獅子と一角獣〜聖女に“普通”を見せたら、王子と司教の息子は民に見捨てられパンを投げられました〜
獅子と一角獣、
王冠かけて戦った。
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武力と権威の象徴。
王家──「獅子」。
信仰と魔道の象徴。
聖教会──「一角獣」。
どちらも、
自分こそがこの国の主だと信じている。
今、その争いは絶頂にあった。
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第一王子と、司教の息子。
どちらが聖女の伴侶に相応しいか。
それだけの話を、
国を、民を巻き込んで争っていた。
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私は、街のパン屋だ。
そして、転生者だ。
だから、知っている。
これは、救いのない争いだ。
どちらが勝っても、何も残らない。
削れるのは、
街の石畳と、
そこに生きる人々の生活だけ。
店の窓は割られ、
物流は止まり、
子供たちは怯える。
それでも、彼らは気づかない。
見ているのは、
鏡に映った自分のプライドだけだからだ。
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私は、王家と教会が睨み合っている隙に、
聖女と「普通の友人」になった。
そして、聖女に見せた。
彼らが忘れた“普通”の価値を。
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朝焼けの匂い。
焼きたてのパンとプラムケーキ。
誰も怒鳴り合わない、静かな朝。
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それだけで、十分だった。
彼女は、気づいた。
高貴な二人の瞳の中に、
「自分」が映っていないことに。
彼らの瞳に映っているのは、
「聖女を手に入れた自分」という幻だけ。
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そして、決闘の日。
獅子と一角獣は、
街の中心で派手にぶつかり合う。
閃く剣。
唸る魔導。
崩れる壁。
彼らは酔いしれていた。
これこそが、
歴史に刻まれる戦いだと。
だが、街には歓声の一つもなかった。
あるのは、
「もういい加減にしろ」という、
底冷えするような沈黙だけだ。
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そして、
最初の一つが、宙を舞った。
売れ残りの、固いパンだった。
誰かが投げた。
もう、我慢の限界だったのだ。
それが合図になり、次が続く。
また一つ。
また一つ。
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「やめろ! 私は王子だぞ!」
「無礼者! 神の罰が下るぞ!」
叫ぶ彼らに、
白パンが当たり、
黒パンが弾ける。
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誰も、もう彼らを敬っていない。
守るべき民を足蹴にする獅子など。
祈りを武器に変える一角獣など。
この街には、必要ない。
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獅子と一角獣は、
街中追ってやっつけた。
だが、
最後にやっつけられたのは、
その両方だった。
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パンの雨に追われて、
彼らは街の外へ転がり落ちる。
泥にまみれた王冠。
踏みにじられた法衣。
それを見送って、私はパンを焼く。
隣では、
かつて聖女と呼ばれた彼女が、
子供たちとプラムケーキを分け合いながら笑っている。
「こちらの生活の方が、
ずっと『聖なるもの』に近いですわ」
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獅子も、
一角獣もいない場所で。
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獅子と一角獣、
王冠かけて戦った。
──それで?
彼らが手に入れたのは、
誰にも見向きもされない、
荒野の真ん中の王冠だけ。
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強さは、守るためにある。
それを、
自分のために振りかざした瞬間、
世界は彼らを、
ただの“邪魔者”として切り捨てた。
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さあ、パンが焼けた。
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争いのない場所では、
それだけで、十分だ。




