序 章
啓蒙思想は十八世紀に流行し、フランス革命のきっかけとなった哲学のひとつです。
無論この思想はフランスだけに限らず、イタリアもオーストリア、プロイセンも・・欧州が巻き込まれて大騒ぎだったのです。
この少し前、アメリカ独立戦争もあったせいか、フランス国民がわれもわれもと立ち上がったことも原因の一つのようです。
これはそんな時代に起きた、思想家のお話。
ラファエル=ディドロは今年二十一歳になった若き啓蒙思想家であった。
彼が目標とする人物は、ルソーとヴォルテールであったわけだが、ヴォルテールが王党派であることを知ると、ラファエルの中に不満が生じてもいた。
「俺の尊敬するヴォルテールさん、いや。フランソワ=マリィ=アルエだが。彼はヴァスティユの牢獄に長い間つながれていると聞く! いったなぜだ、彼ほどの功績者が・・・・・・」
「落ち着きたまえ、ラファエルくん」
声をかけたのは制服法官の貴族で、マグナスといった。
「いや、しかしね。ヤツのしたためた『新エロイーズ』に近いのは、まずいんじゃないの?」
マグナスが言う『新エロイーズ』とは、ジャン=ジャック=ルソーが書いた、一番人気の本。
ヴォルテールはルソーを愛しており、ともにフランス革命を推進してもいたという。
ヴォルテールが書いた戯曲の脚本が、問題視されていることを、このマグナスはラファエルに伝えたかったのだ。
「俺であっても『エロイーズ』は最高だと思うし、『エミール』にしたって、『社会契約論』だって最高作品だと想ってる。君たちには一生かかってもわかるまいね! ルソーさんが説いたのは『自由と平等』だよ。ヴォルテールさんも・・・・・・」
「ふ。『国民は貴族に隷属する奴隷ではない』か。まったく、形而上学を否定し、愛情こそが国民を強くする・・・・・・とはね。よくいったものさ。そのおかげでルソーは、牢獄でくさい飯を食うハメになっている」
「そ、それは・・・・・・」
反論の余地がなくなった、とマグナスは片方の眉を持ち上げ、勝ち誇った。
「しかし、まだ先は長い。俺たちががんばれば、ミラボー伯が会議室で銃剣を取り上げ、宣戦布告したように、ラファイエット候が・・・・・・」
「ラファイエットは過去の栄光にこだわりすぎている。ミラボーは喧嘩を売ることしか、能のない男だ。わしにいわせりゃ、くだらないことなのだよ。わかったかね、ラファエル」
「しかし!」
「ああ。もうだめ。今日は、しかし、が多すぎたぞ」
「マグナス! 聞いてくれ!」
マグナスは、
「Auf Wieder Sehen!(さようなら)」
と彼の母国、ドイツの言葉で言うと、手を振ってラファエルを追い出す。
ラファエルは怒りながら廊下を乱暴に歩いて法官貴族の屋敷をあとにした。
プロイセン戦争とフランス革命はとりわけ好きな時代でして、わりと書きやすいので助かってます。
特にルソーの思想はデカルトのようにわかりやすいので、なお助かる(笑。
ただしルソーとヴォルテールは、あくまでも「作家・思想家」であり「政治家」ではないので、ご注意して・・・・・・。
エカテリーナ二世のように「ペンで世界を変える」みたいなことを、彼らはしたかったんでしょうな。