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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【8】コミケ参加、それが俺のジャスティス【空前絶後】
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打ち上げでごわす!

 三日目も無事終了し、大佐の本も予定より多めに売れたとの事だった。

 今日は昨日の友人とは合流せず、山縣と大佐、幾久の三人で打ち上げをすることになった。

「今日は大佐の奢りだってさ、よかったな後輩」

「え?ダメっすよ、オレそういうの、父さんに止められてるんす」

 寮に居るから余計にだが、奢ったり奢られたりは極力するなと言われている。

 現にこの三日間にかかったお金も、全部山縣から受け取ったバイト代でまかなっている。

 父がくれるお小遣いには、できるだけ手をつけたくないからだ。

 しかし大佐は幾久に言った。

「いやいや、今日の売り子は助かったでごわす。おかげでワガハイ、のんびり皆に挨拶も出来たでごわすし、後輩殿のおかげで売り上げもよかったわけでごわすし」

「オレなんもしてないっす」

 幾久は首を横に振ったが、大佐も同じく首を横に振る。

「いろいろ丁寧に接客してくれたでごわす。ワガハイ、後輩殿を見習おうと思ったことがいくつもあったでごわすよ」

 そんなことをした覚えはないのだが、と困惑していると山縣が言った。

「大佐。ソイツに『今日のバイト代』って言えば、そいつは受け取るぜ」

「本当でごわすか?」

「本当、本当」

 耳をほじりながら山縣が言うと、幾久は思わず息を止めた。

(確かに、バイトならまあ、そりゃいいかなって思うけども)

「ではこうしようでごわす!お礼に奢るのではなく、今日のバイト代の支払いでごわす!」

 幾久のツボをしっかり心得ている山縣は更に告げた。

「金の支払いじゃねーんだから問題ねーじゃん。俺も大佐に出してもらうんだから、空気読め後輩」

 そこまで言われてしまっては、幾久には断る理由が無い。

「じゃ、じゃあ、バイト代として」

「話がわかるでごわすな。そしたら早速移動でごわす!」

 どこに、と幾久が疑問に思うまでも無く、大佐と山縣はゆりかもめへと移動した。



 到着したのは近くにあるスーパー銭湯だった。

 行った事はないが、有名なので知っている。

「最終日だし、ここでゆっくり浸かるでごわすよ」

 風呂に入って、その後食事もできるという。

「でも風呂に入るのなら、着替え持ってくりゃ良かった」

 コミケに参加したので全身汗だくだったし、風呂に入ってもこの服に着替えると思うとちょっと嫌だ。

 だが、山縣はバッグを手に言った。

「そんなん持ってるぞ」

「え?」

「大佐が風呂に入りたいって言ってたから、一式持ってきてる。パンツもズボンも心配スンナ」

 ほらっと広げて見せたが、本当に着替えを持ってきている。

「用意周到っすね」

「まーな。俺様にかかりゃこんなもんよ!」

「意味わかんないっす」

 というか、最初から予定を教えてくれれば幾久だって自分の着替えくらい用意してきたのに。

「それに、着替えるのは帰る時でいいでごわすよ。風呂あがりには浴衣を借りるでごわすし、それで食事した後に着替えてかえるわけでごわすからに」

「へー、そうなんすか」

 なるほどなーと幾久は感心しきりで大佐と山縣についていった。


 山縣と大佐はいつもここで打ち上げをするそうで、迷うことなく手続きを済ませていた。幾久もそれに従って、大佐と山縣について風呂に入った。スーパー銭湯の中は広く、露天風呂もある。体を洗ってから三人は大きな浴槽に浸かり、足を伸ばした。

「いやー、今日はお疲れでごわした」

「これで三日、完走したな」

(三日間もかぁ)

 明日はもう、東京から長州市に帰る日だ。

 帰省したのにちっとも家に居なかったな、と幾久はため息をついた。

「どうしたでごわすか?」

「あ、いえ。帰省の意味、あんまなかったかなって」

 最初から乗り気だったわけではないし、寮が閉まるのと高杉に帰っておけと言われたから、仕方なく東京に帰省したわけではあったけれど、こうも連日出かけていては帰省の意味はあっただろうかと思ってしまう。

「コミケは楽しかったけど、あまり親とも学校とかの話してないし」

 折角帰ってきたのに意味あったのかなあ、と幾久は思ったのだが、山縣が言った。

「おめー、親と話とかするタイプだったわけ?」

「……」

 言われて考えるが、そんなことはなかった気がする。

 山縣は『ホラな』みたいな顔になる。

「ハナッからちげーじゃん。今更んな訳わからん気遣いするより、東大様の御威光にあやかっといたほうがオメーのカーチャン喜ぶぞ」

 実際にその通りなのががっかりしてしまう。

 昨日も家に帰っても、母親はずっとうきうきしていて、熱心に参加してるのねと嬉しそうだった。

 多分今日だって、東大の人と一緒になんだかえらそうなことをしていると思い込んでいるのだろう。

「間違ってねーじゃん。東大様ここにいんじゃねーか」

 山縣が大佐を示し、大佐も自分を指して頷いているのだが。なんだか嘘をついているみたいで気分が良くない。

 かといって全部正直に話すつもりも毛頭無い。

「おめーのカーチャンは、おめーと話をするより東大様と一緒に居たほうが安心すんだよ。わかんだろ」

 それは判りすぎるくらいに判る。

 毎日、余計なことも言わないし連絡もしようともしない。遅くなっても干渉せず、にこにことしていて気味が悪いほどだ。

「それって結局、息子が自分の思い通りになってるから満足してるんだろ。じゃあいいじゃねーか」

 山縣のいつも通りの言葉に、幾久の胸は妙に痛んだ。

(確かにそうなんだけど)

 きちんと説明していなかったとはいえ、あんなに自分勝手な人だったっけ、と幾久は母親を見て思う。

 一応、幾久の教育には熱心だったし、考えてくれていたとは思う。

 時折、空回りはするし全部が全部、幾久の望んだものではなかったけれど、一応は幾久の為にやっていたはずだ。それなのにどうして、山縣の意見はこんなにも辛辣に聞こえるのだろう。

「まあまあ、ガタどの。家庭にはいろいろあるわけでごわすからして」

「大佐は」

 幾久は尋ねた。

「大佐のご家族って、大佐が東大行くのって、どんなだったんですか?」

 単純に、疑問を素直にぶつけただけのつもりだったけれど、その途端、お風呂に入っているのに大佐の表情がまるで氷漬けになったみたいに固まってしまった。

 しまった地雷。と、心の中で呟いたつもりがしっかり口に出ていたらしく、山縣から「その通りだばかやろー」と頭を小突かれた。

 温泉から上がり、浴衣に着替えると三人は食事の出来る場所へ移動した。

 スーパー銭湯の中は広く、食事をする場所もたくさんの人だかりだったが、座るのに困るということはなかった。


 本当にすみませんと大佐に何度も頭を下げ、大佐は「いいでごわす」と気にはしていない様子だった。

 食事をしながらではあったが、大佐はぽつりと家庭の事を話してくれた。

「東大を目指したのは単純で、モテたかったんでごわす」

 大佐いわく、自分は高校時代に全くモテもせず、リア充とは程遠い人生を歩んでいたという。

「いまなら単純に、コンプレックスの塊でしかなかったと判るのでごわすが、どうしたらモテるのかといろいろやってもどうにもならず。そんな頃、ガタどのと知り合っていろいろ話すうちに、東大に入りさえすればモテると聞いて」

「え?じゃあモテたい一心で東大に?」

 それはそれで凄い気がするという幾久に、山縣からまた小突かれた。

「本当にてめーは言葉選ばねーな。もうちょっとどうにかしろ」

「ガタ先輩にだけは言われたくないっす」

 ふんと言うが山縣は幾久のから揚げに箸をぶっさして取り上げた。

「オレのからあげ!」

「うっせえ反省しろバーカバーカ」

 その様子を見て、大佐が苦笑した。

「実の兄弟みたいでごわすな、お二人とも」

「うわやべーわやめろ大佐」

「冗談やめてください」

 いくらなんでもこいつはない、と互いに指さして言ってしまって大佐はまた笑ってしまった。

「つまり、そういう理由だけで頑張ったわけでごわす。もとより成績はそう悪くはなかったでごわすが、モテたい一心で勉強だけは頑張った結果、受かったわけでごわすが」

「なにかあったんすね?」

 大佐はうなづいた。

「ワガハイ、モテ期がやってきたのでごわす」

「えっ、良かったじゃないですか」

 モテたくて頑張ったのなら努力は実ったというのに、なにが悪かったのだろうか。

「それがそう良くもなかったのでごわす。表向き、学校向けのアカウントに東大に受かったと書いた途端にフォロワーは増え、クラスメイトはこぞっておめでとう、女子からは告白」

「いいじゃないっすか」

「……と、ワガハイもそう思ったのは一瞬だけでごわす。いろいろありもうしたが、残ったのはワガハイのブロークンハートだけでごわした」

 そのブロークンになるまでの過程が気になるのだが、大佐は適当に説明してくれた。

「簡単に言えば、ワガハイ、かたっぱしから自慢の道具に使われたわけでごわす。過去のクラスメイトから幼馴染、家族にご近所。最初は嬉しいとか思ってたんでごわしたが、所詮、自慢の道具にされているだけだと気付いたらどうしようもなくむなしくなり申して、かくなるうえは入学を辞退しようと考えたわけでごわす」

「えっ、勿体無い」

 折角東大に受かったなら是非行けばいいのに、と幾久は思ったが、現時点で大佐は東大生なわけだから、入学辞退はしていない事になる。

「悩んでいるところ、ガタどのに相談しましたら、ある方法を教えてくれもうした」

 きっとロクなもんじゃないだろうなと幾久は予想したが、実際その通りだった。

「『冗談でした』って書いてみろと」

「うわ」

 面白がって山縣が言いそうな事ではある。

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