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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

他人に望まれた自死 —— 従

作者: ⠀
掲載日:2026/03/25

ほんの、出来心からだったんだ。



久しぶりに会った悪友にそそのかされて、やってしまった……

その上、あろうことかその様子をSNSに投稿してしまったのだ。




ネットでは、たとえ一度の過ちだったとしても、発覚すると完膚なきまでに叩かれる。

僕もその風潮に飲み込まれて。

大衆意識に押し流されて、悪いことした人たちは完膚なきまでに叩き潰すのが正義だと思っていた。


そうしないと、そんな人がまた現れるかもしれない。

そうでなくても、皆と同じようにしなきゃ、自分が攻め立てられるかもしれない。

しっかりと、それこそ骨の髄まで反省してもらわなきゃ。


そう思って、僕も時々、ひどい悪口を書き込んだ。

それを見た、受け取った側の人がどんな気持ちになるのかを考えもせずに。






でも、この()が発覚したら、今度は自分が叩かれると思うと、怖くて仕方がなかった。

いつか自分が誰かに向けたような気持ちが、自分一人でも恐ろしいくらいに膨れ上がっている、『正義』と称したこの気持ちが何千人、下手したら何万人分も自分に向けられるということを考えずにはいられなかった。




昨日の夜。

僕は、中学時代の友達と会った。五年ぶりの再会だ。

そいつは、昔から問題児で、一週間に一度は保護者も学校に呼び出しを受けるような奴だった。

そんな奴と僕が一緒にいた理由はただ単純に、怖いからだった。

初めは面白い奴だ、と思っていたけれど、彼を間近で見るうちに、ヤバいかもと思うようにもなった。

本来ならその時点で縁を切るべきだったのかもしれない。

けれどそうする勇気が僕にはなくて。いつかあいつが病院送りにした人と、おんなじ運命をたどると思ったら口をつぐんでいるしかなかった。

昨日も同じだ。二人で初めて酒を飲んだということもあって、つい飲みすぎて。理性のタガが外れてたんだ。


だから甘い言葉にのせられて…………。






そしてネットでは、案の定炎上した。

心無い言葉の渦。根も葉もないうわさ。

実際とはかけ離れた人物像。


そして、僕に対する誹謗中傷の多くが、ネットにはあふれかえった。

ネット上ではあることないことをささやかれ、個人を特定され、それを見た現実世界の住人達も、僕を貶める。




「ああ、あの時、やらなければよかった……」


そう思っても、もう遅い。




一旦拡散された情報は、どんな手を尽くしても根絶することができない。

あの時、軽率に投稿なんてしなければよかった。そもそもあんなこと、やるべきじゃなかった。




でも、そうしてしまったんだから仕方がない。

今さら、どんなに手を打ったところでどうにかなるものではない。

いくら後悔しても、反省しても、誰の耳にも届かなかった。






苦労して見つけた仕事先をクビになり、もう駄目だと思っていたとき。

スマホを見ていた僕の目に留まったのは一つの書き込み。




『もう自殺したら? 生きてても誰も感謝しないぜ?ww』


















僕は昔っからそうだ。

人に流されてばっかりで、一つ踏み出したと思ったらもう止まれなくなる。

最初の一歩だけが自分の意思で、その他は他人任せ。

だから途中で後悔して、でもそのまま歩き続けて。そして崖から落っこちる。




まさに、今の僕のように。














あのコメントをきっかけに、僕は、ここにいる。

今では珍しい、手すりのない橋。下は急な川。周りは全部、山。


あの後調べて見つけた、”自殺の名所”だ。

ここを選んだ理由は単純で、もう人と顔を合わせたくなかった。

街で死んだところで、見つけた人に笑われるだけだと思うと怖かった。

だったらせめて、もう跡形もなく死んでしまえばいい。そう思った。


……あと、十分な高さから飛び降りて死ぬのが一番、痛くないらしいから。












でもいざとなると足が震える。

腰が抜けて座り込む僕の後ろに、人の影が差す。


…どんなこと言われるだろうか。何されるんだろう。

そんな思いだけで心が埋め尽くされる。


でもその人は、予想とは反対に、あたたかい目をしていた。

自分と変わらないくらいの年の、青年だった。




「久しぶりに見た気がするよ。はじめから本気で、生きたいと思ってる人。」




その言葉に僕は、むかついた。けど事実だったから、何も言い返せなかった。

だって実際に、今座り込んでるのがその証拠じゃないか。




いっつも僕はこうだ。

今回だって、名前も顔すらも知らない人の、『死んだら?』の言葉だけでここまで来ている。




…アホらしくなった。

たかがSNSの書き込みじゃないか。

そんなものを真に受けて、失うほど軽い命じゃない…






そう気が付いた自分がいたけれど、その心を無視するように、その青年に目を向ける。


彼は言った。




「どうしてここに来たんだい? 死にたいようには見えないけど」




その瞳が僕を映す。どうせ、僕が炎上して社会に受け入れられない存在になってること知ってるくせに。そう思うと腹が立つ。いら立ち紛れの言葉をぶつける。




「そうだよ。僕はほんとは、生きたいよ…!」




あれ? おかしいなぁ。

「死なせてくれ」とかって叫びたかったのに。そう思っても、一度話し出した口は止まらない。




「でも、他の人の言うことの方が正しいから。

 どうせ僕なんて、僕の意見なんて聞いてもらえないし、人に逆らってもいいことはないし。

 だったら言われた通りに動くのが一番いいとは思わない?

 楽だし怖くないし目立たないし…何より僕は、社会中から追放されたんだよ?」




そこまで言って、いつの間にか地面を見ていた目線を青年の方に向ける。

彼はさっきと変わらずそこに立っていたけれど、その目はもう暖かいものではなくなっていた。

その目は、氷のように冷たくて。



「君は生きていたいんでしょ? じゃあ何でここにいるの?

 君の意見は聞いてもらえないんでしょ? じゃあ何で話したの?

 何より君は、社会中と向き合うことが怖いだけじゃないの?」



僕の心の中を、読まれたくらいの正確さで、言い当てる。

青年のことが怖くて、むかついて、だから僕は言った。




「あぁそうだよ! どうせ俺は社会が怖いだけの臆病者だ。

 でもその何が悪い?」


「僕はね、命っていうものを、数えきれないほど見てきた。だから、命は軽くて、綺麗なものじゃないって知ってる。

 今までここに来た人たちは、自分がやろうとすることを、ちゃんとわかってた。

 自分で悩んで、自分で決めて、それから自分で死にに来た。

 でも君は違う。全部、他人任せ。そんな君に、死で命を汚されるのが、僕には耐えられない」












なんか言ってやろうと思った。

自分で決めたこともあるって、言いたかった。

でも僕は、確かに今まで自分で考えることをしてこなかったから。

唇を嚙むしかできなかった。






「……じゃあどうすればいい」




アイツはむかつくけど、でも言ってることは間違ってない。

こう聞くしかできない自分を情けなく思いながら、俺はあいつに聞いた。




「君は、あれだけ言われても、自分で考えることもしないんだね」




でも返ってきたのはその言葉で。


しかもアイツはどっかに歩いて行ってしまった。

こんな僕に、愛想をつかしたんだ。そうだよな、違いない。だって俺は、自分で考えることのできない能無しだ。








自分の心が、囁いてくる。

『結局お前は、自分で何をするか考えてもいないじゃないか』

『お前は生きててもそうでなくても変わらない、ただの人形だな』

『それでお前は、どうしたい?』
















「俺は……。もう酒は飲みたくない」



その言葉を言った時、自分の声じゃない声を僕の耳は捉えた。




「ホントだね。君が酔って人んちの壁に落書きしてる動画、炎上してたもんね」




青年の声だった。



…あぁ、こいつもか。こいつも、俺がやったことを知ってたのか。


 知ってた上で、俺を止めてたのか。

 お前も俺を、心の底ではバカにしてたんだな。


 










『もう自殺したら? 生きてても誰も感謝しないぜ?ww』


何か言ってやろうと僕が顔を上げると、彼のスマホに表示されていたのは、そのコメントだった。

そして彼が指さしたのは、そのコメントの横。『このアカウントは通報されました』の文字。




「それで、君はどうしたい?」




それは……生きてていいってことなのか?

そう聞こうとしてやめた。自分で考えてないことに、気が付いたから。


代わりに僕は、言った。


「あの家の人に謝るときにもって行くべきなのは、掃除道具とあとは何?」




彼は、半分笑って言う。




「掃除道具か…君も、考えたね。後は高級なお菓子とかかな。

 後は自分で考えな」




その目にはもう、氷のような冷たさは宿っておらず。

僕は彼に一礼して、歩き出した。











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