真夜中のダンシング幽霊
「本当に赤根って奴は普通に良い奴でさ。見てると正直時々羨ましいんだよ。間違わないし、信じるし。けど、おいらはそれを信じられないし、間違ってることがあるのも知ってる。だから疑う。ぶっちゃけ、間違ってるのは御門のほうだよ。でもさ、御門ってそういうもんじゃん」
「……」
「間違ってても、ズレてても、おかしくても、御門ならそこに居る連中がOKならオッケーなんだよ。だってそいつらの世界なんだからさ。違う世界のルールを持ってきて、そっちのほうが声がでかいとか、世界がでかいから正しいんだとか言われても、ここじゃ違うんだぞ、ここだけはここだけのルールがあるんだって、そういう場所あってもいいじゃん」
時山の言葉はまるで、つっかえた塊を吐き出しながら喋っているような、そんな風に幾久には感じた。
「だからおいらはさ、御門すっげえ好きだった。けど、どうしても居られない理由があるから、出ていくしかなかった。別にそれはいいんだ、仕方の無いことだから」
「だから、御門に来るんですね」
遠く真夜中に、誰にも見つからないように。
多分、時山にとって、御門寮という存在は、救いなのだろう。
「ここの連中、気付かないふりしててくれて。なんかそれってさ、ありがてーじゃん。同情されんのもまっぴらだし、かといって来るなってのも辛いし。無視されんのってさ、虐めっぽいけど尊重した上での無視っていじめと違うんだよな。正しい放任っつか。なんかあっても自分等が責任とらなきゃなんないの、判った上で黙ってくれるなんてさ、懐広いよなって思う」
「懐は確かに、広いかも」
ただし身内に限り、ということはあるが。
「いっくんさ、前おいらが言ったこと覚えてる?」
「ああ、あの普通に正しい、とかっすか?」
「いっくんが間違っても、あいつらわざわざ教えてくんないって言っただろ。あれ訂正するわ。いっくん大丈夫だよ。そもそもいっくんは間違えない奴だった」
「はぁ」
「だからいっくんは御門っ子なんだな」
「意味がよくわかんないっす」
「いいんだよ理由なんかなんだってさあ」
うまい棒をかじりながら、時山は言った。
「ほんっと、御門っていいよなぁ……」
ゆっくりとそう語る時山に、戻ってこれないのかなと思ったけれど、きっとそれはなにか理由があるのだろうと幾久にも判る。
喋っていると、ひょいっと山縣が現れた。
「お茶」
「うぃっす」
幾久はちゃぶ台の上にある茶櫃から湯飲みを取り出し、時山も飲んでいた麦茶を注いだ。ついでに幾久は自分の湯飲みにもお茶を注いだ。
山縣はずずず、とお茶を啜りながらタブレット端末を時山に見せた。
「次回なんだけど、これ参考にしてーけど、どう?」
「おおー、きょーちんやるじゃん。おいらもそれやってみてえなって思ってた」
二人でタブレットをのぞきこんで、誰かのダンスを見ている。
「けどこれってさ、ストリップだろ」
ブーッと幾久が飲んでいるお茶を噴出した。
「な、な、な、」
「きったねえな」
山縣がちっと舌打ちするが、幾久は顔を真っ赤にして動揺していた。
「ストリップ……?ガタ先輩、脱ぐんすか?」
幾久の言葉に時山がばんっとちゃぶ台を叩いて爆笑した。
「ちげーよいっくん!ストリップじゃなくて、ストリップ・ダンス」
「違いがわかんないっす……」
「ストリッパーの人がやるダンスだけど、実際に脱ぐわけじゃなくてさ、そういうイメージでやる種類のダンスがあるんだよ。こう、エロくさーい動きでやるんだけど、かっけえよ」
「はぁ」
「けどこれ相当難いぞ。ヒール履いてなんかできるか?」
「できねーとつまんねえだろ」
「ヒール……」
なんかよく理解できない世界の話をしてるんだな、と思って幾久はそれ以上深く理解するのをやめた。
「あ、それとな、これお前の分。トッキーのは振込んどいたから」
「りょ」
山縣が封筒を出し、幾久へ渡した。
「なんすか、コレ?」
「言ったろ。動画のおめーの取り分だよ。経費はもう落としてあるから気にすんな」
「はぁ。あざっす」
言って受け取り、封筒の中を覗き込んで幾久は封筒を閉じて、そしてもう一度中身を見る。
「……ガタ先輩、なんか中身間違ってる」
「は?間違ってねーよ。明細ちゃんとあんだろ」
「いやいやいや」
封筒を開けると、そこには万札が何枚も入っている。なんだこの大金は。
びっくりを通り抜けて幾久が山縣を見ると、山縣が面倒そうに明細を広げた。
「だからさあ、これが動画の収入な。で、こっちがカンパみてーなもん。で、これが広告収入。機材の分は維持費しかかかんねーから、ほぼ三等分で」
「えぇえ……これ、大金じゃないっすか」
「たりめーだろ。バイトしてんのと同じつったよな、俺」
確かに山縣は、バイトをする時間を勉強にあてたい、そしてバイト代は自動的に稼げるシステムにしたいとか言っててそれは幾久も知っていたけれど。
(これ、ヤバイんじゃないのかな)
幾久の手元にあるのは、高校生のアルバイトとしてはけっこうな大金だ。
土日だけのバイトじゃ、これだけにならないだろう。
「ガタ先輩、悪いことしてないっすよね?」
「合法だ。安心しろ」
「その言い方がもう違法感、ぷんぷんするんすけど!」
「なんだよいらねーなら返せ」
「いやいりますあざっす」
そこはもう、やはり貰えるものは貰っておく。
「ちゃっかりしてんのな、いっくん」
時山が面白そうに言うが幾久は「当然っす」とふんぞりかえる。
「でもこんだけあったら、帰省も自分でできそうっすね」
東京に帰省するには交通費がかかるので、少し心苦しかったのだが、これなら突然自分で帰ることもできそうだ。
ところが、また山縣が思いがけない事を告げた。
「あ?東京のチケットならもうとってるぞ?」
「は?」
「どうせ寮閉鎖されんじゃん?だからお前帰るしかないじゃん?」
「そう、っすけど……」
どうして山縣が?と幾久は突然いやな予感がした。
「だいたいさあ、お盆時期に新幹線も飛行機も、ギリギリにチケットなんか取れるわけないだろ。取れる瞬間に争奪戦に決まってんじゃん」
「いやそれは判りますけど」
「だから、この俺様がチケット取っといてやったの。感謝しろよ!あ、支払いはその中からちゃんと引いてるから。明細入ってるだろ?」
「……はぁ」
おかしい。
山縣がただの親切で高杉みたいなことをするわけが無い。
幾久だってそのくらいはもう理解できる。
明細を見ると、『東京ー北九州往復飛行機運賃・他雑費』となっていて、その分が確かに引かれていた。
日にちも書いてある。
出発は八月の中旬の木曜日。
寮が閉まる日で、帰りが月曜日。
「……なんでこの日程なんですか?」
別に山縣に帰省するとかいつからとか、そんなことは一度も相談したことがないはずだが。
山縣はふんぞりかえって幾久に告げた。
「なんでって。俺がその日に用事があるからに決まってんだろ」
「……なんでガタ先輩の用事にオレの帰省が関係あるんすか」
「何言ってんだよ後輩」
どんっと山縣が幾久の肩に腕を回した。
「どうせ帰りづれーだろ?この先輩のガタ様が、一緒に帰ってやってるつってんだよ」
「えーっ!」
あまりにも思いがけないことに幾久はつい大声を上げてしまい、山縣が慌てて幾久の口を手で押さえた。
「夜中に大声出してんじゃねーよハゲ!静かにしろ!」
「だって、そんなのオレ聞いてないし!」
「言ってねえもんな」
「なんでそんな勝手なこと!」
「別にいいだろ。先輩が後輩の家に泊まってなにがわるいんだ?」
「えっ……ガタ先輩、まさかうちに泊まるつもりじゃ」
「他にどこ泊まんだよ。お前んち都心で便利そうじゃん」
「ちょ……ちょっと待ってくださいよ……そんな親にも帰省とか詳しく説明してないのに」
あまりのことにめまいまでおこしそうだ。頭を手で押さえると山縣が楽しそうに言う。
「だったら俺が説明してやっから心配すんな。てめー母親とはあんま付き合いよくねーんだろ?明日てめーのパパンに俺が説明すっから」
「ガタ先輩が……?父さんに……?」
いや、だったら逆に大丈夫じゃないか?ガタ先輩がまっとうにそんなことを言えるとは思わない。
『チーッスwwwwいくひさくんの先輩のガタですおwwwww』とかなんとか言ってくれれば父さんもドン引きして断ってくれるに違いない。うんきっとそうだ、そうに違いない。
幾久は山縣の非常識さに賭けることに決めた。
「よろしくな後輩。心配スンナ、最高の夏休みにしてやるから覚悟しとけ」
ばっちんとへたくそなウィンクをしてみせたつもりだろうけれど、どう見ても両目が閉じている。
「あー……うん、はい、もうどうでもいいです……」
諦めモードの幾久に、時山は楽しそうに見ている。
完全に面白がっているだけだ。
「いいなーガタ。行ってらっしゃい。おみやげよろ」
「ちゃんとリストと金よこせよ」
「判ってるって」
あ、本気だ。山縣先輩本気で行くし本気で泊まるつもりなんだ。
(大丈夫、大丈夫……きっと父さんなら、上手にガタ先輩を断ってくれる!」
そう幾久は失礼にも信じていたのだが、幾久は山縣の知らないスキルをまた知らされてしまう事になるのだが、それはまた後日の話になる。
「さっ。そろそろ練習はじめるか!」
時山が立ち上がり、山縣も体をひねる。
「俺今日すっげえ調子いいからな。とばすぜ」
「おお~期待期待」
ふっと格好をつけるものの、手には大量のペンライトだ。
「早めに切り上げてくださいね。オレ眠いんで」
幾久は二人を撮るカメラを用意して、虫除けスプレーと蚊取り線香を抱えて縁側から出て行く山縣と時山を追った。
ぐるぐると回る鮮やかなペンライトの光が御門寮の夜に舞う。楽しげな声は明け方近くまで、東屋の中で響いていた。
貴耳賎目・終わり