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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【8】コミケ参加、それが俺のジャスティス【空前絶後】
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鳳クラスの秘密

 人が流れ始めてきて、大佐のところの常連さんという人が尋ねてきた。

 大佐の作る本のファンだとかで、差し入れで冷たいお茶を貰った。

 それからも友人らしき人たちなんかが尋ねてきて、幾久もいろいろ話しかけられた。

 幾久がはじめて参加したと知ったあるコスプレの人は、妙に喜んでなぜか握手をしたりもした。

 ひととおりお客さんが落ち着くと、山縣が戻って来た。

 差し入れの荷物はなくなっていたが、その代わりにやっぱり大量の買い物をしていた。

「大佐、頼まれた奴」

「おお、ありがとうでごわす!」

 本を分けてまとめ、山縣は袋を整理し始めた。

「大佐、俺売り子かわっから、出てきたら?」

「そうでごわすな。ちょっと挨拶にまわってくるでごわす」

 大佐と山縣が入れ替わり、大佐はサークルの外に出て山縣が大佐の座っていた椅子に腰を下ろした。

「おつかれっす」

「おー、」

 山縣は鼻歌を歌いながら本を袋に分けて入れたりしている。

「買い物、終わったんすか?」

「おう。おかげさんでな。助かったわ後輩」

 機嫌のいい山縣は気持ちが悪い。

 だけど今日はそこまでイラつきもしないのは、こんな賑やかな場所のせいかもしれない。

「オレも、楽しかったッス」

「そうか」

「正直、めんどくさいとか無茶させやがってって思ったけど」

「思ったのかよ」

「でも、なんか楽しいからいいやって」

 朝早く起こされるし、忙しいし、本は重たいし買い物は訳がわからないし。

 でも大佐や山縣の友人と、知らない世界を喋っているのは楽しかったし、沢山の人がみんな同じ場所から帰るのは、わけもなく仲間意識が湧いたりした。

「ガタ先輩が、なんでハマるのかちょっとわかりました」

「お、話しはえーじゃん、だったら来年も」

「つきあいませんよ」

 そこは即答しておくと、山縣は「チッ」と舌打ちした。

「っていうか、来年受かるの前提ですか?ひょっとしたら浪人生になるかもしれないのに」

「お、テメーよくもそんなコエー事言いやがるな、こちとら繊細な受験生様だぞ」

 繊細な受験生がなぜコミケに三日間も参加するのか幾久は尋ねたい気持ちだった。

「ま、受かるしかねーな。高杉が言ったんだから」

 山縣は高杉の言葉を信じているらしかったが、幾久は少し罪悪感が湧く。

 なぜなら、高杉が適当に答えた事を幾久は知っているからだ。

(あの調子じゃ、東大に行けても行きそうにないもんなぁ、ハル先輩)

 山縣はどうするのだろうか。

 必死に勉強して東大に受かったとしても、高杉が居なかったら。

「……ハル先輩が落ちたりとか、他の大学行くとかは考えないんすか?」

 いつもの幾久ならこんなことは決して言わない。

 だけど、この三日間、他人に気を使ったりとか、いろんな人と楽しそうにしている山縣を見てしまうと、ちょとだけ罪悪感が湧いてしまう。

 しかし、山縣はやっぱり幾久の考えていることとは違うことを思っていた。

「そんなん関係ねーですけど?」

「は?」

「だって、あの日あの時あの場所の高杉が言ったわけじゃん?ひょっとしたら考え変わるかもしれないじゃん?でも俺は、あんときの高杉の言葉を聞いたわけじゃん?」

「すみません、よく意味がわかんないっす」

「ま、つまり、俺は決めたの。あの時の高杉の言葉を聞くって。だからもう関係ねーの。だから別にどうでもいいわけ。俺は東大に入る。以上だ」

 きっぱり山縣はそう言い切ったが、どっちかといえば『異常』だ。

「ほんとガタ先輩、意味もわけもわからんす」

「おう、単純なオメーにゃ俺様は理解できねーよ」

 なぜか機嫌よさそうに笑う山縣に、そうかもなあ、と幾久は思う。

 山縣はオタクで気持ち悪いから、気持ち悪い人だと思っていたけれど、そうじゃない部分もちゃんと持っていたし、実際大佐の信頼は厚い。

 高杉に心酔しているように見えるけど、それはどこかネタ的な部分もある。

 多分、真面目に高杉に関われば、ああまで高杉も嫌がったりしないだろうに山縣は自分の世界を崩さない。なんも考えてないだけと思っていたけれど、多分それはそうではなく、考えた結果そうしているのだろうという事は判る。

「ガタ先輩も、鳳なんすよねぇ……」

 しみじみと呟くと、珍しく「どうした?」と山縣が尋ねた。

「なんか鳳って、やっぱなんか違うっすよねぇ」

「おいおい、今更それに気付いたってぇのか?」

 おせーぞ!と山縣がなにかのアニメキャラのように両手をピストルの形にして幾久に示すが、幾久は小さく頷いた。

「トモダチで、今回鷹落ちした奴がいるんすけど、そいつも鳳ってなんか違う、って言ってたんす」

 鷹落ちした友人とは、児玉のことだ。

 出逢った頃は微妙だったのだが、いろいろあって急に仲良くなって今では頻繁に連絡もとったり、遊びに行く約束もしている。

「別にオレは、鳳に行きたいとかは思わないんすけど、でもハル先輩も、久坂先輩も、栄人先輩も、普通の出来がいいとか成績のいいのっていうのと、なーんか違うんすよね。雪ちゃん先輩もだけど」

 鳳には鳳の雰囲気がある、と児玉が言っていたけれど、実際知ればその通りだと思う。

 成績がいいだけなら、鷹だってそれなりのはずなのに、鷹はどちらかといえば鳩よりバカにされている雰囲気がある。

 クラスの空気もあまり良くないと聞いている。

「鳳クラスに入りたいとは思わないんす。でも、鳳の人みたいにはなってみたい、とは思うんす」

 意味わかんないすよね、と幾久が笑うと、山縣は座っている椅子の背に腕をかけると、「いーや」と答えた。

「おめーさ、やっぱけっこう判ってんじゃん」

「え?」

「だから、それだよそれ。鳳にあって、鷹にねーモンは」

「バカにされるかと思った」

「しねーわ。つか、それ、俺も全くおんなじこと思ったからな」

 スポドリを飲みながら茶化すこともなく、大真面に山縣が言った。

「俺が中3、高杉が中2の時。あの頃高杉、めっちゃ尖っててなー。後輩のくせにマジ怖かったわ」

 今でも充分尖ってる気がするのだけど、と幾久が言うと、山縣はぶんぶんと首を横に振った。

「とんっでもねえよ?最近は特にあめーけど、高杉つったらもー、そりゃ刃物が服着て歩いてるみてーな奴だったわ!」

「へぇ」

 中学時代、というか三年も前の高杉なんて全く知らないし、想像もつかない。

「一応先輩の俺にも容赦なく、スパッ、スパッと切るもんだからさあ、なんて奴だと最初は思ったわけ。けどまあ、喋ると、まー頭がいいというか、悪い意味で大人っつうの?もうこまっしゃくれてて凄かったわ。俺は衝撃を受けたね。あんな奴、三次元にもいんのかよってな」

 山縣にとって、高杉の存在というのはそれほどショックだったらしい。

「んーで、そんときまあ、いろいろあって。高杉はどーしても報国院に入りたかったわけ」

「でもその頃中2ですよね、ハル先輩」

 山縣が中3なら、ひとつ年下の高杉は中2のはずだ。

 だったら進路の問題なんか、ずっと後のように思えるのだが。

「だからいろいろあったんだよ。で、高杉はもう絶対にその時点で、報国院の、しかも鳳にトップで入学するって豪語しちまった」

「え」

 さすがに高杉というべきなのだろうか、まだ中2なのにそんな宣言をするなんて。

「寮も絶対に御門寮に入るって言っててさ。こいつマジかって。あ、俺その頃は報国院なんて興味もクソもなかったんだけどな」

 地元にある有名私立高校なのはよく知っていたが、山縣にとってそんなのはどうでもいい情報だった。

「で、まじかって思ったけど、あーこいつならマジでやるだろーなって思って」

「で、ガタ先輩は報国院に?」

「おーよ!ま、俺は成績クソ悪かったし、高杉来るまでに鳳のぼって御門に入ればそれでいーじゃんって思ってたから、一年かけて追いついたわけだ」

 ということは、あんなに幾久を「鳩」とバカにしていたくせに、山縣も似たり寄ったりだったわけではないか。

「なんすか、最初から鳳ですみたいな顔しといて」

「はぁ?俺は鳳に入ってから御門にうつったんだからな。おめーとはちがわあ」

 しかし、その努力のかいあって、無事鳳クラスに入って御門に入ったわけだから、山縣はやはり有言実行のタイプだ。

「まーでも鳳がちげーのってのは確かにそーだわ。気付くとあーねって思うけど、それまではけっこう考えたなー俺も」

「ガタ先輩がっすか」

 あの真面目な児玉が悩んだようなことを山縣も考えていたなんて、なんだかおかしな気がする。

「俺だって考えもするんですぅー、なんたって鳳は特別だからな」

「その特別って、一体なんなんすかね」

 クラスにこだわりがあるわけじゃない。

 だけどやはり、鳳クラスというものは、なにかどこかが違う気がする。そう言うと山縣はニヤニヤしながら幾久に言った。

「コミケに付き合ったお礼に、先輩様が答えを特別に伝授してやんよ」

「え?マジで?」

「勿論、マジでのマジだ。鳳クラスの秘密とか、秘訣ってやつだな」

 幾久はごくんと息を飲んだ。


「いいか、鳳クラスの秘密は」

 うん、と幾久は頷く。



「自分の頭で考える、ってことだ」


 得意げに胸を張る山縣に、幾久は思わず言ってしまった。


「はぁ?」

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