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お祭りへ行こう!

 お面をつけて境内に入ると、そこはいつもと全く違う風景になっていた。

 お祭りらしく境内には人があふれ、夜店がいくつも並んでいる。中央のスペースは木で枠がしてあり、一般の人は入れないようになっている。枠にはDVDで見せて貰ったような、のぼりがついた長く大きな竹がいくつも立て掛けてある。

「近くで見ると、けっこう迫力っスね」

「そうだね。意外に大きいかも」

「そうじゃの」

 祭示部の手伝いを途中で断ったから、祭りがどんなものなのか結局幾久には詳しくは判らなかった。

 準備していたときには見なかった竹がいくつもあって、のぼりがついていて賑やかに見えた。

「殿!」

 高杉が早足になった。

 広い境内の奥には関係者用の休憩所テントがあったのだが、そこに向かう。

 全員お面を外したのは、先生が居たからだ。

「おう、来たのかボーズども」

 報国院の教師である毛利だ。

 高杉は昔から毛利の事を殿と呼んでいて、いまも学校の中以外ではそう呼んでいる。

「殿、おごれ」

 高杉が言うと毛利が凄む。

「なんだと?オメー、生徒に贔屓できっかよ」

 ふんと毛利がタバコを咥えたまま言うが、うしろからぱかん!といういい音をさせ、殴られる。

「いいから財布出せよ」

 そう言ったのは同じく報国院の教師の三吉だ。

 なぜか毛利の尻ポケットから財布を抜き、勝手に開けた。

「あっ、おいてめ」

「この前貸した三千円、いま返して貰いますね」

 あ、そういうことかと幾久は納得したが、三吉は毛利の財布から一万円札を一枚抜いた。

「一万円じゃねーよ!借りたの三千円だったじゃねーか!」

「なにごとも利息がつくので。はい、君達、なにか好きなもの買ってくずしてきなさい、五千円は返してね、私の分だから」

 にこにこと笑う三吉に一万円札を渡され、幾久は頷くが高杉と久坂はいつものことのように「ありがとー」と受け取る。

 高杉と久坂に挟まれる格好で、幾久達は夜店が並んでいるほうへ歩く。

「なんか三吉先生、毛利先生といると時々雑っすね」

 三吉は千鳥クラス以外には、とても優しい先生だ。

 言葉遣いは丁寧で、穏やかで、常に自分の事は『私』、生徒には『君』と言うのだが、毛利相手になると途端、『俺』とか『お前』とか言ったりするし、態度も言葉も乱暴になる。

「あいつらはいつもああじゃからエエ。それよりお面かぶっとけ」

 高杉が幾久のお面を頭からおろし、顔へとかぶせる。

「お前、何がいる?」

 高杉の問いに幾久が即答した。

「かき氷!」

「僕もそうかな」

「じゃあワシもそうしよう」

 高杉は三吉先生から貰ったお金で買い物をすませ、カキ氷を買った。

 高杉はいちごに練乳、久坂はみぞれ、幾久は豪華に抹茶に小豆と練乳のトッピングを追加した。

 けっこうな値段だったが、支払いをする高杉が『気にせんでエエ』というので素直に気にしないことにした。カキ氷を食べながら夜店を覗くが、地方色があるのか幾久が見たこともないジャンルがあるのが面白い。

「ハル!瑞祥も!」

 おーい、と呼ばれて立ち止まると、はっぴを着た人が近づいてきた。はっぴに短パン、足袋にぞうりといった祭りスタイルだ。

「おまえらお面にあうじゃん」

「なんで気付くんじゃ」

「気付くに決まってんだろ。瑞祥でけーし、ハルだってオーラ隠せてねえよ」

 そりゃそうかと幾久は言われて気づく。確かに瑞祥は頭ひとつ大きいし、高杉だって目立つ雰囲気だ。

「でかいのがおると、意味ねえか」

「僕のせいじゃないと思うけど」

「お前等、マスターにマスク借りたらいいじゃん」

 仲がよさそうなので幾久は様子を見ていると、高杉が言った。

「お前、覚えちょらんのか?花見一緒に行ったじゃろう。三年の入江じゃ」

「わかんないよ、大人数だったから。三年の入江一寿(いりえかずひさ)。よろしくね」

 好青年といった雰囲気で手を差し出され、幾久は頷く。

「一年に弟がいるんだけど、知ってる?」

 入江の問いに幾久は首を横に振った。

「いいえ」

 高杉が言う。

「こいつの弟は鳳じゃから、知らんじゃろう」

「鳳なんすか」

 だったらタマと元同じクラスか、と幾久は思った。

「俺は鷹なんだけど、弟のほうが出来が良いんだ」

 そういって笑っている入江は、鷹のわりにいい人そうに見える。

(鷹にもこんな人いるのか)

 でも、赤根も一見こんなタイプだったからなあ、油断できないぞ、と幾久は警戒するが、高杉と久坂は気にしていないようだ。

(だったら、大丈夫なのかなあ)

 そういえば花見にも居たというなら、雪充とも友人なのだろうか。尋ねようとしたが、高杉と久坂、入江の三人で話が盛り上がり始めたので幾久はカキ氷を静かにたいらげた。

 そのうち、二人の友人らしい人が集まってきたのだが、幾久は知らない人がほとんどなのでどうしようかなと思い、ふと社務所に目を向けた。

「あ、タマ!」

 神社の本殿の隣にある社務所の前、はっぴを着ている大人の中に、幾久は児玉と時山の姿を見つけた。幸い、というか赤根は見えない。

「先輩、オレ、タマと話してきます」

「判った。じゃあ後からの」

 高杉と久坂と別れ、幾久は小走りで社務所に居る児玉のところへ向かった。

「タマ!」

 呼びかけると児玉はすぐに気付いた。

「幾久!」

「久しぶり」

 夏休みに入ってからほとんど顔を合わせていなかったのでそう言うと児玉は笑顔で近づいてきた。

「どうしたんだよお前。祭りに来たのか?」

「うん。先輩等と一緒。ハル先輩と、久坂先輩」

「先輩達は?」

「いま友達と喋ってる。あとで合流」

「へえ」

 ちらっと時山が目に入ったが、幾久に気付いた時山は他人モードで微笑んでいたので、あえて声をかけなかった。

「それよりタマ、ちょっと話あるんだけど、いま大丈夫?」

「別にいいよ。すんませーん、俺ちょっと出てきます!」

 児玉がそう言うと、近くに居た大人連中が、おお、とか判った、とか了解、と声をあげた。

 二人は賑やかな場所を通り抜け、校門と呼んでいる場所の近く、境内へと昇る階段に腰を下ろした。

 人通りは多いが、階段は横に広いので座っている人もまばらに居る。

「で、話って何?」

「学校の事。ほら、オレ、来期から報国院に居るかどうか決めてなかったじゃん」

「……ああ」

 幾久は元々、報国院に入りたくて入ったわけではなかった。

 父の母校で、高校浪人をしたくなかったから入っただけで、三ヶ月すれば転校するつもりだった。

「けど、もう決めたよ」

「そっか」

 児玉はそわそわして、膝の上で組んだ指を動かしていた。幾久は気付かなかったが。

「あのさ。オレ、報国院に決めたんだ。ここがいい、ここに居るって、父さんにも言った」

「……マジで?」

「マジで」

「……マジかよ?!」

「マジだよ」

「本当の、本当に、本気で?」

「まじだって!」

 もうなんだよ、と幾久が苦笑すると、児玉は腰の位置で拳を握り、「っしゃあ!」と大きく振り上げた。

「タマ、恥ずかしーって!」

「なんでだよ!やったじゃん!つか、やったー!マジでー、よかったー、いや多分そうなるから安心しろってさあ、雪ちゃん先輩とか言ってたからそうかもなーとか思ってたけどさあ、幾久はまだわかんねーとか言ってたからさあ、どうかなーって思ってたんだけど、そっか、決めたのか、よかった、あー俺ラッキー!よかったー!」

 あまりの喜びように、幾久は気恥ずかしくなる。

 だけど、幾久がここに居て喜んでくれる人がいて、こんなにも喜んでくれて、幾久は報国院に決めて良かったと改めて思う。

「オレだって、タマが一緒でラッキーだよ。一人で鷹とか居辛いし」

「まーな、そりゃそうだな。だったら幾久、後期は鳳目指せよ。俺も戻るつもりだし」

 目をキラキラさせて言う児玉に、幾久は苦笑いだ。

「そりゃ、目指せるもんなら目指したいけど」

「ばっか言うなよ。御門ったら鳳だろ。やろーぜ下克上」

 肩を組んでくる児玉は、これまで見た事がない勢いの上機嫌だ。

「あちーってタマ」

「いいじゃん、俺、めちゃめちゃテンション上がってんだから」

 あー、よかった!と何度も繰り返す児玉に、こんな風に喜んでくれるなら、決めた時すぐに伝えておけばよかったな、と幾久は後悔した。

「先輩等には?」

「もう言ったけど」

「喜んだだろ?」

 幾久は首を横に振った。

「それが全然。『今更か?』とか言われた。オレがとっくに報国院に決めたって思ってたみたい」

 幾久の言葉に児玉は噴出した。

「まーな、確かに幾久、完璧なじんでんだもんな。そりゃそうか」

「なんだよ、さっきはあんなに喜んでたくせに」

「だってやっぱ不安じゃん。周りは――先輩達は大丈夫って言ってるけど、幾久は決めてなかったっぽいからさ。幾久の意思って結局誰にもわかんないじゃん、お前以外には」

「先輩らは完全に判ってたっぽいけど」

 自分でも一生懸命考えて決めたことを、今更なんて言われてしまってはちょっとむかついてしまう。

 だけど、児玉は幾久に言った。

「じゃあ、そんだけ先輩らが、幾久の事見てるってことだろ?」

 良かったな、と言われ、自分では考えてもいなかった児玉の考えに幾久は目をまるくした。

「そ、う、なのか……な?」

「そりゃそうだろ。雪ちゃん先輩だって、高杉先輩とか久坂先輩に聞いてからそう言ってたんだし」

 確かに、今は恭王寮に居る雪充にとって、幾久の情報源は児玉か高杉、久坂、吉田しかいない。

「先輩達とはうまくいってるし、成績も上がってるし、いいことだらけじゃん」

「言われてみたらそうかもだけど」

「絶対にこっちのほうがいいって。あ、でももう決定か、良かったわ、マジで。あー、良かった!」

 児玉は機嫌よく立ち上がる。

「さーて、滅茶苦茶いい話聞いたし、俺すげー今日がんばれそう!」

「祭り出るんだっけ、あの竹持って」

「そーそー。うちの爺がはりきってるからさあ、もう大変よ。あ、そうだ」

 児玉は立ち止まり、振り返った。

「この話って、もう解禁?」

 幾久は頷いた。

「うん。全然、オッケー」

「判った。じゃあ、伊藤とかにも言っとくな」

「いいよ。そういえばトシは?」

 一緒に祭りに参加しているはずだが、まだ姿を見ていない。

「あー、あいつあっちこっち走りまわってるからなあ。一応祭りも参加したり、できなかったりだけど、多分今日は参加してるだろ」

「そっか」

 見つけたら一応、自分からも教えようと、幾久は思って児玉と一緒に境内へ向かった。

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