第一話
――残念ながら私は王党派でね。
マグナスがいった言葉を脳裏で蘇らせるラファエル。
――きみが慕うヴォルテール先生とて、王党派だろう。なぜわざわざ革命などする必要がある。
「・・・・・・そうはいうが、マグナスさん。問題は山積みなんだよ」
ラファエルは古びた机に放置されたままの、文字通り山積みされたルソーとヴォルテールの本に視線をはわせた。
「ああ、エミールか・・・・・・」
ラファエルはルソーの著書、エミールを開いた。
青年エミールがルソー扮する『先生』にしたがい、ある女性を妻にし、教育するという物語。
「俺は、血迷ってなどいない!」
だいたいこの時代には、アンシャン=レジィムなるものがあり、それは貴族と国民を差別する階級制度のことで、旧制度と言われた。
何が国民に不満を抱かせたのかというと、イチバンは聖職者、二番手に王族、そして平民はそれ以下と言った限りない差別からなるもの、であった。
ようするにほとんど宗教家に得が回る制度であったため、平民たちは飢えていた。
ましてや働いても給料が増えるわけでもない。
そして強いられていく重税に、国民たちは怒りをおぼえたのだ。
「王は何を考えているんだろう」
国民議会においても、王は意見をコロコロと変え、信頼性などありえなかったし、また、国民には横柄な態度、貴族には下手に出ていたため、コレも不満を招く原因となってしまった。
ミラボー伯爵は会議室で国王に向けて発砲したと聞く。
ラファエルは血が沸き立つ想いに駆られ、国を救うためだったらいのちを懸けてもよい、と考えてもいた。
そして、ラファイエット侯爵。
彼は幼少の頃から騎士道精神を抱いており、英雄にあこがれた。
「いつか、北欧の英雄やカール大帝のようになりたい」
もっともラファイエットをたかぶらせたものは、アメリカの独立戦争である。
ラファイエットはアメリカに多大なる功績を与えたとして、たしかに英雄になることが出来はした。
だが、ほんとうに革命精神というのは、正しいのであろうか・・・・・・。
「なぜそのようなことを!」
牢屋越しでようやく会えたヴォルテールに尋ねられたラファエルは、感情的になって叫んだ。「あなたやルソーさんが説いた啓蒙思想は、その程度のことなんですか」
「いや、私は何も荷担などしていないからね」
冷酷に返事を返すヴォルテール。
冷たい牢獄に膝を抱えて座っていた。
「荷担していないって、ちょっと!」
ラファエルはのんきにペンを走らせるヴォルテールに、言葉を失って、振り上げていた腕をおろす。
「あなたが各地で訴えてきたことはそういうことなのか? あのフリードリヒ大王をうならせたのだろう!? 俺はあんたのそういうところが好きだったのに!」
「今は嫌いか。ははは」
ヴォルテールは低い声でつぶやいた。
「あたりまえだ! 王たちは重税を強いる。なのに俺たちには、生活を安定させるすべがないんだぞ」
だがヴォルテールは何も答えなかった。
ラファエルも何も言わずに牢獄を去る。
ヴォルテールが釈放されたのは、その翌年のことであった。