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ふわふわ令嬢の復讐ー姉が婚約破棄されたので姉の婚約者に復讐しますー  作者: 天野空音


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第一章 最初の朝

 翌朝、正式な婚約破棄の書状が届いた。

 

 厚手の紙、家名の入った封蝋、形式だけは、どこまでも完璧。

 

 家族全員が、それを囲んでいた。

 

 父は眉間に深い皺を刻み、母は何も言わずに指先を重ねている。

 

 セリーヌは、静かに書状を読んでいた、涙も、怒りも、嘆きもない。

 

 どうして舞踏会でだったのだろう。

 なぜ、王族や貴族が集うあの場で、あえて口にしたのだろう。

 

 話し合いでもよかった。

 書状だけでも済んだはずだ。

 それなのに彼は、衆目の中で告げた。

 

 ――自分は正しい、と示したかったのか。

 ――姉に、屈辱を刻みつけたかったのか。

 

 完璧な婚約者。

 欠点のない貴族令嬢。

 誰もが羨んだ理想の相手。

 

 そんな存在を、人前で切り捨てる。それは男にとって、自分が“選ぶ側”であることを誇示する行為だ。

 選ばれなかった側が、どれほどのものを失うかなど、考える必要すらない。


 自分が正しいと信じて疑わない、愚かな人。

 

 アリシアは、その書状から目を離し、にっこりと微笑んだ。

 家族の中で、あまりにも場違いなほど明るい笑顔。

 きっと父も母も、そう思っただろう。

 

「お姉様」

 

アリシアは、できる限り軽やかな声で言った。

 

「きっと、また違うご縁が来ますわ」

 

 慰めの言葉。

 無知な妹の、善意に満ちた一言。

 

 セリーヌは一瞬だけ私を見て、それから、いつものように微笑んだ。

 

「ええ……ありがとう、アリシアちゃん」

 

 その微笑みが、あまりにも綺麗だった。


 ***


 それから数日後、驚くほど早く縁談が舞い込んだ。

 

「相手は……魔法塔のマスターだそうだ」

 

 その一言で、アリシアの思考は止まった。

 

 魔法塔。

 王国の中枢機関、そしてこの王国最高峰の魔導研究機関。

 政治とも軍事とも深く結びついた、知と力の象徴。

 そして、その頂に立つ者。

 

 ――これは婚約破棄で落ちた我が家の評価を、一気に引き上げるための取引。

 

 父は、感情を抑えた声で続ける。

 

「年齢は二十八。若くして塔の頂点に立った天才だそうだ。

 家柄も問題ない。三大公爵家の血筋で……」

 

 一瞬、言葉を選ぶ間があった。

 

「……少々、変わり者らしいが」

 

 沈黙が落ちた。

 セリーヌの顔が、ほんのわずかに強張る。


「…そうですか…」

 

 無理もない。

 かなりの年上。

 魔法使い。

 しかも、変わり者。

 貴族の理想的な結婚相手とは、程遠い。

 

 父と母は、セリーヌを見ている、次に差し出される役目が、誰なのか分かりきっている視線。

 アリシアは、その空気を断ち切るように、口を開いた。

 

「私がなります」

 

 あまりにも即答だったせいか、部屋の時間が一瞬止まった。

 

「……アリシア?」

 

 母が名を呼ぶ。

 セリーヌが、驚いたようにアリシアを見る。


「…アリシアちゃん?……」

 

 アリシアは、いつものように、にっこりと笑った。

 

「お姉様は、もう十分です。これ以上、お家のために傷つく必要なんてありません」

 

 それは、優しさの言葉。

 そして同時に、計算された最善手。

 

 魔法塔のマスター。

 政治的価値。

 年齢差。

 変わり者。

 どれを取っても、“問題のない次女”にこそ相応しい。

 

 父は戸惑いながらも、アリシアを見つめた。

 

「……アリシア、本気か?」

「ええ。私、変わり者の相手は得意ですの」

 

 ――これは運命だ。

 魔法塔の頂に立つ男。

 王国の裏も表も知る天才。

 これほど使い勝手のいい“縁”は、そうそう転がっていない。


「会うのが楽しみだわ…」


無邪気に、にっこりと笑う。


 ***


 魔法塔は、思っていたよりも――騒がしかった。

 静謐で、厳粛で、近寄りがたい場所。

 そんな想像は、塔の入口に立った瞬間、あっさり裏切られる。

 

(なんて、凄い場所…)


 書類の束を抱えて走る魔導士、階段で言い争う研究者たち。

 空中に浮かぶ魔法陣が、半ば放置されたまま明滅している。

 

(……中枢機関、のはずなのだけれど…なんというか)

 

 ここは、とても混沌としている。ここでは汚いとかそういう言葉は使わないでおこう。

 

 私の隣で、案内役の若い魔導士が軽く咳払いをした。

 

「ええと、その……普段は、もう少し落ち着いているのですが」

「そうなんですね…」

 

 嘘だろ、とても信じがたい、むしろこれが普通ではないだろうか。

 

 廊下を進むたびに、未知の魔法器具や見慣れない術式が視界を横切る。

 

 まるで知識の洪水とでも言ってもいいかもしれない。

 秩序と無秩序が、奇妙で絶妙に均衡で共存している。


(混沌としているけど、以外と仕事はきちんとしているのね)


 だからこそ、頂に立つ者は――

 

「失礼しまーす。マスター、来客です」

 

 扉をノックする声と同時に、中から何かが割れる音がした。


(なんか、割れた音が…結構怖い…)

 

 案内役は、何事もなかったように扉を開ける。

 

「どうぞ」

 

 部屋の中は、さらにひどかった。

 床一面に散らばる魔導書、机の上には未完成の魔法陣と空のカップ。

 椅子の背に掛けられたローブは皺だらけで、今にもずり落ちそう。

 そしてその椅子に座る人。無造作な金髪、金縁眼鏡の奥で、こちらを見て、興味深そうに光る瞳。

 

「……あれ、もう来たの?」

 

 軽薄。

 驚くほど軽い口調、この二文字が彼に合っている。

 彼は椅子に深く腰掛けたまま、こちらを見た。

 

「初めまして、かな。僕はこう見えても一応、魔法塔マスターでセオドリック・グレイフォードです」

 

 失礼だが、とても、魔法塔の長には見えない。

 アリシアは、あえて完璧な礼を取った。

 

「アリシア・フォン・ヴァレンシュタインでございます。本日は、お時間を頂戴し――」

「堅い堅い。そういうの、いらない」

 

 手をひらひらと振られ、言葉を遮られる。アリシアは少し顔を膨れさせる。


(なんなんだ、この男……ふぅ、我慢我慢)

 

「どうせ、君は形式を守っても中身を測るタイプでしょう?

 だったら、最初から素で来てくれた方が助かる」


 一瞬、思考が止まる。

 

(……へ?…ももも、もしかして…この方は心が読めるの!?…)

 

 アリシアは、咄嗟に困ったように笑った。

 

「まあ。私、そんなに難しい顔をしておりました?」

「してたしてた。貴族の“考えてます顔”」

 

 セオドリックは楽しそうに笑い、机の上の書類をどかす。

 

「で?君が噂の“おバカな次女”?それとも、家の立て直し用の切り札?」

 

 アリシアは、微笑みを深くした。

 

「さて。どちらだと、お思いになります?」

 

 金縁眼鏡の奥で、セオドリックの視線が鋭くなる。


「うーん…君の考えでは、どちらでもないんじゃない」


 思いがけない言葉だった。

 

「……と、申しますと?」

 

 問い返すと、セオドリックは椅子に肘をついたまま、楽しそうに首を傾げる。

 

「君、自分の意思で来たんだ。

 僕は“どちらでも構わない”って条件で婚約を受けた。

 なのに、来たのは君だ」


(あれ…?どちらでもって、両親はお姉様にしか言ってないような…)

 

 視線が、こちらの奥を探るように動く。

 

「なぜ、君が来た?」

 

 アリシアは、微笑みを保ったまま、ほんの一瞬だけ、息を吸った。これは今から起こる為に必要なのだ。

 

「それは……あなたが、姉に相応しくないからです!!」

 

 室内の空気が、ぴしりと張り詰めた。

 案内役の魔導士が、息を呑む気配がしたが、セオドリックは驚かない。

 むしろ、目を細めた。

 

「……はっきり言うね」

「ええ。遠回しは、あまり得意ではありませんの」

 

 そして沈黙が続きた。やがて、セオドリックが口を開いた。

 

「でしたら――取引をしましょう」

「取引ですか?」

「そうだよ」

 

 彼は、机の縁を指で叩きながら続ける。

 

「形だけの婚約でも構わない。お互い、干渉しない。束縛もしない。僕は研究を続け、君は家を守る」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 アリシアは、微笑んだまま、少しだけ声を落とした。

 

「――ですが、その代わり私も貴方の為にする事があります」

 

 紫の瞳が、真っ直ぐ彼を射抜く。

 

「私は、絶対にあなたの邪魔にはなりません。むしろ、面倒な“貴族側の調整役”を引き受けましょう」

 

 空気が、完全に止まった。

 数秒の沈黙の後、セオドリックは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……参ったな」

 

 椅子から立ち上がり、床に散らばる魔導書を踏まないように避けながら、

 アリシアの前に歩み寄る。

 

 (至近距離。近いです!セオドリック様!)

 

 金縁眼鏡の奥の瞳が、今度は完全に“値踏み”をしていた。

 

「君、ほんとに十七?」

 

 アリシアは、少しだけ首を傾げる。

 

「さあ。年齢は形式でしょう?」

 

 一瞬の沈黙。

 そして――セオドリックは、楽しそうに笑った。

 

「いいね。君、僕の婚約者としては最悪だけど」

 

 にやりと、口角を上げる。

 

「――取引相手としては、最高だ」

 

 その言葉に、アリシアは深く、静かに微笑んだ。計画は完璧だ。

 

 こうして、王国最高の魔法使いと、“おバカな次女”の仮面を被った少女の間に、恋でも、主従でもない。

 

 利害と知略だけで結ばれた婚約が、成立した。

 

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