もう、待ちくたびれました。
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初めはほんの些細な時だった。まだ、シリルと婚約して数ヶ月の時。2人でお茶会をしようと約束していた。
「ラビリア、すまない。幼なじみが熱を出したらしくて、今すぐ行かなければならない。」
少し残念に思ったけれど、仕方ない。
「分かりました。どうぞ行ってらっしゃいませ。」
「本当にすまない。この埋め合わせはまた後日に。」
シリルの去ってゆく後ろ姿を眺めながら、私は1人でお茶を飲んだ。
その後、幼なじみが病弱で、たびたび体をこわしてしまうのだと聞いた。シリルとも、幼い頃から仲良くしているらしい。
少し寂しかったけれど、その後シリルは言った通りに埋め合わせをしてくれた。
2人で街へ行った。手を繋いで、歩き回った。
「このバッグ、あげるよ。前から欲しがっていただろう?」
前から気になっていたバッグ。とても高価で、躊躇ってしまっていたけれど、シリルが買ってくれた。
「とっても嬉しい!大切にするね。」
私はシリルに愛されている。その事が胸をいっぱいにした。
それからも約束の時にシリルの幼なじみが体調を崩す事があった。だけど、その度にシリルが埋め合わせをしてくれ、私達の愛は一層深まったと、そう感じていた。
**
『すまない。ラビリア。デビュタントに行けなくなった。』
「え…?」
手紙でその言葉を受け取ったとき。思わず声が漏れた。
デビュタント。それは、貴族の一生で1番大切な時とも言える。14才になり、婚約者と共にダンスを踊る。
一人前の貴族になったことを世間に示すのだ。
私もお母様から話を聞くたび、いつもうっとりしていたものだ。一体、どれだけ楽しいものなのだろうと。
シリルとも、一緒に踊ろうとそれこそ数年前から話をしていた。なのに、来れなくなった?
「お嬢様…」
手紙を持ってきてくれたメイドが、心配そうにこちらを見つめている。
「…大丈夫よ。心配しないで。」
そう言って無理やり笑うと、メイドは気遣ってくれたらしく手紙を持って部屋を出ていった。
誰もいなくなった部屋で、こっそりため息をつく。あまり大きくしたら、メイドたちに聞こえてしまうかもしれない。
今頃、シリルは病弱な幼なじみの所に行っているのだろうか。そう考えると、ひどく胸が苦しくなった。
**
デビュタント当日。婚約者がいないとはいえ、参加しないということはできない。私は、不安な気持ちを押し殺して準備を進めた。
薄緑色のドレスを身に纏い、髪もメイドたちが一層綺麗に仕上げてくれた。でも、心はどこか満たされない。
そう思っていた時、突如扉が開いて見知らぬメイドが入ってきた。
「どなたですか?」
幼い頃から支えてくれているレアが少し不審そうに声をかけた。そのメイドは、洗練された動作で私に一通の手紙を差し出した。
表には、シリル・エアダストと署名されている。
「シリルから…?」
もしかしてやっぱり来れそうなのだろうか。幼なじみの体調が良くなったのだろうか。
期待を胸に封を開いた。
…だけど、1番最初に目に飛び込んできたのは、
『本当にすまない』の一文だった。
ある程度予想はしていたことだった。でも、それがいざ現実になると、心にくるものがある。
それでも手紙を読み進めると、幼なじみの病状が酷くなっているので、一週間ほど帰らないということだった。
埋め合わせはすると、書いてあった。だけど、一生に一度しかなかったデビュタント。私はシリルと過ごしたかった。
**
シリルが帰ってきた。彼は手にたくさん荷物を抱えていて、私にだろうということは想像できた。
「ラビリア!帰ってきたよ。」
満面の笑みを浮かべ、シリルが駆け寄ってきた。
「お帰りなさい。幼なじみのかたは大丈夫ですか?」
「あぁ。もうすっかり元気になって、見送りもしてくれた。」
見送り。つい先日まで病にふせっていた人が。
私は笑みを浮かべてシリルに尋ねた。
「シリル。埋め合わせはいつしてくれる?」
そういうと、シリルは少し驚いたように目を瞬かせた。
「埋め合わせ、いるのか?」
「…だって、私デビュタントは1人だったのよ。婚約者と以外踊れないんだもの。」
この国では、ダンスを踊るということは、その相手が婚約者であることを意味する。
もし、婚約者がいる身で、他の人と踊った場合、それは婚約者を愛していないと言う意思表示になる。だから、もちろん私もシリルがいなかったので誰とも踊らず、友達とおしゃべりだけして帰ってきた。
「…それは本当にすまなかった。でも、ラビリアなら、埋め合わせなどなくても俺の愛を分かってくれるだろう?」
「でも…!」
言い募ろうと口を開いた。けど、シリルは面倒くさそうに手を振って言った。
「悪いけど俺、幼なじみの看病の手伝いをして疲れたんだ。今日は休ませてくれ。」
「え…ちょっと待っ…!」
シリルはドアを閉めて鍵をかけてしまった。
私は自室に戻った。シリルが大量に抱えていたプレゼントを開けてみると、中身は最近王都で人気のドレスや帽子だった。
でも、その色は私が嫌いな色だった。今までは、私が好きな色を考えて、買ってきてくれていたのに…。
「…でも、物に罪はないわよね。」
私はクローゼットに服を全てしまった。
**
翌朝、シリルは謝ってきた。
「昨日は、ちょっと疲れていたんだ。強く当たってしまってすまなかった。」
「…そう。じゃあ、埋め合わせはいつしてくれる?」
すると、シリルは少し考えて、
「今日、一緒にお茶会をしよう。ラビリアが好きなお菓子をたくさん買ってきたんだ。」
「うれしい!約束ね。」
「あぁ。」
私は早速自室に戻ってお茶会の準備をした。昨日、シリルが買ってきてくれたドレスを着て、お気に入りの髪飾りをつける。
彼は、きっと私に似合うと思って買ってきてくれたのだろう。
「ラビリア。とてもよく似合っている。」
「ありがとう。嬉しい。」
テーブルには、私が好きなお茶菓子がたくさん並んでいた。2人で椅子に座ろうとしたその時。メイドがシリルに耳打ちした。
「シリル様…。幼なじみの方が…」
「…そうか。分かった。」
嫌だ。待って。行かないで。
そう思う私の願いも虚しく、シリルは立ち上がって言った。
「すまんラビリア。ラナが…。」
私は、初めてシリルを引き止めた。
「待って。約束だったじゃない。一緒に…」
「幼なじみが体調を崩したんだ。行かなければ。それにラビリア。君なら、何も言わなくても分かってくれるだろう?」
呆然とする私を置いて、シリルは足早に立ち去っていった。こんな時なのに、あの幼なじみの名前はラナというんだ、という事がなぜか残った。
その後、好きだったはずのお菓子をいくら食べても美味しいとは感じなかった。
**
「ラビリア!」
翌日帰ってきたシリルは、手紙を持っていた。
「…どうしたの?」
「ラナから手紙を預かったんだ。ラビリアに会いたいと言っている。」
ラナという幼なじみからの手紙を嬉しそうに読み進めるシリル。私はシリルの言葉を遮った。
「ねえ。私に対する言葉はないの?」
「そんなの、いらないだろ?」
「どうして?私は貴方とのお茶会を楽しみにしてた。」
そこまで言って、ようやく分かったようでシリルはこちらに向き直った。
「だって、幼なじみがたおれたんだぞ?放っておけるわけがないだろう。」
「別に、毎回言ってるわけじゃないわ。お友達が倒れたら、私だって心配する。けど、何回もそれが続くのはどうなの?」
「…俺はラナが心配なだけだ。君には関係ない。俺がどうしようと君に口出しされる権利はない。」
それがシリルの考えか。
「…分かったわ。そのラナ様と会えばいいんでしょ?」
「じゃあ来週に呼ぶぞ。」
**
自室で、考え事をしているとレアが話しかけてきた。
「ラビリア様。あんなやつの言うことまともに聞いちゃダメですよ?」
あんなやつ…シリルのことね。
「…そうね。ラナさんと私、どっちが大事なのかは疑問ね。」
「私はラビリア様のことが世界で1番大事ですよ!」
レアの言葉に少し救われた。
「ありがとう、レア。」
**
ラナ様がとうとうやって来た。薄茶色のくるくるした髪に、ピンクの目のかわいらしい女性だった。
でも、その頬は健康そうな桃色で、月に一度は熱を出す人とは思えなかった。
「あなたがラビリア様ね!初めまして!」
「初めまして。ラナ様。シリルの婚約者のラビリアと申します。」
殊勝に挨拶を返し、顔をあげるとなぜか眉をひそめているラナ様がいた。かと思えば、シリルの耳元に手を添え、何か囁いている。
(ねえシリルお兄様。ラビリア様はずいぶんとお顔が怖いお方なのね。)
(あぁ。あいつはいつもそうだから気にしなくていい。)
いや、あのーばっちり聞こえておりますけれども?遠慮っていう感情がないのかな。
すると、クルリとラナ様がこちらを向いていった。
「ねえラビリア様。そんなかたいお顔なさっていると、だれからも好かれませんわよ?ほら、私みたいにもっと笑顔になってみてください!」
普通ですけど。私だって笑うときくらい笑いますけど。
背後でレアが凍えるような殺気をラナ様に向けているのがわかる。…放っておこう。
私が黙っていると、ラナ様はつまらなさそうにため息をついた。
「ちょっとラビリア様には難しかったですかね?」
シリルは思わずという感じに笑っていた。
「ラビリア、笑うことくらいできるだろう。」
どちらかというとラナ様を援護している風な、私に対する嘲りの笑みでしたけれど。
「…シリルお兄様、こんな方と一緒にいてつまらなくありません?」
「そんなことはないと言いたいが…まあ暇な時もあるな。」
ラナ様がシリルに腕をからめ、甘えるような声で言った。
「シリルお兄様。あっちで私と一緒にお話しましょ?」
でも私にも言い分がある。
「この後は書類仕事があったでしょう、シリル。先にそれを終わらせないと。」
シリルに仕事をしてもらわないと領地の経営が傾いてしまう。
シリルは、腕に抱きついたラナ様と、私を見て口を開いた。
「…悪いけど、ラビリア。俺は堅苦しい仕事よりラナと二人で楽しくしゃべる方がいい。仕事はあとでだってできるだろう。ラナは今日帰ってしまうのだから。」
この人は、今日が書類の期限だということを忘れているのだろうか。
「お言葉ですが…」
「ラビリア様。シリルお兄様は私とおしゃべりがしたいと言ったのですよ?婚約者として、それくらい許して差し上げてもよろしいでしょう?行きましょ、お兄様。」
ラナ様がすかさず私の言葉を遮った。
そして、こちらにやって来てシリルに聞こえないよう言った。
「負け犬は関わってこないでくださいよ?」
その時点で私はほとんどキレていた。そしてダメ押しのシリルの言葉。
「ラビリア。君なら言わなくても分かってくれるだろう?」
である。何度も言われた。シリルが私との約束を破るたびに。そうやって私を黙らせていた。
「…分かりました。書類のことは私が片付けておきます。」
「うふふ。ラビリア様はとっても気が利きますのね。」
そう。私はいつも気を遣っていた。シリルに、ラナ様に。
でも、それも今日で終わりだ。
「私は、ずっと待っていたの。シリル、貴方がラナ様のところから帰ってくるのを。」
急な私の言葉に、2人が怪訝そうに眉をひそめている。
「何を言い出すかと思えば…」
私は笑った。
「シリル・エアダスト様。私はもう、待ちくたびれました。」
シリルとラナ様はまだ不思議そうな顔をしている。
「ずっと貴方を信じて、待っていました。お茶会の約束の日も、デビュタントも。」
「ラビリア。それについてはもう話しただろう。幼なじみが倒れたら助けに行かないと。」
ああ。この人はまだ分かってくれないのだ。私が、どれだけ待ち侘びていたかを。
「あなたは、私とラナ様、どちらが大切なのですか?」
そこで、シリルの口が止まった。
「…そ、それは…」
分かっていたことだった。シリルは、私よりラナ様の方が大事なのだろうと。
でも、それでも信じていたかった。
私はシリルに愛されているのだと。
でも、現実から目を逸らしても事実は変わらない。
「だ、だが。君は別に反対してこなかった。嫌だったなら言ってくればいいではないか。」
「私は引き止めました。何度も、何度も。でも、あなたは聞いてくれなかった。」
シリルの口元が震え出した。
「あなたが、一度くらいラナ様の見舞いに行っても、私は何も思いませんでした。でも、あなたは何度もそれを繰り返した。」
約束のたびに破られなければ、私だって許す事ができた。
もう、彼に対して怒りは浮かんでこなかった。
彼に対する私の気持ちは、消えた。
私は深く息を吸っていった。
「シリル・エアダスト公爵令息様。婚約を解消してください。」
シリルの顔はさらに青くなった。
額には汗が浮かんでいる。
「ま、待ってくれ、ラビリア…やり直そう。まだ、俺のことが好きだろう?」
「シリル様。もう、私は貴方に対して、何も望みません。」
その言葉で、シリルの体から力が抜けた。
「ねえラビリア様?そんなに強く言わなくてもいいじゃない。」
急に、ラナ様が割り込んできた。
「それはどういうことでしょう?」
冷静に返事を返す。
「だって、シリルお兄様はただ私の見舞いに来てくださっていただけなのですよ?」
彼女の顔に取り繕う気配はない。
心から、そう思っているのだろう。
「月に何度も、約束のたびに熱を出す。ラナ様、あなたは私たちの約束に被せるのがとてもお上手なようですね。」
そう言うと、ラナ様は少し驚いたようにいった。
「まあ!私がわざと倒れているとでも言いたいのですか?」
「そうでしょう。あなた、毎回シリル様に見舞いに行かせながら、医者にはかかっていないとお聞きしましたよ。」
私がレアに調べてもらっていたこと。
「実際、今のあなたはとても健康そうに見えますけれど。」
ラナ様の顔がすこしひきつる。
「今は良いだけですわ。いつも、急に具合が悪くなるのです。」
「そうですか。でも、一つ聞いていいですか?」
「ええ。」
「あなたは、毎回シリルが見舞いに来るのを申し訳ないと感じなかったのですか?」
「だって、シリルお兄様は私のことを思って…」
「でも、先約があったことは知っていたでしょう?」
ラナ様は言い淀んだ。
「それは…ちょっとラビリア様を困らせたかっただけで。」
やっぱり。最初からこの人は知っていたのね。
「私に悪いとは、思わなかったのですか?」
するとラナ様は、急に顔を覆った。
「だって!シリルお兄様は小さい頃はよく一緒に遊んでくれたのに。あなたと婚約してからは、全然来てくださらなかったのだもの!」
それが、ラナ様の本心だったのだろう。
もっと構ってほしい。私をみてほしい。
それで、ラナ様は病弱なふりをしていたのだろう。
シリルが立ち上がった。
「もういいよ。ラナ。」
「シリルお兄様…?」
「僕たちは、ラビリアに甘えすぎていたんだ。もう、やめよう。」
シリルは、こちらを向いていった。
「ラビリア。俺は君とやり直したい。」
私は少し寂しげに微笑んで言った。
「シリル。私はあなたをずっと待ち続けていたわ。」
彼の顔から生気がぬけた。
「でも、もう待ちくたびれたの。」
「ラビリア…」
「さようなら。」
彼の言葉を遮り、私は背を向けて部屋を出た。
**
翌日から、彼の顔には後悔の色しかなかったと、風の噂で聞いた。
ラナ様も今まで散々邪魔をして来たことで、社交界では2人の話で持ちきりである。
でも、私は後悔しない。これが、自分で選んだ、自分の人生だから。
ーEND.
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ちょっと補足…
・ラナは、もとは病弱などではなかったがシリルが婚約し、自分から離れたことでラビリアに敵意を抱いていた。
・そして、頻繁に倒れてシリルに見舞いに来させるという手段をとった。(約束の日を知っていたのは魔法で2人の会話を聞いていたから。)
・シリルはラビリアを大切に思っていたが、ラナにほだされラビリアのことが鬱陶しくなっていた。
作中で詳しく書けなかったので補足しました。
改めて、たくさんの作品の中から本作をお読みいただきありがとうございました!
よろしければ、感想、評価などして頂けると嬉しいです。




