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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【8】コミケ参加、それが俺のジャスティス【空前絶後】
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色っていうよりお薬だよね

 最寄の駅に到着し、山縣と幾久は電車を降りた。

 二人は並んで、喋りながら歩く。


「よく言うじゃん、十人十色って。でもあいつら絵の具のインクじゃねーの。薬品なの」

 薬品とは言いえて妙だ、と幾久は山縣の解釈にまた感心した。変わった色というより、確かに薬品といわれるほうが、あの先輩達のことはピンと来る。

「だからあいつらって、相手次第でとんでもねーもん発生させたりすんの。場合によっちゃ毒ガスとかな」

「あぁ~……すげえわかるッス」

「だろ?!」

 そこは完全に山縣に同意だ。

「だから、お前が来たときには、またヘンな色水吐き出すのかよとか思ってたわけよ」

 ヘンな色水とは納得いかないが、山縣の話には興味があるので突っ込まずに頷いた。

「あの爆発物みてーな連中が、なんでてめーがいたら大人しくなんだよってずっと思ってたんだよ。これといって特徴もねーくせに。絶対に御門の肩書き知ったら調子こきはじめると思ってたんだけど」

「けど?」

「まさか鳳にぶっこんで来る寸前までいくんだもんな。オメー馬鹿かよって思ったわ」

 成績は上がったのだから、馬鹿じゃなくて逆じゃん、と幾久は思ったのだが、山縣は言った。

「高杉とか久坂みてーな、いつ爆発すっかわかんねー危険物は、自分でもそうならねーように用心してるから、いっつもピリピリしてたわけだ。そりゃそうだろ、常に手加減しとかなきゃならねーとかストレスでしかねーもんな」

 以前は雪充が居たから、バランスが取れていたのだという。

「あいつはスゲーよ。感覚が半端無い。あいつさえいりゃ、高杉も久坂も思う存分動けてたんだけど」

 だけど、雪充は恭王寮へ移動した。

「だから、誰も入れないって判断した高杉は正しい。だれが入ろうと、絶対に爆発すんの目に見えてる。でもテメーが入っただろ」

 山縣は思い出したのか、肩をいからせて噴出した。

「まさか、高杉が爆発する前にテメーが先に爆発するとはな」

 山縣の言葉と態度に逆切れして、いきなり喧嘩になったのが、入寮初日の事だ。

 あの時は山縣の言っていることがまったく理解できなかったが、今では手に取るように理解できる。

 自分の考えとか不安とかストレスとか、そんなものを全部まぜこんで、判りやすい相手に向かってぶつけただけだ。勿論、山縣にも当然非があるが。

「その節はスミマセンっした……」

 幾久が謝ると山縣が応えた。

「別にいいっつったろ。高杉が俺に謝りに来るなんてレアイベントもいいとこだしな」

 それに、と山縣は付け加えた。

「あいつらずっと、本当は思いっきり、誰かの面倒を見たかったんだって、最近やーっと判ったわ」

「……え?」

「長州の弊害だよな。仕方ねえっちゃねえけども」

「は?どういう意味っすか?」

 幾久が尋ねたが、山縣は「そのうち判る」とまたヘンなポーズをきめたりして、幾久はなんとなく、もういいや、という気持ちになったのだった。



 自宅に戻って幾久と山縣は、いつものように幾久の部屋で横になった。

 今日は大佐のおごりのおかげで風呂も早く済んでいたし、食事もしなくていい。

 父に聞くと、母はずっと機嫌がいいらしいし、明日、早く長州市に飛行機で帰るので送らなくてもいいと告げると、じゃあせめて、最寄りの駅まで送るということになった。


 明日には長州市かあ、と思いながら、明かりの消えた天井を見上げ、幾久は呟いた。

「なんか、どとーの帰省っした」

「暇なくてよかったろ」

「まあ、それはそうっすけど」

 帰っても会う友人がいるわけでなし、やりたいことがあるでなし。我ながらつまんないやつだな、と思うけれど。

「なんか、早く御門寮に帰りたいっす」

「まー、あそこは自由だもんな」

 山縣も幾久に賛同する。

 時間もなにもかもが任せられているので、いつ寝ても起きても問題ない。ストレスが全くのフリー状態だ。

(帰ったら、することいっぱいあるし)


 父に言われたように、登校日には正式な入学の手続きがあるとのことだし、部活も始まる。講習もあるからお盆明けはもう学校が始まったようなものと思え、と高杉には言われている。

「忙しくなるなあ」

 幾久の言葉に山縣も「まぁな」と答えた。

「大佐にはこれから協力してもらわねーと、俺だけの勉強じゃどうにもならなさそうだなあ」

 山縣は本気で東大を目指すのだろうか。

(やるだろーな、ガタ先輩だもんなあ)

 あれ、と幾久は気付く。

「だったら、ダンスとかもお休みッスか?」

 三年生の時山と一緒にダンス動画をとったりしているが、あれも休むのだろうか。

 幾久が尋ねると「それはねー」と山縣が言った。

「一気に溜め撮りして、すこしずつ上げる予定にしてる。トッキーも遊んでばっかじゃねーしな」

「あ、そか、時山先輩も三年生っすもんね」

 進路かあ、と幾久は呟く。

 自分が高校をどうしようかと数ヶ月、悩みに悩んで、やっと決めた頃には、もう三年生は受験の準備に入るのだ。

「せわしいッスね」

「おー。でも仕方ねえわな。受験さえ終われば、俺は自由よ」

 幾久だって他人事じゃない。母は勘違いしてくれているが、再来年には山縣と同じ立場だ。

「やっと進路のことが落ち着いたのに、二年後にはもう大学受験とか」

 やだなあ、と幾久は文句を言うが、山縣はそれどころじゃねーよ、と言った。

「お前、部活もはじまんだぞ?わかってんのか?」

「あー、そういやそうッスね」

 このまま報国院にいるなら高杉たちが所属しているという演劇部らしき部に所属することになる。

(ま、どうせオレ、なーんもできないし)

 役者みたいなこともできないし、できるのは多分雑用程度だ。久坂や高杉が、派手な衣装を着て舞台に出るのは簡単に想像できるが、自分にはそんなイメージは無い。

(名ばかりの部員だし、そこらへんは手加減してくれるだろ)

 当然、幾久の想像通りにはならないのだが、進路を決めた幾久の心は前向きになっていた。

 とりあえず、高校はもう決まったのだ。

 悩みがひとつ消え、決心もついた。

 受験が控えているとはいえ、それはずっと後の事で、今は目の前のことを楽しもう。

「それよりとっとと寝ろ。明日も、今日までとはいわねーけど早いんだぞ」

「ウス」

 幾久はそう言って、山縣におやすみなさい、と告げて目を閉じた。山縣はおう、と言ったけれど即座に寝息を立て始めて、その呼吸につられ幾久もすぐ眠りに落ちていた。


 翌朝、父はすでに仕事で、母が最寄りの駅までついてきた。

「ここでいいよ」

 改札に入る前に幾久が言うと、母は「そう?」と心配そうな顔をしてみせた。

「この数日、お世話になりました」

 山縣が言うと母はいいえ、と首を横に振った。

「いつも幾久がお世話になって。こちらこそ、息子をよろしくお願いします。幾久、体に気をつけるのよ。先輩のいう事をよく聞いて」

「……うん、わかった」

 ぼそり呟く。こんな大人しい母は調子が狂う。

「じゃ、行くぞ。失礼します」

 ぺこりと山縣が頭を下げる。母も深々と下げていた。

「それじゃあ、」

 そういって幾久は母と別れた。

 母は笑顔で手を振っていて、幾久はすこし、母がかわいそうな気持ちになった。


 二人で電車に乗り込むと、山縣が言った。

「おい後輩、なんか顔しけてんじゃねーか」

 ホームシックか?という山縣に、まさか、と返す。

「はやく御門に帰りてーっすもん」

「だろーな」

「でも」

「でも?」

 幾久はぽつり、呟いた。

「なんか、ちょっと母さんが可愛そうかなって」

「かわいそう?」

 なんだそりゃ、と山縣が言う。

「だって、一人っすからね」

 幾久は一人っ子で兄弟はいない。父は仕事で出ずっぱりで、母は専業主婦だ。

「一人であの家に、父さん帰ってくまでずーっといるのかなって」

 自分が賑やかな御門寮で過ごしているせいか、誰一人いない家、というのはものすごく寂しい気がする。

 山縣はふんっと馬鹿にしたように幾久に言った。

「早速流されてんじゃねーかよ馬鹿か。お前を東大にやりてーって思ってる奴だぞ」

「わかってますよ。ちょっとそう思っただけっすよ」

 母親のヒステリーは嫌いだし、今だって聞く気にはなれない。

「ただ、かわいそうかなって」

「だったら働きに行きゃいいだけだろ。テメーの親父は嫁さんに家にいろとかいう前世紀の遺物なのかよ」

「え?そんなことないと、思うッス」

 むしろ、幾久に構ってないで君も外に働きにでも行ったらどうだ、みたいなことを父親が以前言って、そのときもヒステリーを起こしていた。

「だまされんな。俺みてーな部外者がいると、途端猫かぶるんだよ、あんなのは」

 山縣はチッと舌打ちする。どうやらすっかりいつもの山縣に戻ったらしい。

「オレ、もうちょっと要領よくします」

「そうだな。そうしろ」

「コミケ勉強になったし、面白かったし」

「じゃあ今度から」

「行かないっす」

 幾久の答えに、ちぇー、などと言っているが、本当はちょっとくらいならいいかな、と思っているのは内緒だ。そうしているうちに、大佐からメッセージが入った。山縣になにかあったら心配だから、という大佐が言うのでお互いにIDを交換した。

(ガタ先輩も愛されてんなあ)

 面倒くさいしうるさいし、口は悪いし性格も悪い。


『あいつ、話はちゃんと聞くんだよな。言動はおかしいけど』


 高杉が以前言っていたことに、幾久はなるほどなーと山縣を見た。



 入寮日、もしなにもかも嫌になったあのままで、父が幾久の言うとおり、すぐに転校の手続きをとってくれていたら、山縣とこんな風に話すことはなかっただろう。

『どうしたいのか、本当は自分はどういう気持ちなのか、しっかりとこの三ヶ月の間に考えなさい』

 あの父の言葉がなかったら、きっと何も考えないまま、適当に別の学校を選んでいただろう。

 きっと母の望むとおりの人生を気付かないままに選んで行って。


 電車は乗り換えの駅に到着した。

 乗り換えを繰り返し、空港へ向かう。


「ぐずぐずすんな後輩」

「―――――ウス!」


 やっとあの懐かしい場所に帰れる。

 帰ったら何をしよう。

 麦茶を飲んで、部屋中を開け放して、そして廊下にねっころがってお昼寝しようかな。

 カキ氷食いたいなあ。


 モノレールが到着した。

 今日のお昼にはもう長州市だ。

 はやくはやく。

 幾久は子供のように、流れる東京の風景を見て、帰ったらタマとなにをして遊ぼうかな、と考えを巡らせたのだった。





 空前絶後・終わり

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