家族だからこその気遣い
お中元を開けまくるというミッションはけっこう楽しいものだった。
次々に箱が開かれて、洗剤だの缶詰だのが出てくるたびに、六花は「これはうち」「こっちは寮」と分けていった。
「殆ど寮行きじゃないっすか」
八割がたを寮にまわす六花は、仕方ないでしょ、と言う。
「だってあたし一人暮らしだし、こんなにいらないし。寮なら欠食児童多いんだからいいでしょ」
あ、それと、と六花は風呂敷に缶詰や洗剤を詰め込んだ。
「ハル、瑞祥、これ栄人ん家もってっといで!どうせ栄人はバイトだろうし」
「わかった」
差し出された風呂敷を受け取って、高杉と久坂は立ち上がった。
「栄人んち、って、栄人先輩の家っすか?」
幾久の質問に、六花はそうだよ、と答えた。
「あそこんちは、こういうものいくらあっても困らないから、おすそ分けしてんの」
確かに栄人はいつもバイトしてるし、忙しそうだし、貧乏だと繰り返し言っていたが。
「確かに、一人暮らしだとこんなにいらないっすよね」
洗剤に缶詰、ジュースに加工肉のハム類。栄人が喜ぶアイテムばかりだ。
「殆どが教授に世話になった人からだよ。亡くなっても途切れないのは人徳よ、人徳」
「ふうん」
自宅にお中元やお歳暮は、届くのは知っているけれど、それにしてもこの量はすごいなと思う。
「じゃ、行ってくるけど幾久、ねーちゃんのお守りたのむな」
高杉の言葉につい、「わかりました」と答えてしまったが六花はにこにこ笑って「ぶんなぐるぞ」と高杉に言っている。
(ハル先輩の乱暴なのって、この人に似たのかな)
でも、乱暴な割りに栄人の家庭事情にも配慮したりして、そんな所も似ているといえばそうかもしれない。
「ハル先輩と、久坂先輩も出かけたんすか?」
「うん。荷物が多いからね」
二人で丁度よ、と六花が言う。
「あとまあ、気を使ってんだろうね」
「気?」
「あたしがいっくんに興味深々だったから」
「え」
にこにこと微笑む六花だが、幾久は困ってしまう。
興味なんか持たれても、幾久はこれといって特徴の無い、どこにでも存在する、普通の高校生にすぎないからだ。
「オレなんか、フツーっすよ」
「まあ、そうだよね。フツーにどこにでも居る感じの子だよねえ」
褒められているのか、そうじゃないのかが判らないので黙っていると、六花はお中元を分類しながら言った。
「いっくん、一人っこでしょ」
「あ、ハイ」
「素直だよね。色々と」
「素直、っすか?」
「そう。兄弟居るとさ、競るんだよね、誰に対しても。もう身に染み付くというか」
そういうものなのかな、と幾久は首を傾げる。
「無意識のヒエラルキーっていうのかな。相手が上か下か見ちゃう。悪いことばっかりでもないんだけど」
そうなのかな、と幾久は思う。
相手を自分より上か下かと判断するなんて、悪いイメージしかない。
「栄人なんか面倒見いいでしょ。あれっておにいちゃんだから、つい面倒見ちゃうんだよね。悪く言えばおせっかいでもあるんだけど」
「確かに、面倒見いいっす」
でもそれは良いことじゃないのかな、と幾久は思う。
なにもしない久坂や山縣、手伝ってもほんの少しの高杉に比べて栄人はまるで第二の寮母さんのようによく動く。
普段そうやって動いているからこそ、たまにある栄人の頼みを久坂も高杉も聞くのだろう。
「そういうのって、関係があいつらみたいに整っていれば問題ないんだけどさ。自分より下だからああやって動いてるんだって勘違いする馬鹿もいるからね」
「んな子供みたいな」
呆れて幾久が言うと、六花は静かに、どこか少し怖い雰囲気で微笑んで告げた。
「いっくん。高校生はまだ子供だぜ」
確かに、言われて見ればそうだ。高校生なんか、六花みたいな大人に比べれば、全然子供にすぎないのだろう。
ことん、ことん、と六花が机の上に並べる缶詰の音が響く。なんだか急に、ものすごく静かになったような気がする。
(ハル先輩らがいないから?)
いや、違うと幾久は気付く。
(この人が静かだからだ)
二人きりになって気付く。
六花のおしゃべりの数が減っているし、話し方もどこか静かだ。
(ヘンなの)
幾久に興味があるといいながら、二人きりになると静かになるなんて、なんだかかみ合ってないような気がする。
「あの、」
「なに?」
「……なんで、オレに興味とかあるん、すか?」
何を尋ねていいか判らず、思いついたことをそう尋ねると、六花は静かに告げた。
「常世とか、みよが似てるって言ってたのが大きかったかな」
常世は毛利の事だから判るが、『みよ』とは一体誰のことなのだろうか。
「みよ、って誰っすか?」
幾久が尋ねると、六花はごめんと笑って答えた。
「みよって三吉。先生でしょ?」
「あ!」
確かに、毛利先生と犬猿の仲というか、毛利先生が一方的にやられているというか、いつも先輩のくせに後輩のくせにとぎゃあぎゃあ言っている先生が居る。
千鳥クラス以外には、とても優しい三吉先生だ。
「みよは常世達より一学年下でさ。滅茶苦茶成績良くて、そのくせ性格は最悪だったけど、杉松にすっごい懐いてたのよね」
あの優しい三吉先生が、性格が最悪と言うのはよくわからないが、千鳥クラスには当たりがキツイというのは聞いていたのでそうなのかな、と頷く。
「よしひろは馬鹿だからおいといても、あの杉松大好きなみよが似てるっていうなら、ちゃんと似てるんだろうなって思ってさ。実際似てた。色々と」
そう言って六花は笑う。
さっきまでのように、テンションが高く、どこかわざとらしいような豪快な笑い方ではなく、大人の女性らしい、静かな笑顔だった。
「……あの」
「なに?」
「なんでハル先輩と久坂先輩が居るときと、テンション違うんすか?六花、さん」
やっと気付いた。
さっきよりなぜか静かな印象があったのは、喋るスピードが違うからだ。
幾久と二人きりになった途端、この人の喋り方はスピードが遅く、穏やかになっている。
「喋るスピードも、先輩等がいる時と違うのはなんでッスか?」
まるで山縣を見ているようだった。
山縣は大佐とは早口で、話題も縦横無尽に話していたのに、オタクの先輩達が一緒になると急に喋りがゆっくりと丁寧になって、話の内容も一貫していたからだ。
六花は一瞬目を見開いたけど、少し考え、軽くため息をついた。
「結論から言えば、ハルと瑞祥に気を使わせない為にだよ、いっくん」
気を使う?と幾久は首を傾げた。
「家族なのに、気を使うんすか?」
久坂と高杉との様子を見れば、遠慮もなく本当に家族だと判るのに。
「家族だから気を使うんだよ」
そう言って六花はお茶を幾久に勧めた。
「うん、いっくんやっぱ杉松に似てるわ。そういうトコに気付くのってやっぱ同じだね。みよが言うだけあるわ」
ふふっと笑っている六花は、さっきまでの、高杉の姉のような雰囲気ではなく、どちらかといえば久坂の姉といった雰囲気に変わった。
「あのね、私さ。いっくんに会いたかったのも本当だし、この家に来て貰って嬉しいのも本当。杉松にも会わせたかったし。けど、それってさ、判らないでしょ?」
「判らない?」
幾久の問いに六花は「うん」と頷いた。
「瑞祥ってさ、人嫌いじゃん」
「ああ、そっスね」
久坂は誰に対してもそっけない。人間嫌いと言うならまさにそうだ。かといって動物が好きなわけでもなく、わずらわしいことが全部嫌いに見える。
「だからこの家に他人を近づけさせたがらないの。テリトリー内だから」
それは言いえて妙だな、と幾久は頷く。久坂は自分のパーソナルスペースに遠慮なく入り込んでくる人を嫌う。
それは、あの告白してきた女子に対する態度でも明らかだった。
「私もあいつと同じで、ここはテリトリーだから他人を入れたくないって気持ちがあるのよね。でも瑞祥にとってはいっくんはもう家族だから、ここに入れても問題はないわけ。ただ、私がどう思うかっていうのは、本当の所、瑞祥には判らないでしょ?」
「そうっすか?久坂先輩頭いいし、説明すれば判ると思うんすけど」
「そのあたりがね、杉松の弟って感じでさ。気遣っちゃうのよこっちを。本当は我慢させてるんじゃないのか、とかね」
そういうの得意じゃないくせにね、と六花は笑う。
「だからいっくんと一緒の時にテンション高めにしとけば、ああ、嬉しいのかって思うでしょ。あの子は安心したら、探ったりしないから」
「そこまで考えてたんすか」
幾久は六花に対して奇妙な感情を覚えた。
何と言えばいいのだろうか。
時山のように他人に対する態度をころっと変えたのを見た時と似ているかもしれない。
「口で言うよりさ、態度で示したほうが早いでしょ。実際私はいっくん来て楽しいし、瑞祥が気にするほど気にもならないけど。それをちょっと判りやすくしてるだけだよ。瑞祥、あからさまにホッとしてたしね」
そんなの全く気付かなかった。
久坂といえばむっとしたままで、不機嫌な様子だったのに。
「面倒くさいっスね」
「いっくん正直ねえ。でもこれが一番面倒じゃないのよ。私も面倒くさいの嫌いだから、一番簡単なの選んでるつもりだし」
「家族ってそんなに気を使わないと駄目なもんなんすか?オレ、寮ではそこまで気遣いしてないかもです」
「栄人が動いてるってことは、いっくんお礼をちゃんと言ってるんでしょ?」
「そんなの、当たり前ッス」
本来なら皆の仕事であることを、自分のペースの方がやりやすいから、とやってくれているのは栄人とはいえ、お礼を告げたり、出来ることは手伝ったりは当たり前の事だと思っている。
実際、久坂も高杉も、お礼は毎日言っているし、栄人がやっていない事は率先して片付けたりしている。
「確かに、ハル先輩も久坂先輩も、動かないっちゃ動かないッスけど、それって朝だったり、食事とかおやつの時だし」
朝の動きに関しては、久坂の寝起きが酷すぎて、そんな久坂の面倒を高杉が見ているので、この二人が何もできなくても誰も何も言わない。
洗濯物を取り込んだりは山縣含め、全員がやっている。
なんだかんだ、それぞれに役割があるなあ、と改めて幾久は気付く。
「そういうのをね、自然に身につかせて貰える環境は幸せだよ」
「幸せ……、ッスか?」
なんか急に話が壮大になった気がするが、六花はなんでもない事のように話を続けた。
「そうだよ。日常のいろんな事を自分でするのが当たり前で、当たり前にお礼を言うのも当たり前、なんて感性を持ってたら、かなりそれって幸運だよ。それがないばっかりに、しなくていい苦労とか、呼ばなくていい不幸を呼んじゃうの」
「なんか話が大きくないっスか?」
幾久の問いに六花は笑った。
「そんなことないよ。いっくんも大きくなったら、私の言っている意味が判るようになる時がくるよ」
もう高校生なのに、大きくなったらなんて言われるのは心外だけど、馬鹿にされているような雰囲気はないので、多分本当にそうなのだろうな、と幾久は思う。
「いっくん、わからないって顔してるね」
「実際よくわかんないっす。なんかヒントとかないっすか?ヒント」
幾久の問いに六花は目を見開いて、「けっこう言う子だね。そういうとこも杉松と同じだなあ」と妙な感心をされてしまった。