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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【1】喧嘩にはじまり、花見で終わる【合縁奇縁】
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おいしいってすごい

 食事が用意されるまでの間、幾久は荷物を確認することにした。

 自宅から送った荷物は学校に送ったが、学校側が寮に届けてくれていた。荷物はダンボールに三箱程度だ。

「荷物少ねぇな。そんなもんか?」

「必要なものはこっちで揃えようと思ってるし」

 それにすぐ辞めるんだから、やっぱり荷物は少なくてよかった。余計なものは増やさないようにしよう、と幾久は思う。

「それより、オレの部屋って何処ですか?」

「空いてる部屋好きに選んでええぞ」

「へ?」

「ドアがついてる部屋はひとつしか残ってないから、ドアが良かったらそっち。フローリングも畳もあるし。ベッド無いけ、要るなら手配するが」

「ベッドないんですか?じゃ、どこに寝ればいいんですか!」

 驚いて尋ねる幾久に高杉が首をかしげる。

「暫く布団でええじゃろ?どうせ畳の部屋は余っちょるし。寝るときだけ畳の部屋使ってもええぞ。栄人はそうしちょるしな」

「なんか……ほんといいかげんっすね……」

 寮と言えば、大体の生活に必要なものは揃っているはずだろうに。報国寮はまさに寮、という雰囲気で全部揃っていたのに、この寮はそうはいかないらしい。

「もっとがっちり寮らしいのが好きか?」

「元々、報国寮見て決めたくらいっすから」

 パンフレットにあった一番大きな、ちゃんとした寮に入れるものだと思っていたのでそこで生活するのを楽しみにしていたのだ。

 二人部屋もあって、ベッドやクローゼットが添え付けで、寮は新しくて綺麗で、インターネットも自由に使えて、大きなシアターまであるというのだから、さすが私立と感心したのに、これじゃ親戚の家に世話になるみたいだ。

「ま、あっちはあっちで確かにええけど、こっちも慣れりゃええと思うけどの」

「そう思えりゃいいっすけどね」

 もう完全に嫌になってきつつある。入学式を明後日に控えているのに東京に戻りたい気持ちになってくる。

「……戻りたい」

 東京に。

 大きくため息をつく幾久に高杉は苦笑する。


「そう言わんと、制服でも着てみりゃ気分も変わるかもしれんぞ。風呂上がった後に制服合わせてみたらええ。あと、ちょっとうちの制服めんどくせえから、着方も教えちゃる」

「着方とか」

 パンフレットで見る限りは別に変わってなかったはずなのに。

「ああ、あのな、式のときと普通の時で制服ちょっと違うんじゃ。ネクタイとか」

「はぁ……」

 なんだか本当に面倒くさいところに来てしまったのだな、と幾久は思った。


 高杉に寮の中を案内されたりしているうちに夕食の準備が出来たよ、と久坂が呼びにきた。

 居間に戻ると、幾久は目を疑った。

「……旅館?」

 まさに高級旅館のごとくに料理が並べられている。刺身の盛り合わせが人数分と、別に大皿が並んでいる。しかもあの大皿の上にあるのって、まさか。あの半透明な身は。

「あれ、何っすか」

「なんじゃお前!ふぐも知らんのか」

 驚く高杉に幾久は首を横に振る。

「いやいやいや。ふぐくらい知ってるっすよ!なんでふぐ刺しがあるんですか!」

 やっぱりふぐ刺しか。ふぐ刺しなのか。

「この辺の名物じゃ」

「や、知ってますけど!ますけど!」

 そんな高級食材がどうしてこんな所に!

 ええええ!

 驚いて目を見開く幾久の目の前に、更に驚くものがあった。ウニだ。

 しかもぴっかぴかに新鮮なウニだ。

 板一枚にざらっと並んでいるのが目の前にある。さも幾久一人に全部食べていいですよという風にある。他のメンバーの前にもあるということは、一人で食っていいのだろうか。板一枚?まじでか。

「ウニだ……」

 目をきらきらさせて見ていると、目の前の、個人の刺身の器に目がいった。

「この魚、もしかして」

「あら、いっくん、マグロ好き?」

「と……トロに見えるんすけど」

「トロよ?」

 うえええええ!なんでこんな普通にあるの!


「わし、ふぐより平目がよかったのう」

「ハル、ふぐ好きじゃないよねー」

「そんなうまいもんじゃねーよな実際。幾久、わしの分全部食ってええぞ。あ、トロ好きならこれ食うか?」

 トロの刺身だけを箸でひょいとつまんで幾久の皿へ移す。

「い……いいんすか?」

「別に?わしは青魚のほうが好きじゃし」

 普通の魚じゃないんだぞ?

 トロだぞ?トロなのに!

 なにこの東京とのヒエラルキーの違い。だってトロだよ?だが誰も高杉の行動に驚いていない。

「さ、それより食べましょ!」

 いただきまーす、と手を合わせて全員が箸を取った。早速幾久はふぐの刺身を取った。

「あ、ふぐはこれで食えよ」

 小さな器に小さな葱ともみじおろしが入っている。

「これ、なんのねぎなんすか?」

 見たことがない小さなねぎだ。

「小葱よ」

「こねぎ?子供の葱ってことですか?」

「違う違う、種類が違うのよ」

「葱って種類あんの?」

 栄人が尋ねると、麗子が答えた。

「東日本と西日本じゃ違うのよ。東はあさつきが多いのよね。これよりちょっと大きいねぎ。万能葱のほうが多いかしら?」

「へー、やっぱ色々違うんだ。カップ麺とかポテチの味違うって言うしな」

 感心する栄人に山縣が言った。

「俺この前東京行った時に、買って来てやったじゃん。食わせたじゃん、説明したじゃん」

 不満そうに山縣が言うが栄人は言う。

「んなの、食べ比べないとわかんないし。たしかにちょっと味濃いかなーくらいだし」

「じゃ今度買ってきたら食べ比べろよ」

「なんで命令口調なん」

「俺先輩じゃなかったっけ」

 むっとして言う山縣は、ふぐ刺しに箸を伸ばすと一気に横に掬い上げる。何枚ものふぐ刺しが一瞬でなくなった。

「ああああっ!」

 思わず幾久が言うと、山縣や他の皆がきょとんとして幾久を見る。

「……な、なんだよ」

 山縣が言うと、幾久ははっとして黙った。

「なんでもないっす……」

 しまった。

 思わず驚いて声が出てしまった。

 しかしあれはないだろ、ふぐ刺し一気取りとか。

「なんだ、乃木君ふぐは好きなの?じゃ、その皿の全部食べなよ」

 久坂の指したのは、大きな皿に盛られたふぐ刺しの大皿だ。全員分で二皿用意されていて、ということはここに居るのは、自分、山縣、栄人、高杉、久坂、宇佐美、麗子、の七人だから、一皿は三人半のはずだ。

「いや、でも」

「別にええ。今日はお前のお祝いじゃし、わしらはいつでも食えるし」

「あの、」

「そうよお。あまりお魚好きそうじゃなかったのに。ふぐ好きなら全部食べていいわよ?」

 あ、じゃあ、と麗子が言う。

「そのお味噌汁は?どう?」

 見たことの無い白身魚が、頭のない状態でどーんと汁の中に入っている。

 なんだこれ、と思ったが恐る恐る飲んでみた。

「……すっげえ、うまい!」

 おいしい。魚のみそ汁なんて初めてだ。

 一体何の魚なんだろう。麗子が言った。

「それも、ふぐよ」

 ええええええ!ちょ、なんでそんなもん、みそ汁に入れんだよ!勿体ない!

 思わずそう言うと麗子が笑った。

「お刺身とは違う種類のふぐなのよー」

「ふぐってそんな種類あるんですか?」

「あるわよぉ。いっくんがふぐ好きでよかったわあ」

 驚きながらも味噌汁をすする。

 なにこれうまい。

 超うまい。

 がっつく幾久だったが、高杉は不満げに言う。

「刺身は平目のがうまいって絶対に。鯛とか」

「じゃ、次は季節になったら平目のお刺身にしましょうねー」

 なんだここ。

 天国か。

 そういや確かに自分はすしが好物だったけど滅多に食べないから忘れていた。

 昔、父に連れて行ってもらったっけ。

 必死で食べていると、散らし寿司も出された。

 錦糸卵も甘くておいしい。

 おまけに散らし寿司もやたらうまい。

 なんでこんなにうまいんだ。


「寿司、めちゃめちゃうまいっす、これなんすか?」

 ほおばりながら言う幾久に、麗子があら、と嬉しそうに笑う。

「ゆずの酢を使ってるの。いい香りでしょう?」

 うんうんと幾久は頷きながら食べる。

 ほんとマジでなんだこれ。うますぎる。

 散らし寿司ってこんなにうまいものだったのか。

「ゆずの酢って売ってるんすね」

「さあ?」

「さあって……」

「ゆずを絞って作ったからわかんないわあ」

 ゆず絞るとか。まじでか。なんか全然、家の食事とはレベルが違う。だけどそんな食事に、他のメンバーは感激するでもなく普通に食べている。

(うう、ご飯がうますぎる。なにこれずるいだろ)

 三年ここに居ればこの食事が毎日なのか。そう思うと辞めようと思う気持ちが一気に萎えそうになる。

(いやいやいや!飯に懐柔されちゃ駄目だろオレ!)

 ウニをがっついていると、おい、と声をかけられた。

 やっぱ全部食べちゃいけなかったのか、とはっとすると高杉が言った。

「コレも食うか?」

 手をつけていないウニの板一枚を差し出された。うん、と頷いた時に幾久はなぜか負けた、と思った。

 なぜかは判らなかったけれど。

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