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君にはここが似合ってる

 祭りが始まる時間になった。

 児玉は参加しなければならないので社務所へ戻り、幾久はうろついていると、毛利に呼び止められた。

「おいボーズ、オレの金どうした」

「ハル先輩と久坂先輩が持ってます」

 毛利は肩を落とし、三吉は楽しそうにゲラゲラと笑った。

「だったら返ってこねーじゃん俺の金!」

「あ、カキ氷ご馳走様でした」

「おめー、今の俺の状態見てそんなこと言える?」

 はあー、と肩を落とす毛利に三吉は楽しそうに「ざまあ」と言って笑っている。

(この二人、仲いいんだか悪いんだか、わかんないなぁ)

 毛利と三吉の二人は報国寮に住んでいて、しかも高校時代からの先輩後輩の仲だし、こうして一緒に居るところを見ると仲が悪いようには思えないのだが。

「そういえば、東京に帰ってたんだっけ?」

 三吉の問いに、幾久は答えた。

「あ、ハイ。帰省で」

「そう。久しぶりの東京はどうだった?」

「うーん、ふつーにいつもの東京だし、暑いし夏だなーとしか」

「都会が懐かしくならない?」

 ヘンな問いだな、と思ったけれど、幾久は頷いた。

「べつにちっとも。つか、早くこっちに帰りたかったッス」

「そうなの?」

 三吉は少し驚いたふうだった。

「はいッス」

 実際にそのとおりなので幾久は素直に頷く。

「どうしてか、理由は聞いてもいい?」

「うーん、なんていうか、御門寮、めっちゃ涼しいんスよね。昼寝最高だし、麗子さん……寮母さんのご飯おいしいし、なんか文句言われることもないし。自由だから、かな?」

 御門寮は生徒達が自分のペースで行動している。だから行動に規制もないし、気にすることもあまりない。

「高杉とか久坂みたいな連中が先輩だと、やりづらくない?」

「んー、もう慣れましたし、別にどうとも思わないッス。それに、今久坂先輩の家にお邪魔してるし」

「久坂の家に?」

 三吉も毛利も驚いて顔を上げる。

「ハイ。御門寮、いま工事中で、オレそれ知らずに早めに帰省から帰ってきちゃって。行く所ないんで泣きついたら、ハル先輩が久坂先輩に頼んでくれて。ハル先輩も久坂先輩ん家にいるからって」

 三吉と毛利の二人は、驚いた表情のまま顔を見合わせて、幾久を見て尋ねた。

「おい久坂の家、ゴリラが住んでただろ?メスゴリラ」

「ひょっとして六花さんの事ッスか?叱られますよ?」

「おい、お前六花さんとか呼んでんのかよ。ゴリラだぞゴリラ。ゴリラさんだろそこは」

「毛利先生がそう言ってたって伝えときます」

「やめろよ俺をゴリラ死させるつもりか」

 ゴリラ死ってなんだよ、と思ったが面倒くさいし突っ込み待ちの気がしたので幾久は話題を変えた。

「三吉先生、みよって呼ばれてるんスね」

「まあね、くされ縁だから。それより、彼女の事をどう思った?」

「へ?」

 にこにこと微笑んで三好先生が尋ねた。

「君の素直な印象が聞きたいね」

 まるで授業中のような問いかけに、幾久は暫く考え、首を傾げた。

「うーん……久坂先輩と、ハル先輩のお姉さんって感じっした」

「まんまかよ」

 毛利は不服そうに言った。

 だが幾久だって、毛利が望むようにお世話になっている家主をゴリラ扱いはできない。

「だって、面倒見いい所はハル先輩に似てるし、態度を切り替えるところは久坂先輩に似てるし、頭の回転速いところは二人とも似てるし。ハル先輩と久坂先輩、別格って感じっしたけど、その二人を手玉にとってるの、オレにも判りましたもん」

「なるほど、相変わらずゴリラだと」

 うんうんと毛利は頷くが、幾久は絶対に告げ口してやろうと心に決めた。

「六花さんの事をそんな風に言うなんて、毛利先生ひょっとして、六花さんのこと好きなんすか?」

 幾久がそう言うと、三吉は飲んでいたお茶を噴出し、毛利はくわえていたタバコをぶっと噴出した。

「ば、ば、ば、」

「図星っすか?」

「ばっかじゃねーの!あんなひでーゴリラ誰が!」

「やっぱ図星じゃないっすか」

「ちげーよ!マジちげーよ!」

「はいはい、わかりましたよ。小学生みたいなことするんすね、毛利先生」

 やっぱりそうか、と幾久が疑惑の目を向けていると、爆笑しながら三吉が答えた。

「あのね、一応言っておくけど、本当に違うから」

「えー?そうなんすか?どう見ても小学生男子が好きな女の子にするアレじゃないっすか」

「こいつが小学生男子レベルの脳の持主だということは否定しないけど、そこは違うから」

「おいみよ、聞こえてんぞ」

「えー?じゃあ毛利先生って、ただの無礼者なんすか?」

「よしいい態度キメてんなテメー、表に出ろ」

「ここもう表だし、境内から出るなってハル先輩に言われてるし」

「ほんっと嫌な子ね!」

「なんで突然おねえみたいになるんすか」

 わけわかんないっす、と呆れる幾久に、ぬっと大男が現れた。

「あら、楽しそうじゃないの。僕も仲間に入れて?」

 そう言って出てきたのは、報国院の保健体育を担当する玉木先生だ。おねえ口調で怒らない優しい先生なのだが、とにかく体がでかい。

 しかも趣味は『マスク・ド・カフェ』の店長と同じくプロレスなので、やたらいい体をしている。

 そして顔が濃い。体がデカイ上に顔が濃いので日本人じゃないみたいに見える。

 イギリスに親しみを感じているそうで、服はいつもイギリスっぽい格好だ。

 いつもはハンチングをかぶっているのだが、今日は麦わらの中折れハットにアイボリーのスーツだ。

「こんばんは、小鳥ちゃん」

「こんばんは、玉木先生」

 小鳥ちゃん、というのは生徒の総称だ。この玉木先生は独特の世界観を持っていて、生徒達を全員『小鳥ちゃん』と呼ぶ。

(そりゃ、先生に比べたら誰でも『小鳥ちゃん』だよな)

 なんたって身長は百九十センチを越えている上に、現役プロレスラーと同じくらいの体をしている。

 マスターが『玉木先生は身長、体重がレインメーカーと一緒なんだぞ!』とか言っていたけれど、幾久にはなんのことだかいまだに理解していない。

「先生、暑くないんすか?」

 Tシャツ一枚でも暑いのに、ネクタイはしていないとはいえスーツの玉木に幾久が尋ねた。

「これねえ、麻素材だから涼しいの」

「ふうん」

 麻がどんなに涼しいか知らないが、それでも上着を着るのは暑いだろ、と幾久は思う。

 白っぽいジャケットを、玉木のような人が着ていて帽子を被っていると、夏ファッションのマフィアっぽくも見える。

「小鳥ちゃんは、このお祭り初めてよね?」

「あ、ハイ。友達が出てるんで見に」

「お友達誰なのか、聞いてもいいかしら?」

「ハイ。一年の児玉君と、伊藤君です」

 玉木は生徒全員を『小鳥ちゃん』という総称で呼ぶ割には各生徒をきちんと把握している。

「鷹落ちしちゃった児玉君と、報国寮の伊藤君ね」

 ふむ、と玉木は幾久の隣にパイプ椅子を持ってくるとその隣に腰を下ろした。

「児玉はじじーがうるせえからな。出ろって言われてんだろ」

 毛利が言うと、幾久は頷いた。

「あ、そんな事言ってました」

「真面目な子ねえ」

 ふふっと笑って玉木は足を組んで肘をついた。

 玉木は社会人プロレスをしている関係で、ゴールデンウィークの間に幾久とも関わったので、幾久の事情を知っている。

 元、本物のプロレスラーだった『マスク・ド・カフェ』のマスターであるよしひろは、久坂の兄の杉松と親友で、かつ、高杉に一度も武術で負けたことがないという。なので高杉はマスターを毛嫌いしていた。

 そのマスターが社会人プロレスの団体を仕切っているのだが、玉木先生もメンバーの一員で自分の方が年上なのに、よしひろを慕っているらしい。

「ところで、小鳥ちゃんは中期から東京に戻るのかしら?」

「いえ、このまま報国院にお世話になります」

「おい今さらっとなんか言ったなボーズ」

 毛利が再び突っ込んでくる。

「あ、そうなんす。だからオレ、三年間報国院に通います」

「おいおいおい、そういう事は早く言えよぉ、お前の書類手続きすんの、俺なんすけどぉ!」

「あ、そうなんすか?じゃあよろしくお願いしまス」

 ぺこりと幾久は頭を下げ、毛利も「こちらこそ」とか言うが「そーじゃなくて!」とセルフで突っ込みを入れる。

「お前、マジでいいのか?東京じゃねーんだぞここは。田舎なんだぞ?進路とか考えてんのか?」

 めずらしく先生らしいことを言うんだな、と幾久は毛利を見つめたが、三吉もなにも言わないところを見ると、きっと意見は同じなのかな、とも思った。

「友達が」

「あ?友達がいるからこっちがいいとか、小学生みてーな理由じゃねえだろーな」

 さっき小学生扱いされたことを根に持ったのか、毛利がそう言ってきたが、幾久は笑って言った。

「友達が、言ってくれたんす」

「なにを?」

 三吉がたずねたので、幾久は答えた。


「オレには、報国院が―――ここが似合ってるって」

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