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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【8】コミケ参加、それが俺のジャスティス【空前絶後】
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パパはコミケを知っている

 父から食事の誘いがあったことを告げると、山縣は「フーン」と答えた。

「じゃ、どういうルートで行くんだ?」

「銀座で待ち合わせなんで、荷物そのままにして移動したほうがいいと思います」

「了解。じゃ、そうすっか」

 幾久がルート説明すると一発で理解した山縣は、さっさと移動していく。

(今更だけど、フットワークが軽いなガタ先輩)

 寮ではごろごろしているか部屋にこもっているので、全く動かないナマケモノレベルだと思っていたのに、ダンスは上手いし、こんな風に動くしで、山縣は理解が出来なさ過ぎる。

 電車の中で、幾久と山縣は話を続けた。

「言っとくけど、コミケとかって単語出すなよ」

「え?」

「てめーのパパンはオタクに理解あんの?」

「……わかんないっす」

 なにせ幾久も漫画アニメとはあまりかかわり無く生きてきたものだから、親がどうかなんて余計に判らない。

「あそ。だったらパパンには『東大の先輩と経済系のイベントのボランティア』とでも言っとけ。それで誤魔化せる」

「そっすか」

 よくわからないことは素直に従っておくに限る。

 面倒がいやなので幾久は素直に頷いた。


 銀座で待ち合わせをして、幾久は父と合流した。

「父さん!」

「幾久」

 父に近づくと、幾久の肩を父が叩いて「元気そうだな」と言った。

 幾久は「父さんこそ」と返す。

「それより父さん、仕事大丈夫?今日はありがとう」

「なに、可愛い息子のためならなんてことない。そちらが先輩の山縣君かい?」

 幾久の父の前で、山縣は笑顔を見せて頭を下げた。

「報国院三年、中期は鳳、御門寮の山縣矜次です」

「話は幾久に聞いているよ。いつも息子がお世話になっております」

「いえ、こちらこそ」

 互いに頭を下げ、挨拶を済ませた。

「じゃあ移動しようか。山縣君、食べられないものやアレルギーなんかはあるかな?」

「基本ないです!」

「判った。勝手だけど店はこっちで選ばせて貰うけどいいかな?」

「あ、おかまいなく。なんでも大丈夫です」

 本当にいつもの山縣とは全く違う、はきはきした態度に幾久は(慣れない……)と思ったのだった。




 三人で向かったのは洋食が有名な老舗のレストランだった。

「ここ、久しぶり」

 幾久が言うと父も「そうだな」と頷く。

 メニューは煮込みハンバーグやソーセージなどのドイツ風のものが人気があり、幾久はここのシチューが好物だった。朝から動いていたのでおなかが凄く空いていることに気付き、シチューのセットのほかにサイドメニューを何品か注文した。

「そういえば幾久、明日からは予定があるんだっけ?」

 父の質問に幾久はうん、と頷いた。

「ガ……山縣先輩とボランティアに行くよ」

「へえ、どこに?」

「お台場だって」

 そう言えばいいと山縣に聞いていたので、素直に答えると、父がああ、と気付いた表情になった。

「お台場でボランティアって、ひょっとしてコミケかな?」

 山縣が飲んでいた水を噴出す手前だったのを、幾久は見逃さなかった。

 動揺を悟られまいとしているが、明らかに山縣は「え?え?」という顔になっている。

「ああ、やっぱり。山縣君はアニメやコミックが好きだと幾久に聞いていたからね。ひょっとしてそうなのかなと」

「……よくご存知なんですね」

 テーブルナプキンで口を拭きながら山縣が言うと、父が苦笑いで言った。

「いや、知り合いの部下にね、山縣君と同じような趣味の奴がいて。明日から三連休を無理矢理もぎ取って行っているから。その部下とも時々飲むんで、少しは詳しいよ」

 にこにこと幾久の父はそう言っているが、山縣はけっこうフリーズしている。

『なんだよお前の親父!知らねーことねーのかよ!びびんじゃん!』

『オレだってそんな父さんがコミケ知ってるとか知りませんもん!』

 二人がひそひそと喋っているのを幾久の父は手を組んで楽しそうに見て言った。

「内容はともかく、ボランティアはいい経験になるし、お前も家にずっと居るのは辛いだろう。そうしたほうが父さんもいいと思う」

 確かにずっと家に居ても、母の干渉がキツイだけだと簡単に想像できる。

「でも、せっかくこっちに戻ったのに」

「楽しく無いなら戻るのが苦痛になるだろう。お前が元気な顔を見せてくれればそれで充分だよ」

 父はそう言うけれど、母も同じように考えているとは思えない。

「でも……」

 母はきっと進路のことをあれこれ言ってくるだろう。

「今日は父さんが一緒だし、明日からも山縣君が居てくれるだろう?先輩がいるのに、わざわざ何か言ってきたりはしないよ」

 ナルホド、と山縣が納得した表情になった。

「それよりも山縣君は漫画に詳しいんだろう?父さん、実はけっこう楽しみにしてたんだ」

「へ?」

 幾久は間抜けた声を出した。山縣も少し驚いた表情だ。

「実は幾久にも内緒にしていたんだけど、父さんサッカー漫画が大好きでな」

「えっ」

 確かにサッカー漫画のキャプテン翼を昔持っていたのは知っているけれど、そこまで好きと言うほど好きだなんて知らなかった。

「確かに父さん、サッカー好きだもんね」

 幾久のサッカー好きは父の影響だ。

 ヨーロッパサッカーも父に教わって見始めたし、幼い頃幾久にサッカーを習わせたのも父の勧めだった。

「山縣君が漫画に詳しいと聞いていたので、なにか面白いものはないかと聞きたかったんだ」

 幾久の父の言葉に、山縣はがぜんやる気になった。

「お父様世代でしたら、やはりキャプ翼は外せないでしょう」

「ああ、全シリーズ持ってる」

「え、スゲエ」

 山縣のつい出た言葉に幾久は驚く。

(ガタ先輩が漫画で『スゲエ』とか言うの、聞いたことがないや)

「うーん、でしたら、おれ……ぼくが読んでるのは、ジャイキリとか、十一分のとか」

「ああ、どっちも読んだよ。どちらもサッカーが題材だが全く視点が違って面白い」

 幾久は二人が会話をするのを呆然と見ていた。

 父と話ができる山縣にも驚くが、山縣と話ができるくらいに父がサッカー漫画を読んでいることも知らなかった。

 二人はいろんなサッカー漫画を出してきて会話が盛り上がっているが、幾久はわけがわからない。

 実際、山縣に借りて読んだものはいくつかあるし、面白かったとも思うのだが、父がこんなに詳しいなんて。

 二人は本当に食事を楽しみながら、会話をしているといった風だった。

 話を聞くだけになってしまったが、父の意外な部分が見れて幾久は少し驚きながら、父と山縣という組み合わせにも、意外なものだな、と変な感心をしていた。


 食後にコーヒーが運ばれてきたので、飲んでいると父が幾久に尋ねた。

「で、幾久。進路はどうするかは決めたのか?」

「うん。殆ど決まってるみたいなもん」

 心はとうに、報国院に残るほうへ傾いている。

「でも」

「でも?」

「……なんか逃げじゃないのかなって」

 幾久の言葉に父も山縣も幾久を見つめた。

「いまオレが所属してる寮ってすごい自由で楽しいんだ。先輩も楽しいし、学校の環境も悪くない。けど、なんだか自分が逃げているだけなんじゃないのかなって。それっていいのかなって考えるんだ」

 元々、高校は通っていた中等部からエスカレーターで上がるはずだった。だけど幾久は問題を起こして結果報国院へ逃げるように入学した。

 今となっては報国院に入ったことを後悔はしていないし、運が良かった、とも思っているし、父のおかげとも思っている。

 だけど、本当にこれで良かったのだと思っていいのだろうかという疑問が幾久にはあった。

「報国院に逃げて、たまたまそこが気に入った、っていうのもあるかもだけど、結局逃げてる言い訳にしかしてないんじゃないのかなとか。逃げている自分を正当化したいがために、報国院がいいと決め付けているのかもしれない」

 だから判らない。そう幾久が言うと、父親は目を細めて微笑んでいた。

「自分で考えるようになったな、幾久」

「え……そう?」

 自分ではそうは思わないが、父は満足そうに頷いていた。

「でも、考えても判らないんだ。自分が間違っているのか、正しいのか」

 今は絶対に報国院が楽しいし正しいと思える。

 だけど将来もそう思えるのだろうか。

 幾久にはそれが判らない。

 母親に『将来どうするんだ』と言われたときに、言い返すほどの強さと覚悟がまだなにもない気がする。父はコーヒーを一口飲むと、カップを置いて幾久に言った。

「父さんは間違っているとか正しいとか、そんなことは、正直どうでもいいと思ってる」

 えっと幾久は顔を上げた。

「自分の頭で考えて、今はこうだって決めたらそれが最善。悪くなるかどうかなんて、判らない。将来なんか尚更だ」

 将来をきちんと考えて今の職業についているだろう父の思いがけない意見に、幾久は目を見開いた。

「良いと思ってしたことも悪い結果を生むことがあるし、その逆もある。何がどう、なんて簡単にはわからない、と父さんは思う」

「大人でもそうなの?」

「誰でもそうだ。大人でも、子供でも」

 父は続けて言った。

「正しさなんか所詮、数の多さか後々の結果論でしかない。いまどうする、位しか誰も判断はつかないものだ」

「そんなものなのか……」

 少し幾久はがっかりとした。

 正しい答えが父からなら聞けると思ったからだ。

「お前が将来『報国院に行ってよかった』と思えば今の判断は『正し』くなるし、『報国院に行って損した』と思えば今の判断は『間違って』いることになる」

「えー、だったら将来の思い様じゃん」

「そうなるな」

 幾久の意見に父はなぜか嬉しそうだ。

「そんなもんでいいの?正しさとかって」

「その程度なんだよ、『正しさ』ってものはな」

 父の言葉は妙に重い気がして、ちらっと山縣を見る。山縣は、難しい顔をしているが、我関せず、といった態度だ。

「あのさ、聞きたかったんだけど。父さんは、なんで報国院にオレを入れたかったの?」

 息子を同じ学校に入れるのはロマンがあるといわれればそれまでだけど、幾久にはこの父が、あえて全く知らない、幾久に知らせもしなかった学校になぜ入れたのかが判らずに尋ねた。

「……なんでかな。やりのこした事を、お前に変わりにやって欲しかったのかもな」

「やりのこした事って?」

 父がそんなことを残すようには見えないのだが。

 父は苦笑して幾久に言った。

「馬鹿な友達と、思う存分一緒にバカをやることかな。毎日楽しかったけど、父さんの生活にはちょっとだけ、バカが足りなかったんだ」

「バカ……」

 ちらっと山縣を見るとしっかり視線に気付いた山縣が「あぁん?」みたいな目で幾久を見てきたので、幾久は慌てて目をそらした。

「幾久、もしまだ本当に決まっていないならゆっくり考えれば良い。前期が無理なら中期までだっていいんだぞ?」

「うん。ありがとう。でも決めるよ」

 もう心は決まっている。だからあとは、宣言するだけだ。本当に自分が責任持って、自分の言葉で父にきちんと告げるべきだ。

 だけど、もうちょっとだけ考えてみたいから。

「帰るまでには、言う」

「そうか。じゃあ楽しみにしておこう」

 父はそう言うと、コーヒーを飲み終わり、テーブルナプキンで口元を拭った。

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