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夏の夜の夢

 児玉は熟睡中で、大村医師が様子を見てくれるとの事なので、医師のぞく全員はダイニングへ移動した。

 屋敷は純和風なつくりなのに、キッチンとダイニングは最新式の綺麗だけど、和風にも合うモダンな誂えだった。

 大きなテーブルには3脚ずつ向かい合わせに椅子があり、真ん中の席に六花、その脇に三吉と毛利が座り、そして向かいには幾久が真ん中に座り、隣を高杉と久坂が挟んだ。

 六花は笑顔のままだが、はっきりとした口調で幾久に言った。

「あのさあいっくん。いっくんは自分の状況をお友達に説明しただけでしょ?」

「それはそうっすけど。でも、オレがあの場所で言わなかったら、ああはならなかったかもしれないし」

 自分でも理解している。

 自分は悪くないし、はしゃいで酒を飲ませた伊藤が悪いというくらいは。

 でも、その正しさは何の役にも立たなかった。

「オレが間違っていなくったって、結果としてタマは酒飲まされてこうなったの、後悔します。タイミングよく、先輩達が助けてくれたからなんとかなったけど、もしこれオレ一人で、誰もいなかったら絶対に失敗してた」

 きっと伊藤と喧嘩になって、児玉の処置が遅れたり、その間に何か大変な事になっていたかも知れない。そう考えると正しさは何の意味もなさない気がする。

「正しいとか間違ってるとか、そんな事よりタマがこんな事になった事のほうがオレには大事っす」

「マジ真面目かよ」

 毛利は突っ込むが、幾久にはこれ以上判らない。

 言わなければ良かったという後悔と、じゃあどうすれば良かったのだろうかという疑問。少し考えたくらいじゃわかりそうもない。

「結果からならなんでも言えるけど、それを考えて行動するのは無茶だよ、乃木」

 三吉も言うが、幾久も頷く。

「わかってるんスけど、でも」

「でも?」

 六花はじっと幾久を見つめていた。

 瞬きもせずに見つめられると、追い詰められるような気持ちになる。

「……他になにか、いい方法なかったのかなって」

 あるはずがない。

 未来なんか見ようもできないのだから。

 自分で判っていても、児玉がこんな結果になってしまったのを、後悔しないなんてことも出来ない。

「ハルはどう思う?」

 六花が尋ねる。

 高杉は暫く考えて答えた。

「エエ方法なんか、ねえと思う。そんなん、後からならなんとでも考えつくけどの」

「瑞祥は?」

「僕も同じかな。後からなら、なんとでも言える」

 二人らしい答えだなと幾久は思った。

 確かにその通りだ。

 だから幾久も納得しなければならないのだけど。

 高杉が尋ねた。

「ねえちゃんはさ、どう思う?」

 高杉の問いに、六花は腕を組んで、うーんと考えて、お茶をひとくち飲んで、言った。

「いっくんの後悔は、わからんでもないかなあと」

 幾久はてっきり叱られると思っていたので、六花の言葉には驚いた。

 六花は笑いながら説明した。

「だってさー、折角嬉しい事を伝えたのにさあ、結果が嬉しくないことが起こったって、なんか嫌じゃん。ケチついたなーって思わない?」

 六花の言葉に、高杉と久坂は顔を見合わせた。

「いっくんにとってはさ、やっと学校決めて、お友達に報告してヤッターってなったわけで、そのヤッターの結果が今回の事でしょ?なんかがっかりするじゃん、そういうの」

 やだよねえ、と六花が言うと、高杉も久坂も確かに、と頷く。

「でもさあ、それもお勉強と思うしかないよいっくん」

「お勉強?」

「そうそう」

 六花は頷いて難かしい表情で言った。

「良い選択が、良い結果を生むとは限らないし、良い結果ばっかり集めても、最終的にその結果をまとめたら悪い結果になる事もあるってことよ」

 幾久は父の言葉を思い出していた。

 帰省した時、父もこの六花と同じような事を言っていた。

『良いと思ってしたことも悪い結果を生むことがあるし、その逆もある』

 父と似た意見の六花に、幾久は尋ねた。

「いい選択って、いい結果を生みそうなのに?」

 六花はそうだね、と小さく笑ってから答える。

「いい結果のためにする選択なら、そうなのかもしれないけど、でも今回、いっくんはこの結果を見据えた上で、伝えることを選択した訳じゃなかったでしょ?」

 確かに、今回児玉に報告したのは結果なんか考えての事ではなかった。

 もし結果があるとしたら、来期からタマと一緒だとか、そういう事を喋るくらいのことで、まさかこんな結果を生むなんて考えてもみなかった。

「で、ぶっ倒れたお友達にお酒飲ませた人ってさ、アルコール中毒にしてやろーって思って行動したわけじゃないでしょ?単純に悪ふざけのつもりだと思うのね」

 幾久は頷く。

 伊藤は自分のやった事の重大さに全く気付いていなかったし、いまだに幾久に怒っているのかもしれない。

「で、いっくんはさ、こうして大村先生にお世話になったのって、アルコール中毒になったお友達を助けたいって結果が欲しくて行動した訳でしょ」

 幾久は頷く。

 児玉がもし、万が一にでも死ぬようなことがあれば、耐えられないと思った。

 僅かでも、関係ないと言われても、幾久はきっと関わった自分を許せないだろう。

「だったらどうして、成功した結果を、ああ良かったなあ、この選択間違ってなかったんだってって思わないでさ、悪い部分ばっかりに目を向けるの?」

「え?」

 幾久は六花を見つめた。六花は唇を引き結んで、どこか得意げな表情で笑顔を見せた。

「お友達はいま治療されてるし、万が一にも危なかった原因はいっくんのおかげで取り除かれたわけだわ。いっくんが原因でこうなったとしたら、やっぱりいっくんが原因でお友達助かってんじゃない?だったら、自分で失敗したのかもしれないけど、ちゃんと自分で片付けすませてるじゃないの」

 六花の言葉に高杉と久坂は目を見開き、お互いの顔を見つめた。そして幾久は確かにそうだ、と思った。

 六花は続ける。

「そりゃさあ、迷惑こうむったお友達はとばっちりかもしれないけど、そう思うなら謝ったらいいんじゃない?いっくんのお友達なら、そんなこと気にするなって言いそうだけど」

「それは、そう、かもしれないッス」

 児玉の目が覚めて、幾久に事情を聞いたらきっと、幾久は悪くないと怒るだろう。

「わざわざ自分から悪いとこばっかり拾ってるから、だからドMか。なるほどなー」

 毛利がうんうんと頷いている。

「いっくんがM嗜好、スキでやってんならこっちは何も言わないけど」

 六花の言葉に幾久は首を横に振った。

「スキではないっす」

「だったらいいじゃない。挑戦した結果なのに、結果がいいの悪いのなんてそりゃ野暮ってもんだわ。おまけに悪い所ばっかり拾って反省とか、ドMじゃん。もっと自分を大事にするべきよ」

 六花が言うと、毛利が格好をつけて幾久に告げた。

「アグレッシブに取りに行った結果だ、オーケーだ!」

 サムズアップで毛利が幾久に言う。

「で、誰の言葉だよ常世」

 六花の言葉に毛利が答えた。

「スラダンのゴリ。ゴリラだからお前の仲間じゃん」

「誰が仲間だハゲ」

 ばこんと毛利は頭をお盆で叩かれる。三吉は無言で毛利が食べ残した栗饅頭の外側を、もそもそと食べていた。




 幾久が悩んで考えている間にも、毛利と六花と三吉はお喋りを続け、時折久坂や高杉が混じって中々高度だけどややこしい話になっていた。

 久坂の兄の話も当然出ていたが、まるで亡くなった人の思い出話をしているというよりは、たまたま予定があって来れなかった人の話をしているような、そんな自然な内容になっていて、幾久は杉松は本当は亡くなってなんかいないんじゃないのかな、と疑ったほどだ。

 そうして喋っていると、六花のスマホが鳴った。

「あ、先生だ?ちょっと待って」

 六花はスマホをスピーカー状態にして、皆にわかるように大村医師と話をした。

『顔色がよくなったけえ、そろそろ大丈夫と思うが、どねえするか?』

 六花が答えた。

「だったら先生、お帰りになってください。続きは私が見ますから」

『そねえか。なら、お前こっちに来い。交代じゃ』

「わかりました。ハル、瑞祥」

 六花が言うと、高杉と久坂が立ち上がる。

「みよ、常世、あんたらも帰っていいよ。先生がああ言うなら、緊急のこともないでしょ」

 毛利と三吉に六花が言うと、二人は顔を見合わせて言う。

「だったら、児玉の様子見てからにするわ」

「そうですね。その方が安心するし」

 皆が移動するので、幾久も勿論ついて行く。


 部屋を空けると、大村医師はすでに帰り支度をしていた。

「さっきから寝息が普通になったけえの、これはもうただ寝ちょるだけじゃろう。ただまあ、心配なら誰か見ちょったほうがええの」

「オレが見ます!」

 幾久が言うと、大村医師は「じゃあ、頼むの」と幾久の肩に軽く手を置いて言った。

「大丈夫と思うが、なんかあったらすぐ電話せえ。わしゃ急患に慣れちょおけ、いつでもすぐ起きる。おい、この小僧に電話番号、教えちょけ」

「はい、判りました。瑞祥、ハル、先生らを送って。私といっくんは、ここにおるから」

「判った」

 高杉と久坂は頷き、三人を玄関へと送る。

 部屋には幾久と六花、そして眠っている児玉が残された。


 急に静かになった部屋で、幾久は児玉をじっと見つめた。確かにさっきとは違って、普通に眠っているような雰囲気だ。顔色も良いし、気分が悪そうな表情でもない。

(大丈夫そうだ。良かった)

 ほっとする幾久に、久坂と高杉が戻って来た。

「殿たちは帰った。なんかあったら連絡くれってさ。あと幾久、もう遅いけ風呂入れ」

「でも」

 児玉のそばから離れたくない幾久が言うと、六花が笑いながら答えた。

「シャワーだけでも浴びといで。疲れが違うし。ハル、いっくんに服貸したげないと」

「そうじゃな」

 幾久は着替えをなにも持って居ないので、着替えを全部高杉に借りることになった。


 下着は新しいものを貰い、服も新品としか思えないものばかりだった。

「返さんでもエエぞ。やる」

「ありがとうございます」

 高杉がこういうのは珍しくない。親戚だか知り合いだかに、アパレル関係の人がいるらしく、大量に服が送られてくるからだ。

 最初の頃は断っていた幾久だったが、栄人も山縣も、服を高杉に貰っていると聞いて、以来、くれるものはありがたく貰っている。

 外でも履けそうな、お洒落なリラコにTシャツ、下着を受け取る。

「児玉は見ちょくけ、安心せえ」

 高杉にそう言われ、肩を叩かれた。

「はい」

 頷き、幾久はシャワーを浴びることにした。



 シャワーを浴び終わり、児玉の寝ている部屋へ戻ると、児玉のとなりに布団が敷いてあった。

「幾久、あがったんか」

「ウス。お先っした」

「じゃあ、僕等も入ろっか」

「そうじゃの」

 寮と同じように、久坂と高杉が一緒に風呂へ向かう。六花さんはいつの間にか、小さなノートパソコンを持ってきて、ちゃぶ台の上でカタカタ作業をしていた。

「いっくん、寝床そこね」

 児玉が目を覚ますまで徹夜するつもりだった幾久は驚く。

「え?オレ、起きときます」

 幾久の言葉に六花が笑う。

「そう言うと思った。でもいいよ、いっくん東京から戻ったばかりでしょ」

 そう言われて気付くが、確かに今朝東京から戻ったばかりだった。

 あまりにトラブル続きですっかり忘れていたが。

「今日はすごくばたばたしたからねえ。お祭りには行くわ、お友達はぶっ倒れるわじゃいくらいっくんが若くったって疲れるよ」

「でも、先生にはオレが見るって言ったし」

 六花は笑う。

「横になってても見れるでしょ。私が起きてるから大丈夫だって」

 ほら、と六花はパソコンを示す。

「私ねえ、仕事の関係で今日は昼すぎまで寝てたんだ。だから全然眠くないし平気なんだよ。それに、こういうの慣れてるから」

「慣れてる?」

「うん。夜起きとくのも、看病するのも。杉松も暫くは家で私が見てたからさあ」

 ホラ、横になって、と促され、幾久は仕方なく布団に横になる。

「うるさくない?」

 キーボードを叩くかたかたというタイプ音が聞こえるが、幾久は首を横に振った。

「そんなに。先輩みたいな、ひどい音じゃないっす」

 山縣のタイプ音は、部屋が防音でなければきっととんでもなく響くだろうというくらいに酷い。

 それに比べたら、六花のタイプ音は静かなものだ。

「そう、だったらいいけど」

 そう言ってキーを叩く六花のタイプ音はリズムを叩いているようにすら聞こえる。規則正しいリズムだ。

「眠くなったら眠ってもいいからね。なにかあったら起こしてあげる」

「でも……」

 頼んでもいいのだろうけれど、児玉が隣にいても目を閉じるのは不安だ。もしなにかあったら、と考えると眠くなった頭が一気に冴えてしまうのだ。

 うとうとする幾久に六花が笑って言った。

「わかるよ、目を閉じると不安になるでしょ」

 幾久は思わず起き上がるが、六花はキーボードから目を離さずに言った。

「私もずっとそうだったからさ、判るよ」

 それは杉松の事なのだろう。では、六花はこんな風に、心配になる夜をずっと過ごしてきたのだろうか。

 慣れているということは、一日、二日の話ではなく、ひょっとしたら長い間、毎日こんな風に不安な夜を過ごしてきたのだろうか。

(だったら、物凄くしんどいや)

 たった一日、児玉が倒れて目を覚まさないだけで、こんなにも不安に押しつぶされそうになるのに、この女性はこんなにも若いのに、夫が亡くなるかもしれないという夜をこうして静かに過ごしてきたのだろうか。

 横になると急に眠気が迫ってくる。

 まずいな、こんなにも眠くなるなんて思わなかった。そう思っても、一度意識してしまった睡魔を追い出すのは難しい。

 うとうとしては目を開ける、を繰り返したら六花が振り返り、幾久の傍へ来て告げた。

「いっくん、無理せず寝ろって」

「そういう、訳には」

「じゃあ、一時間たったら一回起こすから。それでいい?」

 一時間か、そのくらい寝たらちょっとは目が覚めるかもしれない。そう思った幾久は頷いた。

「じゃあ、お言葉に甘えてちょっと寝ます」

「おう、そうしろ少年。おやすみなさい」

「……オヤスミ、ナサ、イ」

 目を閉じた。

 その瞬間、幾久はすとんと眠りに落ちた。

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