狙撃
「日照権の問題とかで、訴えられろ」
四階建ての館を見上げながら、ルーアは呻いた。
テラントの両親の家である。
王城の側だった。
間違いなく一等地だろう。
辺りには、必要以上に巨大な館が、いくつも並んでいる。
正午を過ぎていた。
朝からなにも食べていない。
招き入れられて豪勢なランチでも、と考えていたのに、理不尽にもルーアとティアは、足を踏み入れることは許されなかった。
『坊ちゃまの大親友です』と主張しても、なぜか信用されない。
テラントにフォローを求めても、汚物を見るような視線を送ってくるだけだった。
「なぜ俺のことを信用しない……いつも紳士的に振る舞っているというのに……」
館の様子が気になるのか、塀の外でぴょんぴょん跳ねていたティアが、動きを止める。
ルーアに視線を送り、なにか言いたいことがあるのか口を開きかけ、だが思い止まったのか、また館に視線を戻す。
「俺はここに格差社会を見た。裏でなんかやましいことをしているに違いない」
門番たちが、あからさまに不審者を警戒するような雰囲気で、ルーアたちを見ている。
通りすがりの通行人たちも、訝しそうに眺めてくる。
「喉は潤ったが、腹が減った。客人の持て成し方を知らんのか」
家政婦らしいふくよかな女性が紅茶を持ってきてくれたが、すでに飲み干している。
ティーカップは、迷惑そうな顔をしている門番たちに返した。
「とにかく……」
「ねえ、ルーア」
館から聞こえてくる怒鳴り声を気にしていたティアが、溜息をついた。
「さっきからぶつぶつうるさい」
「……納得いかねえんだよ。なんで締め出されねえといけないんだ」
「だって……ルーアって基本、あれじゃない」
「あれ?」
「赤チンピラ、みたいな」
「うるせえんだよ、必殺料理人め」
怒鳴り声は、テラントが館に入った時からずっと続いていた。
テラントの父親のものらしい。
外まで聞こえるくらいだから、相当の声量だろう。
最初はテラントも怒鳴り返していたようだが、今は父親の声しか聞こえない。
内容を聞き取りたいのか、ティアはずっと聞き耳を立てていた。
ルーアは、あまり気にならなかった。
親子の確執など、どこにでも転がっている話だ。
テラントのことだから、怒鳴られてしょんぼりというわけではないだろう。
きっと、シラけた表情で片方の耳に小指を突っ込み、ほじくっていたりしているに違いない。
待つことしばし。
疲れた様子のテラントが、のろのろと館を出てくる。
追い掛けるように怒鳴り声も聞こえてくるが、テラントが玄関を閉ざすとそれも聞こえなくなった。
苛々しながら、ルーアたちの方へ向かってくる。
「くっそ……、こっちの話なんか聞きやしねえ」
ぼやくテラントに、ルーアは口の端を上げた。
「いい気味だ」
「あー、すっげえストレス溜まる。なんかに八つ当たりしたい。誰でもいいから殴りたい」
「物騒なこと言いながら俺の胸元掴んでんじゃねえ!」
「それで、結局どうなの?」
ティアに問われ、テラントが顔をしかめる。
「取り付く島もなかったよ」
息子が危機だというのに追い返すとは、確執は根深いものなのかもしれない。
あるいは、息子なら大丈夫と信用しているのか。
そうだとしたら、なかなか歪んだ父親の愛情である。
「どうするの?」
ティアが、ルーアとテラントを見比べる。
ルーアは、テラントの手を振りほどいた。
「キュイさんの館に戻るしかねえだろ」
結局は、振り出しに戻ることになるのか。
キュイの館を出て、かなりの時間が過ぎている。
ユファレートやデリフィス、ルシタは無事だろうか。
時刻を確かめる感覚で、空を見上げる。
「!?」
いきなり、空を電光が駆け抜けた。
立て続けに、二発、三発。
「なんだ!?」
魔法による遠距離狙撃。それはわかる。
誰が放ち、誰が攻撃されているのか。
発射地点も着弾地点も、ここから何百メートルも離れている。
通りの向こうに見えるビル。
アパートだろうか、屋上から電光は放たれているようだ。
攻撃されているのは。
「……王宮?」
その方角だった。
(……『コミュニティ』か?)
王宮にある『ヒロンの霊薬』を、『コミュニティ』は狙っている。
動き出したのかもしれない。
アパートと王城。
アパートの方がわずかに近いか。
それだけの理由で、ルーアはアパートへ駆け出した。
走りながら、判断が遅れてやってくる。
間違えてはいない。
王城ならば、対魔法使いの部隊もいるだろう。
おそらく、堅固な防護フィールドで守られてもいる。
そちらへ向かうよりも、狙撃手を討つことが最大の援護になるはずだ。
テラントが、すぐに横に並ぶ。
「無理してついてくるなよ!」
少し遅れている背後のティアに、ルーアは大声を上げた。
安全そうな所に、隠れていてくれてもいい。
ある程度の判断力は、ティアにもあるはずだ。
ティアは、黙してついてくる。
どこまでも、安全な所で待つという選択ができない女だ。
ルーアは溜息をついた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
突然だった。
感じ取った、破壊の魔力の波動。
ユファレートは、馬車から飛び出した。
打ち下ろすような角度で、電光が向かってくる。
反射的に魔力障壁を張り巡らすが、電光はユファレートたちを直撃しなかった。
城壁に当たり、不可視の防護フィールドに掻き消される。
だが、再度電光は放たれていた。
防護フィールドの力場の影響か、いびつに軌跡が捩曲がり、堀へと着弾して巨大な水柱を立てる。
三発目。
今度こそ、ユファレートたちに直撃するコースで向かってきていた。
『ヒロンの霊薬』の入手の失敗に、打ちひしがれている場合ではない。
「ルーン・シールド!」
魔力障壁を張り直し、電光を受け止める。
強烈。魔力障壁越しに伝わる衝撃に、ユファレートは歯を噛み締めた。
(わたしたちを、狙って……)
まず、間違いないだろう。
そして、修正に成功したか、狙いが正確になってきている。
突然開始された戦闘に、通りの人々は騒然となっていた。
その民衆の間から、見え隠れするいくつかの殺意。
剣を抜いたデリフィスが、前に出た。
城門が開き、ロデンゼラーの兵士の一団が出てくる。
鎧が対魔処理されているのが、ユファレートにはわかった。
対魔法使い用の部隊だろう。
ユファレートは、馬車の位置まで後退した。
「パナさん、ドーラさん! いざとなったら、お城の方へ逃げてください!」
人々の間を縫い、『コミュニティ』の兵士が向かってくる。
デリフィスが剣を振り上げた。
巨大なハンマーで殴り付けたような鈍い音と共に、兵士の体が真っ二つになる。
民衆から、悲鳴が上がった。
ユファレートはすっかり慣れてしまったが、一般人には刺激が強すぎる光景だろう。
一般人が多い。
直線的な魔法を使うと、巻き込んでしまう。
できるだけ引き付けてから、ユファレートは魔法を発動させた。
「ヴォルト・アクス!」
近接用の電撃魔法が、兵士二人を灼き払う。
すぐに、ユファレートは狙撃されることに意識を向けた。
だが、攻撃はこない。
左右から襲いくる兵士を、ほとんど同時にデリフィスが斬り倒す。
「ヴォルト・アクス!」
ユファレートは同じ魔法を発動させて、また兵士二人を倒した。
そこで、はっと気付く。
「デリフィス、伏せて!」
背後からデリフィスにしがみつき、押し倒す。
これまでよりも数段強力な電光が、遠距離から放たれていた。
狙いは正確になっている。
間が開いたのは、より強烈な一撃をお見舞いするためか。
「ルーン・シールド!」
片膝をついた状態で、周囲の一般人も包み込めるように、できるだけ広域に魔力障壁を展開する。
直後に、衝撃が襲い掛かってきた。
「……っ!」
意識が眩む。
それでも、ユファレートは防ぎきっていた。
おそらく、誰も死んでいない。
だが、魔力の余波を浴びたのだろう。
倒れている人々が大勢いる。
「大丈夫ですかっ!?」
声を上げて立ち上がり。
「ユファレート!」
デリフィスの警告。
「……!」
高度な魔法を放った直後だからだろう。
ごく小さな電光が向かってくる。
だがそれは、死角からの一撃。
視野の死角ではない。
狙いは正確になっている。
間が開いたのは、より強烈な一撃をお見舞いするためか。
「ルーン・シールド!」
片膝をついた状態で、周囲の一般人も包み込めるように、できるだけ広域に魔力障壁を展開する。
直後に、衝撃が襲い掛かってきた。
「……っ!」
意識が眩む。
それでも、ユファレートは防ぎきっていた。
おそらく、誰も死んでいない。
だが、魔力の余波を浴びたのだろう。
倒れている人々が大勢いる。
「大丈夫ですかっ!?」
声を上げて立ち上がり。
「ユファレート!」
デリフィスの警告。
「……!」
高度な魔法を放った直後だからだろう。
ごく小さな電光が向かってくる。
だがそれは、死角からの一撃。
視野の死角ではない。
盾にすれば電光にも耐えられるだろう。
キュイがいるから、誤解で攻撃されることもないはず。
「お前は、ユファレート?」
「わたしは……止めてくる!」
デリフィスは強いが、それでも遠距離狙撃には無力に近いだろう。
ユファレートが止めるしかないのだ。
瞬間移動の魔法を発動させて、建物の陰へと身を潜ませる。
距離があるため、魔力の波動で行き先を追うことはできないはずだ。
(信用してるからね、誰かさん)
治癒の魔法で、左手を癒していく。
(見失った腹いせに、無差別攻撃なんてしないでよね!)
傷を癒すうちに、少しずつだが冷静になっていった。
冷静にならないといけないのだ。
怪我をしたのは、また左手である。
まるで、なにかの教訓であるかのようだった。
ヴァトムでは、左手首を折られた。
アスハレムでは、左肩に短剣を突き立てられた。
今度は、左の掌を灼かれた。
ヴァトムの時は、ティアがやられたと思い慌てていた。
アスハレムでは、走り回り魔法を連発したため、酸欠に近い状況になっていた。
今は、人々の容態が気になっていた。
いずれも、思考が鈍くなり冷静さを失った時に負傷している。
(冷静になるのよ……)
ユファレートよりも場慣れしているシーパルなら、多分傷付くことなく防ぎきっていた。
割と簡単に冷静さを失うルーアは、それでもなぜか判断を間違えない。
(冷静に、ならなくちゃ……)
電光の発射地点を捜す。
(シーパルが倒れたのは、わたしのせいなんだから……。わたしが、シーパルの分も戦わないと!)
電光の軌跡を、体が覚えている。
見付けた、発射地点。
ビルの屋上。
魔法を撃ち返そうかとも思うが、ビルはアパートのように見える。
下の階層の者が危険だろう。
(もっと近付かないと……)
ユファレートは、建物の陰から飛び出した。
「フライト!」
魔力を探知される恐れがあるから危険だが、飛行の魔法を発動させる。
人は、ユファレートのことを方向音痴だと言う。
だが、追うのは魔法の余韻だ。
迷ったりはしない。
できれば、逃がしたくない。
止めるだけではなく倒したい。
これだけ形振り構わない攻撃を仕掛けてきたのだ。
逃がしたら、今後なにをしてくるかわからない。
まだ数百メートルあるが、探知された。
電光が降ってくる。
飛行の魔法を制御して、なんとかかわした。
恐怖が、腹の底から競り上がってくる。
飛行の魔法は、高度な魔法である。
発動中は、魔力障壁を発生させることができない。
電光が直撃したら、即死だろう。
一旦飛行の魔法を解除するべきか。
だがそれだと、狙い撃ちになるだけ。
(……大丈夫よ、わたしなら!)
唇を噛み締め、死の恐怖を噛み殺す。
全部当たらない。全部かわせる。
ここは、自分の魔法使いとしての腕に自惚れるところだ。
魔法しか、取り柄はないのだから。
唯一できることに自信を持たなくて、今後戦っていけるものか。
降り注ぐ電光をかわしていく。
ビルまでは、あとわずか。
「!」
ユファレートは、前方の人影に気付いた。
ビルに駆け込む、ルーアとテラント。
かなり遅れて、ティアの姿。
(予定変更ね……!)
ビルは十階ほどだろう。
その距離ならば、屋上にいる何者かはティアたちに気付いていないはず。
あの三人がいるのならば、必ずしもユファレートが倒す必要はない。
ならば、囮として敵の攻撃を引き付ける。
ビルまで到着した。
敵の狙いを外すためならビルの裏に回るべきだが、それでは囮の意味がない。
飛行の魔法の高度を変えるのは、さらに術者に負担が掛かる。
重力操作が難しいのだ。
それでも、ビルの壁に張り付くような距離まで近付き、ユファレートは高度を上げていった。
角度の関係で狙撃しにくいはず。
高度を上げる度、体内の魔力がぐんぐん減っていく。
構わず、ユファレートは上昇していった。
ほぼ真上から撃ち落とされる電光を、五回、六回とかわし、ユファレートは屋上へと踊り出た。
屋上に描かれた巨大な魔法陣。
魔法陣の上、狙撃のためにビルの屋上の端に立つローブを着た男の姿。
焦燥した様子なのに、なぜか茫洋とした表情に見える長身の男。
「くっ!」
男が、ユファレートに掌を向ける。
飛行の魔法を発動させているのだ。
受けることも反撃もできない。
かわすしかない。
屋上の扉が蹴り破られた。
駆け出したテラントが、抜き身の剣を男に投げ付ける。
咄嗟に力場を発生させて、剣を弾き返す男。
その背後の中空に、現れる影。
瞬間移動の魔法を使ったルーアだった。
頭上の剣を振り下ろす。
男が身を翻すが、遅い。
男の右の前腕が、ルーアの剣により半ばまで斬り裂かれる。
「あっ……!」
短く悲鳴を上げ血を撒き散らしながら、男はよろけビルから転落していく。
着地したルーアもよろけた。
瞬間移動を発動させたあと、一時的に平衡感覚を失う魔法使いは多い。
飛行の魔法を解除して、ユファレートはビルの端に駆け寄った。
落下していく男の姿。
助かる高さではない。
普通に落下すれば、である。
落下の途中で、男の姿が掻き消えた。
瞬間移動の魔法。
(……やるわね)
男は、魔法を連発していた。
重傷を負い、高所から落下していった。
瞬間移動の魔法は、高難度の魔法である。
失敗する要素はいくらでもあるのに、男は見事に発動させた。
「どうだ?」
テラントも、駆け寄ってくる。
「逃げられたわ」
もっとも、ビルの周辺にはロデンゼラーの兵士たちが集まってきていた。
瞬間移動でどこにいったかわからないが、男は重傷を負っている。
逃げ延びられない可能性も高いだろう。
「まあ、追跡は任せていいんじゃねえの?」
瞬間移動の影響で目眩でもするのか、頭を振りながらルーアが言う。
遅れてきたティアが、息を呑んだ。
屋上の出入り口の側に、焼死体が三体転がっている。
服も焦げ付いているためわかりにくいが、おそらく二人は警官だろう。
一人は、アパートの住民かもしれない。
事前に始末されていたのか、男の暴挙を止めようとして返り討ちにあったか。
「また、犠牲でちゃった……」
陰鬱に、ユファレートは呟いた。
眼を閉じる。
飛行の魔法を長時間使い続けた。
かなりの疲労があるが、それだけが原因ではないだろう。
「ごめん、みんな……。シーパルが……」
「……ユファ?」
ユファレートは眼を開いて、ルーアとテラントの裾を掴んだ。
「来て」
説明しなければ、全てを。
そして、みんなで考えよう。
みんなで知恵を出し合えば、きっとシーパルを助ける方法が見つかる。