ファーストコンサート
ついに文化祭当日。1Cの出し物はどうなるのか?そして、蟻宮と彰のステージは―――
「終わった―――」
庄司彰は、机に突っ伏した。
文化祭当日、午後2時30分。来場締め切りの時刻になって、受付係から、ようやく解放された。
「リーダー、お疲れっす」
軽すぎる慰労の言葉を投げてきたのは、自他共に認めるクラス一のお調子者、古館洋一だった。
1Cの出し物は、みんなできちっと役割分担を決めるでもなく、前半後半の最低限のシフトは組まれたものの、あとは、「やりたい人が、やりたいことをやる」「やりたいことがない人は、できそうなことを手伝う」ゆるい感じで運営されていた。唯一工夫されたことといえば、蟻宮がFNで文化祭用の交流グループを組んだことぐらいだ。
「できるかどうか、価値があるかどうかなんて考えなくてもいいから、思いついたことを全部書いて」
蟻宮のぶっきらぼうな要求に応えて無秩序に書き込まれた膨大な意見は、AIによって仕分けされ、手が空いていそうな人のスマホにミツバチ型のアバターが飛んで行って、「これ手が足りないんだけど、手伝ってくれない?」「こんなのがあったらいいと思うんだけどどうかな」と〝蟻宮の声で可愛くお願いする〟システムになっていた。
もちろん断ってもいいし、返答を保留してもいい。そうすると、ミツバチは、案件の緊急性を判断して、「うん。忙しいよね。他の人にお願いするから大丈夫だよ」「わかった。また明日、お返事聞かせてね」と返答して、他の人のところに飛んでいくという調整を〝勝手に〟やっていた。
これが、どういう結果を生んだかというと、クラスの全員がミツバチによって隙間なく仕事を割り当てられて、サボっている暇もないほど、てんてこ舞いの状態へと突入した。ミツバチによって、クラスメイトがミツバチのようにきりきりと働かされたわけだ。
後日、蟻宮は彰に語っている。「ちょっと、やりすぎちゃった」と。
古館はというと、最初は待機ロビーで接客していたが、待機ロビーにも入れない待機列が伸び始めると、その対応に回された。
「あと10分ぐらいっすねー。整理券渡すんで、違う店回ってきます?」
と、いつもの軽い口調で客をあしらい、列が伸びすぎないようにうまく調整していた。午後2時を回ってからは、
「ごめんねー。ちょっと順番回ってきそうになくてさ。君みたいな可愛い子に来てもらいたかったなー」
などと、彰がげっそりするほど軽口にも磨きがかかり、女の子たちを、きゃあきゃあ言わせていた。
しかし、午後2時30分ちょうどに待機列がなくなり、彰は古館の計算の周到さに舌を巻いた。ディズニーランドで〝ラインカット〟と呼ばれる待機列を切るテクニックだが、反感をもたれないように客を追い返すのは意外と難しいものだ。彰は、同級生の意外な才能を見た思いだった。
「庄司、この後、用事あるんだろ。言ってこいよ」
〝学級委員長〟兼〝文化祭実行委員〟の黒丸が、彰に声をかけた。
「片付けは俺たちでやっておくからさ」
椅子の並べ直しやゴミの撤去を黙々と続けていた都築を始め、仕事を終えた男子たちが、続々と彰の周りに集まってきた。
「わかった。助かる」
彰は短く言って立ち上がった。
「あ、おい。姫様も連れて行けよ」
「姫様?」
古館の言葉に彰が首を傾げると、教室から蟻宮が出てきた。
フリルのカチューシャにリボンがふんだんに縫い付けられたパステルピンクのドレスという、メイドとお姫様を混ぜたようなコスチュームを着ていた。
「着替えてる時間ない。どうしよう」
蟻宮は珍しくパニック気味だった。ぎりぎりまでお客が殺到していたため、時間の余裕がなくなったようだ。
「姫、そのまま、行ってきなよ。ちゃんとステージもイメージして作ってあるからさ」
そう言ったのは、高野だった。
高野はモデルの仕事をしているらしく、趣味はコスプレということで、たくさん持っている服の中から接客に使えそうなものを選び出し、取り巻きの女子たちに手伝ってもらって、衣装に仕立てあげた。縫製やデザインの腕はなかなかのもので、オーダーメイドに近い仕上がりだった。
高野は、自分と取り巻きの分だけでなく、蟻宮の衣装も用意していた。断固拒否する蟻宮に、「〝やだ〟じゃない。蟻宮さんの体型に合わせてあるんだから、そんなちっちゃいの、誰も着れないでしょ!ちゃんと着て!」と、なかなかの迫力で押し切り、午後からの〝目玉商品〟として蟻宮を担ぎ出したのだった。
「庄司くん、遅い!蟻宮さんも―――」
中庭で機材を準備してくれていた女性が、焦った口調で言い――――動きを止めた。
「か―――」
「か?」
「可愛いっ!」
女性は目をきらきらさせた。視線の先には、ドレス姿の蟻宮がいた。今にも抱きつきそうだ。
「はっ!」
彰が硬直しているのを見て、危ないところで女性は我に返ったようだ。
「依木さん―――」
「どうかしましたか?」
女性、依木ゆのは、何事もなかったかのように言った。
―――いや、「はっ!」って声に出てますが。
「と、とにかく、時間がないので!機材の調整は終わってますから、音出しお願いします」
依木は、彰のジトっとした視線を振り払うように言った。
「ところで、何で、そんな、忍者みたいな格好してるんです?」
彰が尋ねた。依木は、キャップを目深に被り、口元にスカーフを巻いていた。手足も、薄布で覆われており、素肌は目の周りしか露出していない。
「や、わたし、顔と名前が知られてるから、今日はできるだけ目立たないようにしようと思って」
数年後、蟻宮のデビューステージで話題をかっさらっていった女性は、しれっと言った。
めちゃ目立ってますよ―――とは言わず、彰は黙してノートPCを立ち上げた。依木さんの正体に興味がないと言えば嘘になるが、今はそれどころではない。
「彰、どうすればいい?」
ステージでマイクを握った蟻宮が、所在なさげに言った。音出しと言われても、何をすればいいのか、わからない様子だ。
「何でもいいわよ。声出してもらえれば。できれば歌声の方がいいかな」
依木がさらっと言った。この場合〝何でもいい〟が一番困る。音楽業界の人にとって、音出しは常識なのだろうが、彰や蟻宮のような素人にとっては、コンサートが始まる前の準備段階こそ、知らないことの方が多い。
「蟻宮、もう1曲の方、流す」
蟻宮がうなずくのを見て、彰はノートPCを操作した。シーケンサー(音楽データを再生する装置)が脈動するように点滅し、スピーカーから透明感のある音が流れた。
♪~
人工的なシンセサイザーの音に、ふわっと蟻宮の歌声が乗った。一瞬で周りの空気が変わったような気がした。依木でさえ凍り付いたように動きを止め、スカーフの上から覗く瞳を大きく見開いた。手伝いに来ていた男性二人も手を止め、地面から1段上がっただけの簡素なステージに注目した。
♪~
滑り出しのフレーズに歌詞はない。AhとFuの中間のハミングがメロディーを奏でて流れ出していく。片付けで忙しいはずの校舎の窓が開かれ、人の顔が少しずつ増えていく。
風の中で 花の中で♪
花吹雪が舞い散り♪
何かを探していた君に♪
何かを探していた僕が出会った♪
あの日 あの道 あの坂で♪
僕は君と出会った♪
何もない日常が♪
特別に変わった日♪
君はきっと知らない♪
君にはきっと見えない♪
あの日の胸の中で目を覚ました♪
鳥のように自由で♪
恐竜のように大きな♪
このどうしようもない気持ちを♪
君はきっと知らない♪
君にはきっとわからない♪
あの日、あの道、あの坂を♪
登り切ったその先に♪
温かくてせつなくて♪
どうしようもないものが♪
待っているとしても♪
蟻宮が歌い終わると同時に、わーっと大きな拍手が巻き起こった。中庭を取り囲む校舎の窓という窓に、名前も知らないたくさんの人の顔があった。ステージの前にも急ぎ足で人が集まり始めていた。
ピンポンパンポン♪という文字に書いたようなチャイムが流れた。
「ただ今、中庭、特設会場で、今日限りの特別なライブイベントを行っています。お時間のある方は、お帰りの際にお立ち寄りください」
聞いたような声―――文化祭実行委員長、水吹の、意外にもしっとりとしたアナウンスが流れた。
「彰くん、蟻宮さん、セッティングはOKよ」
忍者―――依木さんが、自信満々の様子で親指を立てた。
15時を待つ間に、どんどん人が増え、中庭の狭いスペースは人でいっぱいに埋め尽くされた。
「どうしよう、こんなに人が―――」
蟻宮が茫然と呟いた。彰も、ここまで人が集まるとは想定していなかった。文化祭の全てのブースが終了し、行き場をなくした人たちが、音出しで出した蟻宮の声に誘われて集まってきたのだ。先生たちの姿も見える。
水吹は、ここまで計算していたのか?
まさかと思う反面、水吹の得意げな顔が、彰の脳裏にちらついた。
「蟻宮、やろう」
彰が言うと、空中をさまよっていた蟻宮の目が彰の姿をとらえ、しっかりと頷いた。蟻宮は、マイクを握りしめ、一歩前に踏み出した。
彰がノートPCを操作すると、スピーカーからスピード感のあるリズミカルな曲が流れ始めた。
「この曲―――!」
依木が小さく叫んで両手を口に当てた。1曲目は神座えるるが不動のセンターを務めた伝説のアイドルグループ、『Mystic Rank'M』のデビュー曲だった。蟻宮のパステルボイスが踊るようにリズムを刻み、今や完全にコンサート会場と化した中庭へ広がっていった。依木は、両手を口に当てたまま、立ちすくんでいる。目尻には、じわっと涙の粒が盛り上がっていた。
「では2曲目行きます」
蟻宮がそっけなく言い、次の曲が始まった。冷たいというよりも、蟻宮にも余裕がないのだろう。でも、そのクールさも、ステージで歌う蟻宮の可憐さを引き立てていた。2曲目は、歌ってみた動画でもよく歌われているボーカロイド系の人気曲だ。知っている生徒が多いせいか、蟻宮の歌声に合わせて一緒に歌う生徒も多かった。
「次で最後です」
再び蟻宮がそっけなく言うと、「えー!」という声が一斉に挙がった。
「仕方ないじゃん。20分しかもらってないんだから」
蟻宮が言うと、
「あたしのせいかっ!?」
と、いつの間にか中庭に来ていた水吹が、なぜかショックを受けたように叫んだ。
「そこにいる彰くんと二人で作った歌です。聴いてください」
蟻宮のMCに「おおー!」という声が挙がった。彰は何も言わずにノートPCを操作した。何度も何度も彰の部屋で、スタジオで聴いたイントロが流れ出した。その尖った音を包み込むように蟻宮が歌い、電子の楽器音と歌が合わさり、最初から一体だったかのように、一つの音楽となって広がっていった。
文化祭が終わり、日常が戻ってきた。彰は、元のぼっち生活に戻り、蟻宮は相変わらぶっ飛んだ言動をしてみんなから引かれていた。
「蟻宮さん、新作の衣装ができたんだけど、着てくれないかな」
ちゃっちゃと帰ろうとする蟻宮を高野が引き留め、ぐいぐい迫っている。
―――まあ、ちょっとは変化もあったのかもな。
「庄司、今度、みんなで勉強会しようって思ってんだけど、来てくんね?」
振り返ると古館がいた。
「バスケはいいのか?」
「来週からテスト前で部活禁止なんだよ。正直、ちょっとは勉強しねえと単位がやべえんだわ」
別に俺じゃなくても―――と喉まで出かかったせりふを彰は呑み込んだ。
「俺だって、成績いいわけじゃないから、役に立つかどうかわからんけど―――」
「ありがてえ!そんじゃ、日時決まったら連絡すっから!」
古館は、彰の手を両手でつかんでぶんぶん振ると、スポーツバッグを掴んで、慌てて出て行った。
「まだ、返事が―――」
彰は、呼び止めようとして上げた手を下した。
まあ、ちょっとは変化あったのかもな。
彰は、通学鞄を手に取ると教室を出た。まっすぐ廊下を通り抜け、靴箱で靴を履き替え、昇降口から外に出て、
「彰、遅い」
そこには、蟻宮がいた。
「蟻宮、なんで?」
「理紗子ちゃんから聞いてないの?今日、家に来てほしいって」
「―――聞いてねえ」
理沙子というのは、彰の妹だ。あいつ、いつの間に―――
「早く!行くよ!」
歩き出した蟻宮の背中を彰が追う。街路樹の落ち葉が敷き詰められてカラフルな絨毯のようになった歩道を二人で歩く。
「やっぱり変わったよな」
「なに?」
蟻宮の怪訝そうな顔に、彰は「なんでもない」と言って手を振った。
秋が終わろうとしていた。
すまないぃぃぃぃっ!
気が付けば2か月も経ってしまいました。いやあ、年度末の仕事が忙しくてさあ。自分でもびっくりするぐらい間が空いて、果たして続きが書けるんか?って不安だったけど、書き始めたら、意外と書けるもんだね。一気に書いてしまいました。これで、高校生編完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。完全に彰の物語になってしまいましたね。途中から、何となくそうかなって思ってたけど。
と、最終回感を出しまくってますが、最初に書いたように、高校生編はプロローグのつもりで1話完結のつもりだったので、まさか、こんなに長くなるとは!って感じです。次から本編!本編なのよ~。続けて読んでもらえるとうれしいです。が、がんばって書くからね!




