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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【8】コミケ参加、それが俺のジャスティス【空前絶後】
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初めての売り子

 そして更に翌日の三日目にもなると慣れたもので、もう何の確認もなく、幾久は準備をして山縣と一緒にイベント会場へ向かった。

「今日は昨日までとちょっと違うからな」

「ウス」

 一応、説明は聞いている。昨日まではお買い物の日だったのだが、今日は売るほうに参加するのだという。幾久に判りやすく山縣が説明してくれた内容によると、つまりはお店屋さんごっこみたいなもので、扱うのが本物のお金なだけとの事だった。

 昨日までの買い物で、札束の飛び交う場所を見ていたから、ものすごく大変そうだと思ったのだが、大佐のお店はそんなに大変ではないらしい。

 買いに来るのも常連さんやお友達ばかりで、のんびりしたものだと言う。

「オメーは座って店番してたらいい。俺と大佐がかわりばんこで買い物と挨拶行ってくるわ」

 山縣は今日は挨拶が多いのだという。

「春まで来れねーからな。会い溜めしとかねーと」

 またヘンな言葉を言うなあ、と思いながらも会い溜めって面白いな、と幾久は感心した。

 大佐のお店の事はサークルというそうで、幾久と山縣が到着するとすでに大佐は準備を終えていた。

「おはようでごわす。今日はよろしくでごわす」

 丁寧に挨拶する大佐に幾久は「あ、こちらこそ」

 と返し、山縣も「よろしくー」と応えた。


 イベントが始まり、山縣は早速買い物とあいさつ回りのために差し入れの入っている袋を大量に持って出かけて行った。

 幾久は、はじめてサークル側という場所に入った。

 椅子に腰掛けて、お店屋さんのように売り子をするのが今日の幾久のミッションだ。隣に大佐がいるので心配はないと思うが、なんだかどきどきする。

「どうせ暫くは暇でごわすから、のんびりしていていいでごわすよ」

「あっ、ハイ」

 いつお客さんが来るのか背筋を伸ばして緊張していたのを見抜かれたらしい。肩の力を落とし、ペットボトルのお茶をひとくち飲む。ざわざわと人が流れ、あちこちで楽しそうな声が聞こえる。

「なんか、楽しいッスね」

 山縣がわざわざ来るのもちょっと理解できる気がする。

「楽しい場所でもあるでごわすし、そうでない事もあるでごわす」

 大佐は自分の作った本を丁寧に並べて言った。

「一生懸命作ったものを受け入れられるのは、本当に嬉しいし楽しいのでごわすが、売れなかったり、見ても貰えないとやっぱりしょんぼりするでごわすよ」

「あ、そっか」

 自分が買う側しかしていなかったから、いざこうして売る側に座ると、確かに人は何か目的のものに向かって行っている。

 こんなにたくさんの人がみんなそれぞれ違う目的に向かって歩いてるのか、と思うと不思議な感情が湧き上がった。

(すごいなあ)

 幾久は中学生の頃から、一応受験は考えて目指して塾にも通ってはいたけれど、適当に普通でありさえすればいいと思っていた。

 幾久にとって、報国院もだがこんなに夢中になるものや人が集まるという事もびっくりする。

「ガタどの、寮ではどんな風でごわすか?」

「うーん」

 どんな風と言われても、殆ど部屋に篭っているからいざ説明と言われても困る。

「ここにいるみたいに、生き生きはしてないっすかね。部屋にこもりきりっすし」

「……ガタどのは寮では居辛いので?」

「あ、それはないッス」

 幾久はきっぱりと言い切った。

「学校から帰ってすぐに部屋に篭ってますけど、ごはんになると出てくるし、おやつの時も呼べば来るし。友達も来てるし楽しそうッスよ」

 まるで山縣が小学生のような説明だが、実際そうなので他に説明しようが無い。

 大佐はさらに尋ねてきた。

「寮の他の人達は、ガタどのに対してどんな風でごわすか?」

「普通って言うか、気にしてないっす。好かれているとはお世辞にも言えないんすけど、ガタ先輩が心酔してる人がいるから、全然大丈夫と思います」

 例えそこがとんでもなく居辛い場所であったとしても、山縣にとって重要なのは高杉の存在のあるなしだろう。

「そのようでごわすな。時折、話しに出るでごわす」

「ハル先輩っすか?」

 そう尋ねると、大佐は首を横に振った。

「ガタどのは、自分の情報は一切流してはいないでごわす」

「え?」

 あんなにもインターネットにどっぷりなのに?と幾久が驚くと大佐が頷いた。

「それは見事でごわすよ。特定できるようなことは一切していないでごわす。SNSであろうが学校の情報であろうが、どこの誰かなんて、全く判らないんでごわすよ」

 大佐曰く、大抵は学校の付き合いとか色々あって、絶対になんらかの情報は出てしまうものらしかった。

 しかし山縣は昔からそのあたりの情報を一切漏らさなかったという。

「普通はなにかし、どこかに情報が出るものでごわす。ガタどのも、さらっと日常を書いておられはしたのでごわすが、いざ調べようとすると、一切なにも出てこないのでごわす。なにが凄いって、全く日常をさりげなく出していて、普通にしか見えないのに、調べたら出てこない。これは中々、できないことでごわす」

 幾久には判らなかったが、全く情報を出さずにいれば、確かに情報は流れないが情報ツールの意味はないという。

 かと言って、うっかり近所の写真なんて出そうものなら特定されてしまうこともある。

 富士山なんか、角度でどの町から撮ったか、どころか天気で日にちすらわかることもあるという。

「こ、こえぇ」

 たった写真一枚でそんなことも判るのかと幾久はおびえたが、大佐は「普通は大丈夫でごわす」とフォローした。

「芸能人でも無い限りは個人情報なんて調べようとはしないでごわす。ただ、こういった界隈になるとそれなりに詳しい人もおれば、好奇心なんかで調べてやろう、なんて事もあったりするでごわす」

 ゲームで山縣と知り合った大佐は好奇心で山縣の事を調べたが、あまりの山縣の情報の拾えなさに驚き、正直に『情報が拾えない』と伝えたら山縣は『だろうな』と返したという。

 正直に大佐が山縣に対して、ストーカーみたいな真似をした事へ謝罪したところ、山縣から頻繁に連絡が入るようになって仲良くなったらしい。

「それでも情報は最低限でごわすよ。だから正直、今回コミケに後輩殿を連れてくると聞いて嬉しかったでごわす」

 へ?オレ?と幾久が言うと、大佐は頷いた。

「ガタどのが、ワガハイを信用しているからこそ、こうして後輩殿を連れてきたと思うと、正直嬉しくなってしまって、あまりの嬉しさについ本気出してしまったでごわす」

「あー……あのプレゼン」

 初日に会った時に見せられた、アニメ風に作られたあのプレゼン資料は大佐が一生懸命つくったものだと聞いて幾久は呆れたものだが。

(ガタ先輩に信用されて、嬉しかったのか)

 なんだかあんまり意味無い気もしないでもないが、人の考えはそれぞれだ。

「ガタどのはサービス精神が旺盛で、おしゃべりも楽しく、空気を呼んで雰囲気が悪くならないように常に気を使われる」

「や、そんなことないです」

 思わずつい本音が出てしまったが、大佐は「そうでごわすな」と幾久に笑った。

「後輩殿の前では遠慮なく、マイペースで案外我侭な部分もあるんでごわすな、とほほえましかったでごわす」

「えー……オレの前ではいっつもああですし。つか、逆にこの数日ガタ先輩にしては気を使ってるほうっていうか」

 日常、幾久のことなんかうまい棒を買ってくるお使いマシーンとしか思っていない程度の扱いだ。

「ガタどのは、寮でどのような暮らしをしているのか、後輩殿を見ていたら見えるようでごわす」

「そう、すかね」

 幾久には全く判らないが、外から見れば見えるものもあるのだろうか。

「安心したでごわす。あのガタどのがイベントに参加しないとなると、どうなのかと心配したでごわすが、後輩殿がおられれば問題なさそうでごわすし」

 ただ、と大佐は言う。

「ガタどのが言うからには本当に本気でしょうが、後輩殿から見て、本気で東大を狙うつもりだと思われるでごわすか?」

 心配しているらしい大佐に、幾久はしっかり頷いた。

「あ、それはもー、間違いないと思います。入れるとか入れないとか、学力のあるなし関係なく、ハル……ガタ先輩の心酔している人が東大に行けって言っちゃってるんで、受かるかどーかはともかく絶対に受けますあの人」

 そのあたりの山縣のぶれなさは間違いないので、幾久も堂々とそう告げた。

「……そうか。だったらこっちも本気出すしかねーな」

 突然またあの『ごわす』喋りをやめ、大佐は真剣な表情になった。

「ガタどのが本気でウチ目指す、つーんならこっちも受かって貰わないと恩が返せない。ゲームなんか一秒たりともさせずに勉強させるしかないな」

 どうもこの大佐は真剣に喋ると妙に迫力があって、まるで取引に悩む反社会的組織のトップみたいに怖い。

「なんか怖いっすよ」

 幾久が言うと、大佐は「すまんでごわす」と慌ててもとの喋りに戻った。

「真面目に喋るとヤクザに見えるからコミカルに行けって、ガタどのに言われて気をつけているのでごわすが、気が緩むとつい忘れるでごわす」

 あー、それガタ先輩の入れ知恵だったんだ、と幾久は納得した。

(らしいや、ガタ先輩)

 山縣の忠告は正解だ。語尾をヘンにするだけで随分と大佐の印象は違う。

「それより、ガタどのはどの学部を選択されるのでごわすかなあ」

「うーん……そこまでは決まってないんじゃないかと」

 高杉がどの学部に行くか決まっていれば、そこに行くと言うだろうけれど、高杉の様子を見ると本気で東大に行く気はなさそうだし、もしそうだとしても山縣と同じ大学に行くとも考えにくい。

「ぶっちゃけ、東大ならどこでもいいんじゃないんすかね」

 あまり深く考えていないような気がする。高杉が東大と言ったからそれに従っているだけで、学部がどうのなんてあの山縣が考えているのだろうか。

「学部がどこでもいいとなると、ガタどのの成績によりけりか」

 成績を聞かないとな、と大佐が真面目な顔をしてブツブツ言い始めた。

「後輩殿は、ガタどのの成績はご存知では」

「ないっすけど、多分そこそこ頭いいと思います」

「本当でごわすか?」

 幾久は頷く。

「はい。今回からガタ先輩、成績学年のかなり上のクラスに入ってるし、もともと頭いいって聞いてるし。そりゃ、ものすごく頑張らないとはいけないと思いますけど」

「ものすごく頑張れば、東大はいける、と?」

「多分、根性でいっちゃう気がする。ガタ先輩なら」

 三年の桂雪充と連絡が取れないのが惜しい。

 雪充ならきっとそういう質問にさっと答えてくれるだろうに。

「ガタ先輩、有言実行ですもん」

 実力や性格はともかく、実行力だけは物凄い。

 幾久はそれをよく知っていたし、この数日でも随分と理解させられた。

「だとしたら、本気でサポートせねばならんでごわすな」

 ふむ、と大佐は腕を組んだ。

「わかりもうした。ワガハイ、責任もってガタどのを我が東大へ、合格させてみせるでごわす!」

 どんっと大佐は胸を叩いたが、幾久にとっては正直どうでもいいことだ。が。

「ヨロシクお願いしまス」

 なんとなく反射でそう頭をさげると、大佐は「こちらこそ」となぜかお互いお辞儀をしあった。

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