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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【8】コミケ参加、それが俺のジャスティス【空前絶後】
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さあ、始まるざますよ

 さて、翌朝。

 山縣にとっては決戦の一日目だというその日、ありえないくらいに上機嫌な山縣の声で幾久は目を覚ました。

「おはよう後輩よ!戦いの火蓋はいままさに切って落とされようとしているぞ!」

「……うーす」

 まるで高杉に十回褒められたかのように全身から喜びを表現している山縣の姿に幾久は目をそらした。

 元気な山縣なんてめんどうくさそうで嫌だ。

 もそもそと着替えを済ませ、まだ寝ているだろう両親を起こさないように山縣と二人で家を出た。

 東京の朝は早い。

 同じ時間でも長州市より随分と明るくなるんだな、と幾久は改めて、自分が遠い場所にいるのだと感じた。

 朝早いのにすでに出かける人が多く、山縣の言うとおり途中から人がぞろぞろ乗ってきて、あまりの多さに幾久は驚いた。

「言っておくが本番はこんなもんじゃねーからな」

 実際、国際展示場の駅に到着した頃はけっこうな賑やかさになっていて、それでもまだ全然少ないと聞いて、一体どれだけ人が多くなるのだろうと心配になる。

「んで、これ持て。入り口で渡すんだよ」

 幾久は山縣から小さな切符のようなものを貰った。

「チケットだ。これのおかげで早く入れるんだからな。大佐に感謝しろよ」

「ウス」

 よくわからないけれどとりあえず頷き、山縣に言われるままに幾久は会場の中に入って行った。


 会場の中はすでに人が沢山いて、山縣はスマホで連絡をとっていた。

「朝飯買うぞ」

 山縣に言われ、会場の中にあるコンビニへ一緒に連れ立て入ってまた驚いた。コンビニ内もかなりの人だった。

「スポドリ一本余分に買っとけ」

「ハイ」

 山縣の指示通り、朝食を買い、余分にスポドリも購入した。お茶があるけど、それだけでは足りないと山縣が言う。

「大佐が席とっといてくれてっから……あ、居た」

 コンビニの前には沢山のテーブル席があり、そこで食事を取っている人が沢山居た。

「ガタどの!後輩殿も!」

「おはようございます」

「大佐おは。そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 二人はそう言いあい、「死亡フラグ!」と爆笑している。

(またなんかのスラングか)

 すっかり山縣に慣れていた幾久は、驚きもせず二人がはしゃぎ終わるのを待った。

「大佐、昨日はマジありがとー、写真ほんとに効きまくりやでぇ」

「ムフフ、ワガハイの作戦が功をなしたようで、なによりですぞ」

 満足げな大佐に幾久はなんだかこの人、可愛いなと思った。外見は決して可愛いとは言いがたいのだが、はしゃいでいるというのか、テンションが高く楽しそうな所がそう見えるのかもしれない。

「今日の予定は?」

 大佐の質問に、山縣が答えた。

「大佐は忙しいだろ?用事を済ませたら俺が企業に行けるだけ行く。一応、他の連中とも打ち合わせしてっから、いけると思うんだけど。今日はコイツを東館にぶちこむお仕事があるからな」

「あー……ご愁傷様でごわす」

 心底同情する大佐に、幾久は心配になってきた。

「なんか、オレ、大丈夫なんすか?」

「……約束はいたしかねるでごわす」

 なんとなく幾久が不安なのは、妙に女子が多かったからだ。気のせいではなく、女子が異様に多い。

「まあ、可愛い後輩のために俺様がちゃんと安全策を練っておいた」

 山縣のこういう言葉は信用がおけないと思っていると、テーブルの上に大きな缶バッジをいくつか並べた。派手な色で文字が書いてある。

 幾久はバッジの文字を読んでみた。

「『R18お断り』『現役高校生です』『お使い中です、いじめないでください』『ビギナー』『童貞』なんすかこのバッジ」

 若葉マークを模したバッジもあって、幾久は首を傾げた。

 山縣が言った。

「みたまんま、おめーの事だよ」

「なんでこんないらない自己紹介するんすか」

「ばっか、これがあるとないとじゃ大違いだぞ」

 な、と山縣が言うと大佐は「いい考えでごわすな」と感心していた。

「は?」

「や、これだと確かに後輩殿がR18を購入する心配もないでごわすし、サークル側も安心でごわす」

 大佐の説明によると、この場所では青年向けの本があり、未成年は購入してはいけないのだそうだ。

 勿論、幾久は現役高校生なので購入禁止だが、売り手サイドにそれが判るとありがたいのだという。

 山縣はともかく、大佐が言うのなら間違いはないのだろうと幾久はそれをTシャツにつけることにしたのだが。

「これはいいっす」

 事実だとしても、でかでかと『童貞』などと書かれたバッジなどつける勇気は幾久にはない。

「えー?べつにいいじゃねえか。かっこいいぞ」

「いや、いいっす」

 丁寧に辞退すると、「では折角なのでワガハイが」と大佐がその大きなバッジを胸につけた。

 ふんぞりかえるこのヘンな人を、一体誰が東大生だと思うのだろうか、と幾久は母親の顔を思い出し、世の中って広いなあ、と遠くを見つめたのだった。


 食事を済ませると、大佐は山縣となにかを打ち合わせし、また後で会おうと約束して席を立った。

「じゃあ、俺らも移動するか」

「ウス」

 幾久も一応説明は聞いたが、そうこうしている間に人はどんどん増えてきて、まるで民族大移動みたいになっている。

「昨日も言ったけど、待ち合わせ場所ここな。判るだろ?」

「……多分」

 段々自信がなくなってきたのは、やたら人が増えて風景がおかしくなってきたからだ。どこを見ても人しか見えない。

「始まるまでは俺も一緒に同じ所に行くけど、後はお前一人でどうにかしなくちゃなんねーからな」

 そう話しながら会場の中を歩くが、どこもかしこも人だらけで、しかも全員が同じ方向へ向かっている。

(なんか、大丈夫なのかな)

 幾久の今日の役目は、トッキーこと時山先輩の彼女だという人のお使いだ。目的の場所に行って、本を買う。それだけのことなのだけど、今更だけどとんでもなく大変な目にあうのでは、という気が少しずつし始めた。

「ま、お前が買い損ねても問題はねーよ。フォローできるものを任せるから一冊も買えなくてもいい」

 山縣の気遣いが逆に怖い。本を買いに来ているのに一冊も買えないなんてことがあるのだろうか。

 ざわざわという音がやたら大きくなってきた。

「ここだ」

 山縣の言う場所に入り、幾久はめまいがした。昨日見たやたら広い会場に、満遍なく人があふれていて、そして山縣の言うとおり、どこになにがあるのかという事は、簡単には判りそうになかった。

 山縣の言っていた「戦い」という事場の意味が、決して大げさではなく本当にその通りの意味で、そしてなぜあんなにも準備が必要だったのか、幾久は嫌と言うほど味わうことになった。



 午後一時になり、人の流れがようやく徐々に落ち着いてきた。

 山縣は約束した時計の下で、同じように待ち合わせをしているだろう人の中で幾久を待っていた。

 山縣の両手には大きな紙袋が大量にある。

 運よく今回は連携がうまく取れ、頼まれたものも欲しいものも自分の役は上手に果たせた。

(アイツ、無事ここに戻れるんかな)

 自分で放り込んでおいて何だが、山縣は幾久をちょっとだけ心配していた。

 なにせコミケどころかイベント未体験の幾久を、いきなり女の子の日の中にぶちこんだのだ。

 一応練習と打ち合わせはしたものの、何も買えなくても仕方が無い。幾久は全くのぺーぺーの素人なのだ。

 メッセージには何も入っていないが、これは全くの無事かそうでないかの二択だろう。

 さてどうするか、と山縣が時間を確認したところで、ふらふらの後輩が目に入った。

「あぁ~ガタ先輩、おつかれ、さまっす……」

 言うと幾久はその場に膝をついた。

「お、おお!後輩、よくぞ無事で!」

 山縣が驚くと、幾久の傍には知らない女性の姿があった。年のころは二十台半ばだろうか。このクソ暑かった中でも化粧が崩れていない上にさわやかな笑顔だ。

「あ、先輩いたのね、よかったぁ」

 そう言って笑っているのは山縣も当然知らない人だ。まさか幾久の東京の知り合いでもいたのか?と首を傾げていると、幾久が深々と頭を下げた。

「本当に助かりました。おかげさまで、約束も守れたし」

「いいのよぉ、先輩と無事にあえて良かったね!」

 じゃーねー、と言って女性は笑顔で幾久に手を振って、来た道を帰っていった。

「おい後輩、あれは一体……」

「その前に、す、すわりたい、ッス……本、おもくてしにそうっす……」

 幾久の言葉にめずらしく山縣が素直に頷き、山縣は奇跡的に空いた席を確保すると、幾久に冷たいお茶をコンビニで買ってきてやった。



 山縣は驚いたのだが、幾久は買い物を全て完璧にこなしていた。素人のくせになんでここまで出来たんだ、と驚くと幾久が言った。

「いや、あのバッジスゴイっすね。最初、ガタ先輩の言うとおり並んでたんすよ。そしたら隣の女の人が……さっきの人っすけど、『お使いなの?』って声かけてくれて」

「ほほう」

 幾久のバッジを見て、素人だと判断した彼女は、いろいろ聞いてきたらしい。

「すごいですよ。『お使いのリスト預かってるでしょ、見せて』って言われて、そのまま見せたらすぐにお友達と連絡みたいなのとりはじめて、オレのやつ、ほとんど一緒に買ってくれて。いやー、なんか、すっごい出来るビジネスマンみたいになってて。あ、女の人だからマンじゃないか」

 山縣はその場面を安易に想像できた。

 外見可愛い、素直そうな幾久を被害者と言う名の巻き込まれたパンピーと見抜いた歴戦のアマゾネスは、同じカップリングだけあって全てのサークルをチェックし、仲間で連携して購入に協力してくれたのだろう。

「すごかったっすよ。連携ぱなかったし、お金の計算とかもリストでぜーんぶ一気にしてくれて」

 そう言って幾久がリストを見せた。

 購入したところとチェックしたところに全部ラインが引いてあり、発行されていない本もきちんとその旨書いてある。

「あの人らがいなかったら、買い物なんかできなかったっす」

 スゴイ、スゴイ、と幾久は繰り返すが、こいつ外見で得しやがって、と山縣は思いつつ、それを正直に言うのも癪で、そうだぞ、オタクはすげーだろ、とオタクに対する幾久の誤解を一層強固なものにしておいた。



 一休みしてかるく昼食を取った後、幾久は山縣に連れられ別の場所に移動した。幾久が購入した本と、そのほかのものを梱包して宅急便で送るという作業をするらしい。

「オメー、ここで待ってていいぞ」

 めずらしく山縣が幾久に気を使ったが、幾久は「別にいいっす」と山縣と一緒についていくことにした。

「人多いし、はぐれたら面倒だし。ちょっと休んだら落ち着いたし。それにその荷物、ガタ先輩だけじゃ無理っしょ」

 確かに山縣の荷物は大量で、とてもじゃないが運べそうにない。

「心配いらねーよ。ダチくっから」

 山縣の言うとおり、大佐ではない山縣の友人らしきひとが近づいてきて、山縣と抱擁を交わし、お互いに買ってきたものの精査を始めた。

 山縣の傍に幾久がいるのも、別に気にする様子もなく、互いに軽く頭をさげて、「あ、どーも」みたいにした後山縣とその人は荷物の確認をはじめ、いろいろ打ち合わせると「じゃ!」とその場を離れた。

「お友達なのに、いいんすか?」

 どう見ても用事を済ませただけのようにしか見えないので幾久がそう言うと「後から会うから別にいい」とのことだった。

 山縣は荷物を複数送る必要があるらしく、宅急便の受付だという場所へ向かった。

 宅急便受付といってもテーブルが置いてあるだけで、皆、箱を組み立てたりガムテープで上手に梱包作業しているので幾久は感心した。山縣も購入したダンボールを組み立てて、あっという間に買ったものを入れて崩れないように包んでガムテープで梱包して、幾久は思わず「プロみたいっすね」と言った。

「おめー、暇ならここに寮の住所書け。差出人俺な」

「あ、ハイ」

 山縣に指示され、宅急便伝票の差出人に住所や名前を記入した。いつもなら山縣に命令されたらムッとしてしまうのだが、なんだか今日は楽しくて、素直に聞いてしまう。

 普段やらないことだからかもしれない。

 宅急便を出すのもまた一苦労で、暑い中並んだけれどそれもなんだか楽しいと思ってしまった。

 イベントとは確かによく言ったものだ。

 宅急便を出し終わると山縣のスマホに連絡が入った。

「おい、移動すっぞ」

 山縣が言った。

「どこにっすか?」

「アキバ」

 なんとなくそんな予感はしたけれど、やっぱりな、と今更な気もして幾久は頷き、山縣についていくことにした。


 会場からはゆりかもめで移動したが、山縣のすすめで一駅前から乗ることにした。そうでなければ人が多すぎて、とてもじゃないが乗れないという。

 歩いて移動して、ゆりかもめに運よく座れたので山縣と席についたその瞬間、びっくりするぐらい熟睡してしまった。

 乗って席について、気がついたらもう終点といった風で、幾久は「ワープでもしたかと思った」と驚くと山縣は多分褒めたのだろうけれど、「おめーもそう言うこと言えんじゃねーか」と感心していた。

 新橋から秋葉原に移動して、適当に空いているカフェを探してそこへ入った。

「晩飯は大佐とか他の奴いるけどいーよな」

「あ、ハイ。つか、オレいいんスか?」

「べつに気にしねー」

 山縣がそう言うのならそうなのだろう。幾久は疲れているのもあって、まあいいかと頷いた。


 夕食の時間までまだもう少しあったので、幾久は甘いものを食べることにした。

 ものすごくハードな一日だったせいか、とてもおなかがすいていた。山縣が奢ってくれるというので素直に従って、買ってくれたアップルケーキに食らいついた。

「なんかスゲーうまいっす」

 大げさではなく、体中にエネルギーが染み渡っていくようだ。お使いも無事済ませたし、達成感がものすごくあった。

「今日は悪かったな」

「へ?」

「シロートに無理させて、悪かった」

 きょとんと幾久は山縣を見た。殊勝な山縣なんて珍しすぎて、なにを見ているのか判らなくなる。

「いやー、ガタ先輩が謝るとか。激レアじゃないっすか」

「ま、俺の買い物じゃねーんだけど、本当は」

 実際は時山の彼女さんに頼まれたものらしい。

「時山先輩の彼女さんって、ガタ先輩も知ってるんすね」

「おー。アイツだけは、まあマシな部類の奴だわ」

 女ってろくなんいねーと言う山縣がそこまで言うのなら、本当にいい人なのかもな、と幾久はまだ見ぬ時山の彼女を想像する。

「かわいいっすか?」

「人だな。モンスターでもクリーチャーでもない」

 やっぱり山縣は山縣だった。

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