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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【1】喧嘩にはじまり、花見で終わる【合縁奇縁】
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春嵐(はるあらし)

「……んだと?」

 庇った相手にその態度はどうかだろ、と思って幾久はむかっとする。

 ぼそっと高杉が栄人に耳打ちした。

『栄人、片付けェ』

『りょーかいりょーかい』

 うきうきしながら、こっそりと、高杉と栄人がちゃぶ台をそーっと引き下げていく。

 空いた襖から廊下にちゃぶ台をこっそりと廊下側へ移動させる。

 幾久は全く気付かない。


「なんだよその態度」

 幾久が言うと山縣が顎を上げた。

「はぁ?てめーが勝手に勘違いして言ったんだろ?」

「庇った相手にきめぇはないだろ!」

「だから正義厨きめえって言うんだよ。誰が庇ってくれって頼んだよ」

「そういう言い方ないだろ!」


 いろんなストレスとか訳のわからなさとか、そういった感情がたまりにたまっていた所にこの有様で、幾久は自分でも感情をセーブできなくなっていた。

 そんな幾久に山縣は言った。


「言い方とか馬鹿じゃね?てめーが勝手に妄想して勝手に正義厨気取って気分よくなったくせに俺に感謝求めるのかよ」


 ここまで言われる筋合いあるのか。

 幾久は少なくとも、悪く言われてる山縣を庇ったのに。

 まるで苛められている気分だ。

 誰も幾久の味方じゃない。

 そういや最初から、栄人は正しい道を教えてくれなかったし、高杉はどこか見下した態度だし、久坂だって受け入れない雰囲気だし、山縣なんか最初からゲームしか見ていなかったじゃないか。

 嬉しかったのは食事がおいしかった事くらいで、他にいいことは何も無い。


「そこまでなんで言われなきゃなんないんだよ!」

「はー?お前こそ一年のくせにその態度何な訳?調子こいて三年庇っていい気分で嬉しいんですかねえ」

 耳をほじりながら山縣が言うと、幾久は心底かっちーんと来て、おもいきり山縣を突き飛ばした。

 どすんっと山縣が腰をついた。

 高杉と栄人がすでにちゃぶ台を片付けていたので、居間には何もなくなっていて広い。

 立ち上がり、山縣が幾久の襟首を掴んだ。

「てめ!なにすんだよ!」

「うるさいな!オレは最初っから!こんなとこくるつもりなんかなかったんだよ!来たくなかったのに、どいつもこいつも勝手にえらそうにしやがって!」

 山縣を殴ろうと振りかぶるが、手をグーに握った山縣が幾久の腿を殴る。

 どすっ、と殴る音がするが、音ほどの痛みはない。

 山縣は幾久の腿を何度も殴るが、幾久は手を離さない。

「なんだよてめえ、うぜえよっ」

「うぜえのはお前らだよ!からかって馬鹿にして、おまけに正義厨とか!なんでオレがこんな目にあわなきゃなんねーんだよ!そもそも最初っから来たくなかったのに!」

 涙目で怒鳴る幾久に、山縣が言い返す。

「じゃあなんで来るんだよ!来んなよ!」

「もう来ねえよ!どうせ最初ッっから他の学校に編入するつもりだったんだからな!父さんが言わなけりゃこんなところ、っ……」

 そう言ったところで、つー、と涙がこぼれた。

 くそ、こんな事で泣くつもりなんかなかったのに。

 だけど隙を見せた幾久に、山縣がばちん、と平手打ちを返した。

 眼鏡が飛ばされ、はっとして殴り返そうとした幾久の手を誰かが掴んだ。

「はい、そこまで」

 言うと、背後から足をすくわれ、ふわっと体が浮いた。どすんと背中が畳についていた。

 天井が見える。

 上から覗き込んできたのは、久坂だ。

「両成敗でおしまい。今日はもう遅いんだし」

「―――――ッ」

 ぼろぼろっと涙がこぼれた。

 くそう、上っ面だけでもうまくやるつもりだったのに、どうしてオレはこんな馬鹿なんだろ。

 情けなくてたまらなくて、暫く幾久は仰向けで、手の甲で目を隠したまま、ずっと泣いていた。


 背後でどすん、という音と、『ジャイアントスイング?電気あんま?』『やめてええええ!』という栄人と山縣の声がした。



 暫くして上から濡らされたタオルがかけられた。

 それで顔を拭いて、のそりと幾久が起き上がる。

「……スンマセン」

 顔をタオルで覆ったまま言うと、後ろからよしよしと頭を撫でられた。

「こっちも悪かったねいっくん。ちょっと僕ら、悪ふざけしすぎた」

 声は久坂だ。

 じゃあ、この手は久坂なのか。

「いい、っす」

 よくよく冷静に考えたら、確かに山縣の言葉は正論だ。

 自分は今日ここに来たばかりだし、山縣と高杉たちがどういった関係性なのかも知らない。

 それなのに勝手に思い込んで勝手に文句を言ったのだ。

 文句を言う権利があるとしたら山縣本人で、幾久にそれをなにか言う権利なんかなかった。

「オレ、調子乗りました。多分、オレが文句言いたかっただけです。山縣先輩も、すいませんでした」

 タオルで顔を覆ったまま言うと、山縣がおー、と言う。

 声は不機嫌ではなかった。

「部外者なのに、なんか、わかった口利いて」

「部外者じゃなかろーが。あほぅ」

 背後から頭を撫でていた手で、ぽんっと軽く叩かれる。

 目を開けるとま正面に居たのは久坂だが、久坂の両手は久坂の膝を抱えている。

 あれ、じゃあ、あの手は誰なんだ、と振り返るとそこには高杉の背中があった。

(……え?)

 意外だった。

 頭を撫でてくる手はすごく優しかったのに、あの乱暴そうな高杉がしているとは思えなかったからだ。

 久坂は心配そうにはしているが、決してこちらに手を伸ばさない。

(……?)

 不思議な違和感があった。

 だけどそれが何なのかは幾久には判らない。

 栄人がさくさくと布団を並べていく。

 居間に布団をみっつ並べた。

 シーツを横にしいて器用に全員寝れるようにセットしている。

「あのさ、今日はここで皆で寝ることにしたんだ。いいよね、いっくん」

 栄人の言葉に幾久は頷く。あまりにも気まずい上に頭も冷静に働かなくて、もうなにも考えたくなかった。

「あ、じゃあ俺は」

 山縣が移動しようとしたその襟首を栄人が引っつかんだ。

「山縣はこっちー。端っこね!おれがその隣で、おれの隣の真ん中がいっくん!その隣がぁ」

「ワシが寝る」

 高杉が言う。

「じゃ、僕がハルの隣で端ね。了解」

 そう言うと全員が布団に入り始める。さっきまで喧嘩していたのが嘘みたいだ。

「消灯―」

 言いながら栄人が灯りを消した。真っ暗、ではない。

 廊下のガラスごしに月明かりが見えている。くっくっという笑い声が聞こえた。

「消灯とか聞くの久しぶり」

「そういや、やった事あったかの?」

「なんか寮みたーい」

「寮だろ」

 全員が楽しそうに話をしている。

「あのさ、今日はできなかったから明日いっくんの制服、チェックしないとね」

 栄人の声だ。

「あーそうじゃのー、うちの制服、ちょっと初めは戸惑うじゃろーのー」

 このひどい方言は高杉だ。

「別に俺は」

「空気読むの得意だよね、山縣先輩」

 久坂の言葉に山縣がぐっと息を詰める。

「脅しか」

 むっとして言う山縣に久坂が「まさか」と笑うが、その声はどこか冷たい。

 くしゃりとまた頭に誰かの手が触れた。

 さっきと同じ手だ。

「いろいろあろーけど、もうちょっと我慢せぇよ、乃木。別に、お前がどっか転校しても、わしらなんも言わんし、できることは協力する」

 なんだよ、と幾久はまた涙が出そうになる。今更そんな事言われなくったって、自分のことくらい自分で決める。それに、あんまり今更じゃないか。苗字でなんか、呼ばなくったって。

「……幾久で、いーです」

 まだ涙声が残っているけど、そう告げた。

 ぐしゃりと手が、髪を撫でる。

「ほぉか」

 ぐしゃぐしゃと撫でた後、さっと手が離れた。

「じゃ、おやすみ、幾久」

「おやすみーいっくん」

「おやすみーだねーいっくん」

「高杉―お休みー」

 なぜか山縣は高杉の名前だけ呼ぶ。高杉は返事をしなかった。



 暫くして周りが静かになり、幾久は泣き疲れたせいもあってすぐに眠くなった。

 そういえば今日は朝に東京から飛行機で移動した上に、山登りまでさせられて、かなりしんどかった事を思い出すと、すこんと落ちるように眠りについた。

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