2話
熊野神社の境内で、ケンジは足をくじいた。
石段を駆け上がる途中、オーロラレッドの「正義はスピードだ!」という掛け声に合わせて無理なジャンプをした結果だった。
戦闘はなんとか終わったが、ケンジは足を引きずりながら駅前のバス停に向かった。
オーロラピンクは「Uber呼べば?」とスマホを見せてきたが、ヒーロー活動中の個人利用は規則違反だ。
プラチナ長官に連絡しても「自力で帰って。ヒーローは自立してこそよ」と一蹴された。
オーロラブラックは無言でスマホをいじり、オーロライエローは「お菓子あるかな」とつぶやき、誰もケンジの足を気にしなかった。
バス停のベンチに座り、ケンジは足をさすりながら空を見上げた。
そのとき、1台のタクシーがゆっくりと止まり、窓が開いた。
「おや、オーロラグリーンじゃないか。足、痛めたのかい?」
運転席には、柔らかな笑みを浮かべた中年男性――タケシがいた。
かつて悪の秘密結社「ダークネス団」の戦闘員として名を馳せ、隣町・駒沢でその組織を自ら解散させた伝説の人物。
しかも、敵対していたヒーロー戦隊「サンシャイン」のサンシャインピンクと結ばれたことで、業界では“奇跡の和解”と呼ばれている。
「乗りなよ。業界の先輩として、ちょっと話そうか」
ケンジは一瞬ためらったが、足の痛みとタケシの穏やかな声に背中を押され、タクシーに乗り込んだ。
車内は静かだった。
タケシは運転しながら、ゆっくりと語り始めた。
「昔はね、俺も“悪”って呼ばれてた。ダークネス団の戦闘員として、毎週ヒーローと戦ってたよ。だけど、戦ってるうちに気づいたんだ。正義も悪も、現場の人間はただ働いてるだけだって」
「……」
「サンシャインピンクとは、最初は敵だった。戦闘中に何度もぶつかって、互いに傷だらけになった。でも、ある日、戦闘後に偶然話す機会があってね。彼女も疲れてた。正義のプレッシャーに押し潰されそうだった」
「それで、結ばれたんですか?」
「うん。お互い、戦うより寄り添う方が向いてたんだよ。今じゃ、彼女は保育士。俺は運転手。平和って、案外こんなもんさ」
ケンジは、車窓から流れる駒沢の街並みを見ながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
タケシの言葉は、どこか懐かしく、そして羨ましかった。
「……俺も、コンプレックスと話してみたいです。敵っていうより、同じ業界の仲間かもしれない」
「いいね。話すことから始まるよ。正義も悪も、まずは人間関係だ。俺たちは“役割”で戦ってるだけ。中身は、みんなただの人間さ」
タクシーは熊野神社の裏手に到着した。
ケンジが降りると、タケシは軽く手を振って言った。
「足、無理するなよ。ヒーローも、休んでいいんだ」
その言葉は、ケンジの心に深く染み込んだ。
戦隊スーツの中で、ケンジの胸が少しだけ軽くなった気がした。
その夜、ケンジはコンプレックスの公式サイトをこっそり覗いた。
「採用情報」「福利厚生」「週休二日制」の文字が、妙に眩しく見えた。




