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8/17

襲撃の殺し屋

ルシタが準備してくれた朝食に、デリフィスはほとんど手を付けなかった。


腹を満たすことで、緊張感を失いたくなかったのだ。


ユファレートは、ルシタと屋内にいる。


デリフィスは、玄関前で外を見張っていた。


ルーアとティアが、ユリマとかいう娘が入院している病院へ向かってから、三時間ほどは経過したか。


あれから、敵の姿は見かけない。

あの襲撃はなんだったのか、と思ってしまう。


だからといって、気を緩めたりはしない。


ユファレートが、ひょっこりと玄関から顔を出した。


「……どうした?」


「魔力の波動を……感じたような……」


眉間に皺を作り、きょろきょろと辺りを見回している。


「……気のせい……かな?」


「いや……」


魔法に関してのことならば、ユファレートの言うことは全面的に信用していい。


周囲に、意識を向ける。

近くに、身を隠せるような物はない。


気付かれずにこの館まで近付くのは、ほぼ不可能だろう。


魔力の波動。

ユファレートが、気のせいではないかと思うほど、微弱な。


デリフィスは、森へと眼をやった。


八百メートルほど離れているだろうか。


距離はあるが、誰かが潜むとしたら、そこしかない。


眼を凝らした。

なにかが、森の中で動いているような気もする。


デリフィスは、数歩だけ森へと進んだ。


「ちょっと、デリフィス!」


「……中にいてくれ」


わかっている。

まず優先すべきは、ルシタを守ること。


少しだけ近付き、様子を窺うだけだ。


「もうっ!」


ユファレートが家の中に引っ込み、だが、またすぐ出てくる。


ルシタも連れていた。

短弓を手にしている。


「少しだけなら、扱えます」


「……」


咎めるように視線を向けると、ユファレートは頬を膨らませた。


「どう考えても、デリフィスの側が一番安全でしょ」


デリフィスは、溜息をついた。

誰かを守りながら剣を振るのは、苦手だった。


また数歩、森へと近付く。


森から、なにかが飛び出した。

おそらくは、『コミュニティ』の兵士。


多い。何十人もいる。

だが、こちらには来ない。

街へと向かっている。


指揮を執っているのは、長身の男だった。


距離があるためまだはっきりと判別できないが、ローブを着ているようだ。


デリフィスが森を注視していたことを、向こうも気付いているだろう。


(……向かってこない? 街へ撤退している?)


なにか、街で緊急事態でもあったのだろうか。


好機かもしれない。


追撃する側と撤退する側では、どちらが有利か。

考えるまでもない。


人数差があるが、敵は背を向けているのである。

かなりの数を倒せるだろう。


敵が、動きを変えた。

時間稼ぎだろう、十五人ほどの兵士が、向かってくる。


あとの兵士や長身の男は、街へと移動を続けていた。


「……ほら。デリフィスが刺激するから」


ユファレートは不満そうだったが、デリフィスは構わなかった。


これくらいの数ならば、確実にルシタを守れる。


そして、少なからず敵の戦力を減らせる。


もう、森には近寄らなかった。

街へ向かった連中のことは、しばし忘れる。


まずは、突出した十五人を、確実に殲滅することだ。


魔法で一掃されることを恐れたか、横に拡がりながら向かってくる。


「……少し下がってろ」


剣を抜いて、デリフィスは前に出た。


先頭の兵士が、斬り掛かってくる。


(……雑魚だ)


多少の訓練は受けているようだが、相手ではない。


デリフィスが剣を一閃すると、後続を巻き込みながら吹き飛んだ。


他の兵士は、デリフィスに向かってこない。


川に突き出た岩を水が避けるように、デリフィスをよけてユファレートやルシタの方へと向かっている。


「フォトン・ブレイザー!」


ユファレートが杖の先から放った光線が、二人の兵士を貫く。


自分を避ける兵士に追い縋り、デリフィスは一人二人と斬っていった。


兵士が、ユファレートたちに接近する。


ユファレートは、落ち着いていた。


「ヴォルト・アクス!」


電撃がユファレートの周囲で弾け、また二人が焦げ付く。


デリフィスの斬撃に、兵士が武器ごと体を両断される。


「ルシタ!」


雄叫びのようなものが聞こえた。

キュイが、猛烈な勢いで葦毛の馬を走らせている。


ひらりと馬から降りると、ルシタの元へと駆け寄った。


別の方向からは、馬車が向かってきていた。

引いているのは、軍馬のようだ。


少し離れて停車した馬車から降りたのは、シーパルだった。

手を突き出す。


「フォトン・ブレイザー!」


光線が、遠距離で弓を引いていた兵士を撃ち抜いた。


これで、負けるはずがない。

デリフィスは、そう確信した。


残った兵士は六人ほどか。

すでに、逃げ腰となっている。


一人たりとも逃がすつもりはない。


今後のためにも、敵の戦力は削れるだけ削っておく。


背中を向けた兵士を、デリフィスは追いかけようとした。


だが。


(……なんだ!?)


不意に突風のようなものを感じて、デリフィスは足を止めた。

総毛立つようなプレッシャー。

森の方向からである。


森から出てくる、小柄な体躯の人影。

長い両腕。

左手には、『拒絶の銀』。

右手に、紫色に妖しく光る刃。


ズィニア・スティマが、不敵な笑いを浮かべている。


◇◆◇◆◇◆◇◆


トンスが、まずいことをした。

黙って見ていたズィニアは、そう思った。


トンスは、ダンテに指示されて、兵士を街へと帰す指揮を執っていた。


上手くいっていたのだ。

少しずつ撤退させ、すでに三分のニ以上の兵士は街に戻っていた。


だがそこで、トンスは変な色気を見せた。


キュイの館を、遠距離から魔法で狙撃しようとしたのである。


通用するはずがなかった。

あそこには、ユファレート・パーターがいる。


クロイツやハウザードのような規格外を除けば、あの女は世界でもトップクラスの魔法使いだろう。


案の定気付かれたのか、デリフィス・デュラムとユファレート・パーターが、こちらが潜伏している森へと向かってきていた。


トンスが慌てだしたのが、眼に見えてわかる。


大規模な戦闘になり、軍隊を呼ぶことだけは避けたかったのだろう。


残った兵士を、一気に退却させようとした。


敵は、近付きつつある。

十五人ほど、足止めに出したようだ。


おそらく、全滅させられるだろう。


余計なことをしなければ、ダンテの指示通り全員街へ返せたのに、愚かな男だ。


足止めの兵士が、次々と討たれていく。

全滅は、時間の問題に思えた。


さらに、キュイが戻ってきて、ユファレート・パーターたちと合流した。


そして、もう一人。

シーパル・ヨゥロの姿を認め、ズィニアは低く笑っていた。


ダンテには、邪魔をするな、と言われている。


そして、邪魔はしない、と約束した。


今、ダンテはここにいない。

トンスも去った。


そして、できるだけ生かしておこうと考えてもいたテラント・エセンツ、ルーア、ティア・オースターもいない。


殺す対象である、ユファレート・パーターとシーパル・ヨゥロは揃っている。


敵は、四人。

優れた魔法使いが二人いる。

デリフィス・デュラムは、かなりの剣の使い手である。

キュイだって、侮れない。


だが、陣形が目茶苦茶だった。

距離が離れすぎていて、まともな連携がとれそうにない。


それも当然だった。

陣形は、勝負に勝つためにある。

そして、彼らはすでに勝者だった。


あとは、逃げ惑う敵にとどめを刺すだけという状態であり、陣形は不要なのである。


(今しかねえだろ……)


今行かないで、いつ行くというのか。


厳しい相手だ。

五分五分の勝負となる。


いや、自分が返り討ちに遭う可能性の方が、高いかもしれない。

だが、やり遂げてみせる。


ズィニアは、魔法道具を抜いた。

左手には、『拒絶の銀』。

右手には、『蟲の女王』。


(第一の標的、ユファレート・パーター……第二の標的、シーパル・ヨゥロ……)


『蟲の女王』の刃が、蟲の羽音のようなものを響かせ、紫に輝く。

これで、わずかでも傷をつけてやればいい。

それで、殺せる。


察しのいい彼らのことだ。

一度の戦闘で、『蟲の女王』の能力を理解してしまうだろう。


そうなると、最優先で警戒されてしまう。


だから、チャンスは一度きり。

この一度の戦闘で、ユファレート・パーターとシーパル・ヨゥロの二人を殺す。

最悪でも、どちらか一人は殺す。


全身に、力が漲る。


「いくぜぇ……!」


これほどの緊張感は、いつ以来だろうか。


ズィニアは、地面を蹴りつけた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


息が詰まるのを、シーパルは感じた。


突如として現れたズィニア・スティマが、異様な速度で向かってくるのである。


だが、まだ距離はある。

魔法使いが、簡単に戦いを制することができる距離。


シーパルは、腕を振り上げた。


ズィニアが、細かいステップを何度も入れ、走る向きを変える。


「う……くっ!」


動きが速すぎる。

狙いを定められない。


人の動きを読む技能には自信があるつもりだったが、ズィニアの横の動きに、まったく眼がついていかない。


以前、もっと速い相手と戦ったことがある。


瞬間移動の魔法を連発する、ゴーンという『悪魔憑き』だ。


あの時は、捉えることができた。

眼と勘と、魔力の流れで追うことができたからだ。


ズィニアは、ゴーンにそれほど劣らない速さで向かってきている。


魔法の力に、頼ることなく。


「ヴァイン・レイ!」


放った光の奔流は、ズィニアに軽くかわされた。


ユファレートが、杖を向ける。


「ギルズ・ダークネス!」


だがそれも、明後日の空間を闇が侵食するだけだった。


回り込むように移動していたズィニアが、走る向きをまた変えた。


その先にいるのは、ユファレート。


(まずい!)


ユファレートを狙っている。

彼女では、ズィニアに接近されたら抗し得ない。


だがその間を、デリフィスが遮る。


デリフィスだけが、ズィニアの動きに反応できていた。


ズィニアが、大砲で撃ち出された砲弾のような勢いで、デリフィスに突っ込む。


受け止め切れず、デリフィスの体が後方に弾かれる。


デリフィスは、倒れなかった。


無理な体勢から、長大な剣を振り上げる。


ズィニアが、跳んだ。

信じられないような跳躍だった。

ニメートルは跳んでいるのではないか。


デリフィスも、その剣も跳び越える。


ユファレートとズィニアの間に、障害がなくなった。


キュイが横から斬り掛かるが、それも弾かれる。


「フォトン……!」


なんとかユファレートが光線を放つが、ズィニアが『拒絶の銀』を振ると、あっさりと霧散した。


(援護が……!)


間に合わない。


ズィニアが、ユファレートに迫る。


だが、その前進速度がわずかに鈍る。


ズィニアの眼前を、矢が通り抜けたのだ。


誰もが意表を衝かれた。

矢を放ったのは、ルシタだったのである。


その間に、おそらく殺されるのも覚悟で、キュイがズィニアの腰にかじりつく。


キュイの背中に腕を叩き付け、引き剥がすズィニア。

また、ユファレートに迫る。


「エア・ブリッド!」


シーパルは、魔法を解き放っていた。


キュイとルシタが、少しずつ時間を稼いでくれた。

だから、間に合う。


ズィニアを狙ったものではない。

それでは、かわされるか『拒絶の銀』で消されるかする。


キュイを巻き込むことになるかもしれない。


シーパルが狙ったのは。


「きゃん!?」


風塊の直撃に、ユファレートが小さく悲鳴を上げる。

地面を転がるユファレート。


ズィニアが振った紫の刃は、ぎりぎりのところで空を斬っていた。


ユファレートを追おうとするズィニアの前に、回り込んだデリフィスが立ちはだかる。


ズィニアの、舌打ちが聞こえた。


「しゃあねえなぁ……」


呟き。


「順番変更だ」


ズィニアが、体の向きを変えた。

相対するのは、シーパル。


「……!」


息を呑み、シーパルは後退した。

ズィニアが、弾かれたように駆け出す。


キュイが背後から追い縋るが、追い付きそうにない。


「フレン・フィールド!」


力場を発生させるが、他の魔法を発動させた直後である。

普段のような強度を出せない。


ズィニアが突き立てた左手の『拒絶の銀』に、力場が砕け散る。


短槍を投げ付けるが、右手の紫の小剣に、払いのけられた。


ズィニアが、接近してくる。


「くっ!」


咄嗟に、シーパルは覚悟を決めた。


次、左手の『拒絶の銀』が振られるだろう。

それは、かわせない。


かなりの深手を負うことになる。


だが、死にさえしなければ、傷は癒せる。


とにかく、即死だけは回避することだ。


意識を、『拒絶の銀』を持つズィニアの左手に集中させる。


ズィニアが、腕を振った。

左腕ではなく、右腕を。


短槍を払ったばかりの腕を無理矢理振り、強引に斬撃を繰り出してくる。


「!」


虚を衝かれた。

シーパルの左手の甲を、紫の刃がかすめる。


デリフィスとキュイが、ズィニアに追い付いた。

背後から斬り掛かる。


体を反転させて、二人の斬撃をなんとか受け止めるズィニア。


そのまま弾き飛ばされ、地面を転がる。


シーパルは、ズィニアに掌を向けた。


ズィニアは、明らかにミスをした。


『拒絶の銀』でシーパルを攻撃していたら、こうして魔法を放つことはできなかったかもしれない。


相手のミスには、付け込むことだ。


「ル・ク・ウィスプ!」


ユファレートの声と重なった。

百発近い光の弾丸が、至近距離から体勢を崩しているズィニアを襲う。


空間を灼き、地面に穴を穿ち、土埃が立ち込める。


(……嘘……でしょう……!?)


土埃から飛び出したズィニアは、無傷だった。


光の弾丸のほとんどをかわし、わずかに体に着弾しそうなものは、全て『拒絶の銀』で打ち消していた。


シーパルの前で、デリフィスとキュイが壁になる。

隣に、ユファレートが並ぶ。

ルシタは、さらに後方についた。


ゆらり、とズィニアが立ち上がる。


「いやぁ……剣呑剣呑っと。さすがに厳しい」


と、視線をこちらに向けてきた。


「けど、まあ、及第点か……」


ズィニアが、駆け出した。

こちらではなく、シーパルが乗っていた馬車へ向かっている。


「パナ! ドーラさん!」


二人も、馬車から降りていた。

パナを庇い、ドーラが構える。


御者台にいたキュイの部下が、慌てて剣を抜き、二人の前に出た。


ズィニアは、三人には手出しをしなかった。

間を擦り抜け、駆け去っていく。


兵士たちなど、とうにいなくなっている。


魔法で狙撃はできなかった。

パナたちが巻き添えになってしまう。


(……まあ、いいとしましょうか)


シーパルは、安堵から息をついた。


際どいところだったが、みんな無事だったのである。


わずかに血が滲む左手の甲の傷を、シーパルは魔法で塞いだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


なにかが体の中で動くのを、シーパルは感じていた。

胸の辺りだろうか。


手を当ててみる。

心臓が、鼓動を刻んでいるだけだった。


キュイの館の中である。

デリフィスやユファレートと、現状の確認をしている最中だった。


パナやドーラのことを、みんなに紹介したところで、急に息苦しさを感じた。


体が熱く、視界が薄暗くなる。

鼓動が、頭の中でうるさい。

他の音がよく聞き取れないほどだ。


「……シーパル?」


テーブルの向かいに腰掛けていたユファレートが、シーパルの変化に気付いたか、怪訝な顔をする。


なんでもないと手を振り、シーパルはデリフィスを捜した。


なにかを伝えなければならないという衝動に、襲われている。


彼は玄関から、外を見張っていた。


またユファレートに名前を呼ばれたような気がして、シーパルは彼女に眼を戻した。


(僕は……)


なにを話している途中だったか。

妙に記憶が曖昧だった。


まるで、酔っ払っている時のようではないか。


ユファレートの顔が歪み、回転しているように感じられた。


床が見えて、次いで天井が視界に映る。


どうやら、椅子から転げ落ちたらしい。


「なにをやって……」


デリフィスが、少し声を荒げて近付いてくるのがわかる。


シーパルは、天井を見上げていた。


体が熱い。

特に、左手の甲がじくじくと痛むように熱い。


(そうか……)


ズィニアに、傷を付けられた箇所だ。


あの紫の剣。

ズィニアは、それでばかり攻撃してきた。


こだわっていた、と言ってもいい。


あれは、傷付けた者の体内に、毒か病原菌を流し込む魔法道具。


(毒……の方ですね、多分)


解毒の魔法が、脳裏に浮かぶ。

だが、無駄だろう。


毒を消し去るには、術者が毒の成分を知らなければならない。


魔法道具から発生した、特別な毒だろう。


ならば、ズィニアから魔法道具を奪い、解析して毒の成分を知る必要がある。


そして、魔法道具の解析には、普通は数年以上掛かる。


それまで、命が持つとは思えない。


体内で、なにかが暴れている。

魂が、ここから出せと言っているのだ、とシーパルは思った。


意識を失い、それからまた目覚めた。


みんなを捜した。


シーパルがどうなるか、みんな、戸惑いながらも察したのだろう。


パナは眼に涙を浮かべ、ドーラは薬を捜しているのか、荷物を漁っている。


キュイは強張った表情をして、ルシタは唇を震わせていた。


なにか、デリフィスがユファレートに怒鳴っているようだ。


もう、耳が聞こえない。どうやら、魔法で治すように言っているようだ。


ユファレートは、泣きながら首を横に振るだけだった。


いくら彼女でも、理解していない毒は消せない。


伝えなければ。

もうすぐで死ぬということを、シーパルははっきりと自覚していた。


だが、まだ眼を閉じるな。

伝えるのだ。

他のみんなが生き残る可能性を、少しでもあげるために。


もう少しの間だけ、しっかりしていろ。


「デリ……フィス……」


ちゃんと言葉になっているだろうか。

自信はない。

耳がもう聞こえないのだ。


それでも、シーパルは唇を動かした。


「あの……紫の剣です……。あれは……毒を与える……」


デリフィスは、静かに頷いた。

その瞳には、いかなる嘆きも怒りも窺えない。


一見すると、冷酷なようにも思える。


本人も、自身のことを冷酷だと考えている節がある。

だが、それは違う。


彼の中にも、熱いものが確かにある。


それは、一年近く共に旅をして、知ったことだ。


ただ彼は、勝負師だということなのだろう。


ここで嘆き悲しんでも、なにもならない。


だから冷静に、シーパルが遺す言葉を聞き逃さないよう、耳を傾けているのだ。


おそらく、デリフィスは気付いている。


それでも、忠告に意味はあるはずだ。


推測が確信に変わるくらいの効果はある。


「ズィニアの狙いは……ユファレートです……。守って……ください……」


また、静かにデリフィスは頷いた。


「ユファレート……」


ユファレートは、ぼろぼろと涙を零している。


それが、とてつもなく光栄なことに思えた。


「絶対に……一人にならないよう……。気をつけて……ください……」


もっと他に、伝えたいことがある。

だがシーパルは、言わなかった。


もうすぐ死ぬ人間が、言うべきことではない。


(良かった……)


先程の戦闘では、守り切れたのだ。


紫の剣で斬られたのがユファレートではなく、本当に良かった。


ユファレートは、兄に裏切られ、辛い想いをした。


胸が張り裂けるような想いだっただろう。


このうえ死ぬなんてことになったら、あんまりではないか。


他のみんなを捜した。

もう、眼がよく見えない。


パナには、もっとちゃんと謝らなければ。


ヨゥロ族のせいで、ヨゥロ族として生まれたせいで、彼女は一生残る傷を、心にも体にも付けられた。


ヨゥロ族として、彼女には謝罪をしなければ。


いくら謝っても、許されることではないが。


ドーラには、感謝の言葉を。


彼が、パナの命を救った。

そして、心の傷を癒し続けている。


ヨゥロ族の過ちを、彼が後始末してくれているのだ。


礼を、言わなくては。


キュイとルシタは、どこにいるのだろう。


随分と世話になった。

この夫婦を見ていると、なにかほっとした。


戦いで疲れきった心が、癒されるのを感じた。


どうか、末永く幸せでいて欲しい。


伝えたいことは、いくらでもある。


だが、最早言葉を発することもできない。


(パウロ……ごめんなさい)


先に逝った従兄弟の姿が、浮かんだ。


その意志を、継ぎたかった。

彼の無念を晴らし、仇を討ちたかった。


(けど……僕もここまでのようです……)


走馬灯、というやつかもしれない。


これまでの人生の思い出が、次々と思い浮かぶ。


五歳で、魔法を使えるようになった。


そして、パウロと共に、おかしな訓練を受けた。

冬眠のようなこともさせられた。


訓練の辛さに、泣き出したこともある。


族長候補、そして族長の甥として、一族の中で甘やかされて育った。


甘やかされていたのだということが、今ではよくわかる。


パウロと、ヨゥロ族の未来について、夜通し語り合ったこともある。


語る理想は青臭く、だが純粋だった。


パウロが族長となり、自分はその傍らで支える。


そんな将来を、信じて疑わなかった。


一族の中で、おかしな動きがあった。


シーパルを族長にしようと考える者がいたのだ。


争いになることを避けるため、シーパルは一族を離れた。


もし一族に残っていたら、どうなっていただろう。


一族のみんなを、守ることができただろうか。


それとも、一緒に殺されていただろうか。


テラントとデリフィスと出会った。


街のならず者たちと、争いになっていた。


理は、二人にあるようだった。

そして、ならず者たちは二十人以上いた。


手助けをしようとしたが、必要なかった。


彼らは武器も抜かず、周りの誰も傷付けず、そして必要以上に痛め付けずにならず者たちをのした。


それに、感心した記憶がある。


声を掛けられたのは翌日、道端で魔法医の真似事をしている時だった。


手助けしようとしたことを、二人は気付いていたらしい。


倒したい者がいる。手伝ってくれないか。


まるで友人を食事に誘うような、気楽な言い方だった。

それに、つい頷いてしまった。


まさか、敵がこんな巨大だったとは。


そして、ルーアやティア、ユファレートと出会った。


パウロと再会し、衝撃の事実を知った。


テラントとデリフィスと知り合ってからの一年は、まさに怒涛のような日々だった。


少し、視界が明るくなった。


ユファレートが、シーパルのために涙を流してくれている。


デリフィスは表情を殺し、だが奥歯を噛み締めている。


また、幼い頃の記憶が脳裏に浮かんだ。


(そうか……)


不意に、思い付くことがあった。

闇に差し込む光のように、それは閃いた。


(僕で良かった……)


紫の剣で斬られたのが、ユファレートでもデリフィスでもなく。


もちろんパナやドーラ、キュイやルシタでもなく。


この僕で、良かった。


呼吸が苦しい。

眠りにつこう。シーパルは、眼を閉じた。

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