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ただ一人の女の子

残り2週間という危機的な状況からスタートした1Cの文化祭。そこに、新たな試練が―――

「査察だー!」

クラス一のお調子者、古館ふるたち洋一よういちのよく通る声が教室中に響き渡ると、みんなが作業の手を止めた。文化祭まで、あと10日。もう時間がないという思いが、バラバラだったクラスの気持ちを一つにまとめ、よくわからないうちにクラス全体を巻きこむ形で準備が進んでいた。


準備といっても、メインのAI占いは、タブレットPCに入ったAIがあればいいので、すでに完成している。看板作成、校内ネット掲示板へのPRアップロード、案内係の衣装作り、さらには、案内係の台本作りに練習と、各自が思いつくことを手当たり次第にやっていた。バラバラのように見えて、「文化祭の出し物を作る」という目標は同じなので、1Cとしては、「思ったよりも一体感を感じる」状況だった。


査察―――文化祭実行委員によるただの見回りだが―――を恐れる要因など、一つもないはずだった。しかし、教室には肌で感じられるほどキンキンした緊張感が漂っていた。


こうなったのには理由がある。事前に密告タレコミがあったのだ。「1Cの出し物は規定に違反している」と。その証拠を押さえ、展示をストップさせるために、今日、文化祭実行委員が査察に来る。〝学級委員長〟兼〝文化祭実行委員〟の黒丸くろまるが、昼休みに教室に駆け込んでくるなり、もたらした凶兆がそれだった。


「お邪魔するわよ」

3人の上級生が教室に入ってきた。

「ここの責任者は誰かしら」

「はい、俺です」

いかにも査察といったせりふに、飄々として答えたのは彰だった。

「あら、庄司くんじゃない」

そこにいたのは、文化祭実行委員長、水吹みずふき亜里沙ありさだった。

「しばらくぶりね。どう?わたしが用意した中庭のステージは?」

「ああ、()()()()()で、いいライブになりそうだよ」

庄司は、水吹が提案した、ステージとは名ばかりの、ただのフラットスペースを脳裏に浮かべて答えた。水吹に言ったのはもちろん皮肉だが、蟻宮のつてで野外用の機材は手に入ったし、彰は、内心では「目にもの見せてくれる」とばかりに意気込んでいた。

「そう。喜んでくれて何よりだわ」

水吹は、にっこりと笑った。カエルを鼻先に捉えたヘビのような目だ、と彰は思った。

「何か失礼なことを考えたかしら」

途端に水吹の視線が鋭くなった。

「いえ、何も?」

彰がしれっと答えた。ポーカーフェイスは、長年のボッチ学校生活で鍛え抜かれている。水吹は、おもしろくなさそうに、ふんっと鼻から吐いた。

「まあ、いいわ。今日は、用事があってきたの。別に庄司くんを、からかいに来たわけじゃないんだからね」

誰もそんなこと聞いてませんが、と彰がツッコミを入れようとしたとき、

「それで、先輩、今日は、何のご用事ですか?」

割って入ったのは、見慣れた金髪のちっこい女子だった。

「あら、蟻宮さん、相変わらず可愛いわね」

水吹は、小動物を愛でるような目で蟻宮を見た。どうやら、蟻宮は同級生には敵意をもたれるが、こういうタイプの上級生からは、可愛がられるのかもしれない、と、彰は、先日の、神座えるるの似たような表情と思い浮かべた。


「それで?展示物は、これかしら?」

水吹は黒板に目立つように貼られた壁新聞を舐めるように見た。特化型AIと汎用型AIについて、A0紙4枚に図を使って、わかりやすくまとめてあった。デジタル機器が進化しても、こういうものは、結局紙が使われていた。

「ふうん。いいじゃない。ちゃんと調べてあるわね」

ほとんど蟻宮が作ったものだけどな。彰は水吹が素直に評価する感想を呟くのを聞いて、少しほっとした。蟻宮は、女子にしては―――といったら今時「差別だ」と言われそうだが―――バリバリ理系のイメージがある情報理論に関心があるようだ。まあ、独力でAIを開発するぐらいだからな。

「でも、見たいのは、これじゃないんだなあ」

水吹の目がキラリと光った―――ような気がした。

「もったいぶらずに出しなさいよ。あるんでしょ。アレ」

「際どい言い方、止めてください。単なる体験コーナーですよ」

彰は内心で冷や汗を流しながらも、表面的には平静を取り繕った。

「体験したいなら、どうぞ。あの、箱の中です」

彰の言葉を聞いて、水吹はパッと立ち上がり、シュパッと音がしそうな速さで移動式学習スペースの前に移動した。扉に手をかけ、

「あんたたちは、そこで待ちなさい。まず、わたしが体験―――もとい厳正に調査するからっ!」

言い捨てると、水吹は、箱の中にササっと入り、扉を閉めた。

「おほほほぉーう!」

箱の中から水吹の奇声が聞こえてきた。何やら楽しんでいるようだ。

しばらくして扉が開き、水吹が出てきた。

「いいわよ。死にはしないから、あんたたちも試してみなさい」

目を閉じてぶっそうなことを言う水吹を、彰と蟻宮はジトっとした目で見たが、水吹と一緒に来た二人の上級生は慣れているのか、「わかりました」と返事すると、交替で箱の中に入っていった。


「さて」

彰と蟻宮、黒丸の3人は、水吹に、空いていた隣の教室に来るように言われ、上級生3人と向かい合って座った。

「アレは何なのかしら」

「何って、ただのAI体験コーナーだが」

彰が平然と答えた。

「あれを見て、展示系じゃなくて、アトラクション系だって言ってる人がいるのよ」

水吹がスッと目を細めた。〝あれ〟というのは、もちろん〝AI占い〟のことだろう。

「あれはアトラクションではありませんよ。体験コーナーです。実行委員会も、単純に展示物を見せるだけじゃなく、体験型、参加型の展示を推奨してますよね」

水吹の表情を見て、彰もかしこまった口調で言い返した。

「他にないの?」

「え?」

彰は思わず水吹の顔を見た。つまらなさそうな顔をしていた。何を期待している?

「そんな回答なら、こちらでも用意できる。相手はいちゃもんをつけてるんだから、もっと説得力のある回答がほしいのよ」

なるほど。水吹は展示を潰しにきたわけじゃなく、クレームをつけてきた連中を黙らせようとしてるってことか。

「テーマは〝AIと人間の共存〟。AIは人間にとって役立つ存在なのか、害を成す存在なのか、今、世界がAIの進化に注目してる」

蟻宮が淡々と語りだした。

「でも、それを決めるのは、結局、人間だと思う。〝AI占い〟は、それを自分で判断してもらうための材料。占いを信じるか、信じないかは、その人の自由でしょ。AIを信じるか、信じないかも、人間が決めるしかないんだよっていう体験。それがないと、このテーマは成り立たない」

「―――ふうん」

水吹は、蟻宮を舐めるように見た。蟻宮が居心地悪そうに身じろぎした。いや、明らかに嫌がってるな、これは。

「ただのお人形かと思ったら、案外、言うじゃない」

水吹は、フンッと鼻から勢いよく息を吐き出した。

「蟻宮さん、あなた、私の妹にならない?―――間違えた。文化祭実行委員会に入らない?」

そこ、間違えんなよ!彰は内心で激しく突っ込んだ。

「やです」

蟻宮は、能面のような表情で即答した。

「ぶはははははっ!」

水吹が男のように豪快に笑った。

「書記、今の記録しわわね!?」

「はい。委員長の妹発言を除いては」

上級生の一人が、慣れているのか、至って冷静に返答した。

「よし!引き上げるわよ!」

野郎ども!と言いそうなのりで、水吹は教室を出て行った。上級生の二人が慌てて後を追った。


「嵐のような人だったわね」

蟻宮が淡々とつぶやいた。彰からすれば「おまいう?」(お前が言うのか?)である。1か月前、彰を強引に文化祭のステージに巻き込んだのは誰だったのか。


「彰が矢面やおもてに立つ」

そんな約束でスタートした1Cの出し物だったが、蟻宮は、いつの間にか、彰を押しのけ、このプロジェクトの中心となっていた。本人に自覚はないだろうが、前に出ずにはいられない性分なのだろう。今も、案内係の台本に目を通し、何やら指示をしている。相変わらず氷のような無表情だが、人間、何にでも慣れる生き物なのか、1Cの同級生たちも、そんなことは気にも留めず、次から次へと蟻宮にチェックを頼みに来ていた。


ひとことで言うと「変な女」。


入学当初に彰が抱いた感想は、今も変わりはない。誰とも似ていない、誰とも合わせようとしない、ただ一人の女の子。そのようを彰はおもしろいと思う。この文化祭がどうなっていくのか、蟻宮がどうなっていくのか、今は、ただ、その先を見てみたいと思うのだ。

延びる。延びております。


3回で終わるはずだった蟻宮吉野の「高校生編」。ついに7回を超えて延長です。次回で最後になるつもり。このところ、時間なくて、なかなか書けなくてごめん。続きも頑張って書くから、気長に待っていてください。

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