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ぼくらみたいなあのこたち

 進路の為とか自分の為とか、そういった先のことやよく見えない事で悩んでいた幾久に、思いがけない見え方を教えてくれた。

「よくわかんないけど、だったらここに居てもいいのかなって」

 東京は生まれて育った場所だ。

 思い出も当然あるけれど、居ていいとか悪いとか、考えたこともなかった。

 他と足並みを揃えていなければ弾き出され、昨日まで一緒に居た友達だったはずの人がまるで知らん振りをする。

 たまたま、そのタイミングが中学の卒業間際に重なっただけなのかもしれないが、幾久は自分の居場所はないのだ、と感じた。

(違う。居たくなかったんだ)

 逃げなのかもしれないと、いまだに思う。

 だけど、ずっと一緒に過ごした相手に笑われて茶化されて、三年間なにもなかったように過ごすのが嫌だった。

 自分が間違っていなくても、実際は間違いとか正しいとか、そんなことはどうでもよくて、皆自分が静かに毎日を過ごせればそれでいいだけだ。

 東京でなくったって、きっとここでも。

「東京は居づらいのかしら?」

 玉木の問いに幾久は考えて、首を横に振った。

「東京なんて広いくくりじゃないっす。たまたまヤな奴に茶化されてムカついてここに来ただけで、結果たまたまいい場所にまわされただけで」

 そうだなあ、と幾久は自分で考えた。

(結局、たまたまだったんだ、なにもかも)

 ひょっとして、恭王寮に入っていたら鷹と揉めていたかもしれないし、逆にヘンな情報ばっかり入れられて、鳳をあがめていたかもしれない。

 それとも、所詮田舎だろと舐めてかかって馬鹿にして、でもひょっとしたら鷹にも届かなくて、プライドをへし折られてこんな所はいやだと父に我侭を言ったかも知れない。

 そこまで自分が馬鹿ではないと思いたいけれど、入学式の時からの行動を振り返ると自分の子供じみた行動が恥ずかしいし腹が立つ。

「オレ、運が良かっただけっす。寮も、クラスも、先輩達も」

 思えば御門寮でなければ、久坂や高杉や吉田、山縣といった個性的な面々に会えなかったし、時山と知り合うこともなかった。

 御門寮だったから雪充が関わってくれたし、児玉には最初つっかかられたが、今では仲が良いし、高杉のおかげで伊藤とも知り合えた。

(オレ、本当に運が良かった)

「だから、似合うならいっかなって」

 答えにならないかもしれない答えだが、それしか思いつかないから仕方がない。

 だめかな、と思って先生達を見ていると、毛利と三吉が微妙な顔をしていた。

「……?先生?」

「ねえ小鳥ちゃん、僕、コーヒー飲みたくなっちゃった」

「は?」

「よっちゃんが店出してるから、取りに行ってくれる?玉木スペシャルって言えば判るから」

 玉木とマスターは社会人プロレスの仲間で、子供の頃も同じ格闘を習っていた関係もあって幼馴染だ。

 なので玉木は年下のマスターを本名の「よしひろ」から「よっちゃん」と呼んでいる。

 マスターがコーヒーの夜店を出しているのはさっき見たから知っているけど、なんだか面倒そうで近づかなかったのに、先生に言われれば逆らえない。


 あなたも好きなの頼んでいいわよ、と玉木に言われ、幾久は仕方なく立ち上がった。


「じゃあ、行ってきます」

「ゆっくりでいいわよぉ、お友達に会ったらおしゃべりでもしてきなさい」

 はーい、と幾久は間延びした返事をして、夜店の並んでいるほうへ向かった。

 幾久が去った後のテントでは、毛利と三吉が同時に「はー……」と大きなため息をついていた。

「あら、同時」

 玉木は楽しそうだが、毛利も三吉もがっくり肩を落としている。

「なー、みよ、歴史って繰り返すのな……」

「ちょっと頭良さそうな事言うな。なんだよ、ほんともう」

 心配させやがって、と三吉は舌打ちするが、毛利は三吉の頭をよしよし、と撫でた。

「……なにするんですか」

「いやー、お前ずっと冷や冷やしてただろ?頑張ったなーって思って」

「してませんよ」

「してた」

「してませんって」

「してましたぁ」

「してねーっつってんだろハゲ!」

「ハゲてなんかいませんわのことよ!」

「それでも国語教師か!」

「免許とコネは偉大」

 二人はそうやり取りしながら、昔の事を思い出していた。


 なあ杉松、お前なんで東京に戻らないって言ったんだ?


 妙に自信がなさそうな割りに時々強情で、バランスが悪いなと思っている原因は、彼の父親のせいなのだと後から知った。

 一度も親に反抗することのなかった杉松は初めて、自分の意思で報国院に居ると決めた。

 絶対に一緒に居たかったけれど、彼の父親に対する恐怖とか、感情とか、そういったものを僅かでも知っている連中は、きっと杉松は最後の最後は、父親に逆らえないのではないのかと思っていた。

 だけど、それが杉松の心を傷つけないのなら、選んでも仕方が無い、皆文句なんか絶対に言うまい。そんな不文律さえ出来ていたのに、杉松はそのときがくると、あっさり父親に反抗してみせた。

 あまりにも不思議で、思わず尋ねた。


『なあ杉松、お前なんで東京に戻らないって言ったんだ?』


 杉松は、はにかんで答えた。

『だってさあ、お前めちゃめちゃここが似合うなってよしひろが言うからさ』

 成績はそこまでクソ悪いわけではないが、頭の悪さには定評のあるよしひろだ。

 そのよしひろの言葉を、頭の良さでは定評がありすぎる杉松が言うなんてと最初は皆思ったものだ。

 よしひろ本人に尋ねたほうが早いと、本人に尋ねたら素直に頷いた。

『え?だって杉松めっちゃ似合うじゃん。報国院の制服もさあ、報国町もさあ。おれら全然似合ってなくね?あのさ、お前、杉松が土塀の横とか歩いてるの見たことある?』

 そんなもの毎日みんな見てるだろ、馬鹿か、いや、馬鹿だなお前は、やっぱよしひろだよ、と思っていたのに、よしひろは言った。

『めっちゃあいつ、なじむの!報国院っ子って感じでさあ。もう報国院そのものだよ、キングオブ報国院だよ杉松は!鳳だしな!川の傍でも似合うし、海の近くも似合うし、土塀も似合うし日本家屋も似合うし、甘くても辛くてもなんにでもあう!あっ、そっか!しょうゆか!しょうゆだよ!杉松ってしょうゆなんだよ絶対に!』

 よりにもよって最後のキメがしょうゆ、には呆れたが、杉松は『いいじゃん』と笑っていた。


「なんかヤだねえ。あんな馬鹿があの世代にもう一人いんのかよ」

 はー、と毛利はため息をつくが、声は楽しそうだ。

「潜在している馬鹿は殲滅すべきですね」

 ふっと三吉は呟くが、それが誰なのかは検討がついているからこそ言う。

「千鳥か鳩なら、丸焼きにしてやる」

「ってことは鷹以上か、オッケーみよって素直すぎ」

「うるせえ。六花さんに愛の告白したがってるっていっくんに嘘教えんぞハゲ」

「やめろよマジでやめろよゴリラに殺られるマジであのゴリラこえーんだよマジで」

 そんな事を、絶対にお気に入りになっている幾久に言われようものなら、六花に〆られるのは毛利の方だ。

「もー、若者ホント怖い。あんなゴリラ、好きになんのは杉松くらいだよ、仏様だよ杉松はマジで。もう仏様だけど」

「それには同感です」

「あらぁ、そんな事言っちゃって」

 本当はちょっとは好きなんじゃないのぉ?と玉木が茶化して女子高生の恋バナよろしく言うが、二人とも首を横に振る。

「無理無理無理。あんなコエー女、杉松にしか扱えねーよ」

「それも同感」

 三吉がうなづく。

 恋とか愛とか、そういった関係であれば良かった。

 自分達は皆、そんなものではなかった。

 誰よりも信頼できて、深いところで結びついた歪な家族だった。

 家族に虐げられていたはずの六花は、自分の人生もなにもかもを、自分の選んだ家族の結びつきのために利用した。

 結果が全部出揃うまで、自分達が子供だったことに、毛利も三吉も気づけなかった。

 そこまで出来るのかと、決して学生時代に見ることはなかった女の妄念のようなものを、まざまざと見せ付けられた。それが単純に、大人の都合を振りかざせばできるもので、欲しいものは簡単に奪えるのだと高笑いしたあの女性の本性を知ってしまった時、本当の意味の大人には決してかなわないのだと、思い知らされた。

「大人ってほんと怖いわあ。あ、みよコーラとってコーラ。コーラ飲みたい。コーラ最強」

「ほんと小学生だな」

「なんだとコラ。俺が小5ならお前小4だぞ」

「いや、あなた浪人してるから、小5の年齢で私と同じ小4で間違いないです」

「小学生が浪人するか!」

「あなたならありえますねえ」

 そう言いながら、毛利と三吉はにぎやかになった祭りを遠くから眺めていた。

 男連中が竹を抱えて、掛け声にあわせて策の中を歩く。奇祭と名高い祭りだ。子供の頃から何度も見ている、ここに住んでいる人々にとっては、毎年くりかえす見慣れたものだ。


 そんなにはるか昔のわけでもない、毎年同じ光景がそこにある。杉松がいないだけで。

「そっくりだと思ってたら、まさかよしひろそっくりの奴までいるとは思わなかったな」

 三吉がぽつりと呟いた言葉に、確かにな、と毛利も静かに返した。


 だとしたら、居るのだろうか。

 杉松に自分達が存在したように、あの杉松に似ている東京の眼鏡君にも、自分達のような仲間が。

 あるいは、これから―――――

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