算で作れねーかなっていう動機。報国院って金持ちだから」

「ボクは御空に誘われて。去年、桜柳祭で先輩らの舞台見てたから、いいなって思ってたし」

「へえ」

 瀧川が手を上げた。

「私めは、目立ちたかったので」

 フッと瀧川は髪をかきあげる仕草をするが、髪はかっちり固まっているのであまり意味はなかった。

 流れで、二年の来島が言った。

「俺はハルに誘われて。ハルの奴、一人で入るのが嫌だからってさ」

 そう笑う来島に幾久は驚いた。

「ハル先輩、嫌がってたんすか?」

「そーだよ。でもアイツ、主席でここに入ったからさあ。伝統で主席は絶対にここの部長って決まってんだよ。アイツ、そのこと入るまで知らんかったらしくてさ」

 でも、と来島は言う。

「正直、桜柳祭さえこなせばいいわけだし、けっこう面白いから、入って良かったなとは思ってる。かけもち自由だし」

 地球部は桜柳祭のシーズン以外はなにもないので、他の部活にも自由に参加できるのだという。

「みほりんもそうなんだよね。入学するまで知らなかったって」

 三吉の言葉に山田が「そうそう」と頷く。

「あいつ、出身が周防(すおう)市なんだよな。そりゃ知らんわっていう」

「周防市」

 幾久が首をかしげていると、山田がスマホを出した。

「幾、東京っ子だからよく判らないだろ?長州市がここで、周防市がこっち」

 山田がスマホの地図アプリで見せてくれたが、かなり距離が離れている。

「遠っ!」

 てっきり長州市の隣の市くらいかと思っていたが、全く違う。間に別の市をいくつも挟んで遠くに周防市はあった。

「隣くらいかと思ってた」

 幾久の言葉に山田が首を振った。

「周防市は遠いよ。わざわざこっちまで受験とか珍しいよな」

「ね。いっそさ、いっくんみたく県外なら判るけど」

 三吉の言葉に幾久は首をかしげた。

「何で?」

 三吉が言う。

「周防市って、有名なキリスト教系の私立学校があるんだよ。だから、周防市の人はそっちに行って、長州市に近い人は報国院来るって感じ。だからわざわざこっち来るのって珍しいよ」

「ふうん」

 東京とは違って、こっちは私立があまり存在しないらしいとは聞いていたが、なんとなく、勝手に御堀に親近感を覚えた幾久だった。



 台本自体がまだ出来上がっていないので、グループごとで内容の確認をしたり、自分が演じるキャラクターがどういうものなのか、という雑談をしていた時だ。

 いつの間にか部室から出かけていたらしい高杉が部室に戻ってきていた。

「全員注目」

 高杉が言うと、全員がおしゃべりをぴたっとやめた。

「今回の劇の脚本についてじゃが、こっちが勝手に頼んだ人がおる。その人の脚本をやってみて、このまま進めてエエかを問いたい。もし、気に入らんようじゃったら、他の脚本に代える」

 はい、と全員が返事をする。

「というわけで、内容をちょっと見てもらいたいんじゃが、幾久、御堀」

「ハイ?」

「はい」

 二人は返事をすると、高杉が差し出す紙を受け取った。

「お前ら、やってみい」

「はい」

「えー!!!!!」

 いきなり何を、と動揺する幾久に対し、御堀は頷く。

「ちょ、今、っすか?」

「別に演技せえとは言うちょらん。台詞読むだけでええからやれ」

「いやいやいや」

 幾久はそう顔を逸らすが、高杉は幾久の手に紙を押し付ける。

「この台詞回しで問題なければ、このまま台本を作ってもらおうと思うちょる」

「いや、それオレが決めるんスか?」

 幾久が言うと高杉が答えた。

「全員で決める。じゃが、それはお前の演技を見てから決める」

「そんなぁ」

 人前でなにかするのも恥ずかしいし、やったこともないのは判らない。

 だが、ここでぐだぐだ言っても高杉が決して引いてはくれないことを幾久は知っている。

「じゃあ、せめてお手本ください」

 幾久が言うと高杉はおやっという表情になった。

「オレ、演技なんかしたことねーっすもん。ハル先輩は去年やったんスよね?だったらやってみせて下さい」

 幾久の言葉に、御堀を除く一年生が途端盛り上がり始めた。

「そうだそうだ!」

「お手本見せてくださぁい!」

「ロミオとジュリエット!」

 なにが楽しいのか、そう言って盛り上がる一年にまぎれて二年生も「いいぞやれー!」と野次が飛ぶ。

 流石に二年生の意見までは無視できないらしく、高杉は肩を落した。

「しょうがねえの。ま、確かにその通りじゃな。おい瑞祥、お前相手せえ」

「いいよ。でも僕がロミオ役ね」

 にっこりと微笑んで久坂が言い、高杉は小さくため息をついた。

「まあエエ。じゃあワシがジュリエットで瑞祥がロミオ」

 えええ、マジで、と幾久は驚く。

 女装でもないし、台詞も男だというが、短髪でどこからどう見ても男でしかない高杉がジュリエットをするのに違和感があったからだ。

(大丈夫なのかな)

 想像したら笑えてしまって、でももし噴出しでもしたら確実に怒られるし、そもそも高杉がやって笑うレベルなら幾久なんかやろうものならただのコントになるに違いない。

 絶対に嫌だ、と往生際悪く幾久は思っていたのだが、高杉はそういったことは気にしないらしい。

「じゃ、やろうか」

 久坂の言葉に高杉が頷き、二人は台詞の紙を持って立ち上がり、部室の中央に立った。




 久坂は跪いて片膝を立て、高杉の手をそっと取った。片手に用紙を持ち、片手は高杉の手をとって、うっとりとした表情で見つめる。

 幾久は一瞬息を飲んだ。


 久坂はロミオの台詞を言う。


「―――――もう月に仕えるのはやめなよ。ねたみ深い月に仕えても衣装はお仕着せの青白い貧血のような色、そんな服を脱いで捨てて、ここへおいで。君は僕の恋人だ。この思いがせめて届くなら。君の瞳がもし天にあれば、その輝きも君の頬の美しさで、見えなくなるに違いない。君、頬杖をついたね。僕が君の手袋になれば、君の頬に触れられるね」


 ほう、とため息がこぼれるほどに久坂の声は美しい。

 普段喋っているときはそこまで感じないが、こうしてきちんと台詞を喋っていると、その美しさが一層際立つ。

「ロミオ」

 高杉が感極まった、という風に名前を呼ぶと、久坂の表情が輝いた。

「そう、僕の名前をもう一度呼んで。君の美しさに皆、目を丸くするだろう、僕の天使」

 久坂の手が高杉の手を取り、見上げて見つめている。どう見ても恋人同士のようで、皆息を止めていた。高杉が、有名すぎる台詞を語った。

「ロミオ、どうしてお前はロミオなんだ、家との縁なんか切り捨てて、その名前をどうか捨ててくれ、それが無理なら」

 ジュリエットの高杉は、苦しげに、押し込めた感情を吐き出すかのように語った。

「オレを愛するとだけ、誓え」

 その言葉に久坂が真剣に高杉を見つめる。高杉は苦しそうな表情で呟いた。

「お前が誓えばもう、オレはキャピュレットではない」

 高杉の言葉に久坂は、これ以上ないほどの喜びを得た、という笑顔を見せ高杉の手を取り立ち上がった。向かい合った二人は手を握り合い、見詰め合う。

 久坂が喜びのまま高杉に告げた。

「君の声がもっと聞きたい。どうか話して」

「オレの敵はモンタギューだけ、しかしそんな名前に何の意味がある?薔薇という名前の花の名前が別のものになったとしても、甘い香りに違いなどない」

 高杉は静かにため息をつく。眉をしかめ、辛そうに囁いた。

「ロミオ、お前も同じだ。名前なんか棄ててくれ。その意味もない名前を捨てて、代わりにオレを奪ってくれ」

 高杉の言葉に久坂は高杉を抱きしめる。

「奪うとも、仰るとおりに。僕を恋人と呼んで。それが僕の新しい名前だ」


 部室の中がしん……となり、久坂と高杉の二人がそっと離れた。そこでようやく全員がはっと気付く。


「とまあ、こんな調子に」

 高杉が言うと、うおおおお!と一年から声が上がった。

「うわースゲエー!!!アガるわこれ!!!!」

「なに?なんかめちゃくちゃかっこよくない?」

「うわーマジでやべーわこれ。そりゃすげえわ」

「確かに去年のすごかったよな先輩ら。忘れてたわー!」

 恋愛物のはずなのだが、二人とも男らしく演じているせいか、変だとも思わないし、笑えるような内容でもない。

 むしろ応援したくなってしまうのだが、しかし、これをやれとなると幾久は首を横に振った。

「絶対無理っす。嫌っす」

 正直に幾久は答えた。

 だが高杉は笑顔のまま答えた。

「そうじゃの。でもやれ」

 無理だって判ってるくせにヒドイ!と幾久は思ったが高杉に逆らえるはずもなく、しぶしぶ部室の中央に、公開処刑の気持ちで向かったのだった。

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