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【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【青春】  作者: かわばた
【1】喧嘩にはじまり、花見で終わる【合縁奇縁】
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不安と山と海の青

 追加の試験を受けた二週間後、入寮式のある金曜日になった。

 幾久は朝、家を出たが母親は寝たままだった。

 母の選んだエスカレーター式の学校を蹴って父の母校に行くのがまだ許せないのだろう。

(仕方がないか)

 父が笑顔で空港まで送ってくれたので、ちょっと嬉しかったし、一人で搭乗口に向かう時は、ぐっときた。

 二週間前に乗ったばかりの飛行機に乗り、小さな空港に到着すると、先々週と同じようにタクシーで学校まで向かった。

 東京から飛行機で二時間の本州端の港町、長州ちょうす市。

 幾久の高校生活は、今日から始まった。



 タクシーで報国院の校門前、つまり神社の前に到着すると、新入生らしき人が沢山居たので幾久は迷うことなく学校へ向かうことが出来た。

 試験のときは時間に追われて訳が判らず迷ってしまったが、神社の境内から入り、学校へ向かうと迷うほうがおかしいというくらいに判りやすい。

 地元の子が多いのか、誰もが友人と来ているようだ。

 いいなあ、とそんな人を横目で見ながら、でもまあ、一人は気楽でいいか、とも思った。


【報国院男子高等学校

 新入生入寮式会場はこちら】


 そう書かれた看板に従い、上履きに履き替えて幾久は校舎内に入っていく。

 ぞろぞろと全員が向かったのは、学校内にある学生食堂だった。

 かなりの広さがあり、新入生が全員入っても余裕なほど広い。

 改装されたばかりなのか、新しく綺麗でお洒落なカフェといってもいいくらいだ。

 入り口の名簿でチェックを済ませると、どのテーブルに着くかのカードを渡される。

 幾久が渡されたテーブルは奥にある場所だった。

 六人がけのテーブルに『御門(みかど)寮』と書かれたカードが立ててある。

 他の寮はテーブルがいくつも用意されている感じなのに、幾久の寮はこのテーブルひとつだけのようだ。


(六人くらいしか、いないってことかな)

 少なくとも六人以下、という事だろう。

 できれば一番大きな、パンフレットに載っていた報国寮が良かったがそれは叶わなかったようだ。

 ちょっと残念だな、と思いながらも食堂が綺麗だし、ま、悪くもないか、と幾久は思う。

 生徒が受付を終えて、全員が席に着き、入寮式の時間まであと五分程度、になったとき、隣のテーブルから話しかけられた。



「なぁ、君、御門寮?」


 同じ一年生だろうが、隣のテーブルの席だ。

 寮の名前は『恭王(きょうおう)寮』とあった。

「たぶん……」

 渡されたカードには、幾久の名前と寮名がある。

「そうだと思うけど」

 そう返すと話しかけてきた恭王寮の子はいぶかしげに幾久に尋ねた。

「なんか問題でもおこした事あるとか?」

「は?」

 突然の事に幾久が驚いていると、さらに続けて言った。

「だってさ、御門寮って問題児ばっかって有名じゃん」

「そ、うなの?」

 尋ねるとその子は頷く。

「寮生の数も物凄く少ないし、学校から一番遠いし隔離されてるし。有名だよ。知らなかったの?君、問題起こすタイプに見えないけど」

 そう言われて、幾久は頭が真っ白になった。幾久が起こした問題とは、やはり中学で人を殴った事だろう。

 ということはこの学校で最初から厄介者扱いにされているということだろうか。

「ちょっと、顔色悪いよ」

 恭王寮の子は余計な事を言った、と謝ったが、幾久は力なく首を横に振るしかできない。

 多分、その子の言う通りなのだ。

 自分はやはり問題児扱いで、ここでも居場所はそのポジションしかないのだ。

 どうしてこんな遠くの学校を選んだのだろう。

 同じ問題児ポジションに追いやられるなら、元々居た学校の方が楽だったのかもしれないのに。

 がたがたと椅子を正す音が響く。

 幾久以外、誰も『御門寮』のテーブルにつくものはない。

 つまりは一人、ということだ。


 入寮式が始まり、先生がマイクを持ち、挨拶を始めたが、幾久の耳にはろくに届いていなかった。



 入寮式は三十分程度で終わった。

 きちんとした式ではなく、あくまでも新入生への寮への手引きや注意事項だけで、詳しくは寮へ行って先輩に聞け、という事だった。

 それぞれが寮への地図を貰い、移動を始めたが幾久は地図を貰っても、そこがどこだか全く判らない。

(本当だ、遠い……)

 寮全部の場所がその地図には書いてあるが、幾久の入る御門寮だけがやけに遠い。

 せめて誰か他に居ればいいのに、幾久がそう願っても結局最後まで誰も『御門寮』のテーブルには来なかった。

 まさかたった一人だけとも思わず、しかも問題児の入る寮とも知らず、この町がほとんど初めてだというのにここまで移動しろというのか、と思うと不安で泣けてくる。どうしようと考えて座ったままでいると、テーブルに誰かが近づいてきた。

 髪の毛先をオレンジ色のバレイヤージュカラーに染めて、ネックウォーマーをしていて目がぱっちりと大きい。

 人好き、というか女の子に人気が出そうなタイプの人だ。

 幾久に近づいて、にこにこと笑顔で尋ねてきた。

「乃木幾久君、だよね?」

 小首をかしげて尋ねられ、幾久は思わず頷いていた。

「そっかー、幾久なら、いっくんだね」

「は?」

「じゃ、行こうかいっくん。寮までごあんなーい」

 そう言うと幾久のリュックをひょい、と軽く持ち上げる。

 勝手にぐんぐん進んでいく人に、幾久は慌ててついていった。


 校舎を出て、靴を履きかえる。

 上履きをリュックに突っ込むと、さっきの人が靴を履き替えて待っていた。

 身長は幾久より十センチくらい高く、細い雰囲気なのに体はがっしりしている。

 運動部なのかもしれない。

 格好は私服だろう、パーカーの下は薄いニット、ジーンズの裾をまくりあげ、黒いサンダルを履いている。


 さっき首にしていたネックウォーマーを頭に移動させ、ヘアバンドにして額を出していた。なんというか、チャラい雰囲気の人だ。

 幾久の事を知っているということは、他の寮のようにこの人が世話役の先輩なのだろうか。

「あの、」

 意を決して話しかけた幾久に、先輩らしき人が言った。

「あ、自己紹介まだだった。わりわり。おれ、吉田栄人(よしだえいと)。えいとって呼んでね。御門寮の二年生!よろしく!」

 手を差し伸べてきた栄人に幾久も手を伸ばすと、ぎゅっと握られぶんぶんと振られる。

「乃木幾久です。よろしくお願いします」

 ぺこ、と頭を下げると栄人は、よろしくねーと楽しそうに返事をする。

「じゃ、とっとと行こうか。ちんたら歩いたら二十分くらいかかんのよ。頑張ってね!」

 そんなに歩かないといけないのか、面倒くさい。そう思ったが仕方がない。

「うわーガッカリしてるね。ま、慣れちゃえばたいしたことないって」

「はぁ」

 そりゃ慣れればなんだってたいしたことないと思うけど。

「道はねー、ちょっと曲がるけど基本一本だから!覚えやすいから!」

 そりゃ道なんか基本一本だろ、と思ったが突っ込むのも面倒くさい。

「テンション低いなーいっくん。なに?なんかやなことでもあった?」

「……問題児ばっかって、マジですか」

「へ?」

 栄人がきょとん、と幾久を見た。

「さっき聞いたんですけど。御門寮って問題児ばっかって」

 やはり自分のように問題を起こした人ばかりなのだろうか。

 そう不安になる幾久に栄人は噴出した。

「もーなにそんなガセ信じてんだよー。ないない。そんなのないって、うちは超優良児しかいないから。健康じゃないのは居るけど」

「そう、なんですか」

「そーだよぉ。なんだ、そんなガセまだ生きてんだー逆におもろーい」

 栄人が言うので、幾久はほっとした。

「そっか。ガセなんだ」

「まー、たまに問題おこすけど、問題児じゃないよ。あ、おれは起こさないほうの人だから」

 え。

 幾久は耳を疑った。

「問題起こすって……」

「大丈夫。うちの学校、犯罪は即退学だから」

「や、そうじゃなくって、問題起こす人居るんですか?」

「なに言ってんの。そりゃ誰でもたまには問題位、起こすっしょ。だからって別に問題児じゃない訳だし」

「問題起こす人を、問題児って言うんじゃないんすか、普通」

 あああああ、やっぱりだ。やっぱり問題児なんだ。

 希望を持った自分が馬鹿だった。解釈がずれているだけできっとこの人も問題児なんだ。

「だからおれは、起こさないほうの人だかんね。誤解しないでよっ」

「してませんよ」

 してない。多分、なんかいろいろきっと問題なんだ。

 ああ、どうしよう。今更入学も入寮もなかったことに、とかできないよなあ。

 肩を落とす幾久に、栄人はぽんっと軽く肩を叩いて言った。

「見つからなければ大丈夫」

 なにがだ。

 そう言いたかったが、今更引き返すことが出来るはずもなく、幾久は不安を抱えてとぼとぼと栄人の後をついて歩いた。



 学校から寮までの道は二十分足らずと聞いた。

 だが絶対にこれは二十分以上経っているだろうと疑う余地もなかった。

「いっくん、ばてたー?」

「ばてますよそりゃ……」

 なんだこのアホみたいな坂は。

 急激な坂を上ったかと思うと、ひたすら住宅地を歩いている。

 そして今度は急な下り坂だ。こんな場所、毎日歩けとか、冗談じゃない!ガチで杖が欲しい。

「なんですかこれ。山登りでもあるまいし」

 呆れて疲れて文句を言うと、栄人が言う。

「山だよ」

「は?」

「ここ、山だから。さっきのとこが頂上で、いま下ってんの」

「は……ははは……」


「いまは下りだから、ちょっと楽でしょ」

「しんどいです」

 あまりにも急な下り坂は逆に体に負担がかかると初めて知った。

 もういやだこの学校もこの寮も。

(絶対に転校だ!父さんが駄目だって言っても、奨学金貰ってでもやってやる!)

 名前書くだけで合格とか、毎日山登りで学校に通うとか、問題児が入る寮とか、なにもかもが嫌過ぎる。

 いっそ高校浪人でも良かったと思い直しているくらいに幾久は今の状況を後悔していた。

 だらだらと汗が流れる。

 しんどすぎて眩暈がしそうだ。

 ふと、疲れて一瞬屈む。

「休む?」

「……ちょっとだけ」

 はあ、と息を吐く。

 いくら嫌でもこの場所から逃げるわけにはいかないし。

 そう考えながら顔を上げた瞬間、幾久の目に青い色が飛び込んできた。

「―――――海、」

 思いがけない光景に、驚いて目を見開いた。

「あー、そうそう、こっから見えるんだよね」

 見た事がないほどの鮮やかな青だ。

 山の合間から見える、青い海と、数々の船。

「ちょっと歩いたらすぐに海があるよ」

 そうだった。ここは港町なんだった。

「すっげえ、真っ青だ」

 絵の具のような緑色の山の合間から、深い青が覗いている。小さな家々の屋根も見える。

 子供の頃に行った海水浴場の色とは全然違う、絵のような風景だ。

 疲れがふっとんで、ちょっとした感動を覚えた。


「遊泳禁止で泳げないし、最近は貝も掘れないけど」

「貝って居るんですか?」

 驚いて幾久が尋ねると、栄人は「いるよー」と言う。

「このあたりの貝は食えないけどね。ま、おれは食う派だけど」

 いや、深くは尋ねまい、と幾久は思う。

「潮干狩りしたいなら一緒にいこっか。ちゃんと取れる所があるよ」

「オレ、潮干狩りってしたことないです」

 どういうものかは知っていても、実際はしたことがない。

 母がそういうのが嫌いだったせいだ。

「えーマジで?じゃさ、今度潮干狩りいこっか!」

「早速遊びに行く計画っすか」

 まだ入学もしていなければ寮にもたどり着いてないのに。

 だが栄人は言った。


「潮干狩りは遊びじゃねえ。立派な狩りだ」


 なぜか急に気合を入れて言う栄人に幾久はソウデスカ、と片言のような返事をした。



 山を下るとゆるやかな坂道が見えた。

 道路沿いの左手には小さな川があり、綺麗な水が流れていて、坂道を下っていく途中に門があった。

(ほんっと、ところどころ時代劇)

 学校も神社内にあったし、町並みも城下町の風情を残しているせいだろう。

 雰囲気はとてもいい。

 冷たい空気に疲れた足が軽くなるような気がした。

 暫く歩くと長い長い土塀が続く。

 まるでお城の塀みたいだ、と思いながら歩いていると、栄人が足を止めた。

「はい、とーちゃーく!」

 塀の途切れた先にあったのは、まるでお城の前みたいな、大きな黒い門戸だった。

「えーと……すみません、どこに到着したんですか?」

「ん?寮だよ?」

 どこがだよ。

 思わず声に出そうになったほど、そこは寮、という雰囲気ではなかった。

 どう見てもお城の門に、お城の壁だ。

 ぽかんとする幾久にかまわず、栄人は閉じられた大きな門ではなく、門の脇にある小さな扉を押した。

 栄人について中へ入って、幾久は目を見開いた。

「す、っげ」

 やっぱり寮、じゃない。寺、料亭、むしろ高級旅館じゃないのか、というような立派な庭だ。

 苔むした庭に上等そうな石がいくつも並べられ、石畳は小さな川のようにうねった道筋を作っている。

 庭は見事で、そこかしこの木もきちんと手入れされている。庭の奥は山にしか見えない。

「じゃ、ひょっとして、さっきの道路脇の長い塀って、全部ここ?!」

 幾久がたっぷり5分は歩くほど、小川沿いに塀は続いていた。ということはあれが全部、この寮の敷地内ということなのか?驚く幾久に栄人は笑って頷いた。

「そうそう、広さだけはあるんだよねーうち」

 だけは、っていうが半端ない。

 幾久はぐるりと庭を見渡す。

 庭には大きな池があり、そこには橋が架かっている。

 池の途中の小島を越えて、もうひとつ橋を渡ると池の向こう岸だ。

 一目で庭が見渡せない。塀の中はまるで別世界だ。

 水がどこからか流れ落ちる音も聞こえるし、森林浴をしているみたいに、鳥の鳴き声も聞こえてくる。

 門から石畳の通路を通り、一軒の大きな和風の家の前に到着した。

 家、というより旅館のようだ。


 玄関前には【御門寮】という木の看板がかかっている。

 名前だけは寮には違いないようだけど。


「ただいまー!いっくんつれてきたよー」

 言いながら栄人が玄関をがらりと開ける。

「そこに靴脱いで。あ、靴箱あるけど、履かない靴はそん中ね」

「あ、ハイ」

「それとそれ、お客さん用のスリッパ。暫く使っていいけど、スリッパいるなら自分で用意ね。なんでもいいから」

 おれはあるやつテキトーに使うけど、と栄人は笑って言う。

 廊下を上がり、ある部屋の前で襖を開けた。

「たっだいまー!いっくん登場―!」

 ぽんっと背中を押されて入ると、そこは畳の座敷で、座卓を囲んで数人の先輩が居た。のだが。


「えらい時間かかったの。寄り道しちょったんか?」


 聞き覚えのある言葉と声。

 そして見覚えのある明るいオレンジ色の派手なジャージ。

 幾久は、ばっと顔を上げた。

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