3話
翌週の火曜日、ケンジは自由が丘の裏通りを歩いていた。
戦闘任務ではない。今日は“地域交流活動”という名目で、商店街の清掃とチラシ配りを命じられていた。
オーロラレッドは「正義は地道な努力だ!」と叫びながらゴミ拾いをしていたが、オーロラピンクは「日焼けするから無理〜」と日傘を差していた。
オーロラブラックは無言でスマホをいじり、オーロライエローは「お菓子あるかな」とつぶやき、誰もケンジの足の具合を気にしなかった。
ケンジは、先週タクシーの中で聞いたタケシの言葉を思い出していた。
かつて悪の秘密結社「ダークネス団」の戦闘員として活動し、隣町・駒沢で組織を自ら解散。
敵対していたヒーロー戦隊「サンシャイン」のサンシャインピンクと結ばれ、今では地域に根ざしたタクシー運転手として暮らしている。
彼の語る“戦いを超えた人間関係”は、ケンジの心に深く残っていた。
(俺も、話してみたい。今の“敵”とされている人たちと)
そう思いながら、ケンジはふと、路地裏のカフェに目を留めた。
店の前には、黒いスーツに身を包んだ数人の男女が、ラテを片手に談笑していた。
その胸元には、さりげなく“C”のロゴ――コンプレックスのエンブレムが輝いていた。
「……あの、すみません。オーロラグリーンです。少し、お話できませんか?」
ケンジが声をかけると、彼らは驚いたように顔を上げた。
だが、すぐに一人の女性が微笑んだ。
「もちろん。私たち、敵ってほどじゃないし。むしろ、同業者でしょ?」
彼女はコンプレックスの広報担当・ミナミ。
戦闘員ではなく、組織の“イメージ戦略”を担う存在だという。
「ケンジさん、ですよね。うちのメンバーから聞いてますよ。足、大丈夫でした?」
「ええ、なんとか。あの…コンプレックスって、どういう組織なんですか?」
ミナミはラテを一口飲み、ゆっくりと語り始めた。
「うちは“悪”って言われてるけど、実際は“社会の不満を代弁する存在”って位置づけなの。戦闘も、あくまで象徴的なパフォーマンス。暴力じゃなく、対話を重視してる」
「対話…」
「スポンサーもいるけど、うちは“共感型”なの。企業の不満を代弁したり、消費者の声を拾ったり。だから、戦闘よりも座談会の方が多いくらい」
ケンジは、オーロラ戦隊との違いに驚いた。
自分たちは、スポンサーの意向に従って戦い、セリフを変え、ポーズを決める。
だが、コンプレックスは“声を拾う”ことを重視していた。
「……俺たち、正義って言われてるけど、最近は“命令されるだけ”で、自分の意思がない気がしてて」
ミナミは静かにうなずいた。
「それ、タケシさんも言ってたわ。彼はダークネス団の頃、ずっと悩んでた。だから、戦うより話すことを選んだの。サンシャインピンクと出会ってから、ね」
「タケシさんとサンシャインピンクって、コンプレックスとは別なんですよね?」
「ええ、まったく別。彼らはもう現役じゃないし、組織にも属してない。でも、業界では“戦いを超えた人間関係”の象徴として語られてる。私たちも、あの二人のように、敵味方を超えて関係を築けたらって思ってるの」
ケンジは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
正義も悪も、肩書きではなく、行動と関係性で決まるのかもしれない。
「……もしよければ、今度、コンプレックスの活動を見学させてもらえませんか?」
「もちろん。歓迎するわ。敵でも、仲間でも、まずは話すことから始めましょう」
その言葉に、ケンジは深く頷いた。
戦隊スーツの中で、少しだけ呼吸が楽になった気がした。
その夜、ケンジはコンプレックスの公式サイトをこっそり覗いた。
「採用情報」「福利厚生」「週休二日制」の文字が、妙に眩しく見えた。




