まさかの野外ライブ?
文化祭実行委員に呼び出された彰と蟻宮。無事に出場できるのか?
「2日目の午後3時から20分だけ?それ、片付けの時間じゃないのか?」
彰の前には、真面目を絵に描いたような、三つ編みに細い銀縁眼鏡の女子がいた。彰は、相手が先輩の2年生だということも忘れて、くってかかった。
「しょうがないじゃない。まだ1年生。部活にもサークルにも所属していない。実績もない。人数も二人だけ。後回しになるのは当然でしょ」
こういう苦情には慣れているのか、眼鏡女子は、飄々(ひょうひょう)と言い放った。文化祭実行委員長、2年の水吹亜里沙だ。
「そんな時間に、わざわざ格技場まで来る奴、いるのかよ」
「ああ、ごめん。言い忘れてたけど、場所は格技場じゃないわ」
「はあ?じゃあ、どこだって言うんだ。まさか……」
軽音部やお笑い研究部のような少人数が出演する出し物は格技場、合唱部や吹奏楽部のように大人数だったり、演劇部などの大道具や照明があったりする出し物は体育館が割り当てられていた。
「残念。体育館でもありません」
水吹は、澄ました顔で言った。
「……じゃあ、どこなんだよ」
彰は憮然として尋ねた。こいつ、俺の反応を面白がってないか?
「中庭です」
「はあっ?」
「しょうがないでしょ。他に空いてないんだから」
取り付く島もない。
「……それ、音は出るんだろうな?」
「もちろんよ。はい、これ。使っていいわよ」
水吹の後ろに立っていた女子が棚から機材を一つ取ってテーブルに置いた。
「……ラジカセじゃねえか」
「大丈夫よ。屋外用だから」
「……そういう問題じゃねえよ」
彰はジト目で水吹を見たが、冗談ではなく、どうやら、本気で言っているようだ。これ以上、何も改善しそうにない。
「雨降ったら、どうするんだよ」
「中庭ってステージがあるじゃない?」
確かに中庭には透水性タイルを敷き詰めた、地面より1段高くなった長方形のスペースがあった。
「あれ、ステージだったのか」
水吹は、うんうんと頷いた。
「運動会用のテント、設置していいわよ。許可取ってあるから。あ、もちろん、設置は自分でやってね。片付けも、お願いね」
もう言葉もない。
「今年は出し物の申請が多くてさ。事なかれ主義の去年の実行委員長だったら、安易に『くじ引きにしよう』って言ってたとこね。でも、せっかく出し物やってくれるって生徒がいるなら、やらせてあげたいじゃない?文化祭実行委員の腕の見せどころってもんよ」
「今の口ぶりだと、そこって、最終日の3時からと言わず、一日中、空いてるんじゃねえのか?」
「うん。空いてるよ」
「…………」
「でもねえ。中庭って校舎に囲まれてるでしょ。そこでドンチャカやられたら、教室の出し物にも影響するじゃない。でも大丈夫。最終日の午後3時からなら、どんだけ大きな音出してもいいから!」
「……そりゃ、出し物、終わってる時間だからな」
文化祭実行委員側は実行委員側で、実現可能な案を一生懸命考えてくれたんだろう。でも、「時間までに片付け終わらせなきゃいけない時に出し物見に行く余裕なんてないんじゃないか」とか、「達成感で盛り上がってるときに仲間内から抜け出して他所の出し物見に行くなんてありえない」とか、考えれば考えるほど、誰も来ない気がする。不安要素しかないが、水吹の顔を見ると、一歩も引く気はなさそうだ。
彰は後ろに控えている蟻宮を振り返った。蟻宮は、交渉は彰に任せることにしたらしく、さっきから一言も口を開かなかった。
「私は別に蟻宮さんに含むところがあるわけじゃないから」
水吹が、蟻宮の顔を見て、ぽろっと言った。
「あ」
「あ」
水吹と彰が同時に声をあげた。
こいつ……
「私は」って言ったよな。裏を返せば、「私」以外の人は、蟻宮に含むところがあるってことだ。
「いいよ。わたしは。それで」
蟻宮が簡潔に答えた。どうやら「含むところ」は通じてなさそうだ。
「誰が何を思っても、わたしはわたしの歌で勝負するだけだから。絶対に勝つから」
……通じてた。
「機材どうするかな」
彰は頭を抱えた。まさか、本当にラジカセでやるわけにもいくまい。音楽やっていない観客にも、さすがにラジカセの音質の悪さはわかってしまうだろう。高音域が出ないのでくぐもって聞こえるし、低音域が出ないので音がペラペラになる。最悪だ。
「彰くんの部屋の機材は持ち出せないの?」
「屋外での使用はリスクが高すぎるよ。最悪、当日に砂や水が入って動かなくなる可能性もあるし」
屋外は、音楽にとって、かなり過酷な環境だ。路上ライブをやる人のために、簡単に持ち運べる機材というものは存在するが、それは、路上ライブをやる人が持っているものだ。彰のように、部屋で音楽づくりをしているだけの人間が、屋外用の機材なんて持っているはずもない。値段的にも気軽に買えるようなものではないし、借りるのも相当お金がかかりそうだ。
「知り合いから借りる」という手もあるが、それは、普段から交流があり、一緒に出演したり、手伝い、手伝われる相互の関係が成り立っていないとありえない話だ。路上ライブをやる人たちは、バンドを組んでいることが多く、ソロであっても、横のつながりがあって仲間が多い。ライブハウスや楽器屋が溜まり場になっていて……ようするに、同じ音楽でも、彰のようなインドア派とは、住む世界が違うのだった。
―数日後―
FNがシャランと音を立てた。彰がスマホに触れると、
「ねえ、今度の日曜日、暇?」
と既視感のあるメッセージが表示された。
「何?」
彰も、相変わらず、愛想のない返事を返した。
「機材、借りられるかもしれないから、この前借りたスタジオに来てほしい。わたしが見ても何が必要かわかんない」
「マジ!?」
彰は寝ころんでいたベッドから、がばっと起きた。
「マジマジw」
「ママの知り合いが、昔、音楽活動していて、その時使ってた機材でよければって」
「もちろんいいよ!助かる」
散々考えて、何もアイデアが出てこなかったので、蟻宮の申し出は正に渡りに船だった。
「それにしても……」
「なによ?」
「蟻宮の母ちゃんって、ほんと、蟻宮に甘いんだな」
蟻宮の母、エレーヌは、生粋のフランス人で、20年ほど前に日本人の夫と結婚して日本に帰化した。結婚、出産後もモデルとして活躍を続け、日本のみならず、世界的なモデルとして有名だった。
第一線を退いてからは、自ら服飾ブランドを立ち上げた。〝La belle lune〟(ラ・ベル・リュンヌ)は、フランス語で「美しい月」を意味し、日本では「ベルリュンヌ」と呼ばれることが多い。クラシカルで清楚なデザインを基本として、日常的に使いやすくアレンジされたブランドだ。値段が数千円から数万円程度で、「手の届く高級ブランド」という評価が定着しており、生産量が少ないこともあって、ネットショップに出品されれば、秒で完売するほどの人気だった。そのため、現在は、抽選販売になっている。3年間は転売不可という条件を付加して販売しており、出品点数が少ないこともあって足が付きやすく、完璧に転売を抑え込んでいた。そのため、入手は自分の運に賭けるしかないということもあって、入手者は羨望の的になった。
「サイズが合わない」「色が思ったのと違った」といった場合には、メールと宅配便でやり取りして、3回までなら無料でカスタマイズしてもらうことができる。どうしても気に入らない場合は返品も可能だ。ほとんど返品はないと聞いているが……
ん?
彰が蟻宮ママについて考え込んでいる間、蟻宮からの返答はなかった。
「蟻宮?」
「あ、うん。ごめん。考え事してた。もう寝るね!おやすみ!」
速攻で返答が送られてきた。なんかまずかったかな?と思いつつも、文字だけだと感情が伝わらない。
なんだろう?
彰は、よくわからないまま、自分も再びベッドの上で横になり、目を閉じた。
―日曜日―
スタジオのあったビルの1階は、ダンススクールのロビーになっていた。白を基調とした様々な曲線や高さの壁で仕切られており、幾つもの半個室スペースが組み合わさったような構造になっていた。例えるなら、おしゃれなファミレスといったところか。
彰たちがカウンターで用向きを伝えると、ほぼ円形の個室に案内された。壁はアクリルでできており、肩の高さぐらいまでが半透明の乳白色、その上が透明になっていたが、天井まで壁が続いているせいか、ドアを閉めると、周りの雑音が遮断され、驚くほど静かになった。
蟻宮と二人きりで待つのも何となく気まずく、二人して黙って待っていると、しばらくしてドアが開き、若いが大人の女性が二人入ってきた。
「やあ、待たせたね」
背の低い方の女性が口を開いた。帽子を目深に被り、サングラスをしているので、顔まではわからないが、高校生と言っても通じるほど若々しい声だった。
「お久しぶりです。神座さん」
蟻宮がぺこりと頭を下げた。釣られて彰も頭を下げた。
「昔みたいに、えるるちゃんって呼んでくれてもいいのに。あの頃は、可愛かったなあ」
女性が不満そうに言った。
「あなたが、そう呼ばせてたんじゃないですか!」
蟻宮が冷え冷えとした声で言った。
「くうぅ、いいねえ、そのドライアイスのような目。昔と同じだね」
「社長、そのへんで」
もう一人の女性が淡々と言った。言われた方の女性は、帽子とサングラスを外し、蟻宮を見た。
「大きくなったねえ、吉野ちゃん。会うのは5年ぶりぐらいかな」
そこにいたのは、往年のトップアイドル、神座えるる、その人だった。
神座えるるは、顔を見せに(見に?)来ただけらしく、忙しそうに個室を出て行った。
「お貸しする機材は、社長が、昔、路上で売り出し中だった時に使っていたものです」
代わりに説明してくれたのは、神座えるると一緒にいた女性だ。こちらも帽子とサングラスで顔は見えないが、若い女性であるようだ。
「そんな貴重な物をお借りしていいんですか?」
女性はうなずいた。
「古いですが、音はいいはずです。最低限のユニットしかありませんが、今回の場合、その方がよろしいかと」
それはそうだ。本格的な機材を借り受けても、セッティングに手間がかかるし、運搬、設置、接続と、何しろ人手が足りない。実際に路上で使っていたのなら、必要最低限のものを選び抜いてあるはずだ。
「構いません。社長は倉庫で眠らせておくより使ってもらった方がいい。二人の音楽の出発点となるなら本望だとおっしゃっていました」
女性が、どこか懐かしそうに言った。
その後、女性の後に続いて倉庫に行き、機材を確認した。思ったとおり、必要な物はそろっており、しかもコンパクトにまとまっていた。
「この機材は当日、会場に直接お持ちします」
女性が淡々と言った。
「あ、そうか」
彰は、自分が借りた後の段取りを、何も考えていなかったことに気付いた。いくらコンパクトとはいえ、運ぶには車が必要だし、家に置いておく場所もない。
「ありがとうございます」
「いえ」
女性は蟻宮の感謝の言葉を聞いて、サングラスだけ外した。アイドルばりの綺麗な貌が現れた。
「わたしもセッティングを手伝わせていただきますね。わたしにとっても久しぶりの文化祭ですし、蟻宮さんの歌、楽しみにしていますね」
初めて女性が笑顔を見せた。キラキラした光の粒があふれ出してくるような笑顔だった。
これで文化祭も何とかなりそうだ。たった一人で歌を作っていた日々が遠い昔のようだ。蟻宮が彰に声をかけた日から、波乱の日々を突き抜けて、止まることなく進み続けている。女性の言葉を聞いて、彰も、もう一度、蟻宮の歌声が聴きたいと思った。そして、あの、天使の歌声を、みんなに届けたいと思った。文化祭まで残り2週間とちょっと。彰は、神とか天使とかいう存在は信じない。だが、もし、天使がいるとしたら、それは、蟻宮みたいな存在なんだろうなと、そんな思いが自然と沸き上がってくるのを感じた。
高校生編は、さらっと3話ぐらいで終わって次に進むつもりだったのに、全然、終わりません。これじゃ、Vチューバーってタイトル変えた方がよくない?って思いつつも、前作も似たようなもんだったしな~と開き直る。ちょこっと機材借りてくるだけの話が、なかなか書き終わらず、気が付けば週が変わってるし。次も、まだまだ、高校生編が続きま~す!




