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【海峡の全寮制男子高】城下町ボーイズライフ【青春学園ブロマンス】  作者: かわばた
【8】コミケ参加、それが俺のジャスティス【空前絶後】
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有明よ、私は帰って来た

 四ヶ月ぶりに戻った東京は、長州市と同じくらいに暑い。

 ガンガンに冷房が効いた飛行機を降り、搭乗橋を歩いている最中でも、窓から照りつける太陽の暑さにうんざりする。

 冷房が効いてもこんなに日差しが強いのに、外に出たらどれ程だろう。

 おまけに、正直言えば家に帰るのがおっくうだ。

 だけど寮が閉鎖されてしまうのだから、行く場所も無い幾久には、帰省しないわけにもいかない。

(いやだなあ)

 暑さにも、これから数日のことにもうんざりする幾久とは真逆に、先輩の山縣は楽しそうだ。

 いつもは眠そうな目をして不機嫌なのに、今日は朝からテンションだだ上がりで、ありえない事に山縣が幾久を起こしに来たのだから、一体何がそんなに楽しいのかと思ってしまう。

「どうした後輩!久しぶりの東京だってのにそのテンションは!」

「……ガタ先輩は元気ですね」

「俺はいつだって元気だゾ☆」

 てへぺろっと舌を出してウィンクするが、やはり両目が閉じている上に気持ち悪い。

「変なもん見せないでください。気分悪くなるんで」

「なんだよノリ悪ィな後輩、上げてこーぜ!」

 上がるか。

 そう思っても浮かれまくっている山縣に突っ込む元気もなくなってしまう。

(家に帰るだけならともかく、ガタ先輩がうちに泊まるとか)

 はぁ、と幾久はため息をつく。

(なんで父さん、OKなんかしちゃったんだよ)

 まさか、本当に山縣が幾久の家に泊まりにくることになるなんて。

(悪夢だ)

 ああ、と幾久は何度目か判らなくなるほどのため息をついた。

 山縣は楽しげに、さっさと動く歩道にのっかって、鼻歌を歌っている。空港内なのに行き先を間違えず、迷っていないあたり東京にはよく行っているのは本当なんだな、と納得した。



 ことの発端は七月末にさかのぼる。

 東京への帰省をしなければならないなと考えていた幾久だったが、山縣は東京往復の飛行機のチケットを幾久に許可なく、勝手におさえていた。

 山縣いわく、「お盆時期ギリギリにチケットなんか取れるか」ということで、「俺様が気を効かしてとっといてやったぞ」ということらしいのだが、山縣が幾久のためだけにそんなことをするはずがないのを、幾久はよく知っている。

 案の定、山縣には目的があった。

 幾久が帰省している間、どうやら山縣には東京に用事があるらしく、その間幾久の家に泊まる気満々だったのだ。

 山縣が家に泊まるなんて冗談じゃない。

 そもそも、家にはあのヒステリックな母親が居る。

 山縣のテンションを見たらどんなレベルの低い学校に入ったのかと絶対にヒステリーをおこすだろう。

 幾久の母親は、幾久が報国院に通っていることを快くは思っていない。

 東大に入れたいと望んでいるのに、地方の学校なんかに行ってしまっては無理だと思っているからだ。

 幾久の味方は報国院に行ってから東大に入り、官僚になっている父だけだが、その父もなにかと忙しいらしく、幾久が帰省している間中は家にずっといるというわけにもいかないらしい。

 そんな自分の事だけでも頭がいっぱいなのに、山縣が家に泊まりにくるとか冗談にもほどがある。

(絶対に絶対に、冗談じゃない!)

 そう思った幾久だが、意外なことに山縣は幾久の父と直接話をして、帰省の事や泊りの事を説明するという。


 あの山縣が。


 ネットスラング満載の、常識がなくてテンションがおかしい山縣が、真面目な父とまともに話なんかできるはずもない。


 幾久はそう思って、山縣のいつものノリとテンションで父に話をし、そのテンションに引いた父に断られてしまえばいいと、そんな風に思っていたのだが。


 父親に話がしたいという山縣に、幾久は自分のスマホを渡して父に「先輩が帰省について話があるそうなんだけど」と電話を渡したのが間違いだった。


 山縣のことだから『ウェーイWWW』などというノリでやらかすと幾久は信じていたのだが。

「乃木君のお父様でいらっしゃいますか。ぼく、乃木君と同じ寮に所属しております、三年鳳、山縣矜次と申します。はじめまして」


 誰だ。

 幾久は目と耳を疑った。

 しかしいくら疑っても、山縣の顔をして常識的なことを言う、幾久の見たことの無いモンスターは幾久の父となごやかに会話をすすめていた。


「いえいえ、お世話になっているのはぼくたちのほうです。乃木君は寮の仕事を進んでやってくれて、本当にぼくたち上級生も助かっていまして。ええ、とても頼もしい後輩です」


 だから誰だよ。ぼくたちっていま、ガタ先輩が言ったんだよな?たのもしいってなんだよおかしい。動揺する幾久を尻目に、山縣は幾久の父と話を続ける。


「実はお父様にお伝えしなければならないことがありまして。乃木君の帰省についてなのですが。ええ、はい。実はぼく、報国院の同級生と経済系の部活をやっておりまして、収益があるのですが、乃木君がそれに協力してくれたんです。はい、とても助かりました」


『踊ってみた』のどこが経済系の部活なんだよ。

 確かに報国院にはそういった部活もあるらしいけど、全く山縣とは関係ないはずだが。


「乃木君はその自分の収益を使って、自分の力で帰省したかったとのことで。ええ、お父様を驚かせたかったようですよ。そこで今回の急なお知らせとなったのですが。突然のことでお詫びいたします」


 山縣は一体どうしてしまったのだろうか。それとも目の前に居る山縣は中身がなんか違うのだろうか。

 おのれ、正体を現せ!とかって塩でもぶちまけてやったらいいのかな。そう考えていたのだが。

「いえいえ、そんな事はありません。ええ、乃木君もお父様にはどうやってお伝えしたらいいかと悩んでいる様子で。じゃあ、ぼくが連絡してあげるよと。いえいえ、そんな」


 だからぼくって誰なんだよ。心の中で突っ込む幾久をよそに、山縣は父と話を続けた。


「そこで、お詫びついでと言っては大変失礼なのですが、実はぼく、進路をお父様と同じく東大を目指しておりまして」


 ハァ?ガタ先輩マジで東大狙ってんの?つか何言っちゃってんの?確かに父さんは東大だけど!


「すでに旧知の先輩が東大に所属しておりまして。そこで是非、夏休みの間に一度、サークル活動の関係で顔を合わせないかと先輩からお誘いがあり。ええ、ぼくも東大に入ったらそこに所属する気でおりますので、夏休みには是非にと思っておりまして。ええ、はい、数日程度、え、本当ですか?ありがとうございます、ええ、乃木君が一緒ならぼくも東京で心細くないなあって」


 言葉はかわいらしいのに、山縣の表情は凶悪だ。

 ずっと狙っていたモンスターを見つけて狩る瞬間みたいなゲス顔で電話で話している。

 しかもこっちを見てニヤリとしやがった。

 ということはつまり。


「ええ、はい、ありがとうございます!是非!」


 幾久にはいやな予感しかしなかった。

 山縣がニヤニヤしながら告げた。

「では、乃木君にお電話かわりますね」

「―――――父さん!」

 幾久はひったくるように電話を取ると、父に話しかけたのだが。

『幾久、お前の寮にはいい先輩がいるんだな』

 いねー!いません!少なくとも今のは全然いい先輩なんかじゃねー!

 と叫ぼうとしたのに、山縣が幾久の肩に腕を回し、勝ち誇った顔でスマホを見せた。音声は消してあるが、それを見て幾久はざーっと青ざめた。

 というのも、山縣が見せたのは、幾久と山縣と時山が三人で正体を隠して踊っているあの動画だったからだ。正しくは、踊っているのが山縣と時山。

 二人の背後でダンボールをかぶり、シュールにトライアングルを鳴らしているのが幾久。


『ばらされたくねーだろ?』

 山縣の口が確かにそう動いた。

 信じられないような目で山縣を見ると、山縣は嬉しそうに親指をぐっと立てて見せた。

「……うん、そうだね……」

 他人事のようにそう言うと、父が告げた。

『詳しい話は山縣君に聞いたよ。幾久、すごいじゃないか、帰省代を部活で自分で稼いだなんて。父さん、誇らしいぞ!』

「……はい」

 それが正しく経済的ななんか部活的なものならきっと幾久も自慢げに父に言っただろうけれど、実際は踊るアホウのサポートメンバーでのあぶく銭だ。

 褒められても正直辛いというか心が痛い。

『山縣君が東大を目指していて、しかも数日東京に来たいというそうだから、是非うちに泊まって貰うように父さんからもお願いしておいたから』

 余計な事を―――――ッ!

 父さんともあろう人が、なんでホイホイガタ先輩なんかに懐柔されてるんだぁああ!


『いろいろ用事もあるとのことだ、どうせならお前が先輩を案内してあげなさい。そのほうがお前も、帰省中は気が楽だろう』

 いや、あの母親と山縣と、どっちと関わるかなんてそんなのどっちもどっちというかなんかどっちも最悪というか。

 父親としては気を使ってくれているのだろうけれど幾久にとってはどっちも最悪でしかない。

 しかしにこやかに幾久の参加している動画を見せ付ける山縣に逆らえるはずもなく、幾久は「……うん」と言うしか出来なかった。


 そして現在に至る。

 山縣の行動は早かった。

 ちゃっちゃと準備を進めており、チケットも空港までの足も、なにもかも準備済みだった。


 木曜日の夕方には御門寮も閉鎖されるとのことなので、その日には全員寮を出るのだが、幾久と山縣は早めに寮を出ることになった。

 そして寮からタクシーで空港へ向かい、東京まで飛行機で二時間。

 父親にメッセージで到着したと連絡を入れはしたが、幾久たちは家にすぐに向かう訳ではない。

 山縣の用事があれこれあるらしいとの事だった。

 父親からは返信が早速あり、無事着いてよかった、とのことと、山縣先輩によろしくとあった。

(なにがよろしくだよ。本当にどうしてこうなった)

 頭を抱える幾久だが、山縣はさっさと進んでいく。

「おい、荷物受け取りにいくぞ」

「はいはい」

 幾久と山縣は空港の荷物受け取り場所へ向かった。

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