義理の妹を優先する婚約者と胸を高鳴らせる私
流行りの?義妹を優先する婚約者ネタです。
人によっては少々センシティブな表現があるのでご注意ください。
【追記:2026.8.13】
[日間]ハイファンタジー〔ファンタジー〕- 短編 3位
評価やブクマ、感想等ありがとうございます!
「今日の観劇はキャンセルさせてくれたまえ。可哀想に、リリアンが朝から熱を出してしまってね、早く帰ってあげなければいけないんだ。」
「……わかりましたわ。どうぞお大事に。」
午後の授業が終わるなりやってきた婚約者はすまなそうな素振りひとつ無く、蜜を塗ったようにきらめく金髪を靡かせ足早に去って行く。
その後ろ姿に何とも言えない気持ちが溢れ――アデラはそっと胸を押さえ、ただ見送るのだった。
ランスイル伯爵令嬢アデラとハーヴェイ侯爵子息トゥールッツの婚約が取り結ばれたのは三年前の事。
一応政略ではあるものの、資金援助や事業取引の条件という訳でもない、ごく普通の縁談による婚約だった。
始めのうちは当たり障りのない一般的な婚約者としての交流をしていたのだが、半年経ったあたりで少々おかしな事になってきた。
トゥールッツに新しく妹ができたのだ。
と、言っても血のつながった妹ではなく養女であり、歳はアデラと同じ一つ下。
先ごろ亡くなった侯爵夫人の妹の娘で、正確には従兄弟妹である。
病弱だとかで貴族学院には通っておらず、先日デビュタントこそ済ませたものの、これまで音楽会やお茶会といった未成年でも参加できる場にもほとんど出ていない。
しかし、彼女は今やこの国の社交界で彼女を知らぬものは無いくらい有名な令嬢だ。
(なんせ、トゥールッツ様は婚約者である私のデビュタントをすっぽかして、同じくデビュタントだった彼女のエスコートをなさいましたもの……)
これには流石に苦言を呈したところ
「君と違って繊細なリリアンは緊張の余り今にも倒れそうな青い顔をしていたんだ! 可哀そうだと思わないのか?!」
と、来たものだ。
青いどころかバラ色の頬を輝かせてキャッキャウフフと元気にはしゃいでいるのを、会場に居合わせた全員が見ていたのだが。
そもそも原則、婚約者のいない令嬢のデビュタントは父親か既婚の男性親族がエスコートするものと決まっている。今回のような場合はハーヴェイ侯爵が義娘のエスコートを努めるもので、間違ってもデビュタントを迎える婚約者がいるにも関わらずエスコートをしないなど有り得ない。
(あれには我が家と事業が競合しているアート伯爵様も渋面を作っていらしたし、ご息女で普段ライバル視されるネイチェル様も私の為に怒ってくださったわ。)
家の方から苦情を呈しても侯爵夫人は可哀そうな姪に大層甘く、侯爵様も家族仲が良いのは結構と話にならない。
両親もとっくに呆れ果て、向こうの方が爵位が上とはいえこれでは婚約解消も已む無しと言ってくれる。
けれど…………どうかもう少しだけ様子を見させてほしいと、私からお願いしたことで未だにトゥールッツ様との婚約は続いている。
「アデラ、貴女いつまでこのままにしておく気なの?」
「ええ、わかっているわ。でも……」
案じてくれるネイチェル様の気持ちはありがたいけれど……だめね、私。
このままでは良くないとは分かっているの。
だけど、もう少し――――もう少しだけ、あの方を見ていたい。
窓の外へ視線を移せば、颯爽と学院の馬車留めへ向かうトゥールッツ様に通りすがりの令嬢達が足を止めて振り返る。
涼やかな風に陽の光をはじく金髪が軽やかに踊り、その下に垣間見える後頭部もまたつややかに玉のごとくつるりと陽光を反射して
「………………着々とハゲが広がっちゃってるじゃないの。」
何とも言えない顔でネイチェル様が呟いた。
突然ですが、我がランスイル家は代々妖精に愛されていると言われております。領地にある森が古くから妖精の住処とされていて、代々大らかで穏やかな気性の者が多いからだろうと。
とはいえ、何か不思議な力がありますとか、妖精を使役できる等という事はありません。ご先祖様がお茶会にやってきた彼らをもてなしたという伝承がありますが、今の私達は本当にちょっとした――失くしものを見つけやすいとか、外出する時は大体晴れるとか、我が家の事業に妨害工作をしようとした者がぎっくり腰になったとか、その程度。
だから、暫くの間全く気が付かなかったのです。
何度目かのお茶会ドタキャンの時、トゥールッツ様が立ち去られた後に幾筋かの金髪が落ちているのを見つけました。
抜け毛にしては少々多い気もしましたが、まあそんな事もあるでしょうと気に留めは致しませんでした。
けれどそれから数か月が経ち、私の誕生会への出席をリリアン様の買い物に付き合うからと当日キャンセルなさった時、確かに見えたのです!
トゥールッツ様の後頭部に一瞬透き通った小さな翅が見え、纏まった幾筋もの金髪が『プッ!』と抜け出るところを!
生まれて初めて妖精を目にしました。
ランスネイル家と妖精にまつわる話は有名ですが、当の私共は姿を見たこともなく、お茶会などで質問されても大したことはお答え出来なくてがっかりさせてしまうことが多かったのです。
それが今、正に目の前に! 感激です!
それから観察と検証を続けたところによると、どうやらトゥールッツ様が私との約束を反故にする度に妖精さんが髪を抜いているようです。
抜く髪の量は違えた約束の重要性やかかった時間によって増減がありました。
例えば、我が家でのお茶会キャンセルでは平均3本。
学園行事であるプレ舞踏会でのパートナーを開始20分前にキャンセルしてきた時は15本。
先日の王陛下ご臨席の狩猟会でのエスコートをすっぽかした時は最高記録の32本でした。
これは妖精さん達が人間世界の社会風俗に一定の理解があるという証拠!素晴らしいですわ!
そんな風に大変充実した観察・研究の日々を送っていたところ――気が付いたら、まあトゥールッツ様の後頭部がつるるるんと。
とは言え妖精さん達の気遣いか、円形つやつや素肌になっているのは目立たない後頭部のみ。
ロングツーブロックのようなと言えば分かりやすいでしょうか? 頭頂部とサイドの髪に隠されて、一見何も変わらないように見えます。
運動したり風が吹いたら一発ですが。
大体数本ずつ抜かれていた事もあって、私も周囲も気づくのが遅れてしまったのです。
大きくてもコイン程の無毛地帯でありましたなら、どなたか揶揄いがてら指摘したかもしれません。が、既に子どもの掌程の大きさに。
大概の方は二度見なさいますので、指摘しようにもタイミングを失ってしまう様です。
もの言いたげにしている生徒もおりますが、なんというか、シャレにならない事態に二の足を踏んでいると申しますか……
流石にお家の使用人は気付いているでしょうが、指摘しづらいだろうな……とは、ハイ。
侯爵夫妻はどちらも社交で御多忙な方でいらっしゃいますし、正面ですとか正装で髪を結っておられますとこれが結構分からないものです。
トゥールッツ様は何時になったらご自身の後頭部に気が付かれるのでしょう。
ああ……! ここまで来たら、行くところまで見届けたいと……いけないと思いつつも、私、ドキドキと高鳴るこの気持ちを止められないのでございます。
「……他人の毛根でチキンレースするのはどうかと思うわよ?」
ネイチェル嬢の斜め後ろ、偶々通りがかってしまった同級生男子は青い顔で震えたという。
髪は普通に毎日ある程度抜けるものですが、同じくらい生えてくるので変わりなく見えるのだそうです。
だからそれを上回れば………ねっ!




